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一夜 夏目漱石

「美くしき多くの人の、美くしき多くの夢を……」と髯(ひげ)ある人が二たび三たび微吟(びぎん)して、あとは思案の体(てい)である。灯(ひ)に写る床柱(とこばしら)にもたれたる直(なお)き背(せ)の、この時少しく前にかがんで、両手に抱(いだ)く膝頭(ひざがしら)に険(けわ)しき山が出来る。佳句(かく)を得て佳句を続(つ)ぎ能(あた)わざるを恨(うら)みてか、黒くゆるやかに引ける眉(まゆ)の下より安からぬ眼の色が光る。
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イズムの功過 夏目漱石

 大抵のイズムとか主義とかいうものは無数の事実を几帳面(きちょうめん)な男が束(たば)にして頭の抽出(ひきだし)へ入れやすいように拵(こしら)えてくれたものである。一纏(ひとまと)めにきちりと片付いている代りには、出すのが臆劫(おっくう)になったり、解(ほど)くのに手数がかかったりするので、いざという場合には間に合わない事が多い。大抵のイズムはこの点において、実生活上の行為を直接に支配するために作られたる指南車(しなんしゃ)というよりは、吾人(ごじん)の知識欲を充たすための統一函である。文章ではなくって字引である。
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詩集・山羊の歌 中原中也

初期詩篇


春の日の夕暮

トタンがセンベイ食べて
春の日の夕暮は穏かです
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮は静かです

吁(ああ)! 案山子(かかし)はないか――あるまい
馬嘶(いなな)くか――嘶きもしまい
ただただ月の光のヌメランとするまゝに
従順なのは 春の日の夕暮か

ポトホトと野の中に伽藍(がらん)は紅く
荷馬車の車輪 油を失ひ
私が歴史的現在に物を云へば
嘲る嘲る 空と山とが

瓦が一枚 はぐれました
これから春の日の夕暮は
無言ながら 前進します
自(みづか)らの 静脈管の中へです




今宵月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を※(みは)る。
秒刻(とき)は銀波を砂漠に流し
老男(らうなん)の耳朶(じだ)は螢光をともす。

あゝ忘られた運河の岸堤
胸に残つた戦車の地音
銹(さ)びつく鑵の煙草とりいで
月は懶(ものう)く喫つてゐる。

それのめぐりを七人の天女は
趾頭舞踊しつづけてゐるが、
汚辱に浸る月の心に

なんの慰愛もあたへはしない。
遠(をち)にちらばる星と星よ!
おまへの※手(そうしゆ)を月は待つてる


サーカス

幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
  今夜此処(ここ)での一(ひ)と殷盛(さか)り
    今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁(はり)
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(さか)さに手を垂れて
  汚れ木綿の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯が
  安値(やす)いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯
  咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

屋外(やぐわい)は真ッ闇(くら) 闇(くら)の闇(くら)
夜は刧々(こふこふ)と更けまする
落下傘奴(らくかがさめ)のノスタルヂアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん


春の夜

燻銀(いぶしぎん)なる窓枠の中になごやかに
  一枝の花、桃色の花。

月光うけて失神し
  庭(には)の土面(つちも)は附黒子(つけぼくろ)。

あゝこともなしこともなし
  樹々よはにかみ立ちまはれ。

このすゞろなる物の音(ね)に
  希望はあらず、さてはまた、懺悔もあらず。

山虔(つつま)しき木工のみ、
  夢の裡(うち)なる隊商のその足竝もほのみゆれ。

窓の中(うち)にはさはやかの、おぼろかの
  砂の色せる絹衣(ごろも)。

かびろき胸のピアノ鳴り
  祖先はあらず、親も消(け)ぬ。

埋みし犬の何処(いづく)にか、
  蕃紅花色(さふらんいろ)に湧きいづる
      春の夜や。


朝の歌

天井に 朱(あか)きいろいで
  戸の隙を 洩れ入る光、
鄙(ひな)びたる 軍楽の憶(おも)ひ
  手にてなす なにごともなし。

小鳥らの うたはきこえず
  空は今日 はなだ色らし、
倦(う)んじてし 人のこころを
  諌(いさ)めする なにものもなし。

樹脂(じゆし)の香に 朝は悩まし
  うしなひし さまざまのゆめ、
森竝は 風に鳴るかな

ひろごりて たひらかの空、
  土手づたひ きえてゆくかな
うつくしき さまざまの夢。


臨 終

秋空は鈍色(にびいろ)にして
黒馬の瞳のひかり
  水涸(か)れて落つる百合花
  あゝ こころうつろなるかな

神もなくしるべもなくて
窓近く婦(をみな)の逝きぬ
  白き空盲(めし)ひてありて
  白き風冷たくありぬ

窓際に髪を洗へば
その腕の優しくありぬ
  朝の日は澪(こぼ)れてありぬ
  水の音したたりてゐぬ

町々はさやぎてありぬ
子等の声もつれてありぬ
  しかはあれ この魂はいかにとなるか?
  うすらぎて 空となるか?


都会の夏の夜

月は空にメダルのやうに、
街角(まちかど)に建物はオルガンのやうに、
遊び疲れた男どち唱ひながらに帰つてゆく。  
――イカムネ・カラアがまがつてゐる――

その脣(くちびる)は※(ひら)ききつて
その心は何か悲しい。
頭が暗い土塊になつて、
ただもうラアラア唱つてゆくのだ。

商用のことや祖先のことや
忘れてゐるといふではないが、
都会の夏の夜(よる)の更(ふけ)――

死んだ火薬と深くして
眼に外燈の滲みいれば
ただもうラアラア唱つてゆくのだ。


秋の一日

こんな朝、遅く目覚める人達は
戸にあたる風と轍(わだち)との音によつて、
サイレンの棲む海に溺れる。 

夏の夜の露店の会話と、
建築家の良心はもうない。
あらゆるものは古代歴史と
花崗岩のかなたの地平の目の色。

今朝はすべてが領事館旗のもとに従順で、
私は錫(しやく)と広場と天鼓のほかのなんにも知らない。
軟体動物のしやがれ声にも気をとめないで、
紫の蹲(しやが)んだ影して公園で、乳児は口に砂を入れる。

         (水色のプラットホームと
         躁(はしや)ぐ少女と嘲笑(あざわら)ふヤンキイは
         いやだ いやだ!)

ぽけつとに手を突込んで
路次を抜け、波止場に出でて
今日の日の魂に合ふ
布切屑(きれくづ)をでも探して来よう。


黄 昏

渋つた仄(ほの)暗い池の面(おもて)で、
寄り合つた蓮の葉が揺れる。
蓮の葉は、図太いので
こそこそとしか音をたてない。

音をたてると私の心が揺れる、
目が薄明るい地平線を逐(お)ふ……
黒々と山がのぞきかかるばつかりだ
――失はれたものはかへつて来ない。

なにが悲しいつたつてこれほど悲しいことはない
草の根の匂ひが静かに鼻にくる、
畑の土が石といつしよに私を見てゐる。

――竟(つひ)に私は耕やさうとは思はない!
ぢいつと茫然黄昏(ぼんやりたそがれ)の中に立つて、
なんだか父親の映像が気になりだすと一歩二歩歩みだすばかりです


深夜の思ひ

これは泡立つカルシウムの
乾きゆく
急速な――頑ぜない女の児の泣声だ、
鞄屋の女房の夕(ゆふべ)の鼻汁だ。

林の黄昏(たそがれ)は
擦(かす)れた母親。
虫の飛交ふ梢のあたり、
舐子(おしやぶり)のお道化(どけ)た踊り。
波うつ毛の猟犬見えなく、
猟師は猫背を向ふに運ぶ。
森を控へた草地が
  坂になる!

黒き浜辺にマルガレエテが歩み寄する
ヴェールを風に千々にされながら。
彼女の肉(しし)は跳び込まねばならぬ、
厳(いか)しき神の父なる海に!

崖の上の彼女の上に
精霊が怪しげなる条(すぢ)を描く。
彼女の思ひ出は悲しい書斎の取片附け
彼女は直きに死なねばならぬ。


冬の雨の夜

 冬の黒い夜をこめて
どしやぶりの雨が降つてゐた。
――夕明下(ゆふあかりか)に投げいだされた、萎(しを)れ大根(だいこ)の陰惨さ、
あれはまだしも結構だつた――
今や黒い冬の夜をこめ
どしやぶりの雨が降つてゐる。
亡き乙女達の声さへがして
ae ao,ae ao,eo,aeo eo![#この行の「e」はすべてアクサン(´)付き]
 その雨の中を漂ひながら
いつだか消えてなくなつた、あの乳白の※嚢(へうなう)たち……
今や黒い冬の夜をこめ
どしやぶりの雨が降つてゐて、
わが母上の帯締めも
雨水(うすい)に流れ、潰れてしまひ、
人の情けのかずかずも
竟(つひ)に蜜柑(みかん)の色のみだつた?……


帰 郷

柱も庭も乾いてゐる
今日は好い天気だ
    縁の下では蜘蛛(くも)の巣が
    心細さうに揺れてゐる

山では枯木も息を吐く
あゝ今日は好い天気だ
    路傍(ばた)の草影が
    あどけない愁(かなし)みをする

これが私の故里(ふるさと)だ
さやかに風も吹いてゐる
    心置なく泣かれよと
    年増婦(としま)の低い声もする
あゝ おまへはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云ふ


凄じき黄昏

捲き起る、風も物憂き頃ながら、
草は靡(なび)きぬ、我はみぬ、
遐(とほ)き昔の隼人(はやと)等を。

銀紙(ぎんがみ)色の竹槍の、
汀(みぎは)に沿ひて、つづきけり。
――雑魚(ざこ)の心を俟(たの)みつつ。

吹く風誘はず、地の上の
敷きある屍(かばね)――
空、演壇に立ちあがる。

家々は、賢き陪臣(ばいしん)、
ニコチンに、汚れたる歯を押匿す。


逝く夏の歌

並木の梢が深く息を吸つて、
空は高く高く、それを見てゐた。
日の照る砂地に落ちてゐた硝子(ガラス)を、
歩み来た旅人は周章(あわ)てて見付けた。

山の端は、澄んで澄んで、
金魚や娘の口の中を清くする。
飛んでくるあの飛行機には、
昨日私が昆虫の涙を塗つておいた。

風はリボンを空に送り、
私は嘗(かつ)て陥落した海のことを 
その浪のことを語らうと思ふ。

騎兵聯隊や上肢の運動や、
下級官吏の赤靴のことや、
山沿ひの道を乗手(のりて)もなく行く
自転車のことを語らうと思ふ。


悲しき朝

河瀬の音が山に来る、
春の光は、石のやうだ。
筧(かけひ)の水は、物語る
白髪(しらが)の嫗(をうな)にさも肖(に)てる。

雲母の口して歌つたよ、
背(うし)ろに倒れ、歌つたよ、
心は涸(か)れて皺枯(しわが)れて、
巌(いはほ)の上の、綱渡り。

知れざる炎、空にゆき!

響の雨は、濡れ冠る!

・・・・・・・・・・・

われかにかくに手を拍く……


夏の日の歌

青い空は動かない、
雲片(ぎれ)一つあるでない。
  夏の真昼の静かには
  タールの光も清くなる。

夏の空には何かがある、
いぢらしく思はせる何かがある、
  焦げて図太い向日葵(ひまはり)が
  田舎の駅には咲いてゐる。

上手に子供を育てゆく、
母親に似て汽車の汽笛は鳴る。
  山の近くを走る時。

山の近くを走りながら、
母親に似て汽車の汽笛は鳴る。
  夏の真昼の暑い時。


夕 照

丘々は、胸に手を当て
退けり。
落陽は、慈愛の色の
金のいろ。

原に草、
鄙唄(ひなうた)うたひ
山に樹々、
老いてつましき心ばせ。

かゝる折しも我ありぬ
小児に踏まれし
貝の肉。

かゝるをりしも剛直の、
さあれゆかしきあきらめよ
腕拱(く)みながら歩み去る。


港市の秋

石崖に、朝陽が射して
秋空は美しいかぎり。
むかふに見える港は、
蝸牛(かたつむり)の角でもあるのか

町では人々煙管(きせる)の掃除。
甍(いらか)は伸びをし
空は割れる。
役人の休み日――どてら姿だ。

『今度生れたら……』
海員が唄ふ。
『ぎーこたん、ばつたりしょ……』
狸婆々(たぬきばば)がうたふ。

  港(みなと)の市(まち)の秋の日は、
  大人しい発狂。
  私はその日人生に、
  椅子を失くした。


ためいき
  河上徹太郎に

ためいきは夜の沼にゆき、
瘴気(しやうき)の中で瞬きをするであらう。
その瞬きは怨めしさうにながれながら、パチンと音をたてるだらう。
木々が若い学者仲間の、頸すぢのやうであるだらう。

夜が明けたら地平線に、窓が開(あ)くだらう。
荷車を挽いた百姓が、町の方へ行くだらう。
ためいきはなほ深くして、
丘に響きあたる荷車の音のやうであるだらう。

野原に突き出た山の端の松が、私を看守(みまも)つてゐるだらう。
それはあつさりしてても笑はない、叔父さんのやうであるだらう。
神様が気層の底の、魚を捕つてゐるやうだ。

空が曇つたら、蝗螽(いなご)の瞳が、砂土の中に覗くだらう。
遠くに町が、石灰みたいだ。
ピョートル大帝の目玉が、雲の中で光つてゐる。


春の思ひ出

摘み溜めしれんげの華を
  夕餉(ゆふげ)に帰る時刻となれば
立迷ふ春の暮靄(ぼあい)の
    土の上(へ)に叩きつけ

いまひとたびは未練で眺め
  さりげなく手を拍きつつ
路の上(へ)を走りてくれば
    (暮れのこる空よ!)

わが家へと入りてみれば
  なごやかにうちまじりつつ
秋の日の夕陽の丘か炊煙か
    われを暈(くる)めかすもののあり
      
      古き代の富みし館(やかた)の
          カドリール ゆらゆるスカーツ
          カドリール ゆらゆるスカーツ
      何時の日か絶えんとはする カドリール!


秋の夜空

これはまあ、おにぎはしい、
みんなてんでなことをいふ
それでもつれぬみやびさよ
いづれ揃つて夫人たち。
    下界は秋の夜といふに
上天界のにぎはしさ。

すべすべしてゐる床(ゆか)の上、
金のカンテラ点(つ)いてゐる。
小さな頭、長い裳裾(すそ)、
椅子は一つもないのです。
    下界は秋の夜といふに
上天界のあかるさよ。

ほんのりあかるい上天界
遐(とほ)き昔の影祭、
しづかなしづかな賑はしさ
上天界の夜(よる)の宴。
    私は下界で見てゐたが、
知らないあひだに退散した。


宿 酔

朝、鈍い日が照つてて
  風がある。
千の天使が
  バスケットボールする。

私は目をつむる、
  かなしい酔ひだ。
もう不用になつたストーヴが
  白つぽく銹(さ)びてゐる。

朝、鈍い日が照つてて
  風がある。
千の天使が
  バスケットボールする。



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少年時


少年時

黝(あをぐろ)い石に夏の日が照りつけ、
庭の地面が、朱色に睡つてゐた。

地平の果に蒸気が立つて、
世の亡ぶ、兆(きざし)のやうだつた。

麦田には風が低く打ち、
おぼろで、灰色だつた。
 
翔(と)びゆく雲の落とす影のやうに、
田の面(も)を過ぎる、昔の巨人の姿――

夏の日の午(ひる)過ぎ時刻
誰彼の午睡(ひるね)するとき、
私は野原を走つて行つた……

私は希望を唇に噛みつぶして
私はギロギロする目で諦めてゐた……
噫(ああ)、生きてゐた、私は生きてゐた!


盲目の秋

   I

風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限の前に腕を振る。

その間(かん)、小さな紅(くれなゐ)の花が見えはするが、
  それもやがては潰れてしまふ。

風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限のまへに腕を振る。

もう永遠に帰らないことを思つて
  酷白(こくはく)な嘆息するのも幾たびであらう……

私の青春はもはや堅い血管となり、
  その中を曼珠沙華(ひがんばな)と夕陽とがゆきすぎる。

それはしづかで、きらびやかで、なみなみと湛(たた)へ、
  去りゆく女が最後にくれる笑(ゑま)ひのやうに、
  
厳(おごそ)かで、ゆたかで、それでゐて佗(わび)しく
  異様で、温かで、きらめいて胸に残る……

     あゝ、胸に残る……

風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限のまへに腕を振る。

   II

これがどうならうと、あれがどうならうと、
そんなことはどうでもいいのだ。

これがどういふことであらうと、それがどういふことであらうと、
そんなことはなほさらどうだつていいのだ。

人には自恃(じじ)があればよい!
その余はすべてなるまゝだ……

自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ、
ただそれだけが人の行ひを罪としない。

平気で、陽気で、藁束(わらたば)のやうにしむみりと、
朝霧を煮釜に填(つ)めて、跳起きられればよい!

   III

私の聖 母(サンタ・マリヤ)!
  とにかく私は血を吐いた! ……
おまへが情けをうけてくれないので、
  とにかく私はまゐつてしまつた……

それといふのも私が素直でなかつたからでもあるが、
  それといふのも私に意気地がなかつたからでもあるが、
私がおまへを愛することがごく自然だつたので、
  おまへもわたしを愛してゐたのだが……

おゝ! 私の聖 母(サンタ・マリヤ)!
  いまさらどうしやうもないことではあるが、
せめてこれだけ知るがいい――

ごく自然に、だが自然に愛せるといふことは、
  そんなにたびたびあることでなく、
そしてこのことを知ることが、さう誰にでも許されてはゐないのだ。

   IIII

せめて死の時には、
あの女が私の上に胸を披(ひら)いてくれるでせうか。
  その時は白粧(おしろい)をつけてゐてはいや、
  その時は白粧をつけてゐてはいや。

ただ静かにその胸を披いて、
私の眼に輻射してゐて下さい。
  何にも考へてくれてはいや、
  たとへ私のために考へてくれるのでもいや。

ただはららかにはららかに涙を含み、
あたたかく息づいてゐて下さい。
――もしも涙がながれてきたら、

いきなり私の上にうつ俯して、
それで私を殺してしまつてもいい。
すれば私は心地よく、うねうねの暝土(よみぢ)の径を昇りゆく。


わが喫煙

おまへのその、白い二本の脛(あし)が、
  夕暮、港の町の寒い夕暮、
によきによきと、ペエヴの上を歩むのだ。
  店々に灯がついて、灯がついて、
私がそれをみながら歩いてゐると、
  おまへが声をかけるのだ、
どつかにはひつて憩(やす)みませうよと。

そこで私は、橋や荷足(にたり)を見残しながら、
  レストオランに這入(はひ)るのだ――
わんわんいふ喧騒(どよもし)、むつとするスチーム、
  さても此処(ここ)は別世界。
そこで私は、時宜にも合はないおまへの陽気な顔を眺め、
  かなしく煙草を吹かすのだ、
一服、一服、吹かすのだ……


妹 よ 

夜、うつくしい魂は涕(な)いて、
  ――かの女こそ正当(あたりき)なのに――
夜、うつくしい魂は涕いて、
  もう死んだつていいよう……といふのであつた。

湿つた野原の黒い土、短い草の上を
  夜風は吹いて、 
死んだつていいよう、死んだつていいよう、と、 
  うつくしい魂は涕くのであつた。
夜、み空はたかく、吹く風はこまやかに
  ――祈るよりほか、わたくしに、すべはなかつた……


寒い夜の自我像

きらびやかでもないけれど
この一本の手綱をはなさず
この陰暗の地域を過ぎる!
その志明らかなれば
冬の夜を我は嘆かず
人々の憔懆(せうさう)のみの愁(かな)しみや
憧れに引廻される女等の鼻唄を
わが瑣細なる罰と感じ
そが、わが皮膚を刺すにまかす。
蹌踉(よろ)めくままに静もりを保ち、
聊(いささ)かは儀文めいた心地をもつて
われはわが怠惰を諌(いさ)める
寒月の下を往きながら。

陽気で、坦々として、而(しか)も己を売らないことをと、
わが魂の願ふことであつた!


木 陰

神社の鳥居が光をうけて
楡(にれ)の葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々した木陰は
私の後悔を宥(なだ)めてくれる

暗い後悔 いつでも附纏ふ後悔
馬鹿々々しい破笑にみちた私の過去は
やがて涙つぽい晦暝(くわいめい)となり
やがて根強い疲労となつた

かくて今では朝から夜まで
忍従することのほかに生活を持たない
怨みもなく喪心したやうに
空を見上げる私の眼(まなこ)――

神社の鳥居が光をうけて
楡の葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々した木蔭は
私の後悔を宥めてくれる


失せし希望

暗き空へと消え行きぬ
  わが若き日を燃えし希望は。

夏の夜の星の如くは今もなほ
  遐(とほ)きみ空に見え隠る、今もなほ。

暗き空へと消えゆきぬ
  わが若き日の夢は希望は。

今はた此処(ここ)に打伏して
  獣の如くは、暗き思ひす。

そが暗き思ひいつの日
  晴れんとの知るよしなくて、

溺れたる夜(よる)の海より
  空の月、望むが如し。

その浪はあまりに深く
  その月はあまりに清く、

あはれわが若き日を燃えし希望の
  今ははや暗き空へと消え行きぬ。




血を吐くやうな 倦(もの)うさ、たゆけさ
今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り
睡るがやうな悲しさに、み空をとほく
血を吐くやうな倦うさ、たゆけさ

空は燃え、畑はつづき
雲浮び、眩しく光り
今日の日も陽は炎(も)ゆる、地は睡る
血を吐くやうなせつなさに。

嵐のやうな心の歴史は
終焉(をは)つてしまつたもののやうに
そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののやうに
燃ゆる日の彼方(かなた)に睡る。

私は残る、亡骸(なきがら)として――
血を吐くやうなせつなさかなしさ。


心 象

   I
松の木に風が吹き、
踏む砂利の音は寂しかつた。
暖い風が私の額を洗ひ
思ひははるかに、なつかしかつた。

腰をおろすと、
浪の音がひときは聞えた。
星はなく
空は暗い綿だつた。

とほりかかつた小舟の中で
船頭がその女房に向つて何かを云つた。
――その言葉は、聞きとれなかつた。

浪の音がひときはきこえた。
   
   II
亡びたる過去のすべてに
涙湧く。
城の塀乾きたり
風の吹く

草靡(なび)く
丘を越え、野を渉(わた)り
憩ひなき
白き天使のみえ来ずや

あはれわれ死なんと欲す、
あはれわれ生きむと欲す
あはれわれ、亡びたる過去のすべてに

涙湧く。
み空の方より、
風の吹く




--------------------------------------------------------------------------------
みちこ

みちこ

そなたの胸は海のやう
おほらかにこそうちあぐる。
はるかなる空、あをき浪、
涼しかぜさへ吹きそひて
松の梢をわたりつつ
磯白々とつづきけり。

またなが目にはかの空の
いやはてまでもうつしゐて
竝びくるなみ、渚(なぎさ)なみ、
いとすみやかにうつろひぬ。
みるとしもなく、ま帆片帆
沖ゆく舟にみとれたる。

またその※(ぬか)のうつくしさ
ふと物音におどろきて
午睡の夢をさまされし
牡牛(をうし)のごとも、あどけなく
かろやかにまたしとやかに
もたげられ、さてうち俯しぬ。

しどけなき、なれが頸(うなじ)は虹にして
ちからなき、嬰児(みどりご)ごとき腕(かひな)して
絃(いと)うたあはせはやきふし、なれの踊れば、
海原はなみだぐましき金(きん)にして夕陽をたたへ
沖つ瀬は、いよとほく、かしこしづかにうるほへる
空になん、汝(な)の息絶ゆるとわれはながめぬ。


汚れつちまつた悲しみに……

汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革裘(かはごろも)
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気(おぢけ)づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる……


無 題

   I
こひ人よ、おまへがやさしくしてくれるのに、
私は強情だ。ゆうべもおまへと別れてのち、
酒をのみ、弱い人に毒づいた。今朝
目が覚めて、おまへのやさしさを思ひ出しながら
私は私のけがらはしさを歎いてゐる。そして
正体もなく、今茲(ここ)に告白をする、恥もなく、
品位もなく、かといつて正直さもなく
私は私の幻想に駆られて、狂ひ廻る。
人の気持ちをみようとするやうなことはつひになく、
こひ人よ、おまへがやさしくしてくれるのに
私は頑(かたく)なで、子供のやうに我儘(わがまま)だつた!
目が覚めて、宿酔(ふつかよひ)の厭(いと)ふべき頭の中で、
戸の外の、寒い朝らしい気配を感じながら
私はおまへのやさしさを思ひ、また毒づいた人を思ひ出す。
そしてもう、私はなんのことだか分らなく悲しく、
今朝はもはや私がくだらない奴だと、自(みづか)ら信ずる!

   II
彼女の心は真つ直い!
彼女は荒々しく育ち、
たよりもなく、心を汲んでも
もらへない、乱雑な中に
生きてきたが、彼女の心は
私のより真つ直いそしてぐらつかない。

彼女は美しい。わいだめもない世の渦の中に
彼女は賢くつつましく生きてゐる。
あまりにわいだめもない世の渦のために、
折に心が弱り、弱々しく躁(さわ)ぎはするが、
而(しか)もなほ、最後の品位をなくしはしない
彼女は美しい、そして賢い!

嘗(かつ)て彼女の魂が、どんなにやさしい心をもとめてゐたかは!
しかしいまではもう諦めてしまつてさへゐる。
我利々々で、幼稚な、獣(けもの)や子供にしか、
彼女は出遇(であ)はなかつた。おまけに彼女はそれと識(し)らずに、
唯、人といふ人が、みんなやくざなんだと思つてゐる。
そして少しはいぢけてゐる。彼女は可哀想だ!

   III
かくは悲しく生きん世に、なが心
かたくなにしてあらしめな。
われはわが、したしさにはあらんとねがへば
なが心、かたくなにしてあらしめな。

かたくなにしてあるときは、心に眼(まなこ)
魂に、言葉のはたらきあとを絶つ
なごやかにしてあらんとき、人みなは生(あ)れしながらの
うまし夢、またそがことわり分ち得ん。

おのが心も魂も、忘れはて棄て去りて
悪酔の、狂ひ心地に美を索(もと)む
わが世のさまのかなしさや、

おのが心におのがじし湧きくるおもひもたずして、
人に勝(まさ)らん心のみいそがはしき
熱を病む風景ばかりかなしきはなし。

   IIII
私はおまへのことを思つてゐるよ。
いとほしい、なごやかに澄んだ気持の中に、
昼も夜も浸つてゐるよ、
まるで自分を罪人ででもあるやうに感じて。

私はおまへを愛してゐるよ、精一杯だよ。
いろんなことが考へられもするが、考へられても
それはどうにもならないことだしするから、
私は身を棄ててお前に尽さうと思ふよ。

またさうすることのほかには、私にはもはや
希望も目的も見出せないのだから
さうすることは、私に幸福なんだ。

幸福なんだ、世の煩(わづら)ひのすべてを忘れて、
いかなることとも知らないで、私は
おまへに尽せるんだから幸福だ!

   V 幸 福
幸福は厩(うまや)のなかにゐる
藁(わら)の上に。
幸福は
和める心には一挙にして分る。

  頑(かたく)なの心は、不幸でいらいらして、
  せめてめまぐるしいものや
  数々のものに心を紛らす。
  そして益々(ますます)不幸だ。

幸福は、休んでゐる
そして明らかになすべきことを
少しづつ持ち、
幸福は、理解に富んでゐる。

  頑なの心は、理解に欠けて、
  なすべきをしらず、ただ利に走り、
  意気銷沈して、怒りやすく、
  人に嫌はれて、自らも悲しい。

されば人よ、つねにまづ従はんとせよ。
従ひて、迎へられんとには非ず、
従ふことのみ学びとなるべく、学びて
汝が品格を高め、そが働きの裕(ゆた)かとならんため!


更くる夜
  内海誓一郎に

毎晩々々、夜が更(ふ)けると、近所の湯屋の
  水汲む音がきこえます。
流された残り湯が湯気となつて立ち、
  昔ながらの真つ黒い武蔵野の夜です。
おつとり霧も立罩(たちこ)めて
  その上に月が明るみます、
と、犬の遠吠がします。
その頃です、僕が囲炉裏(ゐろり)の前で、
  あえかな夢をみますのは。
随分……今では損はれてはゐるものの
  今でもやさしい心があつて、
こんな晩ではそれが徐(しづ)かに呟きだすのを、
  感謝にみちて聴きいるのです、
感謝にみちて聴きいるのです。


つみびとの歌
   阿部六郎に

わが生は、下手な植木師らに
あまりに夙(はや)く、手を入れられた悲しさよ!
由来わが血の大方は
頭にのぼり、煮え返り、滾(たぎ)り泡だつ。

おちつきがなく、あせり心地に、
つねに外界に索(もと)めんとする。
その行ひは愚かで、
その考えは分ち難い。

かくてこのあはれなる木は、
粗硬な樹皮を、空と風とに、
心はたえず、追惜のおもひに沈み、

懶懦(らんだ)にして、とぎれとぎれの仕草をもち、
人にむかつては心弱く、諂(へつら)ひがちに、かくて
われにもない、愚事のかぎりを仕出来(しでか)してしまふ。




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   1
昨日まで燃えてゐた野が
今日茫然として、曇つた空の下(もと)につづく。
一雨毎に秋になるのだ、と人は云ふ
秋蝉は、もはやかしこに鳴いてゐる、
草の中の、ひともとの木の中に。

僕は煙草を喫ふ。その煙が
澱(よど)んだ空気の中をくねりながら昇る。
地平線はみつめようにもみつめられない
陽炎(かげろふ)の亡霊達が起(た)つたり坐つたりしてゐるので、
――僕は蹲(しやが)んでしまふ。

鈍い金色を帯びて、空は曇つてゐる、――相変らずだ、――
とても高いので、僕は俯(うつむ)いてしまふ。
僕は倦怠を観念して生きてゐるのだよ、
煙草の味が三通りくらゐにする。
死ももう、とほくはないのかもしれない……

   2
『それではさよならといつて、
めうに真鍮(しんちゆう)の光沢かなんぞのやうな笑(ゑみ)を湛(たた)へて彼奴(あいつ)は、
あのドアの所を立ち去つたのだつたあね。
あの笑ひがどうも、生きてる者のやうぢやあなかつたあね。
彼奴の目は、沼の水が澄んだ時かなんかのやうな色をしていたあね。
話してる時、ほかのことを考へてゐるやうだつたあね。
短く切つて、物を云ふくせがあつたあね。
つまらない事を、細かく覚えていたりしたあね。』

『ええさうよ。――死ぬつてことが分かつてゐたのだわ?
星をみてると、星が僕になるんだなんて笑つてたわよ、たつた先達(せんだつて)よ。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
たつた先達よ、自分の下駄を、これあどうしても僕のぢやないつていふのよ。』

   3
草がちつともゆれなかつたのよ、
その上を蝶々がとんでゐたのよ。
浴衣(ゆかた)を着て、あの人縁側に立つてそれを見てるのよ。
あたしこつちからあの人の様子 見てたわよ。
あの人ジッと見てるのよ、黄色い蝶々を。
お豆腐屋の笛が方々で聞こえてゐたわ、
あの電信柱が、夕空にクッキリしてて、
――僕、つてあの人あたしの方を振向くのよ、
昨日三十貫くらゐある石をコジ起しちやつた、つてのよ。
――まあどうして、どこで?つて あたし訊(き)いたのよ。
するとね、あの人あたしの目をジッとみるのよ、
怒つてるやうなのよ、まあ……あたし怖かつたわ。

死ぬまへつてへんなものねえ……


 修羅街輓歌
    関口隆克に

   序 歌
忌(いま)はしい憶(おも)ひ出よ、
去れ! そしてむかしの
憐みの感情と
ゆたかな心よ、
返つて来い!

  今日は日曜日
  縁側には陽が当る。
  ――もういつぺん母親に連れられて
  祭の日には風船玉が買つてもらひたい、
  空は青く、すべてのものはまぶしくかゞやかしかつた……

  忌はしい憶ひ出よ、
  去れ!
     去れ去れ!

   II 酔 生
私の青春も過ぎた、
――この寒い明け方の鶏鳴よ!
私の青春も過ぎた。

ほんに前後もみないで生きて来た……
私はあむまり陽気にすぎた?
――無邪気な戦士、私の心よ!

それにしても私は憎む、
対外意識にだけ生きる人々を。
――パラドクサルな人生よ。

いま茲(ここ)に傷つきはてて、
――この寒い明け方の鶏鳴よ!
おゝ、霜にしみらの鶏鳴よ……

   III 独 語
器の中の水が揺れないやうに、
器を持ち運ぶことは大切なのだ。
さうでさへあるならば
モーションは大きい程いい。

しかしさうするために、
もはや工夫(くふう)を凝らす余地もないなら……
心よ、
謙抑にして神恵を待てよ。

   IIII
いといと淡き今日の日は
雨蕭々(せうせう)と降り洒(そそ)ぎ
水より淡(あは)き空気にて
林の香りすなりけり。

げに秋深き今日の日は
石の響きの如くなり。
思ひ出だにもあらぬがに
まして夢などあるべきか。

まことや我は石のごと
影の如くは生きてきぬ……
呼ばんとするに言葉なく
空の如くははてもなし。

それよかなしきわが心
いはれもなくて拳(こぶし)する
誰をか責むることかある?
せつなきことのかぎりなり。


 雪の宵 

      青いソフトに降る雪は
      過ぎしその手か囁(ささや)きか  白秋

ホテルの屋根に降る雪は
過ぎしその手か、囁きか
  
  ふかふか煙突煙(けむ)吐いて、
  赤い火の粉も刎(は)ね上る。

今夜み空はまつ暗で、
暗い空から降る雪は……

  ほんにわかれたあのをんな
  いまごろどうしてゐるのやら。

ほんに別れたあのをんな、
いまに帰つてくるのやら

  徐(しづ)かに私は酒のんで
  悔と悔とに身もそぞろ。

しづかにしづかに酒のんで
いとしおもひにそそらるる……

  ホテルの屋根に降る雪は
  過ぎしその手か、囁きか

ふかふか煙突煙吐いて
赤い火の粉も刎ね上る。


 生ひ立ちの歌

   I
    幼年時
私の上に降る雪は
真綿(まわた)のやうでありました

    少年時
私の上に降る雪は
霙(みぞれ)のやうでありました

    十七―十九
私の上に降る雪は
霰(あられ)のやうに散りました

    二十―二十二
私の上に降る雪は
雹(ひよう)であるかと思はれた

    二十三
私の上に降る雪は
ひどい吹雪とみえました

    二十四
私の上に降る雪は
いとしめやかになりました……

   II
私の上に降る雪は
花びらのやうに降つてきます
薪(たきぎ)の燃える音もして
凍るみ空の黝(くろ)む頃

私の上に降る雪は
いとなよびかになつかしく
手を差伸べて降りました

私の上に降る雪は
熱い額に落ちもくる
涙のやうでありました

私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して、神様に
長生したいと祈りました

私の上に降る雪は
いと貞潔でありました


 時こそ今は……

      時こそ今は花は香炉に打薫じ
              ボードレール

時こそ今は花は香炉に打薫(うちくん)じ、
そこはかとないけはひです。
しほだる花や水の音や、
家路をいそぐ人々や。

いかに泰子、今こそは
しづかに一緒に、をりませう。
遠くの空を、飛ぶ鳥も
いたいけな情け、みちてます。

いかに泰子、いまこそは
暮るる籬(まがき)や群青(ぐんじやう)の
空もしづかに流るころ。

いかに泰子、今こそは
おまへの髪毛(かみげ)なよぶころ
花は香炉に打薫じ、




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羊の歌

 羊の歌
   安原喜弘に

   I 祈 り
死の時には私が仰向(あふむ)かんことを!
この小さな顎(あご)が、小さい上にも小さくならんことを!
それよ、私は私が感じ得なかつたことのために、
罰されて、死は来たるものと思ふゆゑ。
あゝ、その時私の仰向かんことを!
せめてその時、私も、すべてを感ずる者であらんことを!

   II
思惑よ、汝 古く暗き気体よ、
わが裡(うち)より去れよかし!
われはや単純と静けき呟(つぶや)きと、
とまれ、清楚のほかを希(ねが)はず。

交際よ、汝陰鬱なる汚濁(をぢよく)の許容よ、
更(あらた)めてわれを目覚ますことなかれ!
われはや孤寂に耐へんとす、
わが腕は既に無用の有(もの)に似たり。

汝、疑ひとともに見開く眼(まなこ)よ
見開きたるまゝに暫しは動かぬ眼よ、
あゝ、己の外をあまりに信ずる心よ、

それよ思惑、汝 古く暗き空気よ、
わが裡より去れよかし去れよかし!
われはや、貧しきわが夢のほかに興ぜず

   III
    我が生は恐ろしい嵐のやうであつた、
    其処此処(そこここ)に時々陽の光も落ちたとはいへ。
                         ボードレール
九歳の子供がありました
女の子供でありました
世界の空気が、彼女の有(いう)であるやうに
またそれは、凭(よ)つかかられるもののやうに
彼女は頸をかしげるのでした
私と話してゐる時に。

私は炬燵(こたつ)にあたつてゐました
彼女は畳に坐つてゐました
冬の日の、珍しくよい天気の午前
私の室(へや)には、陽がいつぱいでした
彼女が頸かしげると
彼女の耳朶(みみのは) 陽に透きました。

私を信頼しきつて、安心しきつて
かの女の心は蜜柑(みかん)の色に
そのやさしさは氾濫(はんらん)するなく、かといつて
鹿のやうに縮かむこともありませんでした
私はすべての用件を忘れ
この時ばかりはゆるやかに時間を熟読翫味(ぐわんみ)しました。


   IIII
さるにても、もろに侘(わび)しいわが心
夜な夜なは、下宿の室(へや)に独りゐて
思ひなき、思ひを思ふ 単調の
つまし心の連弾よ……

汽車の笛聞こえもくれば
旅おもひ、幼き日をばおもふなり
いなよいなよ、幼き日をも旅をも思はず
旅とみえ、幼き日とみゆものをのみ……

思ひなき、おもひを思ふわが胸は
閉ざされて、醺生(かびは)ゆる手匣(てばこ)にこそはさも似たれ
しらけたる脣(くち)、乾きし頬
酷薄の、これな寂莫(しじま)にほとぶなり……

これやこの、慣れしばかりに耐へもする
さびしさこそはせつなけれ、みづからは
それともしらず、ことやうに、たまさかに
ながる涙は、人恋ふる涙のそれにもはやあらず……


 憔 悴

   Pour tout homme ,il vient une e[#アクサン(´)付きのe]poque ou[#アクサン(`)付きのu] l'homme languit. ― Proverbe.
Il faut d'abord avoir soif……
―Cathe[#アクサン(´)付きのe]rine de Me[#アクサン(´)付きのe]dicis.



私はも早、善い意志をもつては目覚めなかつた
起きれば愁(うれ)はしい 平常(いつも)のおもひ
私は、悪い意思をもつてゆめみた……
(私は其処(そこ)に安住したのでもないが、其処を抜け出すことも叶(かな)はなかつた)
そして、夜が来ると私は思ふのだつた、
此の世は、海のやうなものであると。
私はすこししけてゐる宵の海をおもつた
其処を、やつれた顔の船頭は
おぼつかない手で漕ぎながら
獲物があるかあるまいことか
水の面(おもて)を、にらめながらに過ぎてゆく

   II
昔 私は思つてゐたものだつた
恋愛詩なぞ愚劣なものだと

今私は恋愛詩を詠み
甲斐あることに思ふのだ

だがまだ今でもともすると
恋愛詩よりもましな詩境にはいりたい

その心が間違つてゐるかゐないか知らないが
とにかくさういふ心が残つてをり

それは時々私をいらだて
とんだ希望を起させる

昔私は思つてゐたものだつた
恋愛詩なぞ愚劣なものだと

けれどもいまでは恋愛を
ゆめみるほかに能がない

   III
それが私の堕落かどうか
どうして私に知れようものか

腕にたるむだ私の怠惰
今日も日が照る 空は青いよ

ひよつとしたなら昔から
おれの手に負へたのはこの怠惰だけだつたかもしれぬ

真面目な希望も その怠惰の中から
憧憬(しようけい)したのにすぎなかつたかもしれぬ

あゝ それにしてもそれにしても
ゆめみるだけの 男にならうとはおもはなかつた!

   IIII
しかし此の世の善だの悪だの
容易に人間に分りはせぬ

人間に分らない無数の理由が
あれをもこれをも支配してゐるのだ

山蔭の清水(しみづ)のやうに忍耐ぶかく
つぐむでゐれば愉(たの)しいだけだ

汽車からみえる 山も 草も
空も 川も みんなみんな

やがては全体の調和に溶けて
空に昇つて 虹となるのだらうとおもふ……

   V
さてどうすれば利するだらうか、とか
どうすれば哂(わら)はれないですむだらうか、とかと

要するに人を相手の思惑に
明けくれすぐす、世の人々よ、

僕はあなたがたの心も尤(もつと)もと感じ
一生懸命郷(がう)に従つてもみたのだが

今日また自分に帰るのだ
ひつぱつたゴムを手離したやうに

さうしてこの怠惰の窗(まど)の中から
扇のかたちに食指をひろげ

青空を喫(す)ふ 閑(ひま)を嚥(の)む
蛙さながら水に泛(うか)んで

夜(よる)は夜(よる)とて星をみる
あゝ 空の奥、空の奥。

   VI
しかし またかうした僕の状態がつづき、
僕とても何か人のするやうなことをしなければならないと思ひ、
自分の生存をしんきくさく感じ、
ともすると百貨店のお買上品届け人にさへ驚嘆する。

そして理窟はいつでもはつきりしてゐるのに
気持の底ではゴミゴミゴミゴミ懐疑の小屑(をくづ)が一杯です。
それがばかげてゐるにしても、その二つつが
僕の中にあり、僕から抜けぬことはたしかなのです。

と、聞こえてくる音楽には心惹かれ、
ちよつとは生き生きしもするのですが、
その時その二つつは僕の中に死んで、

あゝ 空の歌、海の歌、
ぼくは美の、核心を知つてゐるとおもふのですが
それにしても辛いことです、怠惰を※(のが)れるすべがない!


 いのちの声

     もろもろの業(わざ)、太陽のもとにては蒼(あを)ざめたるかな。
                                ――ソロモン
僕はもうバッハにもモツアルトにも倦果てた。
あの幸福な、お調子者のヂャズにもすつかり倦果てた。
僕は雨上りの曇つた空の下の鉄橋のやうに生きてゐる。
僕に押寄せてゐるものは、何時でもそれは寂漠だ。

僕はその寂漠の中にすつかり沈静してゐるわけでもない。
僕は何かを求めてゐる、絶えず何かを求めてゐる。
恐ろしく不動の形の中にだが、また恐ろしく憔(じ)れてゐる。
そのためにははや、食慾も性慾もあつてなきが如くでさへある。

しかし、それが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。
それが二つあるとは思へない、ただ一つであるとは思ふ。
しかしそれが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。
それに行き著く一か八かの方途さへ、悉皆(すつかり)分かつたためしはない。

時に自分を揶揄(からか)ふやうに、僕は自分に訊(き)いてみるのだ。
それは女か? 甘(うま)いものか? それは栄誉か?
すると心は叫ぶのだ、あれでもない、これでもない、あれでもないこれでもない!
それでは空の歌、朝、高空に、鳴響く空の歌とでもいふのであらうか?

   II
否何(いづ)れとさへそれはいふことの出来ぬもの!
手短かに、時に説明したくなるとはいふものの、
説明なぞ出来ぬものでこそあれ、我が生は生くるに値ひするものと信ずる
それよ現実! 汚れなき幸福! あらはるものはあらはるまゝによいといふこと!

人は皆、知ると知らぬに拘(かかは)らず、そのことを希望してをり、
勝敗に心覚(さと)き程は知るによしないものであれ、
それは誰も知る、放心の快感に似て、誰もが望み
誰もがこの世にある限り、完全には望みえないもの!

併し幸福といふものが、このやうに無私の境(さかひ)のものであり、
かの慧敏(けいびん)なる商人の、称して阿呆(あはう)といふでもあらう底のものとすれば、
めしをくはねば生きてゆかれぬ現身(うつしみ)の世は、
不公平なものであるよといはねばならぬ。

だが、それが此の世といふものなんで、
其処(そこ)に我等は生きてをり、それは任意の不公平ではなく、
それに因(よつ)て我等自身も構成されたる原理であれば、
然らば、この世に極端はないとて、一先づ休心するもよからう。

   III
されば要は、熱情の問題である。
汝、心の底より立腹せば
怒れよ!

さあれ、怒ることこそ
汝(な)が最後なる目標の前にであれ、
この言(こと)ゆめゆめおろそかにする勿(なか)れ。

そは、熱情はひととき持続し、やがて熄(や)むなるに、
その社会的効果は存続し、
汝(な)が次なる行為への転調の障(さまた)げとなるなれば。

   IIII
ゆふがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事に於て文句はないのだ。




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■外字一覧瞳を※(みは)る


第3水準1-88-85
おまへの※手(そうしゆ)を


※(ひら)ききつて


第3水準1-90-44
乳白の※嚢(へうなう)たち


第4水準2-85-37
※(ぬか)のうつくしさ


第3水準1-94-2
怠惰を※(のが)れる


第3水準1-92-56

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底本:「中原中也詩集」岩波文庫、岩波書店
   1981(昭和56)年6月16日 第1刷発行
   1997(平成9)年12月5日 第37刷発行
親本:「中原中也全集第六巻」角川書店
入力:浜野安紀子
1998年11月29日公開
2003年6月22日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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在りし日の歌 

含 羞(はぢらひ)

  ――在りし日の歌――

なにゆゑに こゝろかくは羞(は)ぢらふ
秋 風白き日の山かげなりき
椎の枯葉の落窪に
幹々は いやにおとなび彳(た)ちゐたり

枝々の 拱(く)みあはすあたりかなしげの
空は死児等の亡霊にみち まばたきぬ
をりしもかなた野のうへは
あすとらかん[#「あすとらかん」に傍点]のあはひ縫ふ 古代の象の夢なりき

椎の枯葉の落窪に
幹々は いやにおとなび彳ちゐたり
その日 その幹の隙 睦みし瞳
姉らしき色 きみはありにし

その日 その幹の隙(ひま) 睦みし瞳
姉らしき色 きみはありにし
あゝ! 過ぎし日の 仄(ほの)燃えあざやぐをりをりは
わが心 なにゆゑに なにゆゑにかくは羞ぢらふ……



むなしさ

臘祭(らふさい)の夜の 巷(ちまた)に堕(お)ちて
 心臓はも 条網に絡(から)み
脂(あぶら)ぎる 胸乳(むなち)も露(あら)は
 よすがなき われは戯女(たはれめ)

せつなきに 泣きも得せずて
 この日頃 闇を孕(はら)めり
遐(とほ)き空 線条に鳴る
 海峡岸 冬の暁風

白薔薇(しろばら)の 造化の花瓣(くわべん)
 凍(い)てつきて 心もあらず
明けき日の 乙女の集(つど)ひ
 それらみな ふるのわが友

偏菱形(へんりようけい)=聚接面(しゆうせつめん)そも
 胡弓の音 つづきてきこゆ



夜更の雨
―※ルレーヌの面影―

雨は 今宵も 昔 ながらに、
  昔 ながらの 唄を うたつてる。
だらだら だらだら しつこい 程だ。
 と、見る※ル氏の あの図体(づうたい)が、
倉庫の 間の 路次を ゆくのだ。

倉庫の 間にや 護謨合羽(かつぱ)の 反射(ひかり)だ。
  それから 泥炭の しみたれた 巫戯(ふざ)けだ。
さてこの 路次を 抜けさへ したらば、
  抜けさへ したらと ほのかな のぞみだ……
いやはや のぞみにや 相違も あるまい?

自動車 なんぞに 用事は ないぞ、
  あかるい 外燈(ひ)なぞは なほの ことだ。
酒場の 軒燈(あかり)の 腐つた 眼玉よ、
  遐(とほ)くの 方では 舎密(せいみ)も 鳴つてる。



早春の風

  けふ一日(ひとひ)また金の風
 大きい風には銀の鈴
けふ一日また金の風

  女王の冠さながらに
 卓(たく)の前には腰を掛け
かびろき窓にむかひます

  外吹く風は金の風
 大きい風には銀の鈴
けふ一日また金の風

  枯草の音のかなしくて
 煙は空に身をすさび
日影たのしく身を嫋(なよ)ぶ

  鳶色(とびいろ)の土かをるれば
 物干竿は空に往き
登る坂道なごめども

  青き女(をみな)の顎(あぎと)かと
 岡に梢のとげとげし
今日一日また金の風……





今宵月は※荷(めうが)を食ひ過ぎてゐる
済製場(さいせいば)の屋根にブラ下つた琵琶(びは)は鳴るとしも想へぬ
石炭の匂ひがしたつて怖(おぢ)けるには及ばぬ
灌木がその個性を砥(と)いでゐる
姉妹は眠つた、母親は紅殻色(べんがらいろ)の格子を締めた!

さてベランダの上にだが
見れば銅貨が落ちてゐる、いやメダルなのかア
これは今日昼落とした文子さんのだ
明日はこれを届けてやらう
ポケットに入れたが気にかゝる、月は※荷を食ひ過ぎてゐる
灌木がその個性を砥(と)いでゐる
姉妹は眠つた、母親は紅殻色の格子を締めた!



青い瞳

1 夏の朝

かなしい心に夜が明けた、
  うれしい心に夜が明けた、
いいや、これはどうしたといふのだ?
  さてもかなしい夜の明けだ!

青い瞳は動かなかつた、
  世界はまだみな眠つてゐた、
さうして『その時』は過ぎつつあつた、
  あゝ、遐(とほ)い遐いい話。

青い瞳は動かなかつた、
  ――いまは動いてゐるかもしれない……
青い瞳は動かなかつた、
  いたいたしくて美しかつた!

私はいまは此処(ここ)にゐる、黄色い灯影に。
  あれからどうなつたのかしらない……
あゝ、『あの時』はあゝして過ぎつゝあつた!
  碧(あを)い、噴き出す蒸気のやうに。

2 冬の朝

それからそれがどうなつたのか……
それは僕には分らなかつた
とにかく朝霧罩(こ)めた飛行場から
機影はもう永遠に消え去つてゐた。
あとには残酷な砂礫(されき)だの、雑草だの
頬を裂(き)るやうな寒さが残つた。
――こんな残酷な空寞(くうばく)たる朝にも猶(なほ)
人は人に笑顔を以て対さねばならないとは
なんとも情ないことに思はれるのだつたが
それなのに其処(そこ)でもまた
笑ひを沢山湛(たた)へた者ほど
優越を感じてゐるのであつた。
陽は霧に光り、草葉の霜は解け、
遠くの民家に鶏(とり)は鳴いたが、
霧も光も霜も鶏も
みんな人々の心には沁(し)まず、
人々は家に帰つて食卓についた。
     (飛行機に残つたのは僕、
      バットの空箱(から)を蹴つてみる)



三歳の記憶

縁側に陽があたつてて、
樹脂(きやに)が五彩に眠る時、
柿の木いつぽんある中庭(には)は、
土は枇杷(びは)いろ 蝿(はへ)が唸(な)く。

稚厠(おかは)の上に 抱へられてた、
すると尻から 蛔虫(むし)が下がつた。
その蛔虫が、稚厠の浅瀬で動くので
動くので、私は吃驚(びつくり)しちまつた。

あゝあ、ほんとに怖かつた
なんだか不思議に怖かつた、
それでわたしはひとしきり
ひと泣き泣いて やつたんだ。

あゝ、怖かつた怖かつた
――部屋の中は ひつそりしてゐて、
隣家(となり)は空に 舞ひ去つてゐた!
隣家は空に 舞ひ去つてゐた!



六月の雨

またひとしきり 午前の雨が
菖蒲(しやうぶ)のいろの みどりいろ
眼(まなこ)うるめる 面長き女(ひと)
たちあらはれて 消えてゆく

たちあらはれて 消えゆけば
うれひに沈み しとしとと
畠(はたけ)の上に 落ちてゐる
はてしもしれず 落ちてゐる

       お太鼓(たいこ)叩いて 笛吹いて
       あどけない子が 日曜日
       畳の上で 遊びます

       お太鼓叩いて 笛吹いて
       遊んでゐれば 雨が降る
       櫺子(れんじ)の外に 雨が降る



雨の日

通りに雨は降りしきり、
家々の腰板古い。
もろもろの愚弄の眼(まなこ)は淑(しと)やかとなり、
わたくしは、花瓣(くわべん)の夢をみながら目を覚ます。

     *

鳶色(とびいろ)の古刀の鞘(さや)よ、
舌あまりの幼な友達、
おまへの額は四角張つてた。
わたしはおまへを思ひ出す。

     *

鑢(やすり)の音よ、だみ声よ、
老い疲れたる胃袋よ、
雨の中にはとほく聞け、
やさしいやさしい唇を。

     *

煉瓦の色の憔心(せうしん)の
見え匿(かく)れする雨の空。
賢(さかし)い少女の黒髪と、
慈父の首(かうべ)と懐かしい……





春は土と草とに新しい汗をかゝせる。
その汗を乾かさうと、雲雀は空に隲(あが)る。
瓦屋根今朝不平がない、
長い校舎から合唱は空にあがる。

あゝ、しづかだしづかだ。
めぐり来た、これが今年の私の春だ。
むかし私の胸摶(う)つた希望は今日を、
厳(いか)めしい紺青(こあを)となつて空から私に降りかゝる。

そして私は呆気(ほうけ)てしまふ、バカになつてしまふ
――薮かげの、小川か銀か小波(さざなみ)か?
薮かげの小川か銀か小波か?

大きい猫が頸ふりむけてぶきつちよに
一つの鈴をころばしてゐる、
一つの鈴を、ころばして見てゐる。



春の日の歌

流(ながれ)よ、淡(あは)き 嬌羞(けうしう)よ、
ながれて ゆくか 空の国?
心も とほく 散らかりて、
ヱヂプト煙草 たちまよふ。

流よ、冷たき 憂ひ秘め、
ながれて ゆくか 麓までも?
まだみぬ 顔の 不可思議の
咽喉(のんど)の みえる あたりまで……

午睡の 夢の ふくよかに、
野原の 空の 空のうへ?
うわあ うわあと 涕(な)くなるか

黄色い 納屋や、白の倉、
水車の みえる 彼方(かなた)まで、
ながれ ながれて ゆくなるか?



夏の夜

あゝ 疲れた胸の裡(うち)を
桜色の 女が通る
女が通る。

夏の夜の水田(すいでん)の滓(おり)、
怨恨は気が遐(とほ)くなる
――盆地を繞(めぐ)る山は巡るか?

裸足(らそく)はやさしく 砂は底だ、
開いた瞳は おいてきぼりだ、
霧の夜空は 高くて黒い。

霧の夜空は高くて黒い、
親の慈愛はどうしやうもない、
――疲れた胸の裡を 花瓣(くわべん)が通る。

疲れた胸の裡を 花瓣が通る
ときどき銅鑼(ごんぐ)が著物に触れて。
靄(もや)はきれいだけれども、暑い!



幼獣の歌

黒い夜草深い野にあつて、
一匹の獣(けもの)が火消壺(ひけしつぼ)の中で
燧石(ひうちいし)を打つて、星を作つた。
冬を混ぜる 風が鳴つて。

獣はもはや、なんにも見なかつた。
カスタニェットと月光のほか
目覚ますことなき星を抱いて、
壺の中には冒涜を迎へて。

雨後らしく思ひ出は一塊(いつくわい)となつて
風と肩を組み、波を打つた。
あゝ なまめかしい物語――
奴隷も王女と美しかれよ。

     卵殻もどきの貴公子の微笑と
     遅鈍な子供の白血球とは、
     それな獣を怖がらす。

黒い夜草深い野の中で、
一匹の獣の心は燻(くすぶ)る。
黒い夜草深い野の中で――
太古(むかし)は、独語も美しかつた!……



この小児

コボルト空に往交(ゆきか)へば、
野に
蒼白の
この小児。

黒雲空にすぢ引けば、
この小児
搾(しぼ)る涙は
銀の液……

     地球が二つに割れゝばいい、
     そして片方は洋行すればいい、
     すれば私はもう片方[#「もう片方」に傍点]に腰掛けて
     青空をばかり――

花崗の巌(いはほ)や
浜の空
み寺の屋根や
海の果て……



冬の日の記憶

昼、寒い風の中で雀を手にとつて愛してゐた子供が、
夜になつて、急に死んだ。

次の朝は霜が降つた。
その子の兄が電報打ちに行つた。

夜になつても、母親は泣いた。
父親は、遠洋航海してゐた。

雀はどうなつたか、誰も知らなかつた。
北風は往還を白くしてゐた。

つるべの音が偶々(たまたま)した時、
父親からの、返電が来た。

毎日々々霜が降つた。
遠洋航海からはまだ帰れまい。

その後母親がどうしてゐるか……
電報打つた兄は、今日学校で叱られた。



秋の日

 磧(かはら)づたひの 竝樹(なみき)の 蔭に
秋は 美し 女の 瞼(まぶた)
 泣きも いでなん 空の 潤(うる)み
昔の 馬の 蹄(ひづめ)の 音よ

 長の 年月 疲れの ために
国道 いゆけば 秋は 身に沁む
 なんでも ないてば なんでも ないに
木履(ぼくり)の 音さへ 身に沁みる

 陽は今 磧の 半分に 射し
流れを 無形(むぎやう)の 筏(いかだ)は とほる
 野原は 向ふで 伏せつて ゐるが 

連れだつ 友の お道化(どけ)た 調子も
 不思議に 空気に 溶け 込んで
秋は 案じる くちびる 結んで



冷たい夜

冬の夜に
私の心が悲しんでゐる
悲しんでゐる、わけもなく……
心は錆びて、紫色をしてゐる。

丈夫な扉の向ふに、
古い日は放心してゐる。
丘の上では
棉の実が罅裂(はじ)ける。

此処(ここ)では薪が燻(くすぶ)つてゐる、
その煙は、自分自らを
知つてでもゐるやうにのぼる。

誘はれるでもなく
覓(もと)めるでもなく、
私の心が燻る……



冬の明け方

残んの雪が瓦に少なく固く
枯木の小枝が鹿のやうに睡(ねむ)い、
冬の朝の六時
私の頭も睡い。

烏が啼いて通る――
庭の地面も鹿のやうに睡い。
――林が逃げた農家が逃げた、
空は悲しい衰弱。
     私の心は悲しい……

やがて薄日が射し
青空が開(あ)く。
上の上の空でジュピター神の砲(ひづつ)が鳴る。
――四方(よも)の山が沈み、

農家の庭が欠伸(あくび)をし、
道は空へと挨拶する。
     私の心は悲しい……



老いたる者をして
  ――「空しき秋」第十二

老いたる者をして静謐(せいひつ)の裡(うち)にあらしめよ
そは彼等こころゆくまで悔いんためなり

吾は悔いんことを欲す
こころゆくまで悔ゆるは洵(まこと)に魂を休むればなり

あゝ はてしもなく涕(な)かんことこそ望ましけれ
父も母も兄弟(はらから)も友も、はた見知らざる人々をも忘れて

東明(しののめ)の空の如く丘々をわたりゆく夕べの風の如く
はたなびく[#「はたなびく」に傍点]小旗の如く涕かんかな

或(ある)はまた別れの言葉の、こだまし、雲に入り、野末にひびき
海の上(へ)の風にまじりてとことはに過ぎゆく如く……

   反歌
あゝ 吾等怯懦(けふだ)のために長き間、いとも長き間
徒(あだ)なることにかゝらひて、涕くことを忘れゐたりしよ、げに忘れゐたりしよ……

〔空しき秋二十数篇は散佚して今はなし。その第十二のみ、諸井三郎の作曲によりて残りしものなり。〕



湖 上

ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けませう。
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。

沖に出たらば暗いでせう、
櫂(かい)から滴垂(したた)る水の音は
昵懇(ちか)しいものに聞こえませう、
――あなたの言葉の杜切(とぎ)れ間を。

月は聴き耳立てるでせう、
すこしは降りても来るでせう、
われら接唇(くちづけ)する時に
月は頭上にあるでせう。

あなたはなほも、語るでせう、
よしないことや拗言(すねごと)や、
洩らさず私は聴くでせう、
――けれど漕ぐ手はやめないで。

ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けませう、
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。



冬の夜

みなさん今夜は静かです
薬鑵(やくわん)の音がしてゐます
僕は女を想つてる
僕には女がないのです

それで苦労もないのです
えもいはれない弾力の
空気のやうな空想に
女を描いてみてゐるのです

えもいはれない弾力の
澄み亙(わた)つたる夜の沈黙(しじま)
薬鑵の音を聞きながら
女を夢みてゐるのです

かくて夜は更(ふ)け夜は深まつて
犬のみ覚めたる冬の夜は
影と煙草と僕と犬
えもいはれないカクテールです

   2

空気よりよいものはないのです
それも寒い夜の室内の空気よりもよいものはないのです
煙よりよいものはないのです
煙より 愉快なものもないのです
やがてはそれがお分りなのです
同感なさる時が 来るのです

空気よりよいものはないのです
寒い夜の痩せた年増女(としま)の手のやうな
その手の弾力のやうな やはらかい またかたい
かたいやうな その手の弾力のやうな
煙のやうな その女の情熱のやうな
炎(も)えるやうな 消えるやうな

冬の夜の室内の 空気よりよいものはないのです



秋の消息

麻は朝、人の肌(はだへ)に追い縋(すが)り
雀らの、声も硬うはなりました
煙突の、煙は風に乱れ散り

火山灰掘れば氷のある如く
けざやけき※気(かうき)の底に青空は
冷たく沈み、しみじみと

教会堂の石段に
日向ぼつこをしてあれば
陽光(ひかり)に廻(めぐ)る花々や
物蔭に、すずろすだける虫の音(ね)や

秋の日は、からだに暖か
手や足に、ひえびえとして
此の日頃、広告気球は新宿の
空に揚りて漂へり





ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きてゐた時の苦労にみちた
あのけがらはしい肉を破つて、
しらじらと雨に洗はれ、
ヌックと出た、骨の尖(さき)。

それは光沢もない、
ただいたづらにしらじらと、
雨を吸収する、
風に吹かれる、
幾分空を反映する。

生きてゐた時に、
これが食堂の雑踏の中に、
坐つてゐたこともある、
みつばのおしたしを食つたこともある、
と思へばなんとも可笑(をか)しい。

ホラホラ、これが僕の骨――
見てゐるのは僕? 可笑しなことだ。
霊魂はあとに残つて、
また骨の処にやつて来て、
見てゐるのかしら?

故郷(ふるさと)の小川のへりに、
半ばは枯れた草に立つて、
見てゐるのは、――僕?
恰度(ちやうど)立札ほどの高さに、
骨はしらじらととんがつてゐる。



秋日狂乱

僕にはもはや何もないのだ
僕は空手空拳だ
おまけにそれを嘆きもしない
僕はいよいよの無一物だ

それにしても今日は好いお天気で
さつきから沢山の飛行機が飛んでゐる
――欧羅巴(ヨーロッパ)は戦争を起すのか起さないのか
誰がそんなこと分るものか

今日はほんとに好いお天気で
空の青も涙にうるんでゐる
ポプラがヒラヒラヒラヒラしてゐて
子供等は先刻(せんこく)昇天した

もはや地上には日向ぼつこをしてゐる
月給取の妻君とデーデー屋さん以外にゐない
デーデー屋さんの叩く鼓の音が
明るい廃墟を唯独りで讃美し廻つてゐる

あゝ、誰か来て僕を助けて呉れ
ヂオゲネスの頃には小鳥くらゐ啼いたらうが
けふびは雀も啼いてはをらぬ
地上に落ちた物影でさへ、はや余りに淡(あは)い!

――さるにても田舎のお嬢さんは何処(どこ)に去(い)つたか
その紫の押花(おしばな)はもうにじまないのか
草の上には陽は照らぬのか
昇天の幻想だにもはやないのか?

僕は何を云つてゐるのか
如何(いか)なる錯乱に掠(かす)められてゐるのか
蝶々はどつちへとんでいつたか
今は春でなくて、秋であつたか

ではあゝ、濃いシロップでも飲まう
冷たくして、太いストローで飲まう
とろとろと、脇見もしないで飲まう
何にも、何にも、求めまい!……



朝鮮女

朝鮮女(をんな)の服の紐
秋の風にや縒(よ)れたらん
街道を往くをりをりは
子供の手をば無理に引き
額顰(しか)めし汝(な)が面(おも)ぞ
肌赤銅の乾物(ひもの)にて
なにを思へるその顔ぞ
――まことやわれもうらぶれし
こころに呆(ほう)け見ゐたりけむ
われを打見ていぶかりて
子供うながし去りゆけり……
軽く立ちたる埃(ほこり)かも
何をかわれに思へとや
軽く立ちたる埃かも
何をかわれに思へとや……
・・・・・・・・・・・



夏の夜に覚めてみた夢

眠らうとして目をば閉ぢると
真ッ暗なグランドの上に
その日昼みた野球のナインの
ユニホームばかりほのかに白く――

ナインは各々守備位置にあり
狡(ずる)さうなピッチャは相も変らず
お調子者のセカンドは
相も変らぬお調子ぶりの

扨(さて)、待つてゐるヒットは出なく
やれやれと思つてゐると
ナインも打者も悉(ことごと)く消え
人ッ子一人ゐはしないグランドは

忽(たちま)ち暑い真昼(ひる)のグランド
グランド繞(めぐ)るポプラ竝木(なみき)は
蒼々として葉をひるがへし
ひときはつづく蝉しぐれ
やれやれと思つてゐるうち……眠(ね)た



春と赤ン坊

菜の花畑で眠つてゐるのは……
菜の花畑で吹かれてゐるのは……
赤ン坊ではないでせうか?

いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です
ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です
菜の花畑に眠つてゐるのは、赤ン坊ですけど

走つてゆくのは、自転車々々々
向ふの道を、走つてゆくのは
薄桃色の、風を切つて……

薄桃色の、風を切つて
走つてゆくのは菜の花畑や空の白雲(しろくも)
――赤ン坊を畑に置いて



雲 雀

ひねもす空で鳴りますは
あゝ 電線だ、電線だ

ひねもす空で啼きますは
あゝ 雲の子だ、雲雀奴(ひばりめ)だ

碧(あーを)い 碧(あーを)い空の中
ぐるぐるぐると 潜(もぐ)りこみ
ピーチクチクと啼きますは
あゝ 雲の子だ、雲雀奴だ

歩いてゆくのは菜の花畑
地平の方へ、地平の方へ
歩いてゆくのはあの山この山
あーをい あーをい空の下

眠つてゐるのは、菜の花畑に
菜の花畑に、眠つてゐるのは
菜の花畑で風に吹かれて
眠つてゐるのは赤ン坊だ?



初夏の夜

また今年(こんねん)も夏が来て、
夜は、蒸気で出来た白熊が、
沼をわたつてやつてくる。
――色々のことがあつたんです。
色々のことをして来たものです。
嬉しいことも、あつたのですが、
回想されては、すべてがかなしい
鉄製の、軋音(あつおん)さながら
なべては夕暮迫るけはひに
幼年も、老年も、青年も壮年も、
共々に余りに可憐な声をばあげて、
薄暮の中で舞ふ蛾の下で
はかなくも可憐な顎(あご)をしてゐるのです。
されば今夜(こんや)六月の良夜(あたらよ)なりとはいへ、
遠いい物音が、心地よく風に送られて来るとはいへ、
なにがなし悲しい思ひであるのは、
消えたばかしの鉄橋の響音、
大河(おおかは)の、その鉄橋の上方に、空はぼんやりと石盤色であるのです。



北の海

海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。

曇つた北海の空の下、
浪はところどころ歯をむいて、
空を呪(のろ)つてゐるのです。
いつはてるとも知れない呪。

海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。



頑是ない歌

思へば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気(ゆげ)は今いづこ

雲の間に月はゐて
それな汽笛を耳にすると
竦然(しようぜん)として身をすくめ
月はその時空にゐた

それから何年経つたことか
汽笛の湯気を茫然と
眼で追ひかなしくなつてゐた
あの頃の俺はいまいづこ

今では女房子供持ち
思へば遠く来たもんだ
此の先まだまだ何時までか
生きてゆくのであらうけど

生きてゆくのであらうけど
遠く経て来た日や夜(よる)の
あんまりこんなにこひしゆては
なんだか自信が持てないよ

さりとて生きてゆく限り
結局我(が)ン張る僕の性質(さが)
と思へばなんだか我ながら
いたはしいよなものですよ

考へてみればそれはまあ
結局我ン張るのだとして
昔恋しい時もあり そして
どうにかやつてはゆくのでせう

考へてみれば簡単だ
畢竟(ひつきやう)意志の問題だ
なんとかやるより仕方もない
やりさへすればよいのだと

思ふけれどもそれもそれ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気や今いづこ



閑 寂

なんにも訪(おとな)ふことのない、
私の心は閑寂だ。
    それは日曜日の渡り廊下、
    ――みんなは野原へ行つちやつた。

板は冷たい光沢(つや)をもち、
小鳥は庭に啼(な)いてゐる。
    締めの足りない水道の、
    蛇口の滴(しづく)は、つと光り!

土は薔薇色(ばらいろ)、空には雲雀(ひばり)
空はきれいな四月です。
    なんにも訪(おとな)ふことのない、
    私の心は閑寂だ。



お道化うた

月の光のそのことを、
盲目少女(めくらむすめ)に教へたは、
ベートー※ンか、シューバート?
俺の記憶の錯覚が、
今夜とちれてゐるけれど、
ベトちやんだとは思ふけど、
シュバちやんではなかつたらうか?

霧の降つたる秋の夜に、
庭・石段に腰掛けて、
月の光を浴びながら、
二人、黙つてゐたけれど、
やがてピアノの部屋に入り、
泣かんばかりに弾き出した、
あれは、シュバちやんではなかつたらうか?

かすむ街の灯とほに見て、
ウヰンの市(まち)の郊外に、
星も降るよなその夜さ一と夜、
虫、草叢(くさむら)にすだく頃、
教師の息子の十三番目、
頸の短いあの男、
盲目少女(めくらむすめ)の手をとるやうに、
ピアノの上に勢ひ込んだ、
汗の出さうなその額、
安物くさいその眼鏡、
丸い背中もいぢらしく
吐き出すやうに弾いたのは、
あれは、シュバちやんではなかつたらうか?

シュバちやんかベトちやんか、
そんなこと、いざ知らね、
今宵星降る東京の夜(よる)、
ビールのコップを傾けて、
月の光を見てあれば、

ベトちやんもシュバちやんも、はやとほに死に、
はやとほに死んだことさへ、
誰知らうことわりもない……



思ひ出

お天気の日の、海の沖は
なんと、あんなに綺麗なんだ!
お天気の日の、海の沖は
まるで、金や、銀ではないか

金や銀の沖の波に、
ひかれひかれて、岬(みさき)の端に
やつて来たれど金や銀は
なほもとほのき、沖で光つた。

岬の端には煉瓦工場が、
工場の庭には煉瓦干されて、
煉瓦干されて赫々(あかあか)してゐた
しかも工場は、音とてなかつた

煉瓦工場に、腰をば据ゑて、
私は暫く煙草を吹かした。
煙草吹かしてぼんやりしてると、
沖の方では波が鳴つてた。

沖の方では波が鳴らうと、
私はかまはずぼんやりしてゐた。
ぼんやりしてると頭も胸も
ポカポカポカポカ暖かだつた

ポカポカポカポカ暖かだつたよ
岬の工場は春の陽をうけ、
煉瓦工場は音とてもなく
裏の木立で鳥が啼(な)いてた

鳥が啼いても煉瓦工場は、
ビクともしないでジッとしてゐた
鳥が啼いても煉瓦工場の、
窓の硝子は陽をうけてゐた

窓の硝子は陽をうけてても
ちつとも暖かさうではなかつた
春のはじめのお天気の日の
岬の端の煉瓦工場よ!

      *         *
            *         *

煉瓦工場は、その後廃(すた)れて、
煉瓦工場は、死んでしまつた
煉瓦工場の、窓も硝子(ガラス)も、
今は毀(こは)れてゐようといふもの

煉瓦工場は、廃れて枯れて、
木立の前に、今もぼんやり
木立に鳥は、今も啼くけど
煉瓦工場は、朽ちてゆくだけ

沖の波は、今も鳴るけど
庭の土には、陽が照るけれど
煉瓦工場に、人夫は来ない
煉瓦工場に、僕も行かない

嘗(かつ)て煙を、吐いてた煙突も、
今はぶきみに、たゞ立つてゐる
雨の降る日は、殊にもぶきみ
晴れた日だとて、相当ぶきみ

相当ぶきみな、煙突でさへ
今ぢやどうさへ、手出しも出来ず
この尨大(ぼうだい)な、古強者(ふるつはもの)が
時々恨む、その眼は怖い

その眼は怖くて、今日も僕は
浜へ出て来て、石に腰掛け
ぼんやり俯(うつむ)き、案じてゐれば
僕の胸さへ、波を打つのだ



残 暑

畳の上に、寝ころばう、
蝿(はへ)はブンブン 唸つてる
畳ももはや 黄色くなつたと
今朝がた 誰かが云つてゐたつけ

それやこれやと とりとめもなく
僕の頭に 記憶は浮かび
浮かぶがまゝに 浮かべてゐるうち
いつしか 僕は眠つてゐたのだ

覚めたのは 夕方ちかく
まだかなかな[#「かなかな」に傍点]は 啼(な)いてたけれど
樹々の梢は 陽を受けてたけど、
僕は庭木に 打水やつた

    打水が、樹々の下枝(しづえ)の葉の尖(さき)に
    光つてゐるのをいつまでも、僕は見てゐた



除夜の鐘

除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
千万年も、古びた夜(よる)の空気を顫(ふる)はし、
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。

それは寺院の森の霧(きら)つた空……
そのあたりで鳴つて、そしてそこから響いて来る。
それは寺院の森の霧つた空……

その時子供は父母の膝下(ひざもと)で蕎麦(そば)を食うべ、
その時銀座はいつぱいの人出、浅草もいつぱいの人出、
その時子供は父母の膝下で蕎麦を食うべ。

その時銀座はいつぱいの人出、浅草もいつぱいの人出。
その時囚人は、どんな心持だらう、どんな心持だらう、
その時銀座はいつぱいの人出、浅草もいつぱいの人出。

除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
千万年も、古びた夜(よる)の空気を顫(ふる)はし、
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。



雪の賦

雪が降るとこのわたくしには、人生が、
かなしくもうつくしいものに――
憂愁にみちたものに、思へるのであつた。

その雪は、中世の、暗いお城の塀にも降り、
大高源吾(おほたかげんご)の頃にも降つた……

幾多(あまた)々々の孤児の手は、
そのためにかじかんで、
都会の夕べはそのために十分悲しくあつたのだ。

ロシアの田舎の別荘の、
矢来の彼方(かなた)に見る雪は、
うんざりする程(ほど)永遠で、

雪の降る日は高貴の夫人も、
ちつとは愚痴でもあらうと思はれ……

雪が降るとこのわたくしには、人生が
かなしくもうつくしいものに――
憂愁にみちたものに、思へるのであつた。



わが半生

私は随分苦労して来た。
それがどうした苦労であつたか、
語らうなぞとはつゆさへ思はぬ。
またその苦労が果して価値の
あつたものかなかつたものか、
そんなことなぞ考へてもみぬ。

とにかく私は苦労して来た。
苦労して来たことであつた!
そして、今、此処(ここ)、机の前の、
自分を見出すばつかりだ。
じつと手を出し眺めるほどの
ことしか私は出来ないのだ。

   外(そと)では今宵(こよい)、木の葉がそよぐ。
   はるかな気持の、春の宵だ。
   そして私は、静かに死ぬる、
   坐つたまんまで、死んでゆくのだ。



独身者

石鹸箱(せつけんばこ)には秋風が吹き
郊外と、市街を限る路の上には
大原女(おほはらめ)が一人歩いてゐた

――彼は独身者(どくしんもの)であつた
彼は極度の近眼であつた
彼はよそゆき[#「よそゆき」に傍点]を普段に着てゐた
判屋奉公したこともあつた

今しも彼が湯屋から出て来る
薄日の射してる午後の三時
石鹸箱には風が吹き
郊外と、市街を限る路の上には
大原女が一人歩いてゐた



春宵感懐

雨が、あがつて、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵(よひ)。
 なまあつたかい、風が吹く。

なんだか、深い、溜息が、
 なんだかはるかな、幻想が、
湧くけど、それは、掴(つか)めない。
 誰にも、それは、語れない。

誰にも、それは、語れない
 ことだけれども、それこそが、
いのちだらうぢやないですか、
 けれども、それは、示(あ)かせない……

かくて、人間、ひとりびとり、
 こころで感じて、顔見合せれば
につこり笑ふといふほどの
 ことして、一生、過ぎるんですねえ

雨が、あがつて、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
 なまあつたかい、風が吹く。



曇 天

 ある朝 僕は 空の 中に、
黒い 旗が はためくを 見た。
 はたはた それは はためいて ゐたが、
音は きこえぬ 高きが ゆゑに。

 手繰り 下ろさうと 僕は したが、 
綱も なければ それも 叶(かな)はず、
 旗は はたはた はためく ばかり、
空の 奥処(をくが)に 舞ひ入る 如く。

 かかる 朝(あした)を 少年の 日も、
屡々(しばしば) 見たりと 僕は 憶(おも)ふ。
 かの時は そを 野原の 上に、
今はた 都会の 甍(いらか)の 上に。

 かの時 この時 時は 隔つれ、
此処(ここ)と 彼処(かしこ)と 所は 異れ、
 はたはた はたはた み空に ひとり、
いまも 渝(かは)らぬ かの 黒旗よ。



蜻蛉に寄す

あんまり晴れてる 秋の空
赤い蜻蛉(とんぼ)が 飛んでゐる
淡(あは)い夕陽を 浴びながら
僕は野原に 立つてゐる

遠くに工場の 煙突が
夕陽にかすんで みえてゐる
大きな溜息 一つついて
僕は蹲(しやが)んで 石を拾ふ

その石くれの 冷たさが
漸く手中(しゆちゆう)で ぬくもると
僕は放(ほか)して 今度は草を
夕陽を浴びてる 草を抜く

抜かれた草は 土の上で
ほのかほのかに 萎(な)えてゆく
遠くに工場の 煙突は 
夕陽に霞(かす)んで みえてゐる


--------------------------------------------------------------------------------

永訣の秋


ゆきてかへらぬ
    ――京都――

 僕は此の世の果てにゐた。陽は温暖に降り洒(そそ)ぎ、風は花々揺(ゆす)つてゐた。

 木橋の、埃りは終日、沈黙し、ポストは終日赫々(あかあか)と、風車を付けた乳母車(うばぐるま)、いつも街上に停(とま)つてゐた。

 棲む人達は子供等は、街上に見えず、僕に一人の縁者(みより)なく、風信機(かざみ)の上の空の色、時々見るのが仕事であつた。

 さりとて退屈してもゐず、空気の中には蜜があり、物体ではないその蜜は、常住食すに適してゐた。

 煙草くらゐは喫つてもみたが、それとて匂ひを好んだばかり。おまけに僕としたことが、戸外でしか吹かさなかつた。

 さてわが親しき所有品(もちもの)は、タオル一本。枕は持つてゐたとはいへ、布団(ふとん)ときたらば影だになく、歯刷子(はぶらし)くらゐは持つてもゐたが、たつた一冊ある本は、中に何も書いてはなく、時々手にとりその目方、たのしむだけのものだつた。

 女たちは、げに慕はしいのではあつたが、一度とて、会ひに行かうと思はなかつた。夢みるだけで沢山だつた。

 名状しがたい何物かゞ、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴つてゐた。

           *            *
                  *

 林の中には、世にも不思議な公園があつて、不気味な程にもにこやかな、女や子供、男達散歩してゐて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情してゐた。

 さてその空には銀色に、蜘蛛(くも)の巣が光り輝いてゐた。



一つのメルヘン

秋の夜は、はるかの彼方(かなた)に、
小石ばかりの、河原があつて、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射してゐるのでありました。

陽といつても、まるで硅石(けいせき)か何かのやうで、
非常な個体の粉末のやうで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音を立ててもゐるのでした。

さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでゐてくつきりとした
影を落としてゐるのでした。

やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄流れてもゐなかつた川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました……



幻 影

私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命さうなピエロがひとり棲んでゐて、
それは、紗(しや)の服なんかを着込んで、
そして、月光を浴びてゐるのでした。

ともすると、弱々しげな手付をして、
しきりと 手真似をするのでしたが、
その意味が、つひぞ通じたためしはなく、
あわれげな 思ひをさせるばつかりでした。

手真似につれては、唇(くち)も動かしてゐるのでしたが、
古い影絵でも見てゐるやう――
音はちつともしないのですし、
何を云つてるのかは 分りませんでした。

しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧の中で、
かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
眼付ばかりはどこまでも、やさしさうなのでした。



あばずれ女の亭主が歌つた

おまへはおれを愛してる、一度とて
おれを憎んだためしはない。
おれもおまへを愛してる。前世から
さだまつていることのやう。

そして二人の魂は、不識(しらず)に温和に愛し合ふ
もう長年の習慣だ。

それなのにまた二人には、
ひどく浮気な心があつて、

いちばん自然な愛の気持を、
時にうるさく思ふのだ。

佳い香水のかをりより、
病院の、あはい匂ひに慕ひよる。

そこでいちばん親しい二人が、
時にいちばん憎みあふ。

そしてあとでは得態(えたい)の知れない
悔の気持に浸るのだ。

あゝ、二人には浮気があつて、
それが真実(ほんと)を見えなくしちまふ。

佳い香水のかをりより、
病院の、あはい匂ひに慕ひよる。



言葉なき歌

あれはとほいい処にあるのだけれど
おれは此処(ここ)で待つてゐなくてはならない
此処は空気もかすかで蒼(あを)く
葱(ねぎ)の根のやうに仄(ほの)かに淡(あは)い

決して急いではならない
此処で十分待つてゐなければならない
処女(むすめ)の眼(め)のやうに遥かを見遣(みや)つてはならない
たしかに此処で待つてゐればよい

それにしてもあれはとほいい彼方(かなた)で夕陽にけぶつてゐた
号笛(フイトル)の音(ね)のやうに太くて繊弱だつた
けれどもその方へ駆け出してはならない
たしかに此処で待つてゐなければならない

さうすればそのうち喘(あへ)ぎも平静に復し
たしかにあすこまでゆけるに違ひない
しかしあれは煙突の煙のやうに
とほくとほく いつまでも茜(あかね)の空にたなびいてゐた



月夜の浜辺

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂(たもと)に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
   月に向つてそれは抛(はふ)れず
   浪に向つてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁(し)み、心に沁みた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?



また来ん春……

また来ん春と人は云ふ
しかし私は辛いのだ
春が来たつて何になろ
あの子が返つて来るぢやない

おもへば今年の五月には
おまへを抱いて動物園
象を見せても猫(にやあ)といひ
鳥を見せても猫(にやあ)だつた

最後に見せた鹿だけは
角によつぽど惹かれてか
何とも云はず 眺めてた

ほんにおまへもあの時は
此の世の光のたゞ中に
立つて眺めてゐたつけが……



月の光 その一

月の光が照つてゐた
月の光が照つてゐた

  お庭の隅の草叢(くさむら)に
  隠れてゐるのは死んだ児だ

月の光が照つてゐた
月の光が照つてゐた

  おや、チルシスとアマントが
  芝生の上に出て来てる

ギタアを持つては来てゐるが
おつぽり出してあるばかり

  月の光が照つてゐた
  月の光が照つてゐた



月の光 その二

おゝチルシスとアマントが
庭に出て来て遊んでる

ほんに今夜は春の宵(よひ)
なまあつたかい靄(もや)もある

月の光に照らされて
庭のベンチの上にゐる

ギタアがそばにはあるけれど
いつかう弾き出しさうもない

芝生のむかふは森でして
とても黒々してゐます

おゝチルシスとアマントが
こそこそ話してゐる間

森の中では死んだ子が
蛍のやうに蹲(しやが)んでる



村の時計

村の大きな時計は、
ひねもす動いてゐた

その字板のペンキは
もう艶(つや)が消えてゐた

近寄つてみると、
小さなひびが沢山にあるのだつた

それで夕陽が当つてさへが、
おとなしい色をしてゐた

時を打つ前には、
ぜいぜいと鳴つた

字板が鳴るのか中の機械が鳴るのか
僕にも誰にも分らなかつた



或る男の肖像

   1

洋行帰りのその洒落者(しやれもの)は、
齢(とし)をとつても髪に緑の油をつけてた。

夜毎喫茶店にあらはれて、
其処(そこ)の主人と話してゐる様(さま)はあはれげであつた。

死んだと聞いてはいつそうあはれであつた。

   2

        ――幻滅は鋼(はがね)のいろ。
髪毛の艶(つや)と、ラムプの金との夕まぐれ
庭に向つて、開け放たれた戸口から、
彼は戸外に出て行つた。

剃りたての、頸条(うなじ)も手頸(てくび)も
どこもかしこもそはそはと、
寒かつた。

開け放たれた戸口から
悔恨は、風と一緒に容赦なく
吹込んでゐた。

読書も、しむみりした恋も、
あたたかいお茶も黄昏(たそがれ)の空とともに
風とともにもう其処にはなかつた。

   3

彼女は
壁の中へ這入(はひ)つてしまつた。
それで彼は独り、
部屋で卓子(テーブル)を拭いてゐた。


冬の長門峡

長門峡に、水は流れてありにけり。
寒い寒い日なりき。

われは料亭にありぬ。
酒酌(く)みてありぬ。

われのほか別に、
客とてもなかりけり。

水は、恰(あたか)も魂あるものの如く、
流れ流れてありにけり。

やがても密柑(みかん)の如き夕陽、
欄干(らんかん)にこぼれたり。

ああ! ――そのやうな時もありき、
寒い寒い 日なりき。



米 子

二十八歳のその処女(むすめ)は、
肺病やみで、腓(ひ)は細かつた。
ポプラのやうに、人も通らぬ
歩道に沿つて、立つてゐた。

処女(むすめ)の名前は、米子と云つた。
夏には、顔が、汚れてみえたが、
冬だの秋には、きれいであつた。
――かぼそい声をしてをつた。

二十八歳のその処女(むすめ)は、
お嫁に行けば、その病気は
癒(なほ)るかに思はれた。と、さう思ひながら
私はたびたび処女(むすめ)をみた……

しかし一度も、さうと口には出さなかつた。
別に、云ひ出しにくいからといふのでもない
云つて却(かへ)つて、落胆させてはと思つたからでもない、
なぜかしら、云はずじまひであつたのだ。

二十八歳のその処女(むすめ)は、
歩道に沿つて立つてゐた、
雨あがりの午後、ポプラのやうに。
――かぼそい声をもう一度、聞いてみたいと思ふのだ……



正 午
 丸ビル風景

あゝ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
月給取の午休み、ぷらりぷらりと手を振つて
あとからあとから出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちやな小ッちやな出入口
空はひろびろ薄曇り、薄曇り、埃りも少々立つてゐる
ひよんな眼付で見上げても、眼を落としても……
なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな
あゝ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちやな小ッちやな出入口
空吹く風にサイレンは、響き響きて消えてゆくかな



春日狂想

   1

愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。

愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。

けれどもそれでも、業(ごふ)(?)が深くて、
なほもながらふことともなつたら、

奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。

愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、

もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、

奉仕の気持に、ならなけあならない。
奉仕の気持に、ならなけあならない。

   2

奉仕の気持になりはなったが、
さて格別の、ことも出来ない。

そこで以前(せん)より、本なら熟読。
そこで以前より、人には丁寧。

テムポ正しき散歩をなして
麦稈真田(ばくかんさなだ)を敬虔(けいけん)に編み――

まるでこれでは、玩具(おもちや)の兵隊、
まるでこれでは、毎日、日曜。

神社の日向を、ゆるゆる歩み、
知人に遇(あ)へば、につこり致し、

飴売爺々(あめうりぢぢい)と、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、

まぶしくなつたら、日蔭に這入(はひ)り、
そこで地面や草木を見直す。

苔はまことに、ひんやりいたし、
いはうやうなき、今日の麗日。

参詣人等もぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。

    (まことに人生、一瞬の夢、
     ゴム風船の、美しさかな。)[#「()」は底本では二重の丸かっこ]

空に昇つて、光つて、消えて――
やあ、今日は、御機嫌いかが。

久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処(どこ)かで、お茶でも飲みましよ。

勇んで茶店に這入(はひ)りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。

煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
名状しがたい覚悟をなして、――

戸外(そと)はまことに賑やかなこと!
――ではまたそのうち、奥さんによろしく、

外国(あつち)に行つたら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。

馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。

まぶしく、美(は)しく、はた俯(うつむ)いて、
話をさせたら、でもうんざりか?

それでも心をポーッとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。

     3

ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テムポ正しく、握手をしませう。

つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。

ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に――
テムポ正しく、握手をしませう。



蛙 声

天は地を蓋(おほ)ひ、
そして、地には偶々(たまたま)池がある。
その池で今夜一と夜さ蛙は鳴く……
――あれは、何を鳴いてるのであらう?

その声は、空より来り、
空へと去るのであらう?
天は地を蓋(おほ)ひ、
そして蛙声は水面に走る。

よし此の地方(くに)が湿潤に過ぎるとしても、
疲れたる我等が心のためには、
柱は猶(なほ)、余りに乾いたものと感(おも)はれ、

頭は重く、肩は凝るのだ。
さて、それなのに夜が来れば蛙は鳴き、
その声は水面に走つて暗雲に迫る。



後記

 茲(ここ)に収めたのは、『山羊の歌』以後に発表したものの過半数である。作つたのは、最も古いのでは大正十四年のもの、最も新しいのでは昭和十二年のものがある。序(つい)でだから云ふが、『山羊の歌』には大正十三年春の作から昭和五年春迄のものを収めた。
 詩を作りさへすればそれで詩生活といふことが出来れば、私の詩生活も既(すで)に二十三年を経た。もし詩を以て本職とする覚悟をした日からを詩生活と称すべきなら、十五年間の詩生活である。
 長いといへば長い、短いといへば短いその年月の間に、私の感じたこと考へたことは尠(すくな)くない。今その概略を述べてみようかと、一寸思つてみるだけでもゾッとする程だ。私は何にも、だから語らうとは思はない。たゞ私は、私の個性が詩に最も適することを、確実に確かめた日から詩を本職としたのであつたことだけを、ともかくも云つておきたい。
 私は今、此の詩集の原稿を纏め、友人小林秀雄に托し、東京十三年間の生活に別れて、郷里に引籠るのである。別に新しい計画があるのでもないが、いよいよ詩生活に沈潜しようと思つてゐる。
 扨(さて)、此の後どうなることか……それを思へば茫洋とする。
 さらば東京! おゝわが青春!
                         〔一九三七・九・二三〕


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■本文中で使われている外字
※ルレーヌ
ベートー※ン
第3水準1-7-84
※荷(めうが)
第3水準1-91-42
※気(かうき)
第3水準1-94-5

--------------------------------------------------------------------------------
底本:「中原中也詩集」岩波文庫、岩波書店
   1981(昭和56)年6月16日第1刷発行
   1997(平成9)年12月5日第37刷発行
底本の親本:「中原中也全集第六巻」角川書店
入力:浜野安紀子
校正:浜野 智
ファイル作成:浜野 智
1999年2月17日公開
2001年12月31日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

作者不明 | 21:59 | 読書感想(0) | トラックバック(0) | 最初の頁へ

イギリス海岸 宮沢賢治

 夏休みの十五日の農場実習の間に、私どもがイギリス海岸とあだ名をつけて、二日か三日ごと、仕事が一きりつくたびに、よく遊びに行った処(ところ)がありました。
 それは本たうは海岸ではなくて、いかにも海岸の風をした川の岸です。北上(きたかみ)川の西岸でした。東の仙人(せんにん)峠から、遠野を通り土沢を過ぎ、北上山地を横截(よこぎ)って来る冷たい猿(さる)ヶ石(いし)川の、北上川への落合から、少し下流の西岸でした。
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| 21:57 | 読書感想(0) | トラックバック(0) | 最初の頁へ

賢者の贈り物 The Gift of the Magi オー・ヘンリー作 結城浩訳

1ドル87セント。それで全部。しかもそのうち60セントは小銭でした。小銭は一回の買い物につき一枚か二枚づつ浮かせたものです。乾物屋や八百屋や肉屋に無理矢理まけさせたので、しまいに、こんなに値切るなんてという無言の非難で頬が赤くなるほどでした。デラは三回数えてみました。でもやっぱり1ドル87セント。明日はクリスマスだというのに。

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赤ずきんちゃん ROTKAPPCHEN グリム兄弟 Bruder Grimm 楠山正雄訳

 むかし、むかし、あるところに、ちいちゃいかわいい女の子がありました。それはたれだって、ちょいとみただけで、かわいくなるこの子でしたが、でも、たれよりもかれよりも、この子のおばあさんほど、この子をかわいがっているものはなく、この子をみると、なにもかもやりたくてやりたくて、いったいなにをやっていいのかわからなくなるくらいでした。それで、あるとき、おばあさんは、赤いびろうどで、この子にずきんをこしらえてやりました。すると、それがまたこの子によく似あうので、もうほかのものは、なんにもかぶらないと、きめてしまいました。そこで、この子は、赤ずきんちゃん、赤ずきんちゃん、とばかり、よばれるようになりました。
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人口論 トマス・ロバト・マルサス Thomas Robert Malthus

AN ESSAY ON THE PRINCIPLE OF POPULATION
吉田秀夫訳

        訳序

 マルサス『人口論』の第一版と第二版との間に大きな差異があることは、どの本にも書いてあり誰でも知っている。しかしその第二版以後がどうかということになると、余りはっきりしていないようである。しかし実際は、『人口論』はマルサスの生きている間に六版を重ねており、その各々にはいずれも訂正または増補が行われているのであって、同一の版本は一つもないのである。もちろん第二版の訂正増補が最大であるが、これに次いでは第三版及び第五版のそれである。そして第四版及び第六版はその各々の前の版の再刻と普通には称せられているが、それでさえ実は修正が加えられているのである。
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世界怪談名作集 マクドナルド George MacDonald

鏡中の美女
岡本綺堂訳

      一

 コスモ・フォン・ウェルスタールはプラーグの大学生であった。
 彼は貴族の一門であるにもかかわらず、貧乏であった。そうして、貧乏より生ずるところの独立をみずから誇っていた。誰でも貧乏から逃がれることが出来なければ、むしろそれを誇りとするよりほかはないのである。彼は学生仲間に可愛がられていながら、さてこれという友達もなく、学生仲間のうちでまだ一人も、古い町の最も高い家の頂上にある彼の下宿の戸口へはいった者はないのであった。
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ピタゴラスと豆 寺田寅彦

 幾何学を教わった人は誰でもピタゴラスの定理というものの名前ぐらいは覚えているであろう。直角三角形の一番長い辺の上に乗っけた枡形(ますがた)の面積が他の二つの辺の上に作った二つの枡形の面積の和に等しいというのである。オルダス・ハクスレーの短篇『若きアルキメデス』には百姓の子のギドーが木片の燃えさしで鋪道(ほどう)の石の上に図形を描いてこの定理の証明をやっている場面が出て来るのである。また相対性原理を設立したアインシュタインが子供のときに独りでこの定理を見付けたとかいう話が伝えられている。この同じピタゴラスがまた楽音の協和(ハーモニー)と整数の比との関係の発見者であり、宇宙の調和の唱道者であったことはよく知られているようであるが、この同じピタゴラスが豆のために命を失ったという話がディオゲネス・ライルチオスの『哲学者列伝』の中に伝えられている。
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夢判断 寺田寅彦

 友人が妙な夢を見たと云って話して聞かせた。それは田舎の農家で泊った晩のことである。全身がしびれ、強直(こうちょく)して動けなくなったが、それが「電気のせい」だと思われた。白い手術着を着た助手らしい男がしきりにあちこち歩き廻ってそれを助けてくれようとするのだが、一向利目(ききめ)がないので困り果てたところで眼がさめたのだという。さめて見たら枕が無闇(むやみ)に固くて首筋が痺(しび)れていたそうである。
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恋愛曲線 小酒井不木

 親愛なるA君!
 君の一代の盛典(せいてん)を祝するために、僕は今、僕の心からなる記念品として、「恋愛曲線」なるものを送ろうとして居る。かような贈り物は、結婚の際は勿論のこと、その他は如何なる場合に於ても、日本は愚(おろ)か、支那でも、西洋でも、否(いな)、世界開闢(かいびゃく)以来、未(いま)だ曾(かつ)て何人(なんぴと)によっても試みられなかったであろうと、僕は大(おおい)に得意を感ぜざるを得ない。貧乏な一介の医学者たる僕が、たとい己(おの)れの全財産を傾けて買った品であっても、百万長者の長男たる君には、決して満足を与え得ないだろうと信じた僕は、熟考に熟考を重ねた結果、この恋愛曲線を思いつき、これならば十二分に君の心を動かすことが出来るだろうと予想して、この手紙を書きながらも、僕は、生れてから始めて経験するほどの、胸の高鳴りを覚えつゝあるのだ。君が結婚しようとする雪江さんは、僕もまんざら知らぬ仲ではないから、君たちの永遠の幸福を祈ってやまぬ僕は、こゝに君に向って恭(うや/\)しく恋愛曲線を捧げ、以て微意を表したいと思うのである。君は、僕のような武骨一点張りの科学者が、恋愛などという文字を使用することにすら、滑稽を覚えるかも知れぬが、然(しか)し僕は君の考えて居るほど「冷血」ではなく、多少の温かい血は流れて居るつもりだ。流れて居ればこそ、君の結婚に対して無関心では居られなくなり、頭脳を搾って、縁起のよかるべき名をもった、この贈り物を考え出したのである。
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メデューサの首 小酒井不木

 T医科大学の四年級の夏休みに、わたしは卒業試験のため友人の町田(まちだ)と二人で伊豆山(いずさん)のS旅館に出かけました。六月末のことで避暑客もまだそんなに沢山はいませんでしたから、勉強するには至極適当であったけれども、勉強とは名ばかりで、わたしたちは大いに遊んでしまいました。
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段梯子の恐怖 小酒井不木


「探偵趣味」第四号の配達された日、私を訪ねた友人Fは、室にはいるなり、
「もう来たかね?」といって、机の上にあった雑誌を、いきなり取り上げて、ページを繰り始めた。彼はことし三十七歳の独身の弁護士である。
「その十四ページを見給え、編集当番のNさんが、段梯子の恐怖ということを書いて居るから……」
「え?」と彼は雑誌をまるめ、びっくりしたような顔をして私を見つめた。
「何だい、馬鹿に真面目な顔になったじゃないか、……僕もかねて段梯子の恐怖を取り扱った小説を書いて見たいと思って居たのだが、みしり、みしり、と降りて来る深夜の足音(あしおと)などは、聊(いささ)か材料が古いから、もっと、現実的な恐怖はないものかと思って居るんだ。……おや、君どうした? 何をそんなにぼんやりして居るんだ?」
 こう言われてFははっと我に返ったらしかった。
「いや、実は、段梯子の恐怖と聞いて一寸思い当ったことがあるのだ。小説の題材になるかならぬかは知らぬが、ついでだから話して見ようか」

 これはG市の話だがね? 市立高等女学校にSという三十越した女教師があったのだ。姉妹二人暮しで、早く両親を失ったため、妹より十二も年上なSさんは、母の代りになって妹を育て、独身で稼いで、遂に芽出度く女学校を卒業させることが出来たのだ。妹は姉さんよりも遥かに美しかったので校長が大へん力を入れて、お聟(むこ)さんを捜し、遂に某青年に白羽の矢が立って、いよいよ見あいする迄に事が進んだのだ。
 青年は校長夫人に連れられて、Sさんの家をたずね、すぐさま二階へ通されたのだ。先ずSさんが来て挨拶する、それから本人がお茶を運んで来る、双方チラと……いやいけないね、僕は描写がまずいから、とに角、その場の空気から察して二人は互いに気に入ったらしい。それからお菓子が出る、果物が出る、姉さんもかなりに喜んだらしいが、青年の観察したところによると、長年育てた妹を奪われる悲哀に似たものがその顔に浮んで見えたということだよ。ことに校長の媒酌(ばいしゃく)といえば文句もいえぬしね。
 一時間ばかり過ぎて、盛装した娘は林檎の食いあましの皿を持って階下へ行こうとしたが、段々を二つ三つ降りたかと思うと、足をふみ辷(すべ)らせたと見え、「ドドドン」という音が家内中に響き渡ったので、青年も校長夫人も、思わず立ち上がって階段の降り口へ駈けつけたそうだ。

「ハハハハハ」私は思わず笑った。
 しかしFは真面目顔だった。「君もやっぱり笑っちまったね。しかしだ。その娘が、落ちた拍子に林檎を剥くナイフの先で頬を傷つけ、それから丹毒症に罹(かか)って五日目に死に、妹の死んだ晩に姉さんが縊死したときいたら、あまり笑えないだろう」
「え? 本当か? なぜ姉さんは自殺したのだ?」
「書置がなかったからわからぬが、子のように育てた妹に死なれた悲哀の結果か、或いはだね、姉さんが段梯子に椿油でも塗って……」
「まさか?」
「そうでないかも知れんさ、そこは、君の腕次第でどうにでも書けるじゃないか? 僕はただ題材を提供しただけだ、実は、その見あいをした青年というのが僕自身で、爾来(じらい)十年、僕は、段梯子に恐怖を感ずるばかりか、見あいそのものにも一種の恐怖を感ずるようになったよ。……」

(一九二六年二月号)





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底本:「「探偵趣味」傑作選 幻の探偵雑誌2」光文社文庫、光文社
   2000(平成12)年4月20日初版1刷発行
初出:「探偵趣味」
   1926(大正15)年2月号
入力:鈴木厚司
校正:土屋隆
2004年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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手術 小酒井不木


 ×月×日、私の宅で、「探偵趣味の会」の例会を開きました。随分暑い晩でしたが、でも、集ったのは男の人が五人、女の人が三人、私を加えて都合九人、薄暗い電燈の光の下(もと)で、鯰(なまず)の血のような色をした西瓜をかじり乍(なが)ら、はじめは、犯罪や幽霊に関するとりとめもない話を致しました。
「……それにしても九人というのは面白いですねえ。西洋の伝説にある妖婆(ようば)は、九という数(すう)を非常に好むという話ですから」と、会社員で西洋文学通のN氏は言い出しました。いつの間にか私たちは怪談気分にひたって居たこととて、妖婆という言葉が、いつもより物凄く私の胸に響きました。
 N氏は続けました。「シェクスピアのマクベス劇で、三人の妖婆が魔薬を煮るところは可なり恐しい思いをさせられます。その魔薬の成分の一つとして、子豚(こぶた)を九疋(ひき)食った牝豚の血が、鍋の中へ入れられますが、あの無邪気に見える豚でも、共食いするかと思うと、何となく気味の悪いものですねえ……」
 こういってN氏は、私たち九人が、恰(あたか)も九疋(ひき)の子豚(こぶた)で、今にも牝豚ならぬ妖婆が、私たちを食べにでも来そうな雰囲気を作り出しました。
 この時、弁護士のS氏は言いました。「どうです、いま、共食いの話が出た序(ついで)に、今晩は、人間の共食いを話題としようではありませんか」
「いい題目(だいもく)です。皆さんどうです?」と私が申しました。
「大賛成!」「結構ですわ!」と皆々同意されましたので、私は申しました。
「先ず隗(かい)より始めよということがありますから、最初にSさんに御願い致しましょう」
 S氏は頭を掻いて、「どうも、とんだことを言い出しましたねえ」といい乍(なが)ら、でも、すなおに話し始めました。法律家であるだけに、穂積博士の「隠居論」に載って居る食人の例をよく記憶して居られて、老人隠居の風習の起りは「食人俗」にあることまで、極めて秩序的に説明してくれました。
 それから、私が話す番になったので、私は変態性慾と食人との関係について色々の例を述べて説明しました。恋人を殺してその心臓を切り出し、それを粉砕して、パンの中に焼き込んで食べた男の話などは、いつもならば何ともありませんが、今夜に限って、自分ながら妙な気持になり、外から盗人のようにはいって来るなまぬるい風さえ、血腥(ちなまぐさ)い臭いを持って居るかのように、思われました。
 次に大衆文芸作家K氏の日本文学にあらわれた食人の話があり、それについで、男の方も女の方もそれぞれ、凄い、面白い話をされ、最後にC子さんの番になりました。C子さんは数年前まで看護婦をして居られたのですが、故(ゆえ)あって今はタイピストをして居られます。
「それでは、今度はC子さんに御願い致しましょう」と私が申しますと、C子さんは、何故か先刻(さっき)から二三度太息(ためいき)をついて居られましたが、この時、決心したように言いました。
「思い切って御話することに致しましょう。実は私が看護婦をやめましたのも、ある御方の食人が動機となったので御座います。でも、この御話は、普通の女の方の前では、何だか、申しにくいところがありますから……」
「いえ、かまいません。どうぞ是非話して頂戴(ちょうだい)」と他の二人の女の方が口を揃えて、熱心に申しましたので、C子さんは、「それでは」といってしずかに話しはじめました。
 その時、ふと私が明け放した座敷から、おもてを見ますと、蝎座(さそりざ)の星が常よりも鋭く輝いて、はや、西南の空の地平線に近いところへ移って居ました。


 △△医科大学が、まだ△△医学専門学校と申しました時分のことで御座います、私は、産婦人科教室の看護婦を勤めて居りましたが、患者の受持ではなく、手術場を受け持って、手術の際に、ガーゼを渡したり手術道具を渡したりする役を致して居りました。
 主任教授はT先生と申しまして、その頃は四十前後の、まだ独身で御座いましたが、産婦人科の手術にかけては日本でも有数の御方で、その上弁舌に巧みでいらっしゃいましたから、学校内は勿論世間でも大へん評判が宜(よろ)しゅう御座いました。いくら名医と申しましても、やはり人間である以上誤診ということは免れ得ませんが、T先生は平素、念には念を入れる性質(たち)でしたから、滅多(めった)に誤診はなく、たまたまあっても、患者の生命に少しの影響をも及ぼしませんでした。
 ところがそのT先生が、どうしたことか、まあ、いわば、悪魔にでも憑(つ)かれなさったのでしょう、たった一度だけ、世にも恐ろしい誤診をなさったので御座います。それがため、先生は遂にその身を亡ぼしてしまわれ、私も看護婦という職業を捨てたので御座います。
 それはある夏のことでした。毎年、夏期には、教室で、産婦人科学の講習会が開かれますが、その年も凡(およ)そ二十五六人の聴講生が御座いました。聴講生と言いましても、みな、市内や近在に開業して居られる方ばかりで、どなたも相当な経験を積んで見えますから、T先生も殊更(ことさら)に注意をせられて、手術の時など、私たちの準備を厳重に監督なさいました。
 ある日、T先生は、子宮繊維腫(しきゅうせんいしゅ)の患者に、子宮剔出(てきしゅつ)手術を施して講習生に示されることになりました。その患者は二十五歳の未婚の婦人でしたが三ヶ月ほど前から月のものがとまり、段々衰弱して来たので、先生の診察を受けたところ、子宮の内壁に繊維腫が出来て居るから、子宮を全部剔出しなければならないとの事で、患者も覚悟をきめて、その大手術を受けることになりました。
 御承知でも御座いましょうが、子宮を剔出するには腹部から致しますのと、局部から致しますのと二通りの方法が御座います。T先生は、講習生に示す関係上、後の方法を御選びになりましたので私どもはその準備を致しました。手術室は、中央に手術台が置かれ、その手術台のまわりに凡(およ)そ一間半ほど隔てて、生徒たちの見学する台が、手術を見易(やす)くするために、ちょうど、昔のローマの劇場のように、一段々々後ろへ高くなって備えつけられてあります。で、二十数人の講習生は其処(そこ)へ半円形に陣取って、先生の臨床講義の始まるのを待って居りました。
 最初に先生は、当の患者を連れて来て、一通りその病歴を御話しになり、子宮繊維腫と診断なさった理由を、いつもの通りの、歯切れのよい、流暢(りゅうちょう)な言葉で御述べになりました。凡そ半時間ほど説明をなさって、患者を別室に退かせになりました。即ち、その別室で、患者に麻酔剤を与え、患者が十分麻酔した頃に、手術室に運んで、手術を受けさせるという順序で御座います。
 やがて患者は手術室に運ばれて来ました。患者が手術台に乗りますと、私は大へん忙(せ)わしくなるので御座います。先生も助手の方々も、白いキャップを御かぶりになり、口にも白いマスクをかけて手術に取りかかられるのが例で御座います。先ず、助手の方々によって、手術局部の厳重な消毒が行われますと、愈々(いよいよ)先生は手術に取りかかるために、特別な手術道具で、子宮を出来るだけ手前へ引き出しになりまして、順序として、指で丁寧に患部を触れて御覧になりました。
 もとより、その間も先生は、聴講生に向って、熱心に説明して居られました。私にはよくわかりませんでしたが、子宮繊維腫の出来たときには、子宮は林檎(りんご)のようにかたくなるのが特徴であるということを繰返し説明なさったようでした。
 ところが、暫(しばら)く触診をなさっておいでになりますと、先生の御言葉が段々乱れてまいりまして遂には、ぱたりと口を噤(つぐ)んでしまわれました。そして、ちょうど顕微鏡を御のぞきになるように、眼を近づけて、さらけ出されたものを、触診しながら、見つめて居られました。と、見る見るうちに先生の御顔に疑惑の色がただよい、その額にはオリーヴ油のような汗の玉が、ぎっしり並び始めました。恐らく先生はその時、夏の晩方、石だと思って掴(つか)んだのが、蟇(がま)であったときのような感覚をされたことだろうと思います。と申しますのは、患者の子宮は先生の予期に反して、先生が指で御つまみになると、空気の抜けかけたゴム鞠(まり)のようにくぼみましたからです。講習生の人々は、何事が起きたのかと、ちょうど、軍鶏(しゃも)が自分の卵ほどの蝸牛(かたつむり)を投げ与えられた時のように、首をのばし傾(かし)げて、息を凝らして見つめました。
 御承知の通り、手術室には、塵埃(ほこり)は至って少ないのですが、その時には、一つ一つの塵埃(ほこり)が、石床(いしゆか)の上に落ちる音が聞えるかと思われるほど、静かになりました。やがて先生の手は少しく顫(ふる)えかけました。すると、先生は何事かを決心されたかのように、でも、何事も仰(おっ)しゃらずに、つと、子宮の中へ指を入れて、血のついた白みがかった塊(かたまり)をつかみ出されました。が、それは、ほんの一瞬間のことで、先生はその塊(かたまり)を右の掌(て)の中へしっかり握りこんでしまわれました。講習生の方々は勿論、恐らく助手の方々も、それが何であったかは御承知なく、やはり、子宮の中に出来た病的の腫物だと思って居られたらしいのです。
 けれど、けれど。
 私は、不幸にも、その何物であるかを見てしまったのです。それは或(あるい)は私の錯覚であったかも知れません。いえ、錯覚であらせたいと今でも思って居ります。然(しか)し、兎(と)に角(かく)、その時、私の眼に映じましたのは、小さい乍(なが)らも人間の形を具えた三ヶ月ほどの胎児でありました。私はぞっと致しました。急にあたりがまっ暗(くら)になって、今にもたおれるかと思いましたが、その時、先生が、この世ならぬ声で、主席助手の方に向って言われた御言葉ではっと我にかえりました。
「もう、手術はすんだ。後始末をしてくれたまえ」
 こういわれたかと思うと、先生は血まみれの手に、その疑問の組織をかたく握ったまま、私たちを残して、さっさと出て行ってしまわれました。子宮剔出の手術は? ? ?[#二つ目、三つ目の「?」は太字] 講習生の方々は、催眠術にでもかけられたようにぼんやりした顔をして見えました。
 暫(しば)らくすると、患者の子宮から、はげしい出血がありました。主席助手の方は、極めて落ついた性質でしたから、応急の手当を施されましたが、どうしても血が止まりませんので、私に、T先生を呼んでこいと仰(おっ)しゃいました。私は、先刻からの心の打撃に、ふらふらして居た矢先ですからまるで夢中になって先生の御室にかけつけましたが、T先生は御いでになりません。で、産婦人科教室に属するすべての室を、一つ残らず捜して行き、最後に、建物のつき当りにある図書室に行きますと、T先生は手に血のついたまま、机によりかかって、ある書物を見つめておいでになりましたが、私の跫音(あしおと)をきくなり、その頭をむっくり上げて、私の方を向いてニッと御笑いになりました。
 ああ、その時のT先生の御顔!
 先生の口許にはべったり血がついて居りましたが、そればかりでなく先生の歯齦(はぐき)と歯とは真紅(まっか)に染まって、ちょうど絵にかかれた鬼の口をまのあたりに見るようで御座いました。はっと思うと気が遠くなって、私は図書室の入口にたおれてしまったのです……
 ここでC子さんは、暫らく話を中絶させました。私たちは固唾(かたづ)を呑んで、その続きを待ち構えました。
「私の御話というのはこれだけで御座います。その患者はその夜、衰弱のため死亡致しました。先生はそれから長い間精神科の病室にはいって居られましたが、先年インフルエンザの流行(はや)った時、肺炎にかかって寂しく死んで行かれました。
 で、最後に残る問題は、T先生が患者の腹から胎児を御取り出しになったことも、T先生の口の中が真紅(まっか)であったことも、果して私の錯覚であったかどうかということです。然(しか)したとい先生の御取り出しになったのが、胎児でなかったとしても、T先生が誤診なさったことは事実でありますしなお又、先生が、その疑問の組織のやり場に困って、最も安全な隠し場所として、御自分の胃袋を御選びになったことも、やはりたしかであると思って居るので御座います。
 このことがありましてから、私は看護婦という職業に厭気(いやけ)がさして、現在の職業に移ったので御座います……」

(『新青年』一九二五年十月)





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底本:「現代怪奇小説集 中島河太郎・紀田順一郎編」立風書房
   1988(昭和63)年7月10日第1刷発行
初出:「新青年」
   1925(大正14)年10月号
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:藤真新一
校正:柳沢成雄
2002年10月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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世界怪談名作集 ゴーチェ Theophile Gautier

クラリモンド
岡本綺堂訳

       一

 わたしがかつて恋をしたことがあるかとお訊(たず)ねになるのですか。あります。わたしの話はよほど変わっていて、しかも怖ろしい話です。わたしは六十六歳になりますが、いまだにその記憶の灰をかき乱したくないのです。
 わたしはごく若い少年の頃から、僧侶の務めを自分の天職のように思っていましたので、すべて私の勉強はその方面のことに向けていました。二十四のころまでのわたしの生活は、長い初学者としての生活でした。神学の課程を卒(お)えますと、つづいて種(しゅ)じゅの雑務に従事しましたが、牧師長の人たちはわたしがまだ若いにもかかわらず、わたしを認めてくれまして、最後に聖職につくことを許してくれました。そうして、その僧職の授与式は復活祭の週間のうちに行なわれることに決まりました。
 わたしはその頃まで、世間に出たことがありませんでした。わたしの世界は、学校の壁と、神学校関係の社会だけに限られていました。それで、わたしは世間でいう女というものには、極めて漠然とした考えしか持っていませんでしたし、また、そんな問題において考えたりすることは決してありませんでしたので、全く無邪気のままに生活していたのでした。私は一年にたった二度、わたしの年老いた虚弱な母に逢いに行くばかりで、私とほかの世間との関(かか)り合いというものは、全くこれだけのことしかなかったのであります。
 わたしはこの生活になんの不足もありませんでした。わたしは自分が二度と替えられない終身の職に就いたことに対しては、なんの躊躇(ためらい)も感じていませんでした。私はただ心の喜びと、胸の躍(おど)りを感じていました。どんな婚約をした恋人でも、わたしほどの夢中の喜びをもって、ゆるやかな時刻の過ぎるのをかぞえたことはありますまい。わたしは寝る時には、聖餐式(せいさんしき)でわたしが説教する時のことを夢みながら床(とこ)につくのです。わたしはこの世に、僧侶になるというほどの喜びは、他に何もないものだと信じていました。詩人になれても、帝王になれても、わたしはそれを断わりたいほどで、わたしの野心はもうこの僧侶以上に何も思っていませんでした。
 とうとう私にとって大事の日が参りました。私はまるで自分の肩に羽(はね)でも生えているように、浮きうきした心持ちで、教会の方へ軽く歩んでいました。まるで自分を天使(エンジェル)のように思うくらいでした。そうして、大勢(おおぜい)の友達のうちには暗いような物思わしげな顔をしている者があるのを、不思議に思うくらいでありました。わたしは祈祷(きとう)にその一夜を過ごして、まったく法悦(ほうえつ)の状態にあったのです。慈愛ぶかい司教さまは永遠にいます父――神のごとくに見え、教会の円天井(まるてんじょう)のあなたに天国を見ていたのであります。
 この儀式をくわしくご存じでしょうが、まず浄祓式(ベネゼクション)がおこなわれ、それから、両種の聖餐拝受式(コミュニオン)、それから、てのひらに洗礼者の油を塗る抹油式(まつゆしき)、それが済んでから、司教と声をそろえて勤める神聖なる献身の式が終わるのであります。
 ああ、しかしヨブ(旧約ヨブ記の主人公)が、「眼をもて誓約せざるものは愚かなる人間なり」と言ったのは、よく真理を説いています。わたしがその時まで垂れていた頭を偶然にあげると、わたしの眼の前にまるでさわれるぐらいに近く思われて、実際は自分のところからかなり離れた聖壇の手すりのはしに、非常に美しい若い女が目ざむるばかりの高貴の服装をしているのを見ました。
 それはわたしの眼には、世界が変わったように思われました。私はまるで盲目の眼が再びあいたように感じたのです。つい今の瞬間までは栄光に輝いていた司教の姿はたちまちに消え去って、黄金の燭台に燃えていた蝋燭はあかつきの星のように薄らいで、一面の暗闇(くらやみ)がお堂の内に拡がったように思われました。かの愛らしい女はその暗闇を背景にして、天使の出現のようにきわだって浮き出していたのです。彼女は輝いていました。実際、輝いて見えるというだけでなく、光りを放っていました。
 わたしは他のことに気を奪(と)られてはならないと思って、二度と眼をあくまいと決心してまぶたを伏せました。なぜといって、わたしの煩悶はだんだんに嵩(こう)じてきて、自分はいま何をしているか分からないくらいになったからでした。それにもかかわらず、次の瞬間にはまたもや眼をあげて、睫毛(まつげ)のあいだから彼女を見ました。すると、誰しも太陽を見つめる時、むらさき色の半陰影が輪を描くように、彼女はすべて虹色(にじいろ)にかがやいていました。
 ああ、なんという美しさであろう。偉大なる画家は、理想の美を天界に求めて、地上に聖女の真像を描きますが、今わたしの眼前にある自然のほんとうの美しさに近い描写はまだ見いだされません。いかなる詩句といえども、画像の絵具面(パレット)といえども、彼女の美を写してはいませんでした。彼女はやや脊丈(せい)の高い、女神のような形と態度とを有していました。やわらかい金色(こんじき)な髪をまん中で二つに分け、それが金の波を打つ二つの河になって両方の顳(こめかみ)に流れているところは、王冠をいただく女王のように見えました。額(ひたい)は透き通った青みのある白さで、二つのアーチ形をした睫毛の上にのび、おのずからなる快活な輝きを持つ海緑色の瞳(ひとみ)をたくみに際立(きわだ)たしているのでした。ただ不思議に見えたのは、その眉がほとんど黒いことでした。それにしても、なんという眼でしょう。ただ一度のまたたきだけでも、一人の男の運命を決めることのできる眼です。今までわたしが人間に見たことのない、清く澄んだ、熱情のある、うるんだ光りを持つ、生きいきした眼でありました。
 二つの眼は矢のように光りを放ちました。それがわたしの心臓に透るのをはっきりと見たのです。わたしはその輝いている眼の火が、天国より来たものか、あるいは地獄から来たものかを知りませんが、いずれかから来ているに相違ありません。彼女は天使(エンジェル)か、悪魔(デモン)かでありました。おそらく両方であったろうと思います。たしかに彼女は普通の女から――すなわちイヴの腹から生まれたのではありませんでした。光沢(つや)のある真珠の歯は、愛らしい微笑のときに光りました。彼女が少しでも口唇(くちびる)を動かすときに、小さなえくぼが輝く薔薇(ばら)色の頬に現われました。優しい整った鼻は、高貴の生まれであることを物語っていました。
 半分ほどあらわに出した滑(なめ)らかな光沢のある二つの肩には、瑪瑙(めのう)と大きい真珠の首飾りが首すじの色と同じ美しさで光っていて、それが胸の方に垂れていました。時どきに彼女があふれるばかりの笑いを帯びて、驚いた蛇か孔雀(くじゃく)のように顔を上げると、それらの宝石をつつんだ銀格子のような高貴な襞襟(ひだえり)が、それにつれて揺れるのでした。彼女は赤いオレンジ色のビロードのゆるやかな着物をつけていました。貂(てん)の皮でふちを取った広い袖(そで)からは、光りも透き通るほどのあけぼのの女神の指のような、まったく理想的に透明な、限りなく優しい貴族風の手を出していました。
 これらの細かいことは、その時わたしが非常に煩悶していたのにかかわらず、何ひとつ逃(の)がさずに、あたかもきのうのことのように明白に思い出します。顎(あご)のところと口唇の隅にあった極めてわずかな影、額の上のビロードのようなうぶ毛、頬にうつる睫毛のふるえた影、すべてのものが、驚くほどにはっきりと語ることができるのです。
 それを見つめていると、わたしは自分のうちに今まで閉(と)じられていた門がひらくのを感じました。長い間さえぎられていた口があいて、すべてのものが明らかになり、今まで知らなかった内部のものが見えるようになったのです。人生そのものがわたしに対して新奇な局面をひらきました。わたしは新しい別の世界、いっさいが変わっているところに生まれて来たと思ったのです。恐ろしい苦悩が赤く灼(や)けた鋏(はさみ)をもって、わたしの心臓を苦しめ始めました。絶え間なく続いている時刻がただ一秒のあいだかと思われると、また一世紀のように長くも思われます。
 そのうちに儀式は進んでゆく。わたしはその時、山でも根こぎにするほどの強い意志の力を出して、わたしは僧侶などになりたくないと叫び出そうとしましたが、どうしてもそれが言えないのです。わたしは自分の舌が上顎(うわあご)に釘づけにでもなったくらいで、いやだといういの字も言うことができなかったのです。それはちょうど夢におそわれた人が命がけのことのために、なんとかひと声叫ぼうとあせっても、それができ得ないのと同じことで、わたしは現在目ざめていながらも叫ぶことが出来なかったのです。
 彼女はわたしが殉道に身を投じてゆく破目(はめ)になるのを知って、いかにも私に勇気づけるように、力強い頼みがいのある顔を見せました。その眼は詩のように、眼の動きは歌のように思われたのです。
 彼女はその眼でわたしに言いました。
「もしあなたがわたしのものになって下さるなら、神が天国にいますよりも、もっと幸福にしてあげます。天使たちがあなたに嫉妬を感じるほどにしてあげます。あなた自身を包もうとしている、あの喪服を引っぱがしておしまいなさい。わたしは美しいのです。わたしは若いのです。わたしには命があるのです。わたしのところへ来て下さい。お互いに愛します。エホバの神は何をあなたに上げるのでしょう。なんにもくれますまい。わたしたちのいのちは、ただ一度の接吻(せっぷん)のあいだに夢のように過ぎてしまいます。あの聖餐盃(チャリース)を投げ出しておしまいなさい。そうして、自由におなりなさい。わたしはあなたを遠い島へお連れ申します。あなたは、銀の屋根の建物の下で、大きい黄金(おうごん)の寝台の上で、わたしのふところで寝られます。わたしはあなたを愛しております。わたしはあなたを神様より奪ってしまいたいのです。これまでどれだけの尊い人たちが愛の血をそそいだかもしれませんが、誰も神様のそばにも近寄った者はないのではございませんか」
 これらの言葉が、無限の優しいリズムをもってわたしの耳に流れ込みました。彼女の顔はまったく歌のようで、その眼で物を言っています。そうして、それが本当のくちびるから漏(も)れ出るようにわたしの胸の奥にひびくのでした。
 わたしはもう神様にむかって、僧侶となることを断わりたい心持ちが胸いっぱいでしたが、それでどういうものか、わたしの舌は儀式通りに言ってしまうのです。美しいひとは更にまた、わたしの胸を刺し通す鋭い白刃(しらは)のような絶望の顔や、歎願するような顔を見せるのです。それは「悲しみの聖母」のどれよりも、もっと強い刃でつらぬくような顔つきでありました。
 そのうちにすべての儀式はとどこおりなく終わって、わたしは一個の僧侶になったのであります。
 この時ほど、彼女の顔に深い苦悶(くもん)の色が描かれたのを見たことはありませんでした。婚約した愛人の死を目(ま)のあたり見ている少女も、死んだ子を悲しんで空(から)の乳母車をのぞき込んでいる母も、天界の楽園を追われてその門に立つイヴも、吝嗇(りんしょく)な男が自分の宝と置き換えられた石をながめている時でも、詩人がたましいをこめた、ただひとつの原稿を何かのために火に焚(や)こうとしている時でも、この時における彼女ほどには、あきらめ切れないような絶望の顔を見せないであろうと思われました。彼女の愛らしい顔にすっかり血の色が失せて、大理石よりも白くなりました。美しい二つの腕は筋肉のゆるんだように、体の両方に力なく垂れてしまいました。柔順(すなお)な足も今は自由にならなくなって、彼女は何か力と頼むべき柱をさがしていました。
 わたしはといえば、これも死人のような青白い色をして、教会のドアの方へよろめいて行きましたが、あのクリストの磔刑(はりつけ)の像よりも更に血の汗を浴びて、まるで首を絞(し)められている人のように感じました。円天井はわたしの肩の上へひら押しに落ちかかって来て、わたしの頭だけでこの円天井のすべての重みを支(ささ)えているようでありました。
 ちょうど、わたしが教会の閾(しきい)をまたごうとする時でした。突然に一つの手がわたしの手を握ったのです。それは女の手です。わたしはこれまでに女の手などにふれたことはありませんでしたが、その時わたしに感じたのは蛇の肌にさわったような冷たい感じで、その時の感じはいまだに掌(て)の上に、熱鉄の烙印(やきいん)を押したように残っています。それは彼女の手であったのです。
「不幸なかたね。ほんとうに不幸なかた……。どうしたということです」と、彼女は低い声を強めて言って、すぐに人込みのなかに消えて行ってしまいました。
 老年の司教がわたしのそばを通りかかりました。彼は何かわたしを冷笑するようなけわしい眼を向けて行きました。わたしはよほど取りみだした顔つきをしていたらしく、顔を赤くしたり、青くしたりして、まぶしい光りが眼の前にきらめくように感じました。そのうちに、一人の友達がわたしに同情して、わたしの腕をとって連れ出してくれました。わたしはもう誰かに扶(たす)けられないでは、学寮へ帰ることが出来ないくらいでした。
 町の角で、わたしの若い友達が何かよその方へ気をとられて振りむいている刹那(せつな)に、風変わりの服装をした黒人の召仕(ページ)がわたしに近づいて来て、歩きながらに金色のふちの小さい手帳をそっと渡して、それをかくせという合図をして行きました。わたしはそれを袖のなかに入れて、わたしの居間でただひとりになるまで隠しておきました。
 独(ひと)りになってから、その手帳の止めを外すと、中には一枚の紙がはいっていて、「コンティニ宮にて、……クラリモンド」と、わずかに書いてありました。[#「ありました。」は底本では「ありました」]

       二

 わたしはその当時、世間のことはなんにも知りませんでした。名高いクラリモンドのことなども知っていません。コンティニ宮がどこにあるかさえも、まったく見当(けんとう)がつきませんでした。わたしはいろいろに想像をたくましくしてみましたが、実のところ、もう一度逢うことが出来れば、彼女が高貴な女であろうと、または娼婦のたぐいであろうと、わたしはそんなことを気にかけてはいないのでした。
 わたしの恋はわずかいっときのあいだに生まれたのですが、もう打ち消すことの出来ないほどに根が深くなってゆきました。わたしはもう、まったく取りみだしてしまって、彼女が触れたわたしの手に接吻したり、幾時間ものあいだに繰り返して彼女の名を呼んだりしました。わたしは彼女の姿を目のあたりにはっきりと認めたいがために、眼をとじてみたりしました。
 わたしは教会の門のところで、わたしの耳にささやいた彼女の言葉を繰り返しました。「不幸なかたね。ほんとうに不幸なかた……どうしたということです」
 ――わたしはそうしているうちに、とうとう自分の地位の恐ろしさがわかるようになりました。暗い忌(いま)わしい束縛――その生活のうちに、自分がはいっていったということがわかるようになりました。
 僧侶の生活――それは純潔にして身を慎んでいること、恋をしてはならないこと、男女の性別や老若の区別をしてはならないこと、すべて美しいものから眼をそむけること、人間の眼を抜き取ること、一生のあいだ教会や僧房(そうぼう)の冷たい日影に身をかがめていること、死人の家以外を訪問してはならないこと、見知らない死骸のそばに番をしていること、いつも喪服にひとしい法衣(ころも)を自分ひとりで着て、最後にはその喪服がその人自身の棺の掩(おお)いになるということであります。
 もう一度クラリモンドに逢うには、どうしたらいいかと思いました。町には誰も知っている人がないので、学寮を出る口実がなかったのです。わたしはもうこんな所にいっときもじっとしてはいられないと思いました。そこにいたところが、ただわたしはこれから職に就く新しい任命を待っているばかりです。
 窓をあけようと思って、貫木(かんぬき)に手をかけましたが、それは地面から非常に高い所にありますので、別に梯子(はしご)を見つけない限りは、この方法で逃げ出すことは無駄であることが分かりました。その上に、どうしても夜ででもなければ、そこから降りられそうもないのです。それからまた、あの迷宮のように複雑な街の様子も分かりかねるのでありました。これらの困難は、他人にとってはさほどむずかしいとは思われないのでしょうが、わたしにとっては非常に困難の仕事であったのです。それというのは、わたしはつい前の日に、生まれて初めて恋に落ちたばかりの学徒で、経験もなければ金も持たない、衣服も持たない、あわれな身の上であったからです。
 わたしは盲目にひとしい自分にむかって、ひとりごとを言いました。
「ああ、もし自分が僧侶でなかったなら、毎日でもあの女(ひと)に逢うことも出来る。そうして、あの女の恋人となり、あの女の夫になっていられるのだが……。こんな陰気な喪服の代りに、絹やビロードの着物を身にまとって、金のくさりや剣をつけて、ほかの若い騎士たちのように美しい羽毛をつけていられるのに……。髪もこんなぶざまな剃髪(トンシュア)などにしていないで、襟まで垂れている髪を波のようにちぢらせて、立派に伸びた頤鬚(あごひげ)までもたくわえて、優雅な風采でいられるのに……」
 しかも、かの聖壇の前における一時間、その時のわずかな明晰(めいせき)な言葉が、永久にわたしをこの世の人のかずから引き離してしまって、わたしは自分の手で自分の墓の石蓋(いしぶた)をとじ、自分の手で自分の牢獄の門をとじたのでありました。
 わたしはまた窓へ行って見ると、空はうららかに青く晴れて、すべての樹木はみな春のよそおいをして、自然は皮肉な歓楽の行進をつづけています。そこには、多くの人びとが往来して、姿のよい若い紳士や、美しい淑女たちが二人連れで、森や花園の方へそぞろ歩きをしています。元気のいい青年がおもしろそうに酔って歌っています。すべてが快活、生命、躍動の一幅の絵画で、わたしの悲哀と孤独とくらべると実にひどい対照をなしているのです。門の階段のところには、若い母が、自分の子供と遊んでいます。母はまだ乳のしずくの残っている可愛らしい薔薇(ばら)色の口に接吻をしたり、子供を喜ばせるためにいろいろあやしてみたり、母だけしか知らないような種じゅ様ざまな尊い仕科(しぐさ)をしています。その子供の父は腕を組んでにこやかに微笑(ほほえ)みながら、少し離れたところに立ってその可愛らしい仲間をながめています。
 わたしはもうこんな楽しい景色を見るに堪(た)えられなくなって、手あらく窓をしめきって、急いで床のなかに飛び込んでしまいました。わたしのこころは、はげしい嫉妬と嫌悪(けんお)でいっぱいになって、十日も飢えている虎のように、わが指を噛みました。
 こうして私はいつまで寝台にいたか、自分でも覚えませんでしたが、床のなかで発作的に苦しみ悶(もだ)えている間に、突然この部屋のまんなかに僧院長のセラピオン師がまっすぐに突っ立って、注意ぶかくわたしを見つめているのに気がつきました。
 わたしは非常に恥かしくなって、おのずと胸の方へ首を垂れて、両手で顔を掩いかくしたのです。セラピオン師はしばらく無言で立っていましたが、やがて私に言いました。
「ロミュオー君。何か非常に変わったことがあなたの身の上に起こっているようですな。あなたの様子はどうも理解できない。あなたはいつも沈着で敬虔(けいけん)な温順(すなお)な人物であるのに、どうしてそんなに、野獣などのように怒り狂っているのです。気をおつけなさい。悪魔の声に耳を傾けてはならない。恐れてはならない。勇気を失ってはなりませんぞ。そんな誘惑に出逢った場合には、何よりも確固たる信念と注意とに頼らなくてはいけません。さあ、しっかりしてよくお考えなさい。そうすれば悪魔の霊はきっとあなたから退散してしまいます」
 セラピオン師の言葉で、わたしは我れにかえって、いくぶんか心が落ちついて来ました。彼は更に言いました。
「あなたはCという所の司祭に就くことになったので、それを知らせに来たのです。そこの僧侶が死んだので、あなたがそこへ就職するように司教さまから命ぜられました。明日すぐに出発できるように用意してもらいたいのです」
 彼女に再び逢うことなしに、明日ここを離れて行き、今まで二人のあいだを隔てる障(さわ)りある上に、さらに二人の仲をさくべき関所を置くことになったら、奇蹟でもない限りは彼女に逢うことは永遠にできなくなるのです。手紙を書いてやることは所詮(しょせん)できないことです。誰にたのんでその手紙を渡していいか、それさえも分からない。僧職にある身が誰にこんなことを打ち明けていいか、誰を信じていいか。それが私にはまったく堪(た)えられないほどの苦労でありました。
 翌あさ、セラピオン師はわたしを連れに来たのです。旅行用の貧しい手鞄などを乗せている二匹の騾馬(らば)が門前に待っていました。セラピオン師は一方の騾馬に乗り、わたしは型のごとくに他の騾馬に乗りました。
 町の路(みち)みちを通るとき、わたしはもしやクラリモンドに逢いはしないかと、家いえの窓や露台に気をつけて見ました。朝が早かったので、街(まち)もまだほとんど起きてはいませんでした。わたしは自分の通りかかった邸宅という邸宅の窓の鎧戸(よろいど)やカーテンを見透すように眼をくばりました。
 セラピオン師はわたしの態度を別に疑いもせず、ただ私がそれらの邸宅の建築を珍らしがっているのだと思って、わたしがなお十分に見ることが出来るように、わざと自分の馬の歩みをゆるやかにしてくれました。わたしたちはついに町の門を過ぎて、前方にある丘をのぼり始めました。その丘の頂上にのぼりつめた時、わたしはクラリモンドの住む町に最後の一瞥(いちべつ)を送るために見返りました。
 町の上には、大きい雲の影がおおい拡がっておりました。その雲の青い色と赤い屋根との二つの異った色が一つの色に溶(と)け合って、新しく立ち昇る巷(ちまた)の煙りが白い泡のように光りながら、あちらこちらにただよっています。ただ眼に見えるものは一つの大きい建物で、周囲の建物を凌(しの)いで高くそびえながら、水蒸気に包まれて淡(あわ)く霞んでいましたが、その塔は高く清らかな日光を浴びて美しく輝いていました。それは三マイル以上も離れているのに、気のせいか、かなりに近く見えるのでした。殊(こと)にその建物は、塔といい、歩廊といい、窓の枠飾りといい、つばめの尾の形をした風見(かざみ)にいたるまで、すべていちじるしい特長を示していました。
「あの日に照りかがやいている建物は、なんでございます」
 わたしはセラピオン師にたずねました。彼は手をかざして眼の上をおおいながら、わたしの指さす方を見て答えました。
「あれはコンティニ公が、娼婦のクラリモンドにあたえられた昔の宮殿です。あすこでは恐ろしいことが行なわれているのです」
 その瞬間でした。それはわたしの幻想であったか、それとも事実であったか分かりませんが、かの建物の敷石の上に、白い人の影のようなものがすべってゆくのを見たような気がしたのです。ほんのいっとき、光るように通り過ぎて、間もなく消えたのですが、それは確かにクラリモンドであったのです。
 ああ、実にそのとき、遠く離れたけわしい道の頂上――もう二度とここからは降りて来ないであろうと思われる所から、落ちつかない興奮した心持ちで彼女の住む宮殿の方へ眼をやりながら、雲のせいかその邸宅が間近く見えて、わたしをそこの王として住むように差し招いているかとも思う。――その時のわたしの心持ちを彼女は知っていたでしょうか。
 彼女は知っていたに違いないと思うのです。それはわたしと彼女とのこころは、僅(わず)かの隙(すき)もないほどに深く結ばれていて、その清い彼女の愛が――寝巻のままではありましたが――まだ朝露の冷たいなかをあの敷石の高いところに彼女を立たせたに相違ないのです。
 雲の影は宮殿をおおいました。いっさいの景色は家の屋根と破風(はふう)との海のように見えて、そのなかに一つの山のような起伏がはっきりと現われていました。
 セラピオン師は騾馬を進めました。わたしも同じくらいの足どりで馬を進めて行くと、そのうちに道の急な曲がり角があって、とうとうSの町は、もうそこへ帰ることのできない運命とともに、永遠にわたしの眼から見えなくなってしまいました。
 田舎のうす暗い野原ばかりを過ぎて、三日間の倦(う)み疲れた旅行ののち、わたしが預かることになっている、牡鶏(おんどり)の飾りのついている教会の尖塔が樹樹(きぎ)の間から見えました。それから、茅(かや)ぶきの家と小さい庭のある曲がりくねった道を通ったのち、あまり立派でもない教会の玄関の前に着いたのです。
 入り口には、いくらかの彫刻が施してあるが、荒彫(あらぼ)りの砂岩石の柱が二、三本と、またその柱と同じ石の控え壁をもっている瓦ぶきの屋根があるばかり、ただそれだけのことでした。左の方には墓所があって、雑草がいっぱいに生いしげり、まん中あたりに鉄の十字架が建っています。右の方に司祭館が立っていて、あたかも教会の蔭になっているのです。それがまた極端に単純素朴なもので、囲いのうちにはいってみると、二、三羽の鶏(とり)がそこらに散らばっている穀物をついばんでいます。鶏は僧侶の陰気な習慣になれていると見えて、わたしたちが出て来ても別に逃げて行こうともしません。どこかで嗄(か)れたような啼(な)き声がきこえたかと思うと、老いさらばえた一匹の犬が近づいて来るのでした。
 それは前(ぜん)の司祭の犬で、ただれた眼、灰色の毛、これ以上の年をとった犬はあるまいと思われるほどの衰えを見せていました。わたしは犬を軽くたたいてやりますと、何か満足らしい様子で、すぐにわたしのそばを通って行ってしまいました。そのうちに前の司祭の時代からここの留守番であったというひどい婆さんが出て来ました。老婆はうしろの小さい客間へわたしたちを案内して、今後もやはり自分を置いてもらえるかということを尋(たず)ねるのです。彼女も、犬も鶏も、前の司祭が残したものはなんでも皆そのままに世話をしてやると答えますと、彼女は非常に喜びました。セラピオン師はこれだけの小さい世帯を保ってゆくために、彼女の望むだけの金をすぐに出してやったのであります。
 さて、それからまる一年のあいだ、わたしは自分の職務について、十分に行き届いた忠実な勤めをいたしました。祈祷と精進はもちろん、病める者はわが身の痩せるような思いをしても救済し、その他の施しなどについても、わたし自身の生計(くらし)に困るほどまでに尽力しました。しかもわたしは自分のうちに、大きい充(み)たされないものがありました。神の恵みは、わたしには与えられないように思われました。この神聖な布教の職にあるものに湧きでるはずの幸福というものが、一向に分からなくなりました。わたしの心は遠い外に行っていたのです。クラリモンドの言葉が今もわたしの口唇(くちびる)に繰り返されていたのでした。
 ああ、皆さん。このことをよく考えてみて下さい。わたしがただの一度、眼をあげて一人の女人(にょにん)を見て、その後何年かのあいだ、最もみじめな苦悩をつづけて、わたしの一生の幸福が永遠に破壊されたことを考えてみてください。しかし私はこの敗北状態について、また霊的には勝利のごとく見えながら、更におそろしい破滅におちいったことについて、くどくどと申し上げますまい。それからすぐに事実のお話に移りたいと思います。

       三

 ある晩のことでした。わたしの司祭館のドアの鈴(ベル)が長くはげしく鳴りだしたのです。老婆が立ってドアをあけると、一つの男の影が立っていました。その男の顔色はまったく銅色(あかがねいろ)をしておりまして、身には高価な外国の衣服をつけ、帯には短剣を佩(お)びているのが、老婆のバルバラの提灯で見えました。老婆も一度は驚いて怖れましたが、男は彼女を押し鎮めて、わたしの神聖な仕事についてお願いに来たのであるから、わたしに会わせてもらいたいというのです。
 わたしが二階から降りようとした時に、老婆は彼を案内して来ました。この男はわたしに向かって、非常に高貴な彼の女主人が重病にかかっていて、臨終のきわに僧侶に逢いたがっていることを話したので、わたしはすぐに一緒に行くからと答えて、臨終塗油式に必要な聖具をたずさえて、大急ぎで二階を降りて行きました。
 夜の暗さと区別(わかち)がないほどに黒い二頭の馬が門外に待っていました。馬はあせってあがいていて、鼻から大きい息をすると、白い煙りのような水蒸気が胸のあたりを掩(おお)っていました。男は鐙(あぶみ)をとって、わたしをまず馬の上にのせてくれましたが、彼は鞍の上に手をかけたかと思うと忽(たちま)ちほかの馬に乗り移って、膝で馬の両腹を押して手綱(たづな)をゆるめました。
 馬は勇んで、矢のように走り出しました。わたしの馬は、かの男が手綱を持っていてくれましたので、彼の馬と押し並んで駈けました。全くわたしたちはまっしぐらに駈けました。地面はまるで青黒い長い線としか見えないようにうしろへ流れて行き、わたしたちの駈け通る両側の黒い樹樹(きぎ)の影は混乱した軍勢のようにざわめきます。真っ暗な森を駈け抜ける時などは、一種の迷信的の恐怖のために、総身(そうみ)に寒さを覚えました。またある時は馬の鉄蹄(てってい)が石を蹴って、そこらに撒(ま)き散らす火花の光りが、あたかも火の路を作ったかと疑われました。
 誰でも、夜なかのこの時刻に、わたしたちふたりがこんなに疾駆(しっく)するのを見たらば、悪魔に騎(の)った二つの妖怪と間違えたに相違ありますまい。時どきにわれわれの行く手には怪しい火がちらちらと飛びめぐり、遠い森には夜の鳥が人をおびやかすように叫び、また折りおりは燐光のような野猫の眼の輝くのを見ました。
 馬は鬣(たてがみ)をだんだんにかき乱して、脇腹には汗をしたたらせ、鼻息もひどくあらあらしくなってきます。それでも馬の走りがゆるやかになったりすると、案内者は一種奇怪な叫び声をあげて、またもや馬を激しく跳(おど)らせるのでした。
 旋風(つむじかぜ)のような疾走がようやく終わると、多くの黒い人の群れがおびただしい灯に照らされながら、たちまち私たちの前に立ち現われて来ました。わたしたちは大きい木の吊り橋を音を立てて渡ったかと思うと、二つの巨大な塔のあいだに黒い大きい口をあいている、円(まる)屋根ふうのおおいのある門のうちに乗り入れました。わたしたちがはいると、城のなかは急にどよめきました。松明(たいまつ)をかかげた家来どもが各方面から出て来まして、その松明の火はあちらこちらに高く低く揺れています。わたしの眼はただこの広大な建物に戸惑(とまど)いしているばかりであります。幾多の円柱、歩廊、階段の交錯、その荘厳(そうごん)なる豪奢、その幻想的なる壮麗、すべてお伽噺(とぎばなし)にでもありそうな造りでした。
 そのうち黒ん坊の召仕(ページ)、いつかクラリモンドからの手紙をわたしに渡した召仕が眼に入りました。彼はわたしを馬から降ろそうとして近寄ると、頸(くび)に金のくさりをかけた黒いビロードの衣服をつけた執事らしい男が、象牙(ぞうげ)の杖をついて私に挨拶するために出て来ました。見ると、涙が眼から頬を流れて、彼の白い髯(ひげ)をしめらせています。彼は行儀よく頭(かしら)をふりながら、悲しそうに叫びました。
「遅すぎました、神父さま。遅すぎましてございます。あなたが遅うございましたので、あなたに霊魂のお救いを願うことは出来ませんでした。せめてはあのお気の毒な御遺骸にお通夜を願います」
 かの老人はわたしの腕をとって、死骸の置いてある室(へや)へ案内しました。わたしは彼より烈(はげ)しく泣きました。死人というのは余人(よじん)でなく、わたしがこれほどに深く、また烈しく恋していたクラリモンドであったからです。
 寝台の下に祈祷台が設けられてありました。銅製の燭台に輝いている青白い火焔(ほのお)は、あるかなきかの薄い光りを暗い室内に投げて、その光りはあちらこちらに家具や蛇腹(じゃばら)の壁などを見せていました。
 机の上にある彫刻した壺の中には、あせた白薔薇(ばら)がただ一枚の葉を残しているだけで、花も葉もすべて香りのある涙のように花瓶の下に散っています。毀(こわ)れた黒い仮面(めん)や扇、それからいろいろの変わった仮装服が腕椅子の上に置いたままになっているのを見ると、死がなんの知らせもなしに、突然にこの豪奢な住宅に入り込んで来たことを思わせました。
 わたしは寝台の上に眼をあげる勇気もなく、ひざまずいて亡き人の冥福を熱心に祈り始めました。神が彼女の霊と私とのあいだに墳墓を置いて、この後(のち)わたしの祈祷のときに、死によって永遠に聖(きよ)められた彼女の名を自由に呼ぶことが出来るようにして下されたことについて、わたしはあつく感謝しました。
 しかし私のこの熱情はだんだんに弱くなって来て、いつの間にか空想に墜(お)ちていました。この室(へや)には、すこしも死人の室とは思われないところがあったのです。私はこれまでに死人の通夜にしばしば出向きまして、その時にはいつも気が滅入(めい)るような匂いに慣れていたものですが、この室では――実はわたしは女の媚(なま)めかしい香りというものを知らないのですが――なんとなくなま温かい、東洋ふうな、だらけたような香りが柔らかくただよっているのです。それにあの青白い灯の光りは、もちろん歓楽のために点(つ)けられていたのでしょうが、死骸のかたわらに置かれる通夜の黄いろい蝋燭の代りをなしているだけに、そこには黄昏(たそがれ)と思わせるような光りを投げているのです。
 クラリモンドが死んで、永遠にわたしから離れる間際(まぎわ)になって、わたしが再び彼女に逢うことが出来たという不思議な運命について、わたしは考えました。そうして、苦しく愛惜の溜め息をつきました。すると、誰かわたしの後(うしろ)の方で、同じように溜め息をついているのを感じたのです。驚いて振り返って見ましたが、誰もいません。自分の溜め息の声が、そう思わせるように反響したのでした。わたしは見まいとして、その時までは心を押さえていたのですが、とうとう死の床の上に眼を落としてしまいました。縁(ふち)に大きい花模様があって、金糸銀糸の総(ふさ)を垂れている真っ紅な緞子(どんす)の窓掛けをかかげて私は美しい死人をうかがうと、彼女は手を胸の上に組み合わせて、十分にからだを伸ばして寝ていました。
 彼女はきらきら光る白い麻布(あさぬの)でおおわれていましたが、それが壁掛けの濃い紫色とまことにいい対照をなして、その白麻は彼女の優美なからだの形をちっとも隠さずに見せている綺麗な地質の物でありました。彼女のからだのゆるやかな線は白鳥の首のようで、実に死といえどもその美を奪うことは出来ないのでした。彼女の寝ている姿は、巧みな彫刻家が女王の墓の上に置くために彫りあげた雪花石膏の像のようでもあり、または静かに降る雪に隈なくおおわれながら睡っている少女のようでもありました。
 わたしはもう祈祷(いのり)をささげに来た人としての謹慎の態度を持ちつづけていられなくなりました。床のあいだにある薔薇は半ばしぼんでいるのですが、その強烈な匂いはわたしの頭に沁み透って酔ったような心持ちになったので、何分(なにぶん)じっとしていられなくなって、室内をあちらこちらと歩きはじめました。そうして、行きかえりに寝台の前に立ちどまって、その屍衣(しい)を透して見える美しい死骸のことを考えているうちに、途方(とほう)もない空想が私の頭のなかに浮かんで来ました。
 ――彼女はほんとうに死んだのではないかもしれない。あるいは自分をこの城内に連れ出して、恋を打ち明ける目的のために、わざと死んだふりをしているのではないかとも思いました。またある時は、あの白い掩(おお)いの下で彼女が足を動かして、波打った長い敷布(シーツ)のひだを幽(かす)かに崩したようにさえ思われました。
 わたしは自分自身に訊(き)いたのです。
「これはほんとうにクラリモンドであろうか。これが彼女だという証拠はどこにある。あの黒ん坊の召仕(ページ)は、あの時ほかの婦人の使いで通ったのではなかったか。実際、自分はひとりぎめで、こんな気違いじみた苦しみをしているのではあるまいか」
 それでも、わたしの胸は烈しい動悸をもって答えるのです。
「いや、これはやっぱり彼女だ。彼女に相違ない」
 わたしは再び寝台に近づいて、疑問の死骸に注意ぶかい眼をそそぎました。ああ、こうなったら正直に申さなければなりますまい。彼女の実によく整ったからだの形、それは死の影によって更に浄(きよ)められ、さらに神聖になっていたとはいえ、世に在りし時よりも更に肉感的になって、誰が見てもただ睡っているとしか思われないのでした。わたしはもう、葬式のためにここへ来たことを忘れてしまって、あたかも花婿が花嫁の室にはいって来て、花嫁は羞(はず)かしさのために顔をかくし、さらに自分全体を包み隠してくれる紗(ベール)をさがしているというような場面を想像しました。
 わたしは悲歎に暮れていたとはいえ、なお一つの希望にかられて、悲しさと嬉しさとにふるえながら、彼女の上に身をかがめて、掩いのはしをそっとつかんで、彼女に眼を醒まさせないように息をつめてその掩いをはがしました。わたしは烈しい動悸を感じ、こめかみに血ののぼるのを覚え、重い大理石の板をもたげた時のように、ひたいに汗の流れるのを知りました。
 そこに横たわっているのは、まさしくクラリモンドでした。わたしが前にわたしの僧職授与式の日に教会で見た時と少しも違わない、愛すべき彼女でありました。死によって、彼女はさらに最後の魅力を示していました。青白い彼女の頬、やや光沢(つや)のあせた肉色のくちびる、下に垂れた長いまつげ、白い皮膚にきわだって見えるふさふさした金色の髪、それは静かな純潔と、精神の苦難とを示して、なんともいえない蠱惑(こわく)の一面を現わしています。彼女はたけ長い解(と)けた髪に小さい青白い花をさして、それを光りある枕の代りとし、豊かな捲(ま)き毛はさらに露(あら)わなる肩を包んでいます。彼女の美しい二つの手は天使(エンジェル)の手よりも透き通って、敬虔(けいけん)な休息と静粛な祈りの姿を示していましたが、その手にはまだ真珠の腕環がそのままに残っていて、象牙のようななめらかな肌や、その美しい形の丸みは、死の後までも一種の妖艶をとどめていました。
 わたしはそれから言葉に尽くせない長い思索に耽(ふけ)りましたが、彼女の姿を見守っていればいるほど、どうしても彼女はこの美しいからだを永久に捨てたとは思えないのでした。見つめていると、それは気のせいか、それともランプの光りのせいかわかりませんが、血の気のない顔の色に血がめぐり始めたように思われました。わたしはそっと軽く彼女の腕に手をあてますと、冷たくは感じましたが、いつか教会の門でわたしの手にふれた時ほどには冷たくないような気がしました。わたしは再び元の位置にかえって、彼女の上に身をかがめましたが、わたしの熱い涙は彼女の頬をぬらしました。
 ああ、なんという絶望と無力の悲しさでありましょう。なんとも言いようのない苦しみを続けながら、わたしはいつまでも彼女を見つめていたことでしょう。わたしは自分の全生涯の生命をあつめて彼女にあたえたい。わたしの全身に燃えている火焔(ほのお)を彼女の冷たい亡骸(なきがら)にそそぎ入れたいと、無駄な願いを起こしたりしました。
 夜は更(ふ)けてゆきました。いよいよ彼女と永遠のわかれが近づいたと思った時、わたしはただひとりの恋人であった彼女に、最後の悲しい心をこめた、たった一度の接吻(せっぷん)をしないではいられませんでした――。
 おお、奇蹟です。熱烈に押しつけた私のくちびるに、わたしの息とまじって、かすかな息がクラリモンドの口から感じられたのです。彼女の眼があいて来ました。それは以前のような光りを持っていました。それから深い溜め息をついて、二つの腕をのばして、なんともいわれない喜びの顔色をみせながら私の頸(くび)を抱いたのです。
「ああ、あなたはロミュオーさま……」
 彼女は竪琴(たてごと)の音(ね)の消えるような優しい声で、ゆるやかにささやきました。
「どこかお悪かったのですか。わたしは長い間お待ち申していたのですが、あなたが来て下さらないので死にました。でも、もう今は結婚のお約束をしました。わたしはあなたに逢うことも出来ます。お訪ね申すことも出来ます。さようなら、ロミュオーさま、さようなら。私はあなたを愛しています。わたしが申し上げたかったのは、ただこれだけです。わたしは今あなたが接吻をして下すったからだを生かして、あなたにお戻し申します。わたしたちはすぐにまたお逢い申すことが出来ましょう」
 彼女の頭(かしら)はうしろに倒れましたが、その腕はまだわたしを引き止めるかのように巻きついていました。突然に烈しい旋風(つむじかぜ)が窓のあたりに起こって、室(へや)のなかへ吹き込んで来ました。
 白薔薇に残っていた、ただ一枚の葉はちっとの間、枝のさきで蝶(ちょう)のようにふるえていましたが、やがてその葉は枝から離れて、クラリモンドの霊を乗せて、窓から飛んで行ってしまいました。ランプの灯は消えました。私はおぼえず死骸の胸の上に俯伏(うつぶ)しました。

       四

 わたしがわれに返った時、わたしは司祭館の小さな部屋のなかに寝ていました。前の司祭の時から飼ってあるかの犬が、掛け蒲団の外に垂れているわたしの手をなめていました。あとになって知ったのですが、わたしはそのままで三日も寝つづけていたので、その間に少しの呼吸(いき)もせず、生きている様子はちっともなかったそうです。老婆のバルバラの話によると、わたしが司祭館を出発した晩にたずねて来たかの銅色(あかがねいろ)の男が、翌あさ無言でわたしを担(かつ)いで来て、すぐに帰って行ったということです。しかし私がクラリモンドを再び見たかの城のことについて、この近所では誰もその話を知っている者はありませんでした。
 ある朝、セラピオン師はわたしの部屋へたずねて来ました。彼はわたしの健康のことを偽善的な優しい声で訊(き)きながら、しきりに獅子(ライオン)のような大きい黄いろい眼を据えて、測量鉛のように私のこころのうちへ探りを入れていましたが、突然に澄んだはっきりした声で話しました。それはわたしの耳には最後の審判の日の喇叭(ラッパ)のようにひびいたのです。
「かの有名な娼婦のクラリモンドが、二、三日前に八日八夜もつづいた酒宴の果てに死にました。それは魔界ともいうべき大饗宴で、バルタザールやクレオパトラの饗宴をそのままの乱行が再びそこに繰り返されたのです。ああ、われわれはなんという時世に生まれ合わせたのでしょう。言葉は何を言っているのか分からないような黒ん坊の奴隷が客の給仕をしましたが、どうしても私にはこの世の悪魔としか見えませんでした。そのうちのある人びとの着ている晴れ衣(ぎ)などは、帝王の晴れ衣にも間に合いそうな立派なものでした。かのクラリモンドについては、いろいろの不思議な話が伝えられていますが、その愛人はみな怖ろしい悲惨な終わりを遂げているようです。世間ではあの女のことを発塚鬼(グール)だとか、女の吸血鬼(ヴァンパイヤ)だとか言っているようですが、わたしはやはり悪魔であると思っています」
 セラピオン師はここで話をやめて、その話が私にどういう効果をあたえたかということを、以前よりもいっそう深く注意し始めました。わたしはクラリモンドの名を聞いて、驚かずにはいられませんでした。それは彼女が死んだという知らせの上に、さらに私を苦しめたのは、その事件がさきの夜に私が見た光景と寸分たがわない偶然の暗合であります。わたしはその煩悶(はんもん)や恐怖を出来るだけ平気に粧(よそお)おうとしましたが、どうしても顔には現われずにはいませんでした。セラピオン師は不安らしい嶮(けわ)しい眼をして私を見つめていましたが、また、こう言いました。
「わたしはあなたに警告しますが、あなたは今や奈落(ならく)のふちに足をのせて立っているのです。悪魔の爪は長い。そうして、かれらの墓はほんとうの墓ではない場合があります。クラリモンドの墓石は三重にも蓋(ふた)をしておかなければなりません。なぜというに、もし世間の話が本当であるとすれば、彼女が死んだのは今度が初めてでないのです。ロミュオー君、どうかあなたの上に神様のお守りがあるように祈ります」
 こう言って、セラピオン師は静かに戸口の方へ出て行きました。間もなく彼はSの町へ帰りましたが、わたしはそれを見送りもしませんでした。
 わたしはそののち健康を回復して、型のごとくに職務を始めました。クラリモンドの記憶と、セラピオン師の言葉とは絶えず私の心に残っていたのですが、セラピオン師の言った不吉な予言が真実として現われるような、特別の事件も別に知らなかったのでした。そこでわたしは、セラピオン師やわたしの恐怖にはやはり誇張があったのだと思うようになりました。ところがある夜、不思議な夢を見たのです。
 わたしはその夜まだ本当に寝入らないとき、寝室のカーテンのあく音を聞きました。わたしはその環がカーテンの横棒の上を烈しくすべったのに気がついて、急いで肘(ひじ)で起き上がると、わたしの前に一人の女がまっすぐに立っているのを見たのです。
 彼女はその手に、墓場でよく見る小さいランプを持っていましたが、その指は薔薇色に透き通っていて、指さきから腕にかけてだんだんに暗くほの白く見えているのです。彼女の身につけているものは、ただ一つ、死の床に横たわっている時におおわれていた白い麻布でありました。彼女はそんな貧しいふうをしているのが恥かしそうに、胸のあたりを掩おうとしましたが、優しい手には充分にそれが出来ませんでした。ランプの青白い灯に照らされて、彼女のからだの色も、身にまとっているものも、すべて一つの真っ白な色に見えていましたが、一つの色に包まれているだけに、彼女のからだのすべての輪郭はよくあらわれて、生きている人というよりは、浴(ゆあ)みしている昔の美女の大理石像を思わせました。
 死生を問わず、彫像であろうと、生きた女であろうと、彼女の美には変わりはありませんが、ただ多少その緑の眼に光りがないのと、かつては真紅(しんく)の色をなしていた口が、頬の色と同じように弱い薔薇色をしているだけの相違でありました。彼女はその髪に小さい青い花をさしていましたが、ほとんどその葉を振るい落として花も枯れしぼんでいました。しかし、それは少しも彼女の優しさをさまたげず、こんな冒険をあえてして、不思議な身装(みなり)でこの部屋にはいって来ても、ちっとも私を恐れさせないほどの美しい魅力をそなえているのでした。
 彼女はランプを机の上に置いて、わたしの寝台の下に坐って私の方へ頭(かしら)を下げました。そうして、ほかの女からはまだ一度も聞いたことのないような愛らしい柔らかな、しかし時には銀のような冴えた声で言いました。
「ロミュオーさま。わたしは長い間あなたをお待ち申しておりました。あなたのほうでは、わたしがあなたをお忘れ申していたとでも、思っていらっしゃるに相違ないと思います。それでもわたしは、遠い、たいへんに遠い、誰も二度とは帰って来られないような処(ところ)から参ったのです。そこには太陽もなければ、月もないのです。そこにはただ空間と影とがあるばかりで、通り路もなく、地面もなく、羽で飛ぶ空気もない処です。それでも私は来たのでございます。愛は死よりも強いもので、しまいには死をも征服しなければならないものですから……。ああ、ここまで参るのにどんなに悲しい顔や、怖ろしいものに出逢ったか知れません。わたしの霊魂が、ただ意志の力だけでこの地上に帰って来て、わたしの元のからだを探し求めて、そのなかに帰るまでにはどんなに難儀をしたでしょう。わたしは自分の上に掩いかぶさっている重い石の蓋を引き上げるには、恐ろしいほどの努力を要しました。わたしの掌(て)を見て下さい。こんなに傷だらけになってしまったのです。この上に接吻をして下さい。これが癒(なお)りますように……」
 彼女は冷たい手を交るがわるに私の口へあてたのです。わたしは全くいくたびも接吻しました。彼女はその間に、なんとも言われない愛情をもってわたしを見ていました。
 恥かしいことですが、わたしはセラピオン師の忠告も、また、わたしの神聖なる職業に任ぜられていることも、全く忘れていました。わたしは彼女が最初の来襲に対してなんの拒絶もなしに服従し、その誘惑をしりぞけるために僅かの努力さえもしませんでした。クラリモンドの皮膚の冷たさが沁み透って、わたしの全身はぞっとするように顫(ふる)えました。憐(あわ)れなことには、わたしはその後にもいろいろのことを見ているにもかかわらず、いまだに彼女を悪魔だと信じることができません。すくなくとも彼女は悪魔らしい様子を持っていないばかりでなく、悪魔がそれほど巧妙にその爪や角を隠すことが出来るはずがないと思っていたからです。
 彼女はうしろの方に身を引くと、いかにも倦(だる)そうな魅惑を見せながら長椅子のはしに腰をおろしました。彼女はそれからだんだんに私の髪のなかへ小さい手を差し入れて、髪の毛をくねらしたりして、新しい型が私の顔に似合うかどうかを試みたりしました。
 わたしはこの罪深い歓楽に酔って彼女のなすがままに委(まか)せていましたが、その間も彼女は何かと優しい子供らしい無駄話などをしていたのです。何より不思議なのは、こんな普通でないことをしていて、わたし自身が少しも驚かなかったことです。それはあたかも夢をみているとき、非常に幻想的な事柄がおこっても、それは当たり前のこととして別に不思議に思わないようなもので、今のすべての場合もわたし自身には全く自然なことのように思われたのです。
「ロミュオーさま。わたしはあなたをお見かけ申した前から愛していました。そうして、あなたを捜していたのです。あなたは私の夢にえがいていたかたです。教会のなかで、しかもあの運命的な瀬戸ぎわにあなたを初めてお見かけ申したのです。わたしはその時すぐに〈あの方だ〉と自分に言いました。わたしは今までに持っていたすべての愛、あなたのために持つ未来のすべての愛、それは司教の運命も変え、帝王もわたしの足もとにひざまずかせるほどの愛をこめてあなたを見つめたのです。それをあなたは、わたしには来て下さらないで、神様をお選びになったのです……。ああ、わたしは神様がねたましい。あなたは私よりも神様を愛していらっしゃるのです。考えると詰まりません、わたしは不幸な女です。わたしはあなたの心をわたし一人のものにすることが出来ないのです。あなたは一度の接吻でわたしをこの世によみがえらせて下さいました。この死んだクラリモンドを……。そのクラリモンドは今あなたのために墓の戸を打ち開いて来たのです。わたしはあなたに生の喜びを捧げたい、あなたを幸福にしてあげたいと思って来たのです」
 それらの熱情的の愛の言葉は、わたしの感情や理性を眩惑(げんわく)させました。わたしは彼女を慰めるために、平気で彼女にむかって「神を愛するほどに愛する」などと、恐るべき不敬なことを言ってしまいました。
 彼女の眼はふたたび燃えはじめて、緑玉のように光りました。
「本当でございますか。神様を愛するほどにわたしを愛して下さるの」と、彼女は美しい手を私に巻きつけながら叫びました。「そんなら、わたしと来て下さるでしょう。わたしの行きたい所へ来て下さるでしょう。もう忌(いや)な陰気な商売はやめておしまいなさい。あなたを騎士のうちでもいちばん偉い、みんなの羨望の的(まと)になるような人にしてあげます。あなたは私の恋びとです。クラリモンドの気に入った恋びと――ローマ法王さえ撥ねつけたほどの私の恋びと――それなら男の誇りになるはずです。ああ、わたしの人……。わたしたちはなんともいえないほどに幸福(しあわせ)です。これから美しい黄金生活を倶(とも)にしましょう。わたしたちはいつ出発しましょうか」
「あした、あした……」と、わたしは夢中になって叫びました。
「あした……。では、そうしましょう。その間にわたしはお化粧する暇があります。このままではあまりお粗末で、旅行するには困ります。わたしはすぐにこれから行って、わたしが死んだと思って大変に悲しんでいるお友達に知らせてやります。お金も、着物も、馬車も、何もかも用意して、今夜とおなじ時間にまいります。さようなら」
 彼女は軽く私のひたいに接吻しました。それから彼女の持つランプが行ってしまうと、カーテンは元の通りにとじられて、あたりは真っ暗になりました。わたしは熟睡して、翌朝まで何も覚えませんでした。

       五

 わたしはいつもより遅く起きましたが、この不思議な出来事が思い出されて、わたしは終日悩みました。わたしは結局、ゆうべの出来事は自分の熱心なる想像から湧き出した空想に過ぎないと思ったのです。それにもかかわらず、そのときの感激があまりに生まなましいので、ゆうべのことがどうも空事(そらごと)ではないようにも思われ、今度また何か起こって来るのではないかという予感を除くことが出来ないので、わたしは悪魔的の考えをいっさい追い出して下さることを神に祈って、寝床についたのであります。
 わたしはすぐに深い眠りに落ちました。するとまた、かの夢がつづきました。カーテンがふたたび開くと、クラリモンドが以前とは違って、屍衣(しい)に包まれて青白い色をしていたり、頬に死のむらさき色を現わしていたりすることなく、華やかな陽気な、快活な顔色をしてはいって来ました。彼女は金色(こんじき)のふちを取って絹の下袴の見えるほどに括(くく)ってある緑色のビロードの旅行服を着ていました。金色(こんじき)の髪はひろい黒色のフェルト帽の下に深ぶかとした房(ふさ)をみせ、その帽子の上には白い羽が物好きのようにいろいろの形に取り付けてありました。彼女は片手に金の笛をつけた小さい馬の鞭(むち)を持っていましたが、その笛で軽くわたしを叩いて言いました。
「まあ、お寝坊さんね。これがあなたのご用意なのですか。もう起きて、着物をきていらっしゃると思っていましたのに……。早く起きて頂戴よ。もう時間がありませんわ」
 わたしはすぐ寝台から飛びあがりました。
「さあ、ご自分で着物をお着なさい。行きましょうよ」と、彼女は自分が持って来た小さい荷造りを見せながら言いました。「ぐずぐずしているから馬がじれて、戸をぼりぼりと噛みはじめましたわ。もう今までに三十マイルも遠く行けましたのに……」
 わたしは急いで服をつけにかかりますと、彼女は一つ一つに服を渡して、わたしの不器用な手つきを見ては笑いこけたり、わたしが間違うと、その着方を教えてくれたりしました。彼女はさらに私の髪を急いでととのえてくれて、ふところからふちに金銀線の細工がしてある、ヴェニスふうの小さい水晶の鏡を出して、芝居気たっぷりに、「お気に召しましたでしょうか。あなたの侍女(こしもと)にして下さりませ」などと訊いたりしました。
 わたしはもう以前と同じ人間ではなく、自分ではないくらいに変わり果てました。立派に出来あがった石像とただの石ころほどに変わってしまいました。わたしはまったく美男子になり済まして、なんだか擽(くすぐ)ったいような心持ちになりました。上品な服装、贅沢にふちを取った胸着は、まるでわたしを違った人間にしてしまい、縞柄のついた二、三ヤードの布でこしらえただけのものが、こんなにも人の姿を変えるものかと驚きました。衣服が変わると、わたしの皮膚の色まで変わって、わずか十分というあいだに相当の伊達者(だてしゃ)のようになったのです。
 わたしはこの新しい服を着馴らすために室内を歩き廻りました。クラリモンドは母のような喜びをもって私をながめて、自分の仕事に満足したように見えました。
「さあ、このくらいにして出かけましょうよ。遠い所へ行かなければなりませんから……。さもないと時間通りに行き着きませんわ」
 彼女はわたしの手を取って出ました。すべてのドアは、彼女が手を触れると開きました。わたしたちは犬のそばを眼を醒まさせないで通りぬけたのです。門のところにマルグリトーヌが待っていました。さきに私を迎えに来た浅黒い男です。彼は三頭の馬の手綱をとっていましたが、馬はいずれもさきに城中へ行った時と同じ黒馬で、一頭はわたし、一頭は彼、他の一頭はクラリモンドが乗るためでした。それらの馬は西風によって牝馬(めすうま)から生まれたスペインの麝香猫(じゃこうねこ)にちがいないと思うくらいに、風のように疾(はや)く走りました。出発の時にちょうど昇ったばかりの月はわれわれのゆく手を照らして、戦車の片輪が車を離れた時のように大空をころがって行きました。われわれの右にはクラリモンドが飛ぶように馬を走らせ、わたしたちにおくれまいとして息が切れるほどに努力しているのを見ました。間もなくわれわれは平坦な野原に出ましたが、その立ち木の深いところに、四頭の大きい馬をつけた一台の馬車がわれわれを待っていました。
 わたしたちはその馬車に乗ると、馭者は馬を励まして狂奔させるのでした。わたしは一方の腕をクラリモンドの胸に廻しましたが、彼女もまた一方の腕をわたしに廻して、その頭をわたしの肩にもたせかけました。わたしは彼女の半ばあらわな胸が軽くわたしの腕を押し付けているのを感じました。わたしはこんな熱烈な幸福を覚えたことはありませんでした。わたしは一切のことを忘れました。母の胎内にいた時のことを忘れたように、自分が僧侶の身であることを忘れて、まったく悪魔に魅(みい)られるほどの恍惚たる心持ちになったのでした。
 その夜からわたしの性質はなんだか半分半分になったようで、わたしの内におたがいに知らない同士の二人の人間がいるように思われました。ある時は、自分は僧侶で紳士になっている夢を見ているようにも思われ、またある時は、自分は紳士で僧侶になっているような気もしたのです。わたしはもはや現実と夢との境を判別することが出来ず、どこからが事実で、どこで夢が終わったのか分からなくなって、高貴な若い貴族や放蕩者は僧侶を罵(ののし)り、僧侶は若い貴族の放埒な生活を忌(い)み嫌いました。
 こういうわけで、わたしはこの二つの異った生活を認めていながら、あくまでも強烈にそれを持続していました。ただ自分にわからない不合理なことは、一つの同じ人間の意識が性格の相反した二つの人間のうちに存在していることでありました。わたしは小さいCの村の司祭であるか、またはクラリモンドの肩書つきの愛人ロミュオー君であるか、この変則がどうしても分かりませんでした。
 それはどうでもいいとして、とにかくに私はヴェニスで暮らしていました。少なくとも私はそう信じていました。わたしのこの幻想的な旅行は、どれだけが現実の世界で、どれだけが幻影であるか、確かには分かりかねますが、わたしたちふたりはカナレイオ河岸の大邸宅に住んでいました。邸内は壁画や彫像をもって満たされ、大家の名作のうちにはティチアーノ(十五世紀より十六世紀にわたるヴェニスの画家)の二つの作品もクラリモンドの室(へや)に掛けてありました。そこは全く王宮とひとしき所でありました。ふたりともに、めいめいゴンドラをそなえていて、家風の定服を着た船頭が付いており、さらに音楽室もあり、特別にお抱えの詩人もありました。
 クラリモンドはいつも豪奢な生活をして自然にクレオパトラの風(ふう)があり、わたしはまた公爵の子息を小姓にして、あたかも十二使徒のうちの一族であり、あるいはこの静かな共和国(ヴェニス)の四人の布教師の家族であるかのごとくに尊敬され、ヴェニスの総督といえども道を避(よ)けるくらいでありました。実に悪魔(サタン)がこの世に降(くだ)って以来、わたしほど傲慢無礼の動物はありますまい。わたしは更にリドへ行って賭博を試みましたが、そこは全く阿修羅(あしゅら)の巷(ちまた)ともいうべきものでした。わたしはあらゆる階級――零落した旧家の子弟、劇場の女たち、狡猾な悪漢、幇間、威張り散らす乱暴者のたぐいを招いて遊びました。
 こんな放蕩生活をしているにも拘(かかわ)らず、わたしはクラリモンドに対しては忠実であり、また熱烈に彼女を愛していました。クラリモンドも大いに満足して愛のかわることはありませんでした。クラリモンドを持っていることは、二十人の女、否(いな)、すべての女を持っているようなものでした。彼女は実に感じ易い性質といろいろの変わった風貌と、新しい生きいきとした魅力とをすべて身に備えて、かのカメレオンのごとき女でありました。人がもしほかの女の美に酔うて淫蕩の心を起こした場合には、彼女は直(ただ)ちにその美女の性格や魅力や容姿を完全に身にまとって、その人に同じ淫蕩の念を起こさせる女でありました。
 彼女はわたしの愛を百倍にして返してくれたのです。この地の若い貴公子や十法官からも華(はな)ばなしい結婚の申七込みがありましたが、それはみな失敗に終わりました。フォスカリ家(ヴェニスの総督たりしフォスカリ・フランセソの一家)の人からも申し込みがありましたが、彼女はそれをも拒絶しました。金は十分に持っているので、彼女は愛のほかには何物をも望んでいませんでした。ただこの愛――青春の愛、純真の愛、それは自分のこころから燃え出した愛、そうして、それが最初であり、また最後であるところの熱情のほかには、なんにも望んでいなかったのです。わたしは全く幸福であるといえたかもしれません。しかし唯(ただ)ひとつの苦しみは、毎夜呪わしい夢魔におそわれることで、貧しい村の司祭として終日自分の乱行を懺悔(ざんげ)し、また滅罪の苦行(くぎょう)をしている有様を夢みるのでした。
 いつも彼女と一緒にいるために安心して、わたしはクラリモンドの変わった様子について別に考えもしませんでしたが、セラピオン師が彼女について語った言葉は時どきにわたしの記憶を喚(よ)び起こして、不安な心持ちを去るというわけにはゆきませんでした。
 どうかすると、クラリモンドの健康が以前のようによくないことがありました。彼女の皮膚は日に日に蒼(あお)ざめて、呼ばれて来た医者たちにもその病症がわからず、どうにも療治のしようがないことがありました。医者たちはみな訳(わけ)のわからない薬をくれましたが、どれも無効で二度と呼ばれた者はありませんでした。彼女の色の蒼さは眼に見えるほどにいや増して、からだはだんだんに冷たく、さきの夜、かの見知らぬ城の中にあったように、白く死んでゆくのでした。わたしはその枯れ死んでゆく姿を見て、言うに言われない苦悶を感じました。彼女はわたしの苦しみに感動して、死ななければならない人間の感ずるような、運命的な微笑を美しく、また悲しそうに浮かべていました。
 ある朝のことでした。わたしは彼女の寝台のそばの小さい食卓で朝食をすませた後、わずかの間も離れてはならないと彼女のそばに腰をかけていました。その時に果物の皮をむいていると、誤まって自分の指に深く切り込んだのです。小さい紫色の血がすぐにほとばしり出て、いくらかクラリモンドにもかかったかと思うと、その顔色は急に変わって、今までの彼女にかつて見たことのない野蛮な、残忍な喜びの表情を帯びて来ました。彼女は動物のような身軽さ――あたかも猿か猫のように軽く飛び降りて、わたしの傷口に飛びついて、いかにも嬉しそうな様子でその血を吸い始めたのです。
 彼女は小さい口いっぱいに――あたかも酒好きの人間がクセレスかシラクサの酒を味わっているように、ゆっくりと注意ぶかく飲むのでした。その瞳(ひとみ)はだんだんに半ばとじられて、緑色の眼の円(まる)い瞳孔(ひとみ)が楕円形にかわって来ました。彼女は時どきにわたしの手に接物するために、血を吸うことをやめましたが、さらに赤い血のにじみ出るのを待って、傷に口唇(くちびる)を持っていくのでした。血がもう出ないのを知ると、彼女の眼は瑞(みず)みずしく輝いて、五月の夜明けよりも薔薇色になって起(た)ち上がりました。顔の色も生きいきとして、手にも温かいうるみが出て、今までよりもさらに美しく、まったく健康体のようになっているのです。
「わたしは死なないわ、死なないわ」と、彼女は半気ちがいのようになって、わたしの頸(くび)にかじりついて叫びました。
「わたしはまだ長い間あなたを愛することが出来るわ。わたしの生命(いのち)はあなたのものです。わたしのからだはすべてあなたから貰ったのです。あなたの尊い、高価な、この世界にあるどの霊薬よりも優れて高価な血のいく滴が、わたしの生命を元の通りにしてくれたのですわ」
 この光景は永く私をおびやかして、クラリモンドについては不思議な疑問を起こさせました。その夜、わたしが寝床にはいると、睡眠は私を誘い出して、むかしの司祭館に連れ戻しました。わたしはセラピオン師が今までよりもいっそう厳粛な不安らしい顔をしているのを見ました。彼は私をじっと見つめていましたが、やがて悲しそうに叫びました。
「あなたは魂を失うばかりではない、今はその身をも失おうとしている。堕落した若い人は、実に恐ろしいことになっている」
 その言葉の調子は私を強く動かしました。しかしその時の印象がまざまざとしていたにもかかわらず、それもすぐに私から消えていって、ほかのさまざまな考えも皆わたしの心から去ってしまいました。

       六

 とうとうある晩のことでした。わたしが鏡を見ていると、その鏡に彼女の姿が映っていることを覚(さと)らずに、クラリモンドはいつも二人の食卓のあとで使うことにしている、薬味(やくみ)を入れた葡萄酒の盃のなかに、何かの粉を入れているのです。それが鏡に映ったので、わたしは盃を手にとって、口のところに持ってゆく真似をして、そばにある器物の上に置きました。彼女がうしろを向いたときに、私はその盃のものをテーブルの下にそっとこぼして、それから自分の部屋に帰って寝床についたのですが、今夜はけっして睡るまい、そうして、このすべての不思議なことについて何かの発見をしようと決心しました。
 間もなくクラリモンドは夜の服を着てはいって来ましたが、服をぬぐとわたしの寝台に這い上がって来て、私のそばに横になりました。彼女はわたしが寝ていることを確かめると、やがてわたしの腕をまくりました。そうして、髪から黄金のピンを抜き取ると、低い声で言いました。
「一滴……ほんの一滴よ。この針のさきへ紅玉(ルビー)ほど……あなたがまだ愛して下さるなら、わたしは死んではならないわ。……ああ、悲しい恋……。あなたの美しい、紫色の輝いた血をわたしは飲まなければならない。お寝(やす)みなさい、わたしの貴い宝……。お寝みなさい、わたしの神様、わたしの坊ちゃん……。わたしはあなたに悪いことをするのではないのよ。わたしは永久に失(な)くならないように、あなたの生命(いのち)を吸わなければならないのよ。わたしはあなたをたいへんに愛していたので、ほかの恋びとの血を吸うことに決めていたの。しかし、あなたを知ってからは、ほかの人たちは忌(いや)になったわ……。ああ、綺麗な腕……。なんという円(まる)い、なんという白い腕でしょう。どうしたらこんなに綺麗な青い血管が刺せるでしょう」
 彼女は独りごとを言いながらさめざめと泣くのです。わたしはその涙がわたしの腕を濡らすのを覚え、彼女がその手でしがみつくのを感じました。そのうちに彼女はとうとう決心して、ピンでわたしの腕を軽く刺して、そこから滲(し)み出る血を吸いはじめました。二、三滴しか飲まないのに、彼女はもうわたしが眼を醒ますのを怖れて、傷口をこすって膏薬を貼って、注意深くわたしの腕に小さい繃帯を巻きつけたので、その痛みはすぐに去りました。
 もう疑う余地はなくなりました。セラピオン師の言葉は間違ってはいませんでした。この明らかな事実を知ったにもかかわらず、わたしはまだクラリモンドを愛さずにはいられませんでした。私はみずから進んで、彼女の不自然な健康を保持させるために、欲しがるだけの生き血をあたえました。そうしてまた、彼女を恐れてもいませんでした。彼女も自分を吸血鬼(ヴァンパイア)と思ってくれるなと歎願するようでした。わたしも今まで見聞したところによって、さらにそれを疑いませんでしたので、一滴ずつの血をそれほどに惜しくも思いませんでした。私はむしろ自分から腕の血管をひらいて、「さあ、飲むがいい。わたしの愛がわたしの血と一緒におまえの血に沁み込んでゆけば何よりだ」と言ったのです。それでも私は、彼女に麻酔するほど飲ませたり、またはピンを刺させたりすることは、常に注意して避けていたので、二人はまったく調和した生活を保っていたのです。
 それでも僧侶として、わたしの良心の呵責(かしゃく)は今まで以上にわたしを苦しめ始めました。わたしはいかなる方法で自分の肉体を抑制し、浄化することが出来るかについて、まったく途方(とほう)に暮れたのです。かの多くの幻覚が無意識の間に起こったにもせよ、直接に私がそれを行なわなかったにもせよ、それが夢であるにせよ、事実であるにせよ、かくのごとき淫蕩に汚(よご)れた心と汚れたる手をもって、クリストの身に触れることは出来ませんでした。
 わたしはこの不快な幻覚に誘われない手段として、睡眠におちいらないことに努めました。わたしは指で自分の眼瞼(まぶた)をおさえ、壁にまっすぐに倚(よ)りかかって何時間も立ちつづけ、出来る限り睡気(ねむけ)と闘いました。しかし睡気は相変わらずわたしの眼を襲って来て我慢がつかず、絶望的な不快のうちに両腕はおのずとおろされて、睡りの波は再びわたしを不誠実の岸へ運んでゆくのでした。
 セラピオン師は最もはげしい訓告をあたえて、わたしの柔弱と、熱意の不足をきびしく責めました。ついにある日、わたしが例よりも更に悩んでいる時に、彼は言いました。
「あなたがこの絶えざる苦悩から逃がれ得るただひとつの道は、非常手段によらなければなりません。大(おお)いなる病苦は大いなる療治を要する。わたしはクラリモンドが埋められている場所を知っている。わたしたちは彼女の亡骸(なきがら)を発掘して見る必要がある。そうして、あなたの愛人がどんな憐れな姿をしているかをご覧なさい。さすれば、あの虫ばんだ不浄の死体――土になるばかりになっている死体のために、あなたの魂を失うようなことはありますまい。かならずあなたを元へ引き戻すに相違ないと思います」
 わたしとしても、たとい一時(いちじ)は満足したとはいえ、二重の生活にはもうあきました。自分は空想の犠牲になっている紳士であるか、または僧侶であるか、ということをはっきり確かめたいと思いました。わたしは自分のうちにあるこの二人に対して、どちらかを殺して他を生かすか、あるいは両方ともに殺すか、とても現在の恐ろしい状態には長く堪えられないと決心したのであります。
 セラピオン師は鶴嘴(つるはし)と梃(てこ)と、提灯とを用意して来ました。そうして夜なかに、わたしたちは――墓道を進みました。その付近や墓場の勝手を僧院長はよく心得ていました。たくさんの墓の碑銘をほの暗い提灯に照らし見た末に、二人は長い雑草にかくされて、苔(こけ)がむして、寄生植物の生えている石板のあるところに行き着きました。碑銘の前文を判読すると、こうありました。

ここにクラリモンド埋めらる
在りし日に
最も美しき女として聞こえありし。

「ここに相違ない」と、セラピオン師はつぶやきながら提灯を地面におろしました。
 彼は梃を石板の端から下へ押し入れて、それをもたげ始めました。石があげられると、さらに鶴嘴で掘りました。夜よりも暗い沈黙のうちに、わたしは彼のなすがままに眺めていると、彼は暗い仕事の上に身をかがめて、汗を流して掘っています。彼は死に瀕した人のように、絶えだえの呼吸(いき)をはずませています。実に怪しい物すごい光景で、もし人にこれを見せたらば、確かに神に仕うる僧侶とは思われず、何か涜(けが)れたる悪漢(わるもの)か、屍衣(しい)の盗人(ぬすびと)と、思い違えられたであろうと察せられました。
 熱心なセラピオン師の厳峻と乱暴とは、使徒とか天使とかいうよりも、むしろ一種の悪魔のふうがありました。その鷲のような顔を始めとして、すべて厳酷な相貌(そうぼう)が灯のひかりにいっそう強められて、この場合における不愉快な想像力をいよいよ高めました。わたしの額には氷のような汗が大きいしずくとなって流れ、髪の毛は怖ろしさに逆立ちました。苛酷なセラピオン師は実に悪(にく)むべき涜神(とくしん)の行為を働いているように感じられ、われわれの上に重く渦巻いている黒雲のうちから雷火がひらめき来たって、彼を灰にしてしまえと、わたしは心ひそかに祈りました。
 糸杉(サイプレス)の梢に巣をくむ梟(ふくろう)は灯の光りにおどろいて飛び立ち、灰色のつばさを提灯のガラスに打ち当てながら悲しく叫びます。野狐も闇のなかに遠く啼(な)いています。そのほかにも数知れない無気味な音がこの沈黙(しじま)のうちに響いて来ました。最後にセラピオン師の鶴嘴が棺を撃つと、棺は激しい音を立てました。彼はそれをねじ廻して、蓋(ふた)を引きのけました。さてかのクラリモンドは――と見ると、彼女は大理石像のような青白い姿で、両手を組みあわせ、頭から足へかけて白い屍衣(しい)一枚をかけてあるだけでした。彼女の色もない口の片はしに、小さい真っ紅な一滴が露のように光っていました。セラピオン師はそれを見ると、大いに怒りを発しました。
「おお、悪魔がここにいる。汚(けが)れたる娼婦! 血と黄金(こがね)を吸うやつ!」
 それから彼は死骸と棺の上に聖水をふりかけて、その上に聖水の刷毛(はけ)をもって十字を切りました。哀れなるクラリモンド――彼女は聖水のしぶきが振りかかるやいなや、美しい五体は土となって、ただの灰と、なかば石灰に化した骨と、ほとんど形もないような塊(かたまり)になってしまいました。
 冷静なセラピオン師は、いたましい死灰を指さして叫びました。
「ロミュオー卿、あなたの情人をご覧なさい。こうなっても、あなたはまだこの美人とともに、リドの河畔やフュジナを散歩しますか」
 わたしは両手で顔をおおって、大いなる破滅の感に打たれました。わたしは司祭館に帰りました。
 クラリモンドの愛人として身分の高いロミュオー卿は、長いあいだ不思議な道連れであった僧侶の身から離れてしまったのです。しかもただ一度、それは前の墓ほり事件の翌晩でしたが、わたしはクラリモンドの姿を見ました。彼女は初めて教会の入り口でわたしに言ったと同じことを言いました。
「不幸なかた、ほんとうに不幸なかた……。どうしてあなたは、あんな馬鹿な坊さんの言うことを肯(き)きなすったのです。あなたは不幸でありませんか。わたしのみじめな墓を侮辱されたり、うつろな物をさらけ出されたりするような悪いことを、わたしはあなたに仕向けたでしょうか。あなたとわたしとの間の霊魂や肉体の交通は、もう永遠に破壊されてしまいました。さようなら。あなたはきっと私のことを後悔なさるでしょう」
 彼女は煙りのように消えて、二度とその姿を見せませんでした。
 ああ、彼女の言葉は真実となりました。わたしは彼女のことをいくたび歎(なげ)いたか分かりません。いまだに彼女のことを後悔しています。わたしの心はそのご落ちついて来ましたが、神様の愛も彼女の愛に換えるほどに大きくはありませんでした。

 皆さん。これはわたしの若い時の話です。けっして女を見るものではありません。戸外(そと)を歩く時は、いつでも地の上に眼をしっかりと据えて歩かなければなりません。どんなに清く注意ぶかく自分を保っていても、一瞬間のあやまちが永遠に取りかえしのつかないことになってしまうものです。





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底本:「世界怪談名作集 上」河出文庫、河出書房新社
   1987(昭和62)年9月4日初版発行
   2002(平成14)年6月20日新装版初版発行
※「吸血鬼(ヴァンパイヤ)」と「吸血鬼(ヴァンパイア)」の混在は底本通りにしました。
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:大久保ゆう
2004年9月26日作成
2004年10月29日修正
青空文庫作成ファイル:
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●表記について

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思い出の記 小泉節子

 へルンが日本に参りましたのは、明治二十三年の春でございました。ついて間もなく会社との関係を絶ったのですから、遠い外国で便り少い独りぽっちとなって一時は随分困ったろうと思われます。出雲の学校へ赴任する事になりましたのは、出雲が日本で極古い国で、色々神代の面影が残って居るだろうと考えて、辺鄙で不便なのをも心にかけず、俸給も独り身の事であるから沢山は要らないから、赴任したようでした。
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貉 小泉八雲 Lafcadio Hearn

MUJINA
戸川明三訳


 東京の、赤坂への道に紀国坂という坂道がある――これは紀伊の国の坂という意である。何故それが紀伊の国の坂と呼ばれているのか、それは私の知らない事である。この坂の一方の側には昔からの深い極わめて広い濠(ほり)があって、それに添って高い緑の堤が高く立ち、その上が庭地になっている、――道の他の側には皇居の長い宏大な塀が長くつづいている。街灯、人力車の時代以前にあっては、その辺は夜暗くなると非常に寂しかった。ためにおそく通る徒歩者は、日没後に、ひとりでこの紀国坂を登るよりは、むしろ幾哩もり道をしたものである。
 これは皆、その辺をよく歩いた貉のためである。
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葬られたる秘密 小泉八雲 Lafcadio Hearn

A DEAD SECRET
戸川明三訳

 むかし丹波の国に稻村屋源助という金持ちの商人が住んでいた。この人にお園という一人の娘があった。お園は非常に怜悧で、また美人であったので、源助は田舎の先生の教育だけで育てる事を遺憾に思い、信用のある従者をつけて娘を京都にやり、都の婦人達の受ける上品な芸事を修業させるようにした。こうして教育を受けて後、お園は父の一族の知人――ながらやと云う商人に嫁(かたづ)けられ、ほとんど四年の間その男と楽しく暮した。二人の仲には一人の子――男の子があった。しかるにお園は結婚後四年目に病気になり死んでしまった。
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耳無芳一の話 小泉八雲 Lafcadio Hearn

THE STORY OF MIMI-NASHI-HOICHI
戸川明三訳


 七百年以上も昔の事、下ノ関海峡の壇ノ浦で、平家すなわち平族と、源氏すなわち源族との間の、永い争いの最後の戦闘が戦われた。この壇ノ浦で平家は、その一族の婦人子供ならびにその幼帝――今日安徳天皇として記憶されている――と共に、まったく滅亡した。そうしてその海と浜辺とは七百年間その怨霊に祟られていた……他の個処で私はそこに居る平家蟹という不思議な蟹の事を読者諸君に語った事があるが、それはその背中が人間の顔になっており、平家の武者の魂であると云われているのである。しかしその海岸一帯には、たくさん不思議な事が見聞きされる。闇夜には幾千となき幽霊火が、水うち際にふわふわさすらうか、もしくは波の上にちらちら飛ぶ――すなわち漁夫の呼んで鬼火すなわち魔の火と称する青白い光りである。そして風の立つ時には大きな叫び声が、戦の叫喚のように、海から聞えて来る。
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センツアマニ マクシム・ゴルキイ(Maksim Gorkii)

森林太郎訳


 島は深い沈黙の中に眠つてゐる。海も死んでゐるかと思はれるやうに眠つてゐる。秘密な有力者が強い臂を揮つて、この怪しげな形をした黒い岩を、天から海へ投げ落して、その岩の中に潜んでゐた性命を、その時殺してしまつたのである。
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方丈記 鴨長明


行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れ(やけイ)てことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる。住む人もこれにおなじ。
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マッチ売りの少女 ハンス・クリスチャン・アンデルセン 大久保ゆう訳



 それは、ひどく寒いおおみそかの夜のことでした。あたりはもうまっくらで、こんこんと雪が降っていました。寒い夜の中、みすぼらしい一人の少女が歩いていました。ボウシもかぶらず、はだしでしたが、どこへ行くというわけでもありません。行くあてがないのです。ほんとうは家を出るときに一足の木ぐつをはいていました。でも、サイズが大きくぶかぶかで、役に立ちませんでした。実はお母さんのものだったので無理もありません。道路をわたるときに、二台の馬車がとんでもない速さで走ってきたのです。少女は馬車をよけようとして、木ぐつをなくしてしまいました。木ぐつの片方は見つかりませんでした。もう片方は若者がすばやくひろって、「子供ができたときに、ゆりかごの代わりになる。」と言って、持ちさってしまいました。だから少女はその小さなあんよに何もはかないままでした。あんよは寒さのために赤くはれて、青じんでいます。少女の古びたエプロンの中にはたくさんのマッチが入っています。手の中にも一箱持っていました。一日中売り歩いても、買ってくれる人も、一枚の銅貨すらくれる人もいませんでした。少女はおなかがへりました。寒さにぶるぶるふるえながらゆっくり歩いていました。それはみすぼらしいと言うよりも、あわれでした。少女の肩でカールしている長い金色のかみの毛に、雪のかけらがぴゅうぴゅうと降りかかっていました。でも、少女はそんなことに気付いていませんでした。
 どの家のまども明かりがあかあかとついていて、おなかがグゥとなりそうなガチョウの丸焼きのにおいがします。そっか、今日はおおみそかなんだ、と少女は思いました。一つの家がとなりの家よりも通りに出ていて、影になっている場所がありました。地べたに少女はぐったりと座りこんで、身をちぢめて丸くなりました。小さなあんよをぎゅっと引きよせましたが、寒さをしのぐことはできません。少女には、家に帰る勇気はありませんでした。なぜなら、マッチが一箱も売れていないので、一枚の銅貨さえ家に持ち帰ることができないのですから。するとお父さんはぜったいホッペをぶつにちがいありません。ここも家も寒いのには変わりないのです、あそこは屋根があるだけ。その屋根だって、大きな穴があいていて、すきま風をわらとぼろ布でふさいであるだけ。小さな少女の手は今にもこごえそうでした。そうです! マッチの火が役に立つかもしれません。マッチを箱から取り出して、カベでこすれば手があたたまるかもしれません。少女は一本マッチを取り出して――「シュッ!」と、こすると、マッチがメラメラもえだしました! あたたかくて、明るくて、小さなロウソクみたいに少女の手の中でもえるのです。本当にふしぎな火でした。まるで、大きな鉄のだるまストーブの前にいるみたいでした、いえ、本当にいたのです。目の前にはぴかぴかの金属の足とフタのついた、だるまストーブがあるのです。とてもあたたかい火がすぐ近くにあるのです。少女はもっとあたたまろうと、だるまストーブの方へ足をのばしました。と、そのとき! マッチの火は消えて、だるまストーブもパッとなくなってしまい、手の中に残ったのはマッチのもえかすだけでした。
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赤いくつ ハンス・クリスティアン・アンデルセン Hans Christian Andersen

DE RODE SKO
楠山正雄訳

 あるところに、ちいさい女の子がいました。その子はとてもきれいなかわいらしい子でしたけれども、貧乏だったので、夏のうちははだしであるかなければならず、冬はあつぼったい木のくつをはきました。ですから、その女の子のかわいらしい足の甲(こう)は、すっかり赤くなって、いかにもいじらしく見えました。
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犬 レオニイド・アンドレイエフ Leonid Andrejew

森鴎外訳

 この犬は名を附けて人に呼ばれたことはない。永い冬の間、何処にどうして居るか、何を食べて居るか、誰も知らぬ。暖かそうな小屋に近づけば、其処に飼われて居る犬が、これも同じように饑渇に困(くるし)められては居ながら、その家の飼犬だというので高慢らしく追い払う。饑渇に迫られ、犬仲間との交を恋しく思って、時々町に出ると、子供達が石を投げつける。大人も口笛を吹いたり何かして、外の犬を嗾(けしか)ける。そこでこわごわあちこち歩いた末に、往来の人に打突(ぶつか)ったり、垣などに打突ったりして、遂には村はずれまで行って、何処かの空地に逃げ込むより外はない。人の目にかからぬ木立の間を索めて身に受けた創(きず)を調べ、この寂しい処で、人を怖れる心と、人を憎む心とを養うより外はない。
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笑 アルチバシエツフ(Mikhail Petrovich Artsybashev)

森林太郎訳

 窓の前には広い畑(はた)が見えてゐる。赤み掛かつた褐色と、緑と、黒との筋が並んで走つてゐて、ずつと遠い所になると、それが入り乱れて、しほらしい、にほやかな摸様のやうになつてゐる。この景色には多くの光と、空気と、際限のない遠さとがある。それでこれを見てゐると誰でも自分の狭い、小さい、重くろしい体が窮屈に思はれて来るのである。
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母を尋ねて三千里 アミーチス

日本童話研究会訳

      一
 もう何年か前、ジェノアの少年で十三になる男の子が、ジェノアからアメリカまでただ一人で母をたずねて行きました。
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美術曲芸しん粉細工 阿部徳蔵

 しん粉細工に就いては、今更説明の必要もあるまい。たゞ、しん粉をねつて、それに着色をほどこし、花だの鳥だのゝ形を造るといふまでゞある。
 が、時には奇術師が、これを奇術に応用する場合がある。しかしその眼目とするところは、やはり、如何に手早く三味線に合せてしん粉でものゝ形を造り上げるかといふ点にある。だから、正しい意味では、しん粉細工応用の奇術ではなくて、奇術応用のしん粉細工といふべきであらう。
 さてそのやり方であるが、まづ術者は、十枚あるひは十数枚(この数まつたく任意)の、細長く切つた紙片を一枚づゝ観客に渡し、それへ好みの花の名を一つづゝ書いて貰ふ。書いてしまつたら、受けとる時にそこの文字が見えないために、ぎゆつ[#「ぎゆつ」に傍点]としごいて貰ふ。
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エジプト誌


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貴重資料 | 16:12 | 読書感想(0) | トラックバック(0) | 最初の頁へ

亀がアキレスに言ったこと

アキレスは亀に追いついて、亀の背中に気持よさそうに座っていました。

「それじゃ、あなたは私達の競走路の終点に到着したってことですね?」と亀が言いました。「距離の無限級数からできてるっていうのに?知ったかぶりの連中がそんなことできっこないって証明したはずですが?」
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Lappin And Lapinova ヴァージニア・ウルフ Virginia Woolf

2人は結婚した。ウェディングマーチが鳴り響いた。鳩が羽ばたいた。イートンのジャケットを着た小さな少年たちが米を投げる。フォックステリアがのんびりと道を横切る。そしてアーネスト・ソーバーンは花嫁の手をとり、誰一人知った顔のいない野次馬の群れをかきわけ、車へと導いた。ロンドンの人々は、いつもこうして集まっては他人の幸不幸を楽しむものだった。確かに、かれはハンサムに見えたし彼女はシャイに見えた。さらに米が投げられ、車が走り出した。
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月曜日か火曜日  ヴァージニア・ウルフ Virginia Woolf

Monday or Tuesday

怠惰に無関心に、翼でたやすく空間を震わせながら、その行くべき道を知り、アオサギは教会の上を空の下をゆく。白く遠く、おのずからおのずへと吸いこまれるように、空は、終わりなく隠してはあばき、動いては留まる。湖? その水際を消し去るがいい! 山? ああ、完璧だ――太陽が金色に染めるその斜面。滝を下る。それにはシダが、あるいは白い羽が、いつまでもいつまでも――
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利子率の価格にたいする影響 クヌート・ウィクセル Knut Wicksell


私が謹んで批判に供します論題は次のことであります。もし、他のことが同じままで、世界の指導的銀行がその利子率を、例えば通常の水準より1%下げて、それを数年にわたり維持するならば、すべての商品の価格は如何なる制限もなく上昇に上昇を続けることになるだろうということ、そして逆に、もし指導的銀行がその利子率を、例えば正常な水準より1%上げ、それを数年にわたり維持すると、すべての価格はゼロ以外にはなんの制限もなく、下落に下落を続けるだろうということであります。
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所有権の起源

世の中に受け入れられている経済理論では、一般に所有権の根拠は所有者の生産的労働であると考えられている。このことは、反省することも問題にすることもなく、財産の法に適った基礎であるとされている。すなわち、有用なものを生産した者が、それを享受すべしというわけである。社会主義者と古典派経済学者とは経済学の考え方の両極端なのであるが、この点については本質的に意見が一致している。この点をめぐっては論争が起きたことがない。少なくとも今までのところは。すなわち、公理的な前提条件として受け入れられてきたのである。社会主義者にとっては、これは労働者は彼の労働の生産物をすべて受け取るべきであるという彼らの要求の根拠を与えるものである。古典派経済学者にとっては、おそらく、この公理は価値ある物であると同時に困難のもとでもあった。この公理のおかげで、彼らは、どのようにして資本家は彼の所有に帰すことになる財貨の「生産者」となるのか、かつその一方で、どのようにして労働者が彼の生産したものを得るということも真理として成り立つのか、ということを説明するという問題に際限なく悩まされ続けることになった。時折見られる創造的産業から完全に切り離された所有という事例は、正常な事態からの逸脱として受け取られ、取り扱われてきた。すなわち、それは撹乱要因のせいだというわけである。正常な状態では、富は受取り手の生産物に対する貢献に応じた比率で-もう少し適切な意味では、その貢献を原因として-分配されるという主要見解はほとんど問題にされることもなかった。
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作者不明 | 15:10 | 読書感想(0) | トラックバック(0) | 最初の頁へ

職業としての科学 (1919)  マックス ウェーバー 著

外的な条件 -- 大学の現状

あなた方は「職業としての科学」について話してほしいとのことです。わたしたち政治経済学者には学者としての習慣があり、ここでもそれにしたがおうと思うのですが、いつものことながら外的な条件からはじめることにします。この場合、次の質問からはじめましょう。具体的にいって、職業としての科学にとって必要な条件とは何でしょうか?きょうこの質問は、現実的、本質的に、次のことを意味します。大学での学術研究に職業として生涯身を捧げる決心をした大学卒業生に期待されるものとは何でしょうか?ドイツ特有の状況を理解するためにも、国外における条件との比較と理解からはじめる方がよいでしょう。この点、アメリカはドイツと好対照をなすので、まずはこの国に焦点をあわせましょう。
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ブタ飼い王子 ハンス・クリスチャン・アンデルセン 作  宮城麻衣 訳

むかし、まずしい王子さまがおりました。かれは自分の国を持っていました。その国はとっても小さかったのですが、だれかと結婚しようってくらいには十分な大きさでした。そして、その王子さまはある人と結婚したいと思っていたのです。
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絵のない絵本 クリスチャン・アンデルセン


第一夜

「昨晩」、わたしはお月さまが口にしたままを書いています。「昨晩、私はインドの雲ひとつない空にいて、私の顔がガンジス河の水面に映し出されていました。私の光は、下の方でまるでカメの甲羅みたいにこんもりしているバナナの太い絡み合う枝のあいだまで照らし出しました。そのこんもりとしているところから、カモシカのように身軽でイブのように美しい、一人のインド人の娘が飛び出してきました。このヒンドゥーの娘は立ちすくんでいて、見た目は軽やかでとても美しく、それでいてまわりの闇からははっきりと目立ちました。彼女の繊細な表情から、どうしてここにきたかを読み取ることが出来ます。下をはう、とげだらけの植物が彼女のサンダルを破りましたが、そんなことには全然かまわず彼女は先へといそぎました。乾きをいやすために河へとやってきたシカは、彼女が手にもえさかる炎をもっていたので、びっくりして飛びのきます。彼女はゆらぐ炎が消えないように手でおおっていましたから、その細い指先には血管がすけてみえました。河のそばまで降りてくると、炎が水面に映りました。映った炎は河の流れにそって流れていきます。
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FUD とは何ぞや?

FUD とは、不安(Fear)、不確実(Uncertainty)、不信(Doubt)を表す。

FUD は、競合相手が自分達のものより優れていて、しかも価格も安い、つまりは自分達の製品では太刀打ちできない製品が発売されるときに利用されるマーケティングのテクニックである。具体的な事実でもって応酬できない場合に、不安による扇動が「ゴシップ筋」を通して、競合相手の売り込みに対し疑惑の影を投げかけ、競合相手の製品を使うのを思いとどまらせるのに利用されるのだ。
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独立宣言 トーマス=ジェファーソン

人類の歴史のなかで、ある国民と他の国民を結びつけてきた政治的なつながりを解消し、世界の国々のなかで自然の法則と神の法則が与えてくれる、独立した対等な立場をとることが必要になる場合がある。その際に人類のいろいろな意見にきちんとした敬意をはらうには、分離へと駆りたてられる原因を述べなければならないだろう。


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一夕話  芥川龍之介


「何しろこの頃(ごろ)は油断がならない。和田(わだ)さえ芸者を知っているんだから。」
 藤井(ふじい)と云う弁護士は、老酒(ラオチュ)の盃(さかずき)を干(ほ)してから、大仰(おおぎょう)に一同の顔を見まわした。円卓(テエブル)のまわりを囲んでいるのは同じ学校の寄宿舎にいた、我々六人の中年者(ちゅうねんもの)である。場所は日比谷(ひびや)の陶陶亭(とうとうてい)の二階、時は六月のある雨の夜、――勿論(もちろん)藤井のこういったのは、もうそろそろ我々の顔にも、酔色(すいしょく)の見え出した時分である。
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トロッコ  芥川龍之介

 小田原熱海(あたみ)間に、軽便鉄道敷設(ふせつ)の工事が始まったのは、良平(りょうへい)の八つの年だった。良平は毎日村外(はず)れへ、その工事を見物に行った。工事を――といったところが、唯(ただ)トロッコで土を運搬する――それが面白さに見に行ったのである。
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ピアノ  芥川龍之介

 或雨のふる秋の日、わたしは或人を訪ねる為に横浜の山手を歩いて行つた。この辺の荒廃は震災当時と殆ど変つてゐなかつた。若し少しでも変つてゐるとすれば、それは一面にスレヱトの屋根や煉瓦の壁の落ち重なつた中に藜(あかざ)の伸びてゐるだけだつた。現に或家の崩れた跡には蓋をあけた弓なりのピアノさへ、半ば壁にひしがれたまゝ、つややかに鍵盤を濡らしてゐた。のみならず大小さまざまの譜本もかすかに色づいた藜の中に桃色、水色、薄黄色などの横文字の表紙を濡らしてゐた。
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羅生門の後に  芥川龍之介


 この集にはいっている短篇は、「羅生門」「貉(むじな)」「忠義」を除いて、大抵過去一年間――数え年にして、自分が廿五歳の時に書いたものである。そうして半(なかば)は、自分たちが経営している雑誌「新思潮」に、一度掲載されたものである。
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鼻  芥川龍之介

 禅智内供(ぜんちないぐ)の鼻と云えば、池(いけ)の尾(お)で知らない者はない。長さは五六寸あって上唇(うわくちびる)の上から顋(あご)の下まで下っている。形は元も先も同じように太い。云わば細長い腸詰(ちょうづ)めのような物が、ぶらりと顔のまん中からぶら下っているのである。
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劣化ウランFAQ集 国際原子力機関(IAEA)

この文書は、国際原子力機関(IAEA)が2003年に発表した劣化ウランに関する文書 "Depleted Uranium FAQs" を日本語訳したものである。


ウラン(化学記号 U)は天然に見出される放射性元素である。純粋な形態ではそれは銀色の重金属で、鉛やカルシウム、タングステンと似ている。タングステンと同様に非常に高密度で、およそ 19 グラム毎立法センチメートルであり、鉛より 70% 密度が高い。それは一辺 10 センチメートルの小さな立方体でも 20 キログラムの重さになるほどの高い密度である。

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進化論の手短かな証明  イアン・ジョンストン

訳:永江良一


ぼくらは、いつも言われてることだけど、科学時代に生きている。ぼくらは良い生活ができる手助けとなり、問題(特に医学的な苦痛)を解消し、世界について教えてくれることを、科学に期待しているんだ。ぼくらの教育制度、特に中等以降のカリキュラムは、科学とか社会科学というように組織されている。だけど、まったく奇妙なことだが、とても多くの人たち(ニュースによれば北アメリカの大多数の人たち)が認めるのを拒否している一つの重大な科学的真理がある。それは進化という事実だ。でも進化という科学的真理が反対しようもないほど確証されもので、理性の範囲内では実質的に論駁できないってことをできるだけわかりやすく説明しよう。どんな重大な科学的真理も、実際には、発表したり、説明したり、擁護したりするのは、そんなに簡単じゃない。

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オズの魔法使い L・フランク・ボーム

翻訳: 武田正代

1 竜巻

 ドロシーは農夫のヘンリーおじさん、その奥さんのエムおばさんと一緒にカンザスの大草原の真ん中で暮らしていました。家は、建てるための木材をずっと遠くから荷馬車で運んで来なければならなかったので、小さなものでした。四つの壁と、屋根と床が一つずつあって、それで一つの部屋でした。この部屋にはすすけたレンジ、お皿の戸棚とテーブルが一つずつと、三つか四つの椅子とベッドがありました。ヘンリーおじさんとエムおばさんの大きいベッドが隅に一つ、別の隅にドロシーの小さなベッドが一つありました。屋根裏部屋も、地下室も(通り道にあるどんな建物も押しつぶしてしまうほど強い旋風が起きた時、家族が入るための地面に掘った竜巻用地下室と呼ぶ小さな穴のほかには)ぜんぜんありませんでした。穴は床の真ん中にある落し戸に繋がっていて、そこから梯子が小さな、暗い穴へと降りていました。
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蜘蛛の糸  芥川龍之介

        一

 ある日の事でございます。御釈迦様(おしやかさま)は極楽の蓮池(はすいけ)のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮(はす)の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色(きんいろ)の蕊(ずい)からは、何とも云えない好(よ)い匂(におい)が、絶間(たえま)なくあたりへ溢(あふ)れて居ります。極楽は丁度朝なのでございましょう。
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『自省録』 第2章 マルクス・アウレリーウス


1.Begin the morning by saying to thyself, I shall meet with the busybody,
the ungrateful, arrogant, deceitful, envious, unsocial. All these things
happen to them by reason of their ignorance of what is good and evil. But
I who have seen the nature of the good that it is beautiful, and of the
bad that it is ugly, and the nature of him who does wrong, that it is
akin to me, not [only] of the same blood or seed, but that it
participates in [the same] intelligence and [the same] portion of the
divinity, I can neither be injured by any of them, for no one can fix on
me what is ugly, nor can I be angry with my kinsman, nor hate him. For we
are made for co-operation, like feet, like hands, like eyelids, like the
rows of the upper and lower teeth. To act against one another, then, is
contrary to nature; and it is acting against one another to be vexed and
to turn away.


朝起きたら自分にこう言い聞かせる。--おせっかい、恩知らず、威張りやさん、裏切り者、やきもち焼き、社会性のないやつ、こういう連中を避けて通ることはできない。この連中の性質は、ひとえに善と悪について理解していないことによる。しかしぼくは、善の本性は美しく、悪の本性は醜いことを知っている。それに、駄目な奴
とぼくの間にはそう大差はないことも知っている。彼らとは血を分けた兄弟であるだけでなく、知性、神性の程度において同胞なのだ。だから、ぼくには傷つけられて兄弟に腹を立てたり、逆に兄弟を傷つけたり、憎んだり、ということはない。両脚や両腕、やまぶた、歯並びが互いに調和しているのと同じに、人間は協力するために神様に創られている。人に腹を立てたり、キライになったりするのは他人の邪魔をすることだし、他人の邪魔をするのは自然と神に反することなのである。




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マッチ売りの少女  ハンス・クリスチャン・アンデルセン作

The Little Match Girl

結城浩訳

ひどく寒い日でした。雪も降っており、すっかり暗くなり、もう夜 ―― 今年さいごの夜でした。この寒さと暗闇の中、一人のあわれな少女が道を歩いておりました。頭に何もかぶらず、足に何もはいていません。家を出るときには靴をはいていました。ええ、確かにはいていたんです。でも、靴は何の役にも立ちませんでした。それはとても大きな靴で、これまで少女のお母さんがはいていたものでした。たいそう大きい靴でした。かわいそうに、道を大急ぎで渡ったとき、少女はその靴をなくしてしまいました。二台の馬車が猛スピードで走ってきたからです。
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「ものつくりのセンス」  グレアム、ポール


「… [エクアント[訳註1]への]美学的な反発が、コペルニクスに天動説を拒否させたひとつの重要な動機であった …」
- トーマス・クーン 『コペルニクス革命』

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2005年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2005年09月

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