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職業としての科学 (1919)  マックス ウェーバー 著

外的な条件 -- 大学の現状

あなた方は「職業としての科学」について話してほしいとのことです。わたしたち政治経済学者には学者としての習慣があり、ここでもそれにしたがおうと思うのですが、いつものことながら外的な条件からはじめることにします。この場合、次の質問からはじめましょう。具体的にいって、職業としての科学にとって必要な条件とは何でしょうか?きょうこの質問は、現実的、本質的に、次のことを意味します。大学での学術研究に職業として生涯身を捧げる決心をした大学卒業生に期待されるものとは何でしょうか?ドイツ特有の状況を理解するためにも、国外における条件との比較と理解からはじめる方がよいでしょう。この点、アメリカはドイツと好対照をなすので、まずはこの国に焦点をあわせましょう。




みなさんも知ってのとおり、ドイツでは科学にたずさわる若手の経歴は、通常私講師の地位から始まります。まずは、それぞれの分野の専門家たちと交流し、同意を取りつけた上で、著書や普通はすこし形式的な試験をもとに大学の学部に居を定めます。それから、学生の講義料だけの給与で、連続講義をうけもつことになります。どの単元について講義するかは、彼自身の興味の枠内で自由に決められることです。 ところがアメリカでは、学者としての経歴はふつうかなり違った風に、つまり「助手」に雇われることからはじまります。ドイツでいうと、これは自然科学や医学部の大きな専門機関と似ており、ふつうそこでは助手たちのうちでもほんの一部が、それもたいていは経歴をつんだ後に、私講師の資格をとることになります。

現実的にいうと、この差はドイツの学者の経歴が一般的には金権的前提の上に築かれることを意味します。つまり、学歴環境に身をさらすだけの資金をもたない若い学者にとっては、極めて運まかせということになります。彼らは生計を支えるに十分なポストにつけるかどうかもわからないまま、最低でも数年にわたって、こういう状況に耐えしのばねばなりません。 これに対し、官僚機構が存在するアメリカでは、若手研究者は当の最初から給与を支払われます。もっとも、それはささやかなものにすぎず、ふつうはせいぜい半熟練労働者の賃金程度でしかありませんが。それでも、固定給がもらえるわけですから、表面上は確固たる地位を出発点とすることになります。とはいえ、おおむね待遇はドイツの助手なみですし、たいてい相応の期待には答えられません。 期待というのは、アメリカの若手は膨大な数の学生を相手にせねばならないということです。これはドイツの講師にはあてはまりません。というのも、講師はいちど雇った以上、首にはできませんから。ただし、彼はなにについても「クレーム」はつけられません。とはいえ、数年の仕事の後には、いろいろ考えてもらえるだけの道義的権利の類をもつことはわかっています。と同時に--しばしばこれはとても重要ですが--ほかの私講師の資格問題が取り上げられたときには、彼にもいくらかの言い分が認められます。

原則からすると、資質のあるすべての学者に資格を与えるべきか、もしくは有資格者の数を考慮に入れて、いまいるスタッフに教育に対する独占権を与えるべきか、これはちょっとやっかいな問題です。このことは、以下で議論する教育職のもつ2つの側面と関連するのですが、一般的にいうと、第2の選択の方に分があります。しかしこの選択は、正教授が、いかに良心的であっても、自分の弟子をひいきするというリスクを増加させることになります。わたし自身の心構えをお話ししますと、わたしは自分が進級させた学生については、別の大学の公平な第3者によって正当に職務資格を与えられるべきだという原則にしたがってきました。しかし結果はといえば、最も優れた弟子のひとりでさえ、だれもこういう理由を信じなかったがために、ほかの大学では拒絶されてしまいました。

ドイツとアメリカでさらに異なる点として、一般的にいって、ドイツの私講師は彼が望むほど多くの教科を教えるわけではありません。形式的には、私講師は自分の分野に関する、いかなる講義を受け持つ権利をももつのですが、そうすることは年配の講師らに対して配慮を欠く行為だと受けとられかねません。おおむね正教授は「大きな」講義を受け持ち、講師は付随的な講義を担当します。このような教育機会の制約は、いくぶん不本意ではありますが、若い時期に学者としての研究活動に自由に専念できるという利点もあります。

原則的に、アメリカではこれとは異なる形態をとります。まさに経歴の初期の段階では、ただ有給という理由により、助手は徹底的に過度の重荷を背負うことになります。たとえばドイツのある学部では、正教授がゲーテに関する3時間の講義だけで十分だという一方で、若手の助手にしてみれば、ドイツ語教程のほかに、週12時間の講義に、たとえば、ウーラント(1787-1862)まで含まれるとしても幸せに違いありません。カリキュラムは上が決め、その中で助手はドイツの研究所の助手のように隷属的になります。

最近、あきらかにドイツの大学は、科学の広い分野でアメリカ方式へと転向しています。医学や自然科学の大研究所は「国家資本」企業であって、巨額の資金なしには経営管理できません。ここでは資本企業が機能するときにみられるのとまったく同じ状況にでくわします。労働者、つまり助手、は国が左右する条件に従属します。したがって、工場で雇用者が経営者に従属するように、助手は研究所のトップにしたがいます。というのも、主観的にそして誠実に、管理者というものは研究所を「彼のもの」だと信じ職務をこなすものですから。このため、助手の地位は「準プロレタリア的」存在のごとくしばしば不安定であり、アメリカの大学の助手の地位のごとく不安定になります。

とても重要な点について、生活一般におけるのと同様に、ドイツの大学生活はアメリカ化されています。わたしの確信では、この発展は、職人が自分の道具、本質的には書庫のことですが、を個人的に所有するという規範をのみこんでいくでしょう。これはいまやわたし自身の専門分野では大きくあてはまることです。この発展は過去の熟練工におきたことにまさしく対応し、いまや完全に進行中です。あらゆる資本家や官僚化した企業がそうであるように、これらすべてにおいて不当な利益が存在します。しかし、これらを支配する「精神」は、ドイツの大学をとりまいてきた歴史的な環境とは趣きを異にします。外見的にも内面的にも、巨大資本家、大学企業の長と旧来のふつうの正教授との間には、異常に大きな隔たりが存在します。この好対照については、ここでは深いりしませんが、内面的な心構えについても同じことがあてはまります。内的にも外的にも、旧来の大学組織は形骸化しつつあります。

残された、本質的に増大しつつある要素は、大学での職に独特なものです。つまり、そのような私講師、あるいはなおさら助手が、晴れて正教授の地位かあるいはさらに研究所の長につけるかどうかという問題です。これは単純に運です。もちろん、偶然のみがすべてを支配するわけではありませんが、それでも偶然が尋常ならざる支配力をもつことは確かです。わたしは偶然がそのような役割をはたさないポストは寡聞にして知りません。こういうのも、同世代のひとたちの方が疑いなくよりよい成果を得ている分野で、わたしが早いうちに正教授に任命されたのが個人的に単なる偶然に負うところが多いからこそ、なおさらです。こういう経験をもつからこそ、偶然が逆方向にはたらいてしまい、選抜装置の中で能力に反してしかるべき地位が与えられなかった多くの者の、おとしめられた運命に対して鋭い視線が向けられるのだとおもいます。

能力よりも運がそれほどの役を果たすという事実は、ただ単純に、あまりに「人間的すぎる」要素によるわけではありません。そのようなことは、ほかのいかなる種類の選択・淘汰過程におけるのと同様に、学問的な選択過程でも当然生じることです。こうも多くの凡庸な人材が大学では疑いもなく重要な役職をになっている事実を、学部構成員や文部官僚たちの個人的無能のせいにするのは公平さに欠くことでしょう。凡庸さの支配は、むしろ、ひとが本来もつ協調性の法則に、とりわけ数人の協調作用に、いまの例でいうと、推薦する学部構成員や文部官僚たちの協調行動によるものです。

これにあたることは、教皇選挙にみることができます。教皇選挙は数世紀にわたり歴史をたどることができ、そのうえ学問の世界と同じ性質をもつ選択・淘汰の最も重要で扱いやすい例を提供します。「寵臣」とされる枢機卿が完全勝利する見込みは、ほんのわずかです。むしろ通例は、2番手の枢機卿かあるいは3番手が勝ちをおさめることになります。同じことはアメリカ大統領選にもあてはまります。第一候補で最も卓越した人物が党大会で指名をうけるのは、まず例外的といえます。たいていは、2番手候補かしばしば3番手が指名され、後に出馬することになります。アメリカ人は既に、この種のものに対して社会学的な専門用語をもっており、これらの例を研究し、集団による選択の法則を調べるのはたいへん興味深いことではありますが、ここではそうすることはやめておきます。しかし、これらの法則はドイツの大学での大学共同体にもあてはまるわけで、したがって、度重なる間違いにではなく、むしろ、いろいろあるにもかかわらず、かなりの割合をしめている適切な指名の数にこそ驚くべきでしょう。確実なのは、ある種の国におけるように、議会が、あるいは、これまでのドイツにおけるように、君主が(ともに同様にはたらきます)、または、いまのドイツのように革命的権力をもつ者が、なんらかの政治的な理由により、学問的選択過程に干渉するところにおいてのみ、都合のよい凡人たちや権力の濫用者たちが機会を意のままにするということです。

大学の教師であれば、だれしも教官任命の際の議論など思い出したくはないでしょう。なんといっても気分のよいものではないでしょうから。それでもなお、わたしが知っている数多くの場合では、例外なく、純粋に客観的な根拠を決定要因とする、善意が存在していたと言いきることができます。

別の点についても、はっきりとさせておきましょう。学問的運命の決定が、かくも「運まかせ」なのは、ただ単に集団的意志形成による選択機構の機能不全が原因だというわけではありません。学問を志す若手ならばだれしも、直面する仕事が2重の側面をもつことをはっきりと認識せねばなりません。彼は学者としてのみならず、教育者としても適格でなければなりません。そして、この2つは往々にして両立するものではありません。抜群の学者であっても、同時にひどくまずい教師であることもありえます。ここではヘルムホルツやランケの突出した教授法を思いだしましょう。彼らは極めてまれな例外というわけではありません。

さて、問題なことに、ドイツの大学は、ことさら小さな大学は、ほとほとばかげた学生取得合戦にやっきになっています。大学都市の下宿の大家さんたちは、1000人目の学生到来をお祭りさわぎで祝い、さらに2000人目にいたっては、たいまつ行列をもって大々的に大騒ぎしたがっているありさまです。金に対する興味--これは公に認めてよいのですが--は「群衆をひきつける」周辺分野の人事に影響をうけます。これとはまったく別に、学者の資質は評価しがたく、まさに大胆で革新的な人材については、しばしば論争の余地を残すにもかかわらず、数によって把握できるということで、登録した学生数が資質の判定基準になってしまう。これはまったく自然なことです。したがって、ほとんどすべての者が、多くの登録者が与える、測りがたい恩恵と価値による動機づけの影響をうけます。講師についていうならば、たとえ世界一流の学者であったとしても、だめ教師といわれることは、ふつうは学問的な死刑宣告にひとしいことです。そして、よい教師かわるい教師かという質問には、学生のささやかな敬意の表明としての登録者数が答として用いられるわけです。

学生が教師に群がるかどうかは、だいたいにおいて、考えられる以上に、気性や声の抑揚といった純粋に表面的なことがらによって決まります。わたしとしては、それなりに多くの経験と冷静な反省の後に、いかに避け難いとはいえ、群衆をひきつける講義に対して深い疑念をもちます。民主主義というものは、適切な場所でのみ用いられるべきです。これまでドイツの大学の伝統にしたがい実践してきた科学的な訓練は知的貴族社会の事柄であって、わたしたちはこのことから目を背けるべきではありません。もっとも、訓練されてはいないが理解力のあるひとが理解できるように、そして---わたしたちにはこれだけが決定的なのですが---それについて彼ら自身が考えられるように、科学的な問題を提示することが、おそらく最も難しい教育上の課題であることは確かです。しかし、この課題が実現されるか否かということは、登録名簿の数字によって決まることではありません。さらに---もとの話題にもどりますと---まさしくこの技術は個人的な資質であって、これは学者としての科学的資質とは一致しません。フランスとは対照的に、ドイツは科学「アカデミー」という集団組織をもちません。ドイツの伝統によると、大学は研究と教育の両方の要求に対し公正に対処します。一人の人間に2つの能力を見出せるかどうかは、まったく運次第のことがらです。

というわけで、学者生活は狂った運まかせとなります。もし若手が教員採用に関してわたしに助言を求めるのなら、わたしには彼を激励する責任はまったく果たせません。もし彼がユダヤ人ならば、当然ながら、希望は捨てよと言うでしょう。ほかのひとにはこうたずねます。あなたは、凡才につぐ凡才が、毎年毎年、あなたをさしおいて昇進していく様を、憤激もせず、悲嘆にもくれず、じっとみていられると心底おもいますか?当然ながら、答はいつも同じ。『もちろんです。わたしはただ自分の「天職」にしたがうのみです。』そうはいっても、わたしがみたところ、悲観的にならずにこういう状況に耐えられたのはほんのわずかにすぎません。学者稼業の外的な条件について、わたしが言っておかねばならないと思うことは以上でおわりです。しかし、実のところ、あなたがたはもっと別なことに関する話も聴きたいに違いありません。科学に対する内なる声についてです。



内的な条件 -- 個人的資質

職業としての科学の系統化とは対照的に、いまや内なる事柄は、なによりも、科学がかつてなく、そして未来永劫つづくであろう専門分化過程に突入しているという事実によって条件づけられています。外面的のみならず、内面的にも、個々人が厳格な専門家でなければ、その分野でなにがしか真に完全なものをなし得る確たる自覚をもちえないほどの事態にいたっています。われわれが時おり取り組むような、そして社会学者が繰り返し取り組まねばならないような、隣接分野と重なりあうあらゆる研究においてできることといえば、隣の専門家に、彼自身の専門性からすると容易には思いつかないだろう有益な質問をするのが関の山だという、あきらめまじりの現実を背負わされます。どうしても自分自身の仕事は不完全なものに留まらざるをえません。厳格な専門化によってのみ、科学者は完全に自覚的になることができ、人生で一度、そしてたぶんそれっきりのこととして、後に残るなにかを成し遂げられます。真に決定的で優れた業績とは、今日ではつねに専門的な業績です。 そしていわば目隠しをつけた状態で、みずからの魂の命運が本稿のこの部分を正しく読めるかどうかにかかっているということが理解できない者は、科学からは身を引いた方がよいでしょう。決して科学の「個人的経験」などできないでしょうから。部外者にあざ笑われる、この奇妙な陶酔なしに。この情熱なしに、「生に没入するには数千年を要し、さらに数千年を沈黙のうちに待たねばならない」---あなたがこれを判読できるかどうか次第で。さもなければ、あなたには科学の天分などありえませんから、なにか別のことをすべきでしょう。情熱的献身をもってことにあたることができないのであれば、ひとにとっての人としての価値などなにもありません。

とはいえ、どんなに誠実で深かろうが、そんな情熱をいくら集めても科学的な結果は絞り出せないのが事実というものです。もちろん、情熱は決定的な「霊感」の前提条件です。最近若者のあいだでは、科学はまさしく「工場で」そうであるように、「心と魂」ではなく、冷徹な頭脳のみを使う計算上の、研究所や統計的な書類処理装置が仕立て上げた計算上の問題になっているという考えがはびこっています。まずなにより、そういう風評には、工場や研究所で実際に起きていることのはっきりとした認識が欠けています。もしもなにがしか価値のあるものを成し遂げようというのならば、どのような場合にも、なんらかのアイディアが誰かの心に生じる必要があり、かつそれは正しいものでなければなりません。そして、そういう直観は強制されて出てくるものではありません。

それは冷静なる計算とは無縁のものです。確かに、計算もまた必要不可欠な前提ではあります。たとえば、社会学者にしてみれば、たとえ年をとっていたとしても、頭の中で数万の、ことによると一度に数カ月かかるような、まったくありふれた計算をすることを、この上なく好ましいことと思うべきです。たとえ最終的に得られる結果がしばしば実際に些細なものであっても、もしなにかを明らかにしたいと望むのであれば、不純にも、この作業を機械の助手に完全に任せっきりにはできません。しかし、もし計算の方向性について、そして計算の途中に出てきためぼしい結果の意味について、なにも「アイディア」が心に浮かばなかったとしたら、この小さな結果でさえ生まれなかったでしょう。

ふつう、そういう「アイディア」は、たいへん熱心な仕事の土壌の上に醸成されますが、いつもそうだというわけではありません。科学的には、素人のアイディアが専門家とまったく同じか、あるいはより重要な意味をもつことがあります。最高の仮説や洞察の多くは、まったくの素人によるものです。ヘルムホルツがロベルトマイヤーについて語ったように、素人が専門家と異なるのは、もっぱら堅固で信頼性のおける仕事処理ができない点においてです、したがって素人はふつう、アイディアの意味するところを自在に手にとり、評価し、汲み取る立場にはありません。アイディアは仕事の代わりにはなりません。逆に、仕事はアイディアの代わりにはなりませんし、情熱が無力なように、アイディアを駆り出すこともできません。アイディアというものは、情熱と仕事、とりわけ両者あいそろってはじめて、導き出されるものです。

アイディアはわたしたちの都合のよいときに出てくるのではなく、アイディア自身が出たいときに出てくるものです。最もよいアイディアは、まったくイェーリングがいうように心に浮かびます。ソファーでタバコを吸っているときに。あるいはヘルムホルツが科学的厳格さをもって述べるように。緩やかに昇る通りを歩いているときに。ともかくそんなふうに。いずれにせよ、アイディアは机で沈思黙考し、探しているときではなく、予期せぬときに現れます。しかし、机で黙考し、情熱的献身をもって答を探さなかったならば、アイディアなど浮かぶものではありません。

おまけに、どういったものであれ、科学者はあらゆる科学的仕事にともなうリスクを冒さねばなりません。はたして「アイディア」は生まれるだろうか?優秀な研究者であっても、価値ある独自のアイディアがまったく浮かばないこともあります。これが科学だけのことで、たとえば研究所は企業の営業所とは異なるなどと思うのは大きな間違いです。「商才」のない、ということは、アイディアあるいは観念的な直観力のない商人や大資本家であれば、一生涯、事務員や技術職にとどまった方がよいでしょう。彼には決して、組織の中で真の創造性を発揮できないでしょうから。科学の分野における着想は、うぬぼれ学者が想うように、現代企業家による現実生活の問題処理に関する分野に比べて、よりきわだった役をなすというわけでは、決してありません。他方において、これもまた誤解されるのですが、科学における着想は、芸術の世界よりも小さな役割しか演じないというわけではありません。科学的に価値あるどんな結果に到達する場合にも、数学者は定規や計算機、あるいはほかの機械的手法にたよりながら、机に向かっていると思うのは子供じみた考えです。当然ながら、ワイエルシュトラスの数学的な想像力は芸術家の想像力とは、意味や結果において、かなり異なった方向性をもち、質的にも基本的に異なります。しかし、心理的なプロセスに違いはありません。それはともに(プラトンの「マニア」の意味での)熱狂であり「霊感」です。

ところで、科学的な霊感があるかどうかは、見えざる運命と「才能」によります。最後につけくわえるべき重要な点として、こういう明白な事実によって、とくに若者のあいだで、とてももっともな態度が人気を博し、彼らを今日、街角いたるところ、あらゆる雑誌を埋め尽くすカルトへと駆り立てています。これら崇拝の対象は「個人的人格」であり「個人的経験」です。両者はともに密接に関連しており、後者は前者の要素であり、それに属するものです。それが階級や地位に自覚的な個性にふさわしいという理由で、ひとびとは生を「体験」しようと自身をいためつけます。そしてもし、生を「体験」しそこなうならば、少なくともこの天性をもったふりをしなければなりません。以前、この「体験」は、単純に「センセーション」といいました。その方が、個性の実体は何であり、それが何を意味するかについての、より適切な概念をあたえていたと思います。

みなさん。科学の分野では、目の前の仕事にひとり仕える者のみが個性をもちえます。そしてこれは科学の分野に限ったことではありません。わたしは、仕事に、そして仕事のみに仕える以外になにかをした偉大な芸術家を知りません。芸術に関するかぎり、ゲーテクラスの個性をもってしても、気ままに「生」を芸術作品に捧げるのは好ましいことではありません。仮にこの点に疑いをさしはさむとしても、あえてそのような自由をみずから享楽してみるにはゲーテのようにならねばなりません。少なくとも、だれしもこれだけは認めるでしょう。千年にひとり現れるかという、ゲーテのようなひとでさえ、自由きままは報われません。政治の世界でも事は同じですが、きょうはそれについては議論しません。しかしとにかく、科学の世界では、みずから身を捧げるテーマの指揮をとり、舞台にあがり「体験」を通じてみずからを本物にしようとしつつ、どうしたら自分が単なる「専門家」以上のものだと証明できるだろう、どうしたら形式的にも内容的にも、いまだかつて、ほかの誰も言っていないことを言えるだろう、そんなことを尋ねるようなひとに「個性」などはありえません。今日では、そういうふるまいは、よくみられる現象であり、そういうひとは、いつもちょっとした印象を与えはするものの、結局は品位を落すだけにすぎません。そうではなく、仕事への心からの献身、そしてそれだけが、科学者を彼が仕える課題の高みと尊厳へと引き上げるはずです。そしてこの点においては、芸術家となんら変わるところはありません。



科学の宿命

科学と芸術がわかちあうこれらの前提条件とは対照的に、科学は芸術作品とは大いに異なる宿命をもちます。科学的な成果は進歩の過程に縛られるのに対し、芸術の世界では同じ意味での進歩は存在しません。もし形式が素材に対して正当であるならば、あるいは、条件や手法のいかんにかかわらず、もし対象が芸術的に仕上がるよう選ばれ、形づくられているのであれば、たとえば遠近法のように、新たな技術的手法によって成し遂げられた、ある時代の芸術作品が、これらの手法や規則に関する知識を欠いた芸術作品に比べて芸術的に高度であるなどと言うことはできません。正真正銘の「成果」である芸術作品は決して凌駕されませんし、古びることもありません。芸術作品の重要性は個々人によって異なるでしょうが、ひとつの作品が、同じく「成果」である「別の作品を凌駕する」などということは、誰にもいえません。

知っての通り、科学の世界では、科学者が成し得たことは、10年、20年、50年で古びてしまいます。これは科学に課せられた宿命です。まさしくこれは科学的業績の意味するところであり、おおむね同じことが成り立つほかの文化領域と比較しても、極めて独特な意味で注意が向けられます。どの科学的「成果」も新たな「問題」を生み、「越えられる」ことを求め、時代遅れになります。科学に仕える者はだれでも、この事実に身を任せねばなりません。もちろん、科学的業績はその芸術的特質のゆえに「充足感」として永続しますし、あるいは鍛錬の道具として重要であり続けます。にもかかわらず、科学的には乗り越えられるのです。何度も何度も。まったくよくある宿命であり、よくある末路です。他人が自分より先へ進むことを望まずに、仕事をすることはできません。原理として、このような進歩は果てしなく続きます。そうして、これをもって、わたしたちは科学の意味を探求するようになります。というのも、結局のところ、そのような法則の支配下にあるなにものかが、それ自身、もっともらしく意味があるかどうかは、そもそも自明ではないからです。

ではなぜひとは、現実に決して終らない、そして終れないものにたずさわるのでしょうか?ひとつには純粋に現実的な、広い意味での技術的な目的のためです。実用的な活動を、科学的経験がひもといた予想へ向けられるようにするためです。よろしい。しかしこれは現実主義者にとってのみ意味をもちます。もし学者が、そもそも個人的な態度を追い求めるとすれば、彼が職業へ向ける態度とは何でしょうか?彼はいいます。ただ単に、科学を活用することで、ほかの誰かによって商業的、技術的な成功がもたらされ、よりよい食や衣料、啓蒙、統治を可能とするためだけではありません。「科学のために科学に」たずさわるのです。しかし、廃れることを永遠に運命づけられたこれら作品群の中で、終りなくつづく専門化した組織体に組み込まれるに身をまかせる彼は、意義ある何を遂げたいと望むのでしょうか。この質問には一般的な考察をいくらか要します。

科学の進歩は、人類が数千年にわたり経験してきた、今日では極端に否定的に判断されることの多い、知性化の過程の一部分、それも最も重要な一部分にすぎません。まずなにより、科学や科学技術が創りだした主知的合理化が実際に意味するところについて明確にしておきましょう。

それはわたしたちが、たとえば、いまこの会場に座っているみなさんが、アメリカインディアンやホッテントット族以上に、わたちたちの存在基盤としての生の条件に関する知識を多くもつことを意味するのでしょうか。路面電車の乗客は、それがどのようにして動きだすのか、物理学者でもない限り、まったく理解できないでしょう。実際、そんなことは知る必要ありません。路面電車のふるまいを「たより」に、望みどおりに自分の体を運べれば、それで十分です。どういった具合に車両が動くよう作られているかについては、何も知る必要はありません。未開人は自分の道具について、比較にならないほどよく知っています。たとえ政治経済分野の同僚がこの会場にいたとしても、今日、わたしたちがお金を使うときには、きっとほとんどすべてのひとが、次の質問に対して、あらかじめ準備された、それぞれ異なる解答をもつことでしょう。どうしてお金によって、ときにはたくさんの、ときにはわずかだけの、ものが買えるようになったのでしょうか。未開人は、日常的な食糧を得るためにするべきことを、そしてこのためには、なにが役立つかを知っています。このように、増大する知性化と合理化は、生活上の条件に関する、一般的な知識の増加をしめすわけではありません。

それは別のことを意味します。つまり、望みさえすればいつでも学べるという知識と確信です。したがってそれは第一に、神秘的で測りがたい力などはなにもはたらいておらず、それどころか原理的には、あらゆることがらが計算により支配されるということを意味します。これは世界が魔法から解き放たれたことを意味します。もはや、魔力を信じる未開人がするように。魂を支配し請い願うために、魔術的な手段にたよる必要はありません。技術的な手段と計算がそのかわりの役割を果たします。なによりも、これこそが知性化の意味です。数千年来、西洋文化にはびこりつづけた魔術からの解放の過程こそが、そして一般的に、科学が結び目として、そして原動力として一部をなす、この「進歩」こそがその意味です。

それでは、科学には純粋に実践的で技術的である以上の意味はあるのでしょうか。この疑問はレオ・トルストイの著作の中に最も根本的な形で見出すことができます。彼はこの疑問を独特なしかたで投げかけるようになりました。あらゆる彼の苦悩は、死ははたして意味ある現象かという問題をめぐりつづけるものでした。彼は次のように答えます。文明化したひとにとって、死とは意味のないものである。意味はない。なぜなら、無限の「進化」の中におかれた文明人の個々の生は、まさしくその内在的な意味により、決して終ることがないから。なぜなら、進化の過程に連なる者にとって、彼の前には常に次の一歩が存在しつづけるから。死をむかえる者は、無限のかなたにある頂点に立つことはできないから。アブラハムは、あるいは昔の名もなき農民は、「年老い人生に満足して」死をむかえた。なぜなら、彼らは生の有機的輪廻のうちに組み込まれていたから。なぜなら、彼の生は、その意味と彼の時代の目からみて、彼に与えるべきものを与えていたから。なぜなら、彼には解きたいと望む謎など残されてはおらず、生は「十分」であったから。これに対して、思想、知識、問題によって絶えまなく文化が豊かさを増しゆく中で、文明人は「生に飽きる」ことはあっても、「生に満足する」ことはない。彼は魂の生が産みつづけるものの最も些細な部分をとらえるにすぎず、彼がつかまえるものはいつも一時的であり確たるものではない。したがって、彼にとって死は意味のない出来事にすぎない。死が無意味である以上、文明化した生活そのものも、また無意味である。まさにその「進歩性」のゆえに、文明は死に無意味のらく印を押す。こうした思想はトルストイ芸術の基調をなすものとして、彼の晩年の作品のいたるところに見出すことができます。

これに対しては、どういう態度をとればよいでしょうか。はたして「進歩」そのものは、技術的以上のはっきりと認識できる意味をもつのでしょうか。科学に仕えることは意味ある職業だといえるでしょうか。こういう疑問は、当然提起されねばなりません。しかしこれは、単に科学にとっての職業の問題ではなく、したがって、科学に身を捧げる者にとって、職業としての科学が何を意味するかという問題ではありません。そうではなく、それは人類すべての生の中で、職業としての科学とはいかなるものであり、いかなる価値をもつものなのか、という問題になります。



科学観の変遷

この点で過去と現在は、まったく好対照をなします。プラトンのポリティア第7巻のはじめにある素晴らしい描写を思い出しましょう。鎖につながれた穴居人たちが石壁の方に顔を向けており、後ろには彼らが見ることのできない光源が置かれている。彼らは光がつくりだす影にのみ注意を向け、それら相互の関係を理解しようと努めている。結局、最終的に、ひとりが鎖を解くことに成功し、うしろを振り返り、そして太陽を目にする。目をくらまされ、彼は手探りで自分が見たものを、とつとつと語る。ほかの者は、彼の言うことは誤りだという。しかし次第に、彼は光の中でものを見ることを学ぶ。かくして使命として、彼は穴居人たちのもとへと降りていき、彼らを光ある上方へと導く。彼は哲学者です。そして太陽とは科学的真実であり、それのみが、幻影や仮象ではない、真の実在をとらえます。

だが今日、だれがこのように科学をみるでしょうか。今日では、まさに若者の感じからすると、むしろ逆です。科学的思考が描く像は、人為的抽象物からなる裏の世界のものです。それは、乾いた手で現実生活の血と汁を捉えようとは努めるものの、いつだって手に入れることはできません。しかしこの生の中にこそ、プラトンにとっては洞窟壁での影絵遊びだったものの中にこそ、真の現実が脈打っています。この他のものといえば、生の派生物か、生をもたぬ幽霊か、さもなければ無です。この変化はどこから生じたのでしょう。

ポリティアにおけるプラトンの熱狂は、概念という、あらゆる科学的認識の最大の手段を、最終的に、はじめて自覚的に発見した事実によって説明されます。その意義は、すでにソクラテスにより発見されていました。発見したのが世界中で彼ひとりだったというわけでもありません。インドにおいても、アリストテレスのものとよく似た論理の萌芽を見出すことができます。しかし、ここでいう概念の意義の自覚は、ほかで見出すことはできません。ギリシャにおいてはじめて、論理のネジによって、手際よくひとを押さえこむ手段が生まれました。こうして、何人に対しても、無知を認めさせるか、さもなければ、ほかでもないこれが真理だと、盲目なひとの行いのように消え去ることのない永遠の真理だと、認めさせられるようになりました。これはソクラテスの弟子たちを啓発するすさまじい体験でした。こうして、もし美や善、あるいはたとえば、勇気、魂、その他なんであれ、正しい概念をみつけさえすれば、その真の実在を把握できることになる、とおもわれたのです。しかも逆にこのことは、生活上正しく行動する術や、とりわけ、一市民としてふるまう術を知り、かつ教える道をひらくようにもおもわれました。というのも、ギリシャ人にとっては、この問題こそがすべてであり、思想とは政治的思索であったからです。かれらはこのような理由で学問にたずさわりました。

ギリシア精神の発見とともに、ルネッサンスの申し子として生まれた科学研究の第2の道具があります。それは合理的実験です。経験を信頼できる仕方で制御する手段として、実験なくして、こんにちの経験科学は不可能であったでしょう。実験はより以前にもありました。たとえば、インドでは禁欲主義的なヨガの技術に対する奉仕として生理的実験がなされました。古代ギリシャでは戦争技術を目的として、中世においては採鉱を目的として、数学的実験がなされました。しかし、実験を研究の原則にまで高めたことはルネッサンスの業績です。彼らは偉大な革新者、実験の先駆者であり、レオナルドや彼のような人々、とりわけ実験的ピアノを用いた16世紀音楽界の実験家によって、その特徴がよく示されています。これら集団を通じて、とりわけガリレオによって、実験は科学に取り込まれ、ベーコンによって理論に取り入れられました。そしてその後、実験はヨーロッパ大陸、なかでもイタリアやオランダの大学において最初に、様々な学科の厳格な専門家へと受けつがれていきました。

では、これら近代初期の人々にとって、科学とはなにを意味したのでしょうか。レオナルドのような芸術界の実験家や音楽界の革新者にとって、これは真の芸術への道を意味し、そして同時に、真の自然への道をも意味しました。芸術は学問の地位に並び称せらるものであり、同時になにより、芸術家は社会的にも、人生の意味の上でも、博士の地位にまで高められるべきものでありました。これはたとえば、レオナルドの画本の基礎を支える野心でもあります。では、こんにちでは?「自然への道としての科学」-- 若者にとって、これは神への冒涜のように響くでしょう。いやそうではない、逆だ。科学的主知主義からの解放、個々の自然へ、そしてすべての自然へと回帰するために! 芸術への道としては? まったく議論の余地なし。

しかしひとは、精密自然科学が成立した時代には、科学に対して、より多くのことを期待しました。スワンメルダムの名言を思い出しましょう。「ここにわたしは、1匹の虱の解剖によって、あなた方に神の摂理を証明する。」ここには、その頃、(間接的に)新教、そして清教主義の影響下にあった科学研究が、固有の課題として想定していたものを見てとることができます。それは神への道です。これは、当時にあっては、哲学者やその観念、そして推理によって見出されるものではありませんでした。中世人が試みたように、この筋にそって神を見出すことなどできないことは、当時のあらゆる敬虔主義神学者、とりわけシュペーナは知っていました。神は隠れており、神の道はわれわれの道ではなく、神の思想はわれわれの思想ではない。しかしながら、神の仕事を物理的に把握できる精密自然科学においては、世界に対する神の意図の痕跡をたどることができるものと期待されました。では、こんにちではどうでしょうか? まさに自然科学の世界でみられる大きな子供は別としても、誰がこんにち、天文学的、生物学的、あるいは物理学的、化学的な認識によって、世界の意味について学べると、あるいは、そうした「意味」があるとして、その痕跡をたどれると信じるでしょうか。もしそれにみあうものがあるとすれば、世界の「意味」のようなものに対する信仰を根こそぎ抜き去ることでしょうか! ましてや、科学が「神への」道だというのは? この、格別に神とは無縁の力が? 認めようが認めまいが、科学がこういうもので、これからもこうであろうことは、こんにち心の底では誰も疑いはしません。科学の合理主義や主知主義からの解放は、神とともに生きる共同体の基本的前提になります。あるいは、似たようなことは、こんにち一般に宗教的傾向をもつ者や、宗教的体験をもとめる若者たちの基本的なスローガンとして、よく耳にします。しかもこれは宗教や、なにより、体験に限ったことではありません。奇妙なのは、いまや選択されつつある道です。ここでは、これまで主知主義が触れたことのない唯一の世界、まさしく非合理の世界が意識の上にのぼらされ、ルーペの下で詳細に調べあげられます。現実的に考えて、これが非合理的なる現代の主知主義的浪漫主義が最終的にたどりつくところだからです。このように主知主義からの解放をめざす道は、これを歩むひとたちが目的として思いえがくものとは、まったく正反対の方向へと導きます。

最後に、科学、あるいは、科学にもとづき生を支配する技術を幸福への道として称賛する素朴な楽天主義については、「最後の人々」「幸福を作った最後の人々」にに対するニーチェによる徹底的批判にしたがい、完全に無視して差し支えないでしょう。だいたい、教壇や編集室の大きな子供は別として、そんなことを信じるひとなどいるのでしょうか。

話をもとにもどしましょう。「真の実在への道」、「真の芸術への道」、「真の自然への道」、「真の神への道」、「真の幸福への道」が、すべて過去の幻として埋没したいま、これら内的な前提のもとで、職業としての科学とは何を意味するのでしょうか。トルストイの言葉が最も簡単な答を与えています。「それは無意味だ。なぜなら、わたしたちは何をすべきか、いかに生きるべきかという、わたしたちにとって最も重要な問いになにも答えないから。」科学がこれに答えない事実は、まったくもって論争の余地がありません。ただ、どのような意味で「なにごとも」答えないか、そしてそれにもかかわらず、正しく問いをたてる者に対しては、なんらかの役を果たすのではないか、ということが問題になります。



学問の前提 -- できないこと、してはならないこと

こんにちしばしば、「前提をもたない」科学についてよく耳にします。そのようなものなど、はたして存在するでしょうか。ここでは、それがなにを意味するのかが問題となります。いかなる科学的研究においても、論理的かつ方法論的な規則の妥当性は前提とされています。これらは、世界に対するわたしたちの態度の、一般的基礎をなすものです。ただし、これらの前提については、少なくともわたしたちの問いに関する限り、最も議論する必要のないことです。しかし、前提はさらに続きます:科学的研究によってもたらされる結果は、「知るに値する」という意味で重要なことがらである。明らかに、ここにこそ、わたしたちの問題のすべてがつまっています。なぜなら、このような前提は、科学的手段によっては決して証明できないからです。それはただ、個々人が生に対する究極的な立場にしたがい、拒絶あるいは採択することになる、各々の究極的な意味にそって判断されるものです。

さらに、科学的研究がそれぞれの前提に対する関係のしかたは、その構造によって、おおいに異なるものとなります。物理学や化学、そして天文学のような自然科学は、それらがたどりつき、描きうる限りの宇宙の事象に関する最終法則が、当然ながら知るに値するものだということを前提とします。これは、これらの知識により技術的な成果が達成できるため、というばかりではなく、むしろこれらが「職業」たりうべき以上、「それ自身のために」こそ、そうだといえます。まさしくこれらの前提は、科学自身によって証明できるものではありません。いわんや、科学が記述する世界はそもそも存在に値するのか、それは「意味」をもつのか、そこに存在することに意味はあるのか、ということがらにいたっては、なおさら不可能です。これらは一切問題になりません。あるいは、現代医学のような、科学的に高度に発達した実用的な技術職を例にとりましょう。医療経営の一般的「前提」は、まったく自明です。純粋に生命そのものの維持、そして、苦痛そのものを可能な限り軽減することを職務とします。しかし、ここには議論の余地があります。医者は手段をつくして重体の患者を看病します。たとえ彼が生からの解放を嘆願しても、身寄りの者たちにとって彼の命が価値のないものであっても、彼のためにも苦痛からの解放を願うとしても、維持すべき命に値せぬほどの費用に耐えられないとしても、ひょっとして貧しい狂人であっても、死をみずから認める認めないにかかわらず、望む望まないにかかわらずです。ただ医学の前提と刑法典だけが、医者による逸脱行為を阻みます。それらは、生命が生きる価値をもつかどうか、そしてどういう場合に、といった問いには一切答えません。あらゆる自然科学は、生命を技術的に支配するためにわたしたちはなにをすべきか、という問いに対して答を与えてくれます。しかしながら、技術的に支配すべきか、支配したいか、さらにそれは究極的かつ本来の意味をもつものか、こうしたことについては、ただそのまま手をつけずにおくか、さもなければ、目的に対する前提として認めるほかはありません。

あるいは、芸術学のような分野を例にとりましょう。美学は、芸術品は存在する、という事実を前提とし、これがいかなる条件のもとで問題となるかを解明しようとします。しかしながらそれは、ひょっとすると芸術界とは悪魔的栄華をきわめた領域ではないのか、ここから生まれる世界は最深部において神に反し、最底流をなす貴族主義的精神ゆえに友愛精神に背くものではないのか、こういった疑問を投げかけることはありません。したがってまた、芸術作品は存在すべきものか、ということは問題とはされません。-- あるいは法律学の場合は、ある法規や法解釈上の手法が効力をもつものと認められる場合に、ときには意固地な論理により、ときには、慣例により与えられた型に縛られた法律学的思考様式にしたがい、妥当なことがらを確定します。そもそも法律は存在すべきか、これこれの規則は設定されるべきか、こうした問いには一切答えません。むしろ、法学が示すことはただ、ひとがある結果を期待するときに、法律学的な思考規範によると、こういう法規が目的達成に適した手段を与える、ということだけです。-- あるいは歴史文化科学の場合を例にとりましょう。ここでは、政治的、芸術的、文学的、社会的な文化現象を、それぞれの発生条件をもとにどう理解するかについて教えます。しかし、これらの文化現象がかつて存在するに値したか、そしていま存在するに値するか、という問いには答えませんし、また、それを知ることに、努力にみあう価値があるのか、という別の疑問にも答を与えません。この取り組みを通じて「文化人」共同体に参画することは興味あることがらである、ということは前提となります。これが正しいかどうかは、決して「科学的に」証明はできません。かといって、これを前提とみなしたとしても、これが言うまでもなく自明だということにはなりません。事実、これは決して、まったく自明ではありません。

それはさておき、社会学、歴史学、経済学、国家学、そしてこれらを科学的に解釈するための文化哲学など、わたしに最も近い分野について取り上げましょう。政策論議は講堂には馴染まない、とはよく言われますし、わたしもそう思います。学生の側からすると、それは講堂に似つかわしくはありません。たとえば、残念なことですが、ベルリン大学のわたしのかつての同僚、ディートリヒ・シェーファーの教室では、平和主義の学生たちが教壇を囲み、いろいろ騒ぎ立てたことがありました。フェルスター教授は多くの点でわたしとはまったく見解を異にしますが、彼のところでも、反平和主義の学生たちによって同じようなことがありました。しかし、なにはともあれ、政策は講師の側から取りあげられるべきではありません。すくなくとも、とりわけ政治を学問的に研究している場合においては絶対にいけません。なぜなら、実践的政策的な所信の表明と、政治組織や政党に関する学問的分析とは、別のことがらだからです。公衆向けの集会で民主主義について語るのでしたら、個人的立場を覆い隠すことはないでしょう。というより、まさに自分の政治的態度を鮮明にすることは、強いられた義務であり責任でもあります。そこで求められる言葉は、学問的分析の手段というよりは、むしろほかの人々の態度をこちらに向けるための政策的プロパガンダです。それは沈思黙考の豊かな土地を耕す、すきではなく、敵に向けられた剣であり、闘うための武器です。講義中や講堂において、この種の言葉が用いられるとすれば、それは暴挙です。たとえば、「民主主義」について語る場では、まず様々な形式を取り上げたうえで、それらがどう機能し、生活環境にどういう結果をもたらすかを確認し、ほかの非民主的な政治体制と対比しつつ、聞き手が自分の究極の理想にもとづき、みずからの立場を決める上での出発点を見出せるようにします。ところが、真の教育者ならば、陰にも陽にも、教壇上からはなんらの政治的態度をも強いることのないよう、大変な配慮を欠かさぬことでしょう。いうまでもなく、「事実に語らせる」というやりかたは、最も公正さに欠くものです。

ではなぜ本来、このようにされるべきではないのでしょうか。あらかじめ言っておきましょう。高く評価されているわたしの同僚のうちにも、こうした控え目な態度を自己に要求することは、総じておこなわれがたく、仮にうまくいったとしても、それは気まぐれにすぎないと考えるひとがたくさんいます。さても、大学教師としての義務を学問的に具体的に示すことは、誰にできることでもありません。できることといえば、ただ知的に誠実であることのみです。これは、一方では、文化的価値における数学的、論理的な関係や内部構造を決める事実を確定し、他方では、文化の価値やその個別的な内容、そして文化共同体や政治団体のなかでどう行動すべきかという問いに答を与える、これら2つをまったく異質のことがらとして見極めるということです。もしさらに、なぜ講堂では両者を同時に扱ってはならないのか、とたずねるのでしたら、それにはこう答えましょう。講堂の壇上は預言者や煽動家にとってふさわしい場所ではない。

予言者や煽動家に対してはこう言われます。「街頭に出て、公然と語りなさい。」というのも、そこでは批判が可能だからです。講堂では、聴衆は沈黙を強いられ、教師に耳を傾けねばなりません。意見を異とする批判者もなく、学生が進級のためには教師の講座を履修せねばならないという、こうした状況を食い物にする行為は無責任だと思います。教師の使命とは、知識や科学的経験をもって、生徒たちの助けとなることであり、個人的な政治的見解を生徒に刷り込むことではありません。たしかにひとによっては、主観的共感を排除することがうまくできない場合もありえます。そうした場合、彼は良心の呵責というかたちでの痛烈な批判にさらされることでしょう。そしてこれは、なにも義務を反証することにはなりません。これは、単なる事実誤認が真理探求の義務と相容れないわけではないのと同じことです。純粋に科学のためにも、わたしはこれを退けます。わたしたち歴史学者の研究をもとに、わたしには、科学のひとが個人的な価値判断を扱うときにはいつも、事実の完全な理解が妨げられてしまうことを証明してみせることもできます。しかしそれでは今晩の主題から離れてしまいますし、もろもろの長い説明が必要となってしまいます。

ただこう問うことにしましょう。一方で敬虔なカトリック教徒が、他方でフリーメーソン会員が、教会および国家の形態、もしくは宗教史に関する同じ講座にいたとして、これらのことがらについて、ともに共通の価値認識に達することができるでしょうか。それは不可能です。しかしながら、大学教師は彼の知識と手法を駆使して、双方に対して役立つよう希望をもち、要求を貫徹せねばなりません。さて、あなたがたは当然のことながら、次のようにいうでしょう。敬虔なカトリック教徒は、教義的前提から自由な教師が説くような、キリスト教成立当時にはたらいていた諸要素に関する意見など、絶対認めないでしょう、と。確かに! 相違点は次のところにあります。「前提から自由な」科学は、宗教上の束縛を一切拒否するという意味で、「奇跡」や「啓示」については、事実なにも知りません。もし知りうるとすれば、科学はその「前提」に対して不忠実となります。信者は両方とも知っています。そして、「無前提な」科学が認めうることは、次の点以上でも以下でもありません。もしキリスト教発生当時の一連の出来事が、経験的解釈としては排除されるような超自然力の介在をゆるさないかたちで説明されうるとすれば、それは科学が試みるように説明されねばなりません。これでしたら信者も、信仰に背くことなく認めることができるでしょう。

しかしそうだとすると、事実そのものには無関心で、ただ現実的な見方だけを重視する者にとっては、科学の成果はまったく意味のないものなのでしょうか。たぶん、そうではありません。まずひとつ。有用な教師の第1の使命は、生徒たちに認めたくない事実、たとえば彼が所属する政党の見解にとって不都合な事実を認めるよう教えることです。そしてどの政党見解にも、わたしにも、とりわけ具合の悪い事実はあるものです。もし大学の教師が聴衆に対して、そうしたことに慣れるようしむけられたとすれば、彼は知的業績以上の成果をなしとげたと、わたしは確信します。少し厚かましいですが、これをあえて「倫理的成果」と表現しましょう。もっとも、これは言うまでもなく単純至極なことがらであって、ひょっとすると、すこし荘重にすぎる感もあるのですが。



神々の争い -- 価値判断

ここまでわたしは、個人的見解を強いることのないよう、現実的な根拠をもとに話してきました。しかし理由はそれだけではありません。確たるものとして与えられ、前提とされる目的に至るための手段を論じる場合は例外となりますが、実際上の立場は「科学的に」は主張しえないということは、もっとずっと深い理由によります。異なる世界秩序は互いに解きがたく争いあうため、そうすることは根本的に無意味だからです。わたしは老ミルの哲学を称賛しはしませんが、この点で彼はかつて正しいことを言っています:純粋な経験から出発するとしたら、ひとは多神論にたどりつくでしょう。これは皮相的な表現で、そのうえ逆説的に聞えますが、それでもなお、ここには真理が含まれています。それどころかわたしたちは、こんにち再び次のことに気づいています。あるものは美しくないにもかかわらず、いやむしろ、美しくないがために、そして美しくない限りにおいて神聖なものとなる。その証拠は、イザヤ書第53章や詩篇第21篇に見出すことができます。また、あるものは善ではないにもかかわらず、いやむしろ、善ではないがために美しくなりうる。これはニーチェ以来知られており、またそれ以前にも、ボードレールが『悪の華』とよんだ詩集のうちにも示されています。美しくなく、神聖でもなく、善ではないにもかかわらず、そして、そうではないためにこそ、真ではありうる。これもまたありふれたことです。しかしこれらは、価値や秩序に関する個々の神々の争いのなかでも、もっとも基本的な場合にすぎません。どうして、フランスとドイツの文化の価値に雌雄を決することができるでしょうか、わたしにはわかりません。ここでも神々はたがいに争っており、しかもそれは永遠につづきます。かつて、まだ世界が神々や霊力の支配を脱していなかったころ、古代ギリシャの人々はアフロディーテに、アポロに、そしてなにより、それぞれ自分の都市の神に対して供物を捧げていました。神秘の魔術から解放され、裸にされたとしても、個々の内部には、態度を決する真の彫像が、いまなお存在します。そして、これらの神々を支配し、その争いをつかさどるものは運命であり、断じて「科学」ではありません。それはただ、ある秩序にとっての、または別の秩序にとっての神とはなにかについて理解させるだけです。ここまでで、教授による講堂における議論は完全に終りとなります。当然ながら、その中に含まれる重大なる人生上の問題は、まったく片づいたわけではありません。しかしそれは、大学の教壇ではなく、別の力が語ることです。

だれが山上の垂訓の倫理を、たとえば「悪に手向かうな」という教義や、一方のほおともう一方のほおの比喩を、あえて「科学的に反駁」しようとするでしょうか。ただ明らかなのは、世俗的にみると、ここで説かれていることは尊厳を失った行動倫理といえます。ひとはこの倫理がもたらす宗教的威厳を保つか、あるいはこれとは少し異なる教え「悪には手向かえ。さもなくば、力を貸したおまえも悪の共犯者だ」を諭す男の尊厳のいずれかを選ばねばなりません。究極的な立場のいかんにより、一方は悪魔、もう一方は神となり、個々人は自分にとってどちらが神でどちらが悪魔かを決しなくてはなりません。そしてこういうことは、人生のあらゆる規範に対してあてはまることです。

あらゆる宗教的預言から流れ出る倫理的規律的な生活規範、その規範を礎とする壮大なる合理主義は、多神教の権威を「必要なひとつのもの」へとゆずりわたしました。その上で、わたしたちが歴史に知るように、外的にも内的にも生活の現実に直面するに及んで、キリスト教は妥協と相対化の必要にせまられてきました。しかし今日では、このことは宗教的「日常」となっています。多くの古き神々が、魔力を解かれたことで超人的な力と化し、それぞれの墓からはい上がり、わたしたちの生活を支配すべく、ふたたび互いに永遠の争いをはじめています。現代人にとって難しく、ことさら若い世代にとって最も困難なことは、このような日常に立ち向かうことです。かの「体験」を求める衝動はすべて、この弱さから生じています。なぜなら弱さとは、時代の宿命を厳粛なる面持ちで直視できないことにほかならないからです。

排他的と言われ、あるいは思われてきた、キリスト教倫理の壮大なる情熱的道徳指向により千年にわたり目をふさがれてきたその後に、わたしたちは文明化によって、この闘争をふたたび、よりはっきりと認識するよう運命づけられています。



教師と指導者

これでこの問題はもう十分でしょう。これらすべてに対し、最近の若者は思い違いをして、こう言い返します。「そうなんだけど、ぼくらは単なる分析とか事実の記述とか、そんなことよりもっと、すごいことを体験したくて講義をききにくるわけですよ。」思い違いというのは、彼らは目の前の大学教授に対して、実体とは違うものを求めています。そういう彼らは教師ではなく指導者を切望しています。しかし、わたしたちは単に教師として教壇に立つわけです。そして、すぐわかることですが、この2つは別のことがらです。そこで是非もう一度、アメリカの話をさせてください。ここには最もはっきりとした形で、問題の原型をみることができます。

アメリカの少年がドイツの少年に比べて勉強しないことといったら、言語に絶するほどです。膨大な試験の数にもかかわらず、学生生活は、ドイツのように、彼らを試験の虫と化すほどの重要性をもっていません。というのも、アメリカでは、卒業試験が官僚世界への入場許可書となる官僚制度が、いまだ成熟していないためです。アメリカの若者は、なにに対しても、誰に対しても、伝統に対しても、役所に対しても、個々人の個人的成果でもない限り、いっさい敬意をしめしません。これがアメリカ人のいう「民主主義」です。実際にいかに歪められた形とはいえ、これが民主主義の意味であり、ここで問題にしたいことです。アメリカ人がいだく教師の概念とは次のようなものです。八百屋が母さんにキャベツを売るみたいに、教師はぼくに、父さんのお金で知識や手段を売ってくれます。それだけのことです。もちろん、ここでいう教師がサッカーの監督ということでしたら、この場合には彼は指導者となります。しかしそうではなく、スポーツの他の分野の似たようなものでもないのであれば、彼は単純に教師なのであって、それ以上のものではありません。アメリカの若者は、教師が世界観や行動規範を売るとは考えないでしょう。さぁ、こう整理すると全部却下せざるをえません。わたしは意図的に少し極端に誇張して述べました。問題はこの中に、なにか汲み取れるものはないかということです。

学生のみなさん。あなたがたは講義に出席し、わたしたちに指導者の資質を求めます。そしてあなたがたは、100人の教授のうち少なくとも99までは、生の根本的問題におけるサッカー教師だとは、いわんや行為の「指導者」だとは、言いきれないし、そうすべきでもないということに、もとより気づいていません。個人の価値は指導者の資質の有無にはよらないことをよく考えてみてください。なにはともあれ、優秀な学者や学校教師の資質は、実生活や、あるいはより具体的に、政治を指揮する指導者たる資質とは一致しません。教師がこの資質をも持つとすれば、それは純粋に偶然であって、もし教壇に立つすべての先生が、教師は指導者の資質をもつべきだという学生らの期待を突きつけられるよう感じるのであれば、これは危機に瀕した状況です。あらゆる先生が講義室で指導者たるべく任されたならば、なおいっそう危機的です。たえず自分のことを指導者だと思うような者は、たいてい指導者の資質を最も欠いています。しかし、そうかどうかにかかわらず、単純に教壇は指導者の証明をする場ではありえません。若者の助言者としてふるまうことが自分に向いていると思い、彼らの信用を集める大学教授であれば、彼らとの個人的な人間関係の中でそれを示せばよいのです。世界観や政党見解の抗争に首を突っ込みたいのであれば、市場や新聞、集会や組合、どこでもよいですが、どこか外ですればよいのです。ともあれ、聴衆やありうる敵対者が沈黙をしいられる場所で勇気を奮うというのは、ちょっと都合がよすぎます。


科学の役割

最後に、あなたがたは次のように質問するでしょう。「もしそうであれば、現実の個人的な『生』に対して、科学は実際に積極的になにができるのか。」こうしてふたたび、「職業」としての科学の問題へと立ち帰ることになります。

まず第1に、科学は当然ながら、人間の行動とともに外的対象物を計算により技術的に管理する上で貢献します。しかし、あなたがたはこういうでしょう。そうですけど、それは結局、アメリカ人少年がいう八百屋以上のものではない。いやまったく、わたしも同意します。

第2に、科学は八百屋にはできないことにも寄与します。思考方法、考察の道具と訓練といったものです。あなたがたはおそらくこういうでしょう。それは野菜ではないが、野菜を調達する手段にすぎないだろう。まぁよいでしょう。今日のところはこの点も置いておきましょう。

しかしながら、幸いなことに、科学の寄与は以上で終りではありません。ようやく、あなたがたを第3の目的へと手助けできる点にたどりつきました。それは明晰さを得るということです。もちろん、わたしたちには明晰さをもつことが前提とされています。とするなら、あなたがたに次のことを明らかにできます。

現実には、価値に関する問題を考えるときには、様々な見方ができます。単純には、社会的現象を例として考えてみて下さい。科学的経験によると、これこれの立場をとるとき、現実的に自分の信念をとげるには、これこれの手段を選ばねばならないということがあります。さて。これらの手段は、ひょっとすると、あなたには拒否すべきと思われるものかもしれません。そのときあなたは、目的と避け難い手段との間で、究極の選択をせねばなりません。目的は手段を「正当化」するでしょうか。あるいは、そうではないでしょうか。教師はあなたにこの選択の必要性を突きつけます。しかし、煽動家ではなく教師に留まりたいのであれば、彼ができることはここまでです。もちろん、経験にてらして、こういう目的を望むのであれば、おまけにこういう副次的な結果をもたらすことを伝えることは可能です。ここで再び、前と同じ状況にでくわします。これらは技術専門家にとって生じる問題でもあります。極めて多くの場合に、最小悪または相対的善のいずれかの原理にしたがい決意せねばなりません。技術者にとって、ただひとつ主要な目的そのものは、通常あらかじめ与えられています。しかし、真に「究極的な」問題が問われている場合には、こうはいきません。こうしてようやくわたしたちは、明晰さのために役立つという、科学本来の最終任務にたどりつくと同時に、科学の限界にもたどりついたことになります。

さらにくわえて、次のように言えますし、またそう言うべきです。それがもつ意味により、おのおのの現実的立場は、様々な究極の価値見解から、内的整合性と完全性をもって導くことができます。おそらくそれはただ1つの、あるいはいくつかの、基本的立場から導かれるでしょうが、ほかのどれからも導かれるというわけではありません。比喩的にいうと、ある立場に執着するとき、あなたはその神に仕え、ほかの神には背くことになります。そしてもし自分に誠実であれば、あなたは必ず、主観的に意味のある、なにがしかの最終結論にたどりつくでしょう。すくなくとも原理的には、ここまでは達成できることです。特殊な訓練としての哲学や、他の科学分野の原理に関する本質的に哲学的な議論は、これを遂げようと試みます。したがって、わたしたちが仕事の追求において、(ここで想定されねばならない)資質を有するのであれば、わたしたちは、個々人に対して、それぞれの行動の究極的意味を明らかにするよう彼に強いるか、あるいは少なくともそれを手助けすることができることになります。個々の私的生活に関するものとはいえ、わたしにとって、このことはつまらないことではありません。ここでふたたび、これに成功した教師について話したくなります。彼は「倫理的な」力に仕えることで、自己明晰化と責任感をもたらす義務を遂げます。自身の立場を聴衆に押しつけたり提唱したりする個人的な欲求をより忠実に避けるほど、教師はこのことをうまく成し遂げられるだろうと、わたしは信じています。

ここで想定されることがらは、常にひとつの基本的事実を出発点とします。生が内在し、それ自身により解釈される限りにおいて、生とは神々の終りなき闘争だということです。率直にいうと、生に対して可能な究極的な態度は、互いに相容れないものであり、したがってそれらの間の闘争は決して最終結論には到達できません。このために、決定的な選択をする必要が生じます。

そのような条件のもとで、科学があるひとの「職業」として価値あるものか、科学それ自身が客観的に価値ある「職業」たりうるかということは、やはり講義室で判断のつく問題ではありません。それは、科学の価値を肯定することが教育の前提条件だからです。わたしにしても、自分の仕事を通じて、その質問に対して個人的には肯定的に答えますし、今日若者がとるような、あるいはただそう思いこんでいるだけのような、まさに知性主義を最邪悪だとして嫌悪する態度からもそうします。この場合、そういう若者に対しては次の言葉があてはまります。「気をつけなさい、悪魔は年をとっている。だから理解するにはもっと年をとりなさい。」これは出生証明書の意味での年齢についていっているわけではありません。この悪魔を片付けたいのであれば、最近の多くの者がそうしたがるように、逃げ去るべきではなく、その力と限界を知るには、悪魔の行く末を最後まで見とどけねばならないという意味です。

今日の科学は専門的な規律により組織化された「職業」であり、互いに関連しあう事実の自己明晰化と知識に仕えるものであって、幸運や啓示をもたらす占い師や預言者による恩恵とは異なりますし、また宇宙の意味に関する賢人や哲人の黙想とも違うものです。これはまさに歴史による避けがたい状況であって、わたしたちが自己に忠実であるかぎり、そこから逃れることはできません。

そしてもし、あなたの中にトルストイの疑問が再び浮かび、こう尋ねるとき「科学に答えられない疑問に対して、誰が答を与えるのか。わたしたちはなにをなすべきで、生をどう方向づけるべきなのか。」あるいは、今晩ここで話した言葉を用いますと「わたしたちは、互いに争いあう、どの神に仕えればよいのか。あるいはそのどれでもないとすると、それは一体何なのか。」この問いにはこう答えねばなりません。それはただ、預言者か救世主だけです。もしそのような者など存在せず、もしお告げなど信用できないとしても、あなたたちは、国に雇われ権限をもつ幾千の教授らに、講義室の小預言者として、その代りをつとめさせてはなりません。預言者を無理やり地上によみがえらせるなど、絶対してはならないのです。彼らがなし得ることといえば、かくも多くの若い世代が求める預言者など単純に存在などしないのだという、ただこの決定的事態を知らせることのみですが、それが致命的に重要なことだと彼らに伝わることは決してありません。神も預言者もない時代に生きることを運命づけられているという、この基本的事実を高座の預言で覆いかくしたとしても、真に宗教的に「音楽的な」ひとの内的関心事につくすことには、決してなりません。むしろ、そういうひとは宗教的感覚の誠実さゆえに、これに抵抗するに違いありません。わたしはそう思います。



神学 -- 知の犠牲

ところで、あなたはこう言いたくなるかもしれません。現実に「神学」が存在し、それが「科学」であることを主張する事実に対しては、どういう態度をとればよいのでしょう。答をはぐらかさないようにしましょう。いうまでもなく、「神学」や「教義」は普遍的に存在するものではありませんが、かといって、それらはキリスト教に固有というわけでもありません。それどころか、過去にさかのぼると、イスラム教やマニ教、グノーシス教、オルペウス教、ペルシャ教、仏教、ヒンズー諸派、道教、ウパニシャッド教、それにもちろん、ユダヤ教にも、それらは高度に発展した形で存在します。当然ながら、それぞれの系統的発展形態は実に多岐にわたります。西洋キリスト教が、たとえばユダヤ教に比べて、より系統的に神学を拡大し、洗練してきただけではなく、西洋における神学の発展が、なによりも最大の歴史的意義をもちつづけてきたことは偶然ではありません。これはギリシャ精神の産物であり、あらゆる西洋の神学はそこに起源をもちます。これは東洋のあらゆる神学が(見たところ)インド思想までさかのぼるのと同じことです。神学とはすべて、宗教的救済の主知的合理化です。あらゆる科学は前提条件から完全には自由になれず、したがって、この前提を拒否する者に対しては、その基本的価値を証明することはできません。しかるにどの神学も、研究を、したがって、その存在を正当化する目的で、さらに2~3の独特な前提を付け加えます。その意味とそれが及ぶ範囲は様々です。たとえばヒンズー教を含む、どの神学も、世界はなんらかの意味をもつに違いないことを前提とします。そして、どのようにして、この意味を知的に理解できるよう解釈するか、ということが問題となります。

これはカントの認識論が「科学的真実は存在し、それには価値がある」との前提から出発し、次のように問いかけるのと同じことです。それはいかなる思想的前提のもとで合理的に可能であるのか。あるいはまた、現代の美学者が(たとえば、ルカーチのように明確に、あるいは現実的に)「芸術作品は存在する」という前提からはじめ、それはいかにして合理的に可能か、と問うのと同じことです。

ただ、神学はたいてい、この(本質的に宗教哲学的な)前提だけで満足するものではありません。ふつうはそれに加えて、次のような、さらなる前提から出発します。ある種の「啓示」は、それによってはじめて意味ある生活行動が可能となるがために、まさしく救済上重要な事実として信じられねばならない。また、ある種の精神状態や行為は聖なる性質をもち、宗教的に意味のある生活行動か、少なくともその一部を形成する。ここで再びかの疑問が生じます。純粋に受け入れられるこれらの前提は、いかにして全世界像の中で意味あるものとして解釈されうるのか。この前提こそは、神学にとって「科学」であることの彼岸にあるものです。それはふつうの意味での「知識」ではなく、むしろ「所有」を意味します。信仰やその他の聖なる状態を「所有」しない者にとって、神学がその穴をうめることはできません。ましてや、ほかの科学では、なおさらだめです。逆に、「実践的な」神学においては、熱心な信者はアウグスティヌスの一句「不条理ゆえに我信ず」が当てはまる境地にまで達します。

「知の犠牲者」の達人的な成就能力は、実践的な宗教人の決定的な特徴です。これがそうであることは、次の事実が示しています。「科学」と宗教的救済の2つの価値領域の間の緊張関係は、(それを暴いた)神学の存在にもかかわらず(というより、むしろそのためにこそ)乗り越えがたいものとなっています。

「知の犠牲」は、門人が預言者に対して、信者が教会に対して捧げる場合に限って正当といえます。しかし未だかつて、次のようにして新たな預言が生まれたためしはありません。ここでわたしは、多くのひとにとって不快な比喩を意図的に繰り返すことにします。現在、多くの知識人は、自分の魂を、いわば保証書付で本物の骨董品によって飾る欲求をもち、それらの内に、かつて自分が持ちえなかった宗教が宿るものと想起します。とはいえ、その代りとして、国中の領主様の邸宅からもってきた宗教画もどきを、戯れ半分に飾りとして間に合わせるとか、体験の代用品をどうにかこしらえるとかして、神秘的で聖なる所有物としての威厳をもたせようとし、それをもって古本市へと売り歩きにいきます。これは単純に詐欺です。でなければ、自己欺瞞です。ところが、最近黙々と成長しつつある若者の集団が、彼らの共同体に宗教的、宇宙的、神秘的関係としての解釈を与えているのは、決して詐欺というわけではなく、むしろなにか真面目で誠実なものです。もっともおそらく、ときに彼らの解釈は自己の誤解にもとづくものですが。確かに、真の友愛にもとづく行為は、不滅ななにかを超自然的な領域へ付け加えるという意識に結びつけられます。ただ、純粋に人間的で共同体的な関係が、こういう宗教的な解釈によって高められるかどうかは、わたしには疑わしく思えます。しかしこれはもう、ここでの主題からは外れています。



日々の要求にしたがえ

わたしたちの時代の宿命は合理化と知性化、そしてなにより「世界の脱魔術化」によって特徴づけられます。まさしく、最終的かつ最も崇高な価値は、公衆生活からは後退しており、秘教的な生の超越的領域か、あるいは直接的かつ個人的な人間関係における友愛のいずれかへと移っています。偉大な芸術が親しみを与え、記念碑的ではないことは偶然ではありません。かつてはより集まり、燃え上がる炎のごとく大共同体を飛び回っていた預言的な聖霊に相当するものが、今日では親密な小集団内部の個人的状況においてのみ、きわめて弱々しく脈うちつづけることも、偶然ではありません。もしも記念碑的な芸術様式をむりやり「創作」しようと試みるならば、ここ20年来の多くの記念碑的偉業のような、悲惨な怪物が生まれることでしょう。もしも真の新たな預言なしに、知力により新しく宗教を興そうと努めるならば、内的な意味において、同じようなものが生まれ、しかもよりいっそう悪影響を及ぼすことでしょう。最終的に、学問的預言が生み出すものは、ただ狂信的セクトのみであって、正真証明の共同体は決して生まれません。

時代の運命に耐えられない者には、こう言わねばなりません。衆人に裏切り者よばわりされるまえに、さっさと黙って立ち去るがよい。彼には古い教会が両腕を大きく広げ、情け深く待っています。結局のところ、教会が彼にひどくあたることはありません。いずれにせよ、彼は「知の犠牲」を払わねばならないのです。これは避け難いことです。もし彼が本当にそうできるならば、わたしたちは決して彼を非難しません。なぜなら、無条件の宗教的献身を求める知の犠牲は、おのれの究極の立場を明らかにする勇気を欠き、心許ない相対的判断により義務を軽減しようとするような、知的誠実さが課する質実なる義務の回避とは倫理的にきわめて異なる事柄ですから。わたしの目には、そのような宗教への回帰の方が学問的預言よりも高貴に映ります。学問的預言には、大学の講義室には飾りのない知的誠実さ以外の美徳など存在しないことを、はっきりと自覚できていません。わたしはこう言わざるをえません。今日、新しい預言者と救世主を待ち望む多くの者たちにとって、状況は流浪期のエドムの見張りの美しい歌に響くものとまったく同じです。イザヤ書には次の一節があります。

セイルから、わたしを呼ぶ者がある。見張りの者よ、今は夜の何どきか。見張りの者よ、夜の何どきなのか。見張りの者は言った。夜明けは近い、しかしまだ夜。尋ねたいならば、尋ねよ、そしてまた来なさい。 イザヤ書 21:11-12
これを語り継がれた人々は2千年以上にわたり、尋ね、待ち続けています。そしてわたしたちは、その恐るべき運命を知っています。ここから次の教訓を引き出したいと思います。あこがれ待つのみではなにものも得られない。そうではなく、違う行動を起こすのです。職業においてだけではなく、人間関係においても、「日々の要求」を満たす仕事にとりかかりましょう。もしわたしたち各々が自身の生の糸を握る霊力に気づき、それにしたがうならば、これはしごく単純明解なことです。



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ご意見は mailto:ttokabe@ipc.shizuoka.ac.jp まで。
(c)2002 岡部 拓也
Time stamp: 2002/08/23
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