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マッチ売りの少女 ハンス・クリスチャン・アンデルセン 大久保ゆう訳



 それは、ひどく寒いおおみそかの夜のことでした。あたりはもうまっくらで、こんこんと雪が降っていました。寒い夜の中、みすぼらしい一人の少女が歩いていました。ボウシもかぶらず、はだしでしたが、どこへ行くというわけでもありません。行くあてがないのです。ほんとうは家を出るときに一足の木ぐつをはいていました。でも、サイズが大きくぶかぶかで、役に立ちませんでした。実はお母さんのものだったので無理もありません。道路をわたるときに、二台の馬車がとんでもない速さで走ってきたのです。少女は馬車をよけようとして、木ぐつをなくしてしまいました。木ぐつの片方は見つかりませんでした。もう片方は若者がすばやくひろって、「子供ができたときに、ゆりかごの代わりになる。」と言って、持ちさってしまいました。だから少女はその小さなあんよに何もはかないままでした。あんよは寒さのために赤くはれて、青じんでいます。少女の古びたエプロンの中にはたくさんのマッチが入っています。手の中にも一箱持っていました。一日中売り歩いても、買ってくれる人も、一枚の銅貨すらくれる人もいませんでした。少女はおなかがへりました。寒さにぶるぶるふるえながらゆっくり歩いていました。それはみすぼらしいと言うよりも、あわれでした。少女の肩でカールしている長い金色のかみの毛に、雪のかけらがぴゅうぴゅうと降りかかっていました。でも、少女はそんなことに気付いていませんでした。
 どの家のまども明かりがあかあかとついていて、おなかがグゥとなりそうなガチョウの丸焼きのにおいがします。そっか、今日はおおみそかなんだ、と少女は思いました。一つの家がとなりの家よりも通りに出ていて、影になっている場所がありました。地べたに少女はぐったりと座りこんで、身をちぢめて丸くなりました。小さなあんよをぎゅっと引きよせましたが、寒さをしのぐことはできません。少女には、家に帰る勇気はありませんでした。なぜなら、マッチが一箱も売れていないので、一枚の銅貨さえ家に持ち帰ることができないのですから。するとお父さんはぜったいホッペをぶつにちがいありません。ここも家も寒いのには変わりないのです、あそこは屋根があるだけ。その屋根だって、大きな穴があいていて、すきま風をわらとぼろ布でふさいであるだけ。小さな少女の手は今にもこごえそうでした。そうです! マッチの火が役に立つかもしれません。マッチを箱から取り出して、カベでこすれば手があたたまるかもしれません。少女は一本マッチを取り出して――「シュッ!」と、こすると、マッチがメラメラもえだしました! あたたかくて、明るくて、小さなロウソクみたいに少女の手の中でもえるのです。本当にふしぎな火でした。まるで、大きな鉄のだるまストーブの前にいるみたいでした、いえ、本当にいたのです。目の前にはぴかぴかの金属の足とフタのついた、だるまストーブがあるのです。とてもあたたかい火がすぐ近くにあるのです。少女はもっとあたたまろうと、だるまストーブの方へ足をのばしました。と、そのとき! マッチの火は消えて、だるまストーブもパッとなくなってしまい、手の中に残ったのはマッチのもえかすだけでした。


 少女は別のマッチをカベでこすりました。すると、火はいきおいよくもえだしました。光がとてもまぶしくて、カベがヴェールのように透き通ったかと思うと、いつのまにか部屋の中にいました。テーブルには雪のように白いテーブルクロスがかかっていて、上にごうかな銀食器、ガチョウの丸焼きがのっていました。ガチョウの丸焼きにはリンゴとかんそうモモのつめ物がしてあって、湯気が立っていてとてもおいしそうでした。しかし、ふしぎなことにそのガチョウが胸にナイフとフォークがささったまま、お皿から飛びおりて、ゆかをよちよち歩き出し、少女の方へ向かってきました。そのとき、またマッチが消えてしまいました。よく見ると少女の前には、冷たくしめったぶ厚いカベしかありませんでした。
 少女はもう一つマッチをすると、今度はあっというまもありませんでした。少女はきれいなクリスマスツリーの下に座っていたのです。ツリーはとても大きく、きれいにかざられていました。それは、少女がガラス戸ごしに見てきた、どんなお金持ちの家のツリーよりもきれいでごうかでした。ショーウィンドウの中にあるあざやかな絵みたいに、ツリーのまわりの何千本もの細長いロウソクが、少女の頭の上できらきらしていました。少女が手をのばそうとすると、マッチはふっと消えてしまいました。
 たくさんあったクリスマスのロウソクはみんな、ぐんぐん空にのぼっていって、夜空にちりばめた星たちと見分けがつかなくなってしまいました。そのとき少女は一すじの流れ星を見つけました。すぅっと黄色い線をえがいています。「だれかが死ぬんだ……」と、少女は思いました。なぜなら、おばあさんが流れ星を見るといつもこう言ったからです。人が死ぬと、流れ星が落ちて命が神さまのところへ行く、と言っていました。でも、そのなつかしいおばあさんはもういません。少女を愛してくれたたった一人の人はもう死んでいないのです。  少女はもう一度マッチをすりました。少女のまわりを光がつつみこんでいきます。前を見ると、光の中におばあさんが立っていました。明るくて、本当にそこにいるみたいでした。むかしと同じように、おばあさんはおだやかにやさしく笑っていました。「おばあちゃん!」と、少女は大声を上げました。「ねぇ、わたしをいっしょに連れてってくれるの? でも……マッチがもえつきたら、おばあちゃんもどこかへ行っちゃうんでしょ。あったかいストーブや、ガチョウの丸焼き、大きくてきれいなクリスマスツリーみたいに、パッと消えちゃうんでしょ……」少女はマッチの束を全部だして、残らずマッチに火をつけました。そうしないとおばあさんが消えてしまうからです。マッチの光は真昼の太陽よりも明るくなりました。赤々ともえました。明るくなっても、おばあさんはいつもと同じでした。昔みたいに少女をうでの中に抱きしめました。そして二人はふわっとうかび上がって、空の向こうの、ずっと遠いところにある光の中の方へ、高く高くのぼっていきました。そこには寒さもはらぺこも痛みもありません。なぜなら、神さまがいるのですから。
 朝になると、みすぼらしい服を着た少女がカベによりかかって、動かなくなっていました。ほほは青ざめていましたが、口もとは笑っていました。おおみそかの日に、少女は寒さのため死んでしまったのです。今日は一月一日、一年の一番初めの太陽が、一体の小さななきがらを照らしていました。少女は座ったまま、死んでかたくなっていて、その手の中に、マッチのもえかすの束がにぎりしめられていました。「この子は自分をあたためようとしたんだ……」と、人々は言いました。でも、少女がマッチでふしぎできれいなものを見たことも、おばあさんといっしょに新しい年をお祝いしに行ったことも、だれも知らないのです。だれも……
 また、新しい一年が始まりました。
(English Translation by H.B.Paull, "The Little Match-Seller," 1846)


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 おやゆび姫

 むかし、一人の女の人がいました。その女の人はかわいい子どもをさずかりたいと思っていました。けれども、願(ねが)いはいっこうにかないませんでした。心から強く願っても、かないませんでした。日々をすごすうち、ついにいてもたってもいられなくなって、魔法(まほう)使いのおばあさんのところへ行きました。
 女の人は言いました。「かわいい子どもがほしいのです。どうしてもほしいのですが、どうにもならないのです。どうすれば子どもが出来るのですか。」
 すると、魔法使いのおばあさんは答えます。「ふぉっ、ふぉ。そんなことはたやすいことよ。ごらんあれ、ここに一つぶの大麦がある。これをそんじょそこらの大麦と思いなさんな。畑にまく麦や、ニワトリに食べさせる麦とは別物じゃ。特別な大麦だよ。これをな、植木ばちの中に植えるのじゃ。すると、何かが起こるはずじゃよ。ふぉっ、ふぉ。」
 それを聞いて女の人は、「その大麦をわたしにください。」とたのみました。
「しかし、これは銀貨十二枚ないとわたせんよ。それでもよいのかな?」と、魔法使いのおばあさんがたずねると、女の人はこくりとうなずきました。おばあさんは大麦を女の人の手の中ににぎらせました。
「ありがとうございます。」と、女の人はお礼を言って、魔法使いのおばあさんに銀貨を十二枚わたしました。
 女の人は家に急いで帰りました。帰るなりさっそく植木ばちを出してきて、中に麦を植えました。女の人はじっと植木ばちを見つめて、何が起こるか待っていました。
「いったいどうなるのかしら。」と女の人が考えていると、おどろいたことに土の中がもぞもぞ動いていました。
 芽(め)が土の中からのびてきたのです。にょきにょきのびて、しだいにはっぱをつけました。まるでチューリップのようでした。それからもどんどん育っていって、あっという間に大きなつぼみをつけました。赤色のつぼみでした。しかし、つぼみができると急に静かになりました。ずっとつぼみは閉じられたままでした。
 女の人はその後もじっと見つづけていましたが、なかなか花が咲かないのに気づくと、ため息をつきました。
「それにしても、きれいなお花ね。」と、女の人は言って、赤い花びらにキスをしました。
 花びらはきらきら光っていました。女の人がなんどもなんどもキスをすると、ぱっと花が咲(さ)きました。本当にチューリップが咲いたのです。でもやっぱり、普通のチューリップでした。
 女の人はチューリップを見て首をかしげていると、花の真ん中に人がいることに気がつきました。つやつやした緑色のおしべにかこまれて、とても小さな女の子がかわいらしく座っていたのです。女の子はおやゆび半分の大きさしかありませんでした。あまりにも小さいので、女の子は『おやゆび姫(ひめ)』と呼ばれることになりました。
 おやゆび姫は女の人にゆりかごをもらいました。きれいにみがかれたクルミのからの上に、スミレの花びらをシーツ、バラの花びらをしきぶとんにしたきれいなゆりかごです。お月さんが出ている間にはそこで寝て、お日さまが出ている間はテーブルの上で遊んでいました。テーブルの上に、女の人が用意してくれたお皿がありました。水がいっぱい入っていて、お皿のふちをお花の輪(わ)っかでかざってありました。お花のくきは、水にひたしてありました。
 お皿の中では、おやゆび姫は大きなチューリップの花びらがボートがわりです。白鳥の毛で作ったオールを二本使って、花のボートをこいでいました。左右にゆらゆらゆれて、ボートの上から見える景色(けしき)はとてもここちよいものでした。また、こんな小さいおやゆび姫でも得意なことがあります。この世のだれにも負けないくらい上手に、甘くやさしく歌えるのです。
 ある夜のことでした。おやゆび姫がかわいいベッドの上でぐっすりねむっていると、大きなヒキガエルが一ぴき、部屋の中に入ってきました。みにくく、じめじめしたヒキガエルです。われた窓(まど)ガラスのすきまからしのびこんだのです。ヒキガエルはゆかの上をピョンピョンはね、テーブルへ向かって飛び上がりました。着地したところは、ばらのふとんでねていたおやゆび姫のすぐそばでした。
「かわいい子だわさ。息子のおよめさんにちょうどいいだわさ。」と、ヒキガエルは言って、おやゆび姫がねむったままのクルミのからを持ちあげました。そのままヒキガエルは窓から庭に飛び下りて、家からはなれていきました。
 浅い小川の岸に、ぬまになっているところがありました。そこにヒキガエルはむすこといっしょに住んでいました。むすこガエルは母ガエルよりもっとみにくくて、きれいなベッドにねているおやゆび姫を見ても、「ゲーコ、ゲーコ、ゲーコ。」と鳴くだけでした。
 それを聞いた母ガエルは、「大きな声を出さないで、起きてしまうだわさ。」とむすこガエルを注意しました。「起きれば、この子は白鳥のわた毛みたいに軽いから、うっかりするとふわふわと逃げてしまうんだわさ。小川にハスのはっぱがあっただわさね。その上に乗せるだわさ。軽いし、小さいからあの子にとっては島みたいなものだわさ。逃げられないんだわさ。そうやって動けないようにしておいて、私たちは急いで部屋をこしらえなくちゃだわさ。あんたたち二人が結婚(けっこん)生活を送る、特別な部屋をだわさ。」
 小川の底からたくさんのハスが生えていました。ぶあつい緑のはっぱが水面近くについていたので、水面に浮かんでいるように見えました。いちばん遠いところにあるはっぱが、いちばん大きいはっぱでした。母ガエルがクルミのからを持ってそこへ泳いでいきました。クルミのからの中でおやゆび姫はまだねむったままでした。
 朝早く、おやゆび姫は目をさまして、自分がどこにいるか気づくと、わんわんとはげしく泣きだしました。家でねていたと思っていたのに、小川に浮いた大きな緑のはっぱの上にいたのですから。どこを見てもまわりは水ばかりで、どうやってここにいるのかわかりませんでした。
 一方、母ガエルはぬま地の中にいました。部屋の中をアシと黄色いスイレンの花でかざるのにてんてこまいでした。新しいむすめとなる女の子のために、部屋をきれいにしておきたいのです。母ガエルはかざり終えると、みにくいむすこを連れて、はっぱの上に一人でいるかわいそうなおやゆび姫のもとへ泳いでいきました。おやゆび姫のきれいなベッドを取って来て、新しい花よめに用意された寝室に置くためです。母ガエルは水の上のおやゆび姫におじぎして言いました。「こいつが私のむすこだわさ。あんたのおむこになるんだわさ。この小川のぬま地で幸せに暮らすんだわさ。」
 「ゲーコ、ゲーコ、ゲーコ。」とだけしか、むすこガエルは言えません。仕方がないので母ガエルはきれいなベッドを持ち上げて、そのまま泳いでいってしまいました。おやゆび姫はまたひとりぼっちになりました。緑のはっぱの上に座ってしくしく泣きました。あのヒキガエルとみにくいむすこガエルのおむこさんといっしょに住むなんて、考えるだけでがまんなりません。その一部しじゅうをメダカたちが水の中で泳ぎながら聞いていました。メダカたちはおやゆび姫を見てみようと水面に頭を出しました。見たとたん、美しさに心を打たれてしまいました。こんな子がみにくいヒキガエルたちと暮らすなんてあんまりだ、とメダカたちは思いました。「だめだ。そんなことをさせてなるもんか!」メダカたちははっぱのくきのまわりに集まりました。上には、おやゆび姫が座っています。みんないっせいに根もとをガリガリかじりました。ずっとガリガリかじり続けていると……ついに、メダカたちはくきをかみ切ったのでした。はっぱはフワッと水面に落ちて、川を流れていきます。おやゆび姫はどんどん岸から遠ざかっていきました。
 ゆらゆらゆられて、おやゆび姫はいくつもの場所を通りすぎました。林の中にいた小鳥たちはおやゆび姫を見て、「なんてかわいいおじょうさんだ。」と、さえずりました。おやゆび姫は、はっぱに乗ってどんどん流されていき、ついによその国へ来てしまいました。
 そこへきれいなモンシロチョウが一羽現れて、ひらひらひらひらおやゆび姫のまわりをしきりに飛びました。しばらく飛びつづけたあと、はっぱの上にとまりました。おやゆび姫とモンシロチョウはいっしょに川を流れていきました。もうヒキガエルにつかまる心配はありません。見えるのはいい景色だけでした。おやゆび姫はだんだん楽しくなってきました。
 水面が日光にてらされて、金色にきらきらかがやいていました。おやゆび姫は腰(こし)のリボンを取り外して、はしをモンシロチョウにぐるぐる巻きつけて、もう一方のはしをはっぱにしっかり結びつけました。はっぱは今までとくらべものにならないほど速く、水面をスーッととはしりだしました。乗っていたおやゆび姫もいっしょに流されていきました。
 やがて、大きなコガネムシが飛んできました。コガネムシはおやゆび姫を見つけるやいなや、前足で細い腰をぐっとつかみ、木の上まで連れていってしまいました。緑のはっぱはモンシロチョウと小川を下っていきました。モンシロチョウはしっかりと結ばれていたので逃げられなかったのです。
 おやゆび姫はコガネムシにさらわれて、とてもこわかったことでしょう。でも、それよりもあやまりたい気持ちでいっぱいでした。はっぱにきれいなモンシロチョウをくくりつけてしまったからです。自分でリボンを外せなければ、きっとはらぺこで死んでしまうにちがいありません。コガネムシはそんな気持ちをおかまいなしに、おやゆび姫を木の中でいちばん大きなはっぱの上に乗せました。花のミツを取ってきて、食べさせてくれました。
「かわいいじゃん、かわいいじゃん。コガネムシには見えないけれど、かわいいじゃん。」と、コガネムシは言いました。
 しばらくすると、木にいるコガネムシがみんなやってきました。しかし、いっせいに触角をぴくっと立てて、口々にこう言いました。
「この子、足が二本しかないじゃん! すげぇ変じゃん。」
「触角がないじゃん。」
「身体が細すぎるじゃん。へぇん! 人間みたいじゃん。」
 コガネムシの奥さんは「ふん! この子ブスねぇん。」と、口をそろえて言います。でも、だれがなんと言おうと、おやゆび姫はとてもかわいいのです。おやゆび姫をさらってきたコガネムシだって、今の今までそう思っていました。なのに、あまりにもみんながみにくいみにくいとはやし立てたので、このコガネムシまでおやゆび姫がみにくいと思ってしまいました。コガネムシはどうしようもなくなって、「おまえなんかどこへでも勝手に行っちゃえばいいじゃん。」と、言いました。おやゆび姫をつまんで木から飛びおりると、ヒナギクの花の上にちょこんと乗せて帰ってしまいました。おやゆび姫はめそめそ泣いていました。コガネムシとお友達になれないほど、自分はみにくいのかと思いました。なみだが止まりませんでした。でも、おやゆび姫はバラの花びらのようにおしとやかでやさしく、この世の中でいちばん愛らしい人間なのです。
 かわいそうに、おやゆび姫は夏のあいだ、ずっとひとりぼっちでした。広い森の中、ひとりぼっちでした。大きなスカンポの葉の下に、草のくきでベッドをこしらえて、雨つゆをしのいでいました。おやゆび姫は食べ物のかわりに花のミツをすい、毎朝はっぱから落ちるしずくでのどをうるおしていました。こんな毎日がすぎていき、夏も秋も終わってしまい、ついに冬がやってきました。長く、寒い冬です。甘くさえずっていた鳥たちもみんな飛びさり、木もかれ、花もしおれてしまいました。今まで住んでいた大きなクローバーの葉さえも、くるくると丸まって、かさかさにしなびて、黄色くしおれたくきだけしか残りませんでした。おやゆび姫の服も穴があいてぼろぼろになっていました。寒くて、がたがたとふるえました。なんといっても小さくてかよわいので、あつさや寒さにとてもびんかんなのです。寒くて寒くて、こごえ死にそうでした。ついに雪までも降ってきました。ひらひらとゆっくり降っていました。でも、雪のかけらがひらひら降ってくるのは、小さなおやゆび姫にとってはシャベル一杯分の雪を頭の上に落とされたと同じなのです。なぜなら私たちには背がそれなりにありますが、おやゆび姫は背がおやゆびくらいしかないからです。おやゆび姫はかれたはっぱにくるまりましたが、真ん中にひびが入っていてすきまからぬくもりが逃げていきます。寒さにふるえていました。
 話は変わって、おやゆび姫が住んでいた森のそばに大きな麦畑が広がっていました。麦はとっくにかり取られていました。ただ、かさかさになった麦のきりかぶだけ、野ざらしになって氷の張った地面に立っていたのです。おやゆび姫は麦のきりかぶの中を歩きました。でも、おやゆび姫にとってはきりかぶも大きな森です。通っていくのにも、大変な苦労をしなければなりませんでした。歩いている間も、寒くて寒くてどうしようもありません。
 やがて、おやゆび姫は野ネズミの家の玄関(げんかん)を見つけました。きりかぶの下にある、小さな穴ぐらが野ネズミの家でした。ぽかぽかして、ゆったりとした穴ぐらに野ネズミは住んでいました。穴ぐらには、麦がいっぱいつまっている部屋と、台所、それときれいな食事部屋がありました。おやゆび姫はやっとのことでたどり着いたドアの前に立ちました。立って、ものごいの少女のように、「麦を一つぶだけでいいですからくださいませんか。」と頼みました。なぜなら二日間食べ物を一つも口にしていなかったからです。
 野ネズミは穴から顔を出し、おやゆび姫を見ると、「こりゃあ、ふびんなむすめさんじゃ。」と言いました。この野ネズミは人のいいおばあさんネズミでした。「さぁ、ぬくとい部屋にお上がりよ。ごはんをいっしょに食べましょう。」
 野ネズミはおやゆび姫がとつぜん来たにもかかわらず、とても喜びました。そして、こう言いました。
「よかったら、この冬が終わるまでここにいなさいな。大歓迎よ。その間、ただわたしの部屋をきれいにせいりせいとんして、おそうじしてくれるだけでいいんじゃよ。あと、お話をわたしに聞かせてくれんかね。わたしは人の話を聞くのが大好きなんじゃ。」おやゆび姫はおん返しのつもりで、野ネズミからたのまれたことは何でもこなしました。そしておやゆび姫は、楽しい毎日を送っていったのです。
 ある日、野ネズミは、「近いうちにお客さまがいらっしゃるよ。」と言いました。「ご近所さんがね、週一回ここをたずねてくるんじゃよ。その人、わたしよりお金持ちでね。大きな部屋がいくつもあってね、つやがあってきれいな黒いコートを着ているんじゃよ。お前さんにあの人みたいなおむこさんがいれば、きっと何不自由なく暮らせることでしょうねぇ。でも、あの人、目が見えないから、お前さんの知っているとびきりのお話を一つ二つしてやんなさい。」
 とはいっても、おやゆび姫はご近所さんに気なんてありませんでした。というのも、その人はモグラだったからです。でもやっぱり、モグラはつやつやのコートをめかしこんでやってきました。野ネズミの説明では、モグラは大金持ちでそれに物知りで、家は野ネズミの家の二十倍もあるそうです。
 モグラがお金持ちで物知りなのはまちがいありません。ですけれども、口を開けば、太陽はばかばかしいだの、花なんてかわいくないだの。一度も見たことがないから、モグラはそう言うのです。おやゆび姫はモグラのたのみで歌をうたいました。「てんとう虫、てんとう虫、家までひとっ飛び。」とか、他にもかわいい歌をいっぱいうたいました。モグラはおやゆび姫にいっぺんに好きになってしまいました。その甘い歌声にやられてしまったのです。でも、モグラはそのことをだまっていました。しんちょうなのです。
 つい最近、モグラは野ネズミの家とモグラの家をつなぐ通路をほって作っていました。そこでモグラは言いました。
「おやゆび姫、この通路、好きなときにいつでも通ってよろしい。ただし、通路に鳥の死がいが転がっている。見ても、怖がらないでくれたまえ。」
 くちばしも羽根もちゃんとついた鳥が、通路に本当に転がっていました。死んでからそう経っていないようでした。
 モグラは口にくさった木をくわえました。木はまっくらやみの中で火みたいにぴかぴか光ります。まっくらの通路の先を明るくするため、モグラは二人の前に進み出ました。死んだ鳥が横たわっている地点に来たとき、モグラは頭の上の土を鼻で押して、大きな穴を作りました。お日さまの光が通路の中に差しこんできます。道の真ん中にツバメが倒れていました。足と頭をかくすように美しいつばさをわきに引き寄せています。かわいそうに、ツバメはこごえ死んでしまったようでした。おやゆび姫は小さな鳥を見て、悲しさと愛らしさがあふれてきました。このツバメは夏の間ずっと歌い続けて、おやゆび姫のためにすてきにさえずっていたのです。しかしモグラは足でツバメをわきに押しやって、言いました。「もうこいつは一言も歌わないだろうよ。この小鳥、なんてみじめなつきの下にお生まれになったんだろうね! ぼくの子どもが鳥でなくて本当によかったよ。あいつらは鳴くことしかのうがないんだからね。『キーヴィ、キーヴィ』ってさ。そのあげく、冬にははらぺこでおなくなりになってしまうんだ。」
「まぁ、お前さんうまいことをおっしゃるわい。さすがかしこいモグラさまじゃ!」と、野ネズミは大きな声を出して言いました。「さえずったりしても、いったい何になるというのかねぇ。どうせ冬になればはらぺこか、寒さで死んでしまうというのに。いくら育ちがよくてもねぇ。」
 おやゆび姫は何も言いませんでした。でも、二人がツバメに背を向けて引き返していった後、そのまま残ってしゃがみました。頭におおいかぶさっているやわらかい羽をそっとのけて、閉じられたまぶたにキスをしました。「もしかして、あなたは夏の間わたしに歌ってくれた鳥さんじゃありませんか?」と、言いました。「わたしをとっても楽しませてくれた、大切ないとしい鳥さん。」
 モグラは立ちどまって、お日さまの光が入ってくる穴をふさぎました。そして野ネズミの家まで二人を送りました。その夜、おやゆび姫はねむれませんでした。おやゆび姫はベッドから下りて、大きくきれいに干し草の毛布(もうふ)をあみました。おやゆび姫は毛布を死んだ鳥のところへ運びました。ツバメの上におおい広げて、野ネズミの部屋からみつくろった花をいくつかそばに添えました。毛布はふわふわで、ツバメが冷たい地面で寒くならないようにわきの下にもしきました。
「さようなら、かわいい小鳥さん。」と、おやゆび姫は言いました。「さようなら。夏の間、木がみんな緑づいたときも、あつい日ざしが照っていたときも、楽しく歌ってくれてありがとう。」
 おやゆび姫は頭をツバメの胸の上にぴっとりと寄せました。そのとき、ツバメの身体の中から、何かへんな音が聞こえて、いっしゅん不安になりました。
「ドクン、ドクン。」
 ツバメの心臓(しんぞう)の音だったのです。本当は死んでなどいなかったのです。寒さのために死んだようになっていただけで、ぬくもりが命を吹き返させたのです。秋になると、ツバメはみんなあたたかい南の方へ旅立っていきます。でも、もし何かのひょうしで一羽がぐずぐずしていて、冬になってしまったらどうでしょう。寒さでカチンコチンに凍ってしまって、あたかも死んだようになってしまって、地面に落ちていきます。その上から冷たい雪がおおい隠してしまって……
 おやゆび姫はこわくてふるえました。たったおやゆびくらいのおやゆび姫に比べて、ツバメはくらべものにならないほど大きかったのです。おやゆび姫は勇気をふりしぼって、ぶあつくふわふわの毛布をかわいそうなツバメの上にかけました。それから自分がベッドカバーとして使っているペパーミントの葉を取って来て、ツバメの頭にかぶせました。
 よく朝、おやゆび姫はツバメを見ようともう一度こっそり抜け出しました。ツバメは生きていましたが、とても弱っていました。おやゆび姫を見ようと、しばらく目を開けるのがやっとです。ツバメの目の中には、くさった木片を手の中ににぎりしめているおやゆび姫がいます。手下げランプがなかったので、青く光る木を持ってきたのです。
「ありがとう、かわいいおじょうさん。」と、病気のツバメは言いました。「ちょうどいいあたたかさだったよ。すぐに力がみなぎってきた。もういちどあたたかい日ざしのなかで飛べるよ。」
「まぁ、外は今も寒いわ。吹雪(ふぶき)よ。このままあたたかいベッドの中にいてください。わたしがあなたをお世話しますから。」と、おやゆび姫は言いました。
 それからおやゆび姫は花びらに水を入れて、ツバメのところへ持っていきました。ツバメは水を飲むと、話を始めました。
「ぼくのつばさの片方はトゲで傷ついているんだ。だから、みんなのように早く飛ぶことが出来なくなった。みんなみたいにあたたかい南の国へ旅立てないんだよ。それからついに地面に落ちて、それから後はおぼえていないんだ。どうやって君が見つけてくれた場所に来てしまったかも。」
 冬の間ずっとツバメは通路の中にとどまっていました。おやゆび姫はせいいっぱい世話をするうちに、ツバメが好きになってしまいました。しかし、モグラも野ネズミもこのことは何も知りません。というのも、二人はツバメが気にくわなかったから、気づきもしなかったのです。
 あっという間に春がやってきて、お日さまが地面をぽかぽかさせました。ツバメはおやゆび姫にお別れのあいさつをしました。おやゆび姫はモグラが前に作った天井の穴を開けました。お日さまは二人の頭上にさんさんと照っていました。
 ツバメはおやゆび姫に、「ぼくといっしょに行きませんか?」と聞きました。「君の大きさなら、ぼくの背中に乗れますよ。ぼくといっしょに、遠くの『緑の森』へ行きましょう。」
 でも、おやゆび姫は行ってしまって野ネズミを一人きりにすれば、とっても悲しむにちがいない、とわかっていました。だからおやゆび姫はこう言いました。「ごめんなさい、遠りょしておきます。」
「ごきげんよう、そしてさようなら。君はほんとに優しくかわいいおじょうさんだ。」と、ツバメは言いました。そして太陽の光の中へ旅立っていきました。
 ツバメを見送るおやゆび姫の目には、なみだが浮かんでいました。おやゆび姫はあのかわいそうなツバメが大好きだったのです。
「キーヴィ、キーヴィ。」と、ツバメは歌いながら、『緑の森』へ向かって飛び立っていきました。
 おやゆび姫はとても悲しみました。あたたかいお日さまの下に出ることは、許されませんでした。畑(はたけ)にまかれたたね麦は、空に向かって高く伸びていき、ついには野ネズミの家の屋根を越えました。親指くらいの背しかないおやゆび姫には、大きく深い森でした。
「おやゆび姫、お前さん結婚するんじゃよ。」と、野ネズミは言いました。「おとなりさんがね、お前さんが必要なんじゃって。なんて運がいいんじゃろね、何もないお前さんが、一日で大金持ちになるんじゃから。今ね、お前さんのウェディングドレスを用意しているんじゃ。それに毛糸と、リンネルのたんものを作らんとね。モグラの花よめになる前に、必要な物はみんな用意するんじゃよ。」
 おやゆび姫は糸車を回して、糸をつむがなければなりませんでした。野ネズミは働き者のクモを四ひきやとって、昼夜をとわず布をおらせました。毎晩モグラはおやゆび姫をたずねてきました。夏も終わりにさしかかると、しきりに日取りのことを口に出しました。もうそのときに、モグラはおやゆび姫と結婚式をあげると心に決めていたのです。
「今年の夏は、日ざしが燃えるように強いんだ。そのせいで地面が石みたいにカチコチになっている。けれども、夏が終わって、地面がカチコチでなくなったら、わたしたちで結婚式を挙げるのですよ。」
 しかし、おやゆび姫はちっとも嬉しくありません。というのも、あのやっかいなモグラが好きでなかったからです。
 毎朝お日さまがのぼるころ、毎晩お日さまがしずむころ、おやゆび姫は戸口からそっと外へぬけ出します。すると、いつも風が吹いて、麦穂(むぎほ)がばさっと横にたおれて、そのすきまから青空が見えるのです。
『外の世界って、とってもきれいで、なんて晴れ晴れしているんでしょう。』と、おやゆび姫は思いました。
『大好きなツバメさんにもういちど会いたいのです』
 おやゆび姫は強く願いました。でも、ツバメは二度と帰ってきません。すてきな『緑の森』へ飛んでいってしまったのですから。
 秋がやってきて、おやゆび姫のよめいり道具いっしきはみんなととのっていました。そして野ネズミはおやゆび姫に言いました。「ひと月したら結婚式をあげるわよ。」
 おやゆび姫はひっきりなしにしくしく泣きました。「モグラさんとは、気が合わないの。だから、結婚したくありません。」と、言いました。
「ばかなことを言うんじゃないの。」と、野ネズミは返事しました。「今はいこじになっちゃだめじゃ。さもないとこの白い歯でかみつくよ。あんなイイ男そこいらにはいないんじゃ。女王さまだってあんなきれいでぴかぴかの服とか、毛皮は着ないんじゃよ。台所も貯蔵室(ちょぞうしつ)も食べものでいっぱいで、こんな運命のめぐり合わせに感しゃすべきじゃよ。」
 いよいよ結婚式の日取りが決まりました。その当日に、モグラはおやゆび姫を地中深くに連れていくつもりでした。いっしょに暮らすためなのですが、おやゆび姫はいやでした。あたたかいお日さまがもう見られなくなるからです。美しいお日さまに別れを告げなければならないのです。それを考えると、悲しくてしかたがありません。いままで、野ネズミは戸口に立ってお日さまをあおぐことだけはゆるしていました。おやゆび姫は最後の一回、とお日さまを見に行きました。
「さようなら、明るいお日さま。」と、おやゆび姫は声を張りあげ、お日さまへ腕をぴしっとまっすぐのばしました。それから野ネズミの家の周りを少し歩いてみました。というのも、もう麦はかり取られていて、残っているのはひからびたきりかぶだけだったからです。
「さようなら、さようなら。」と、おやゆび姫は何度もくり返しました。そして近くに生えている小さな赤い花をだきしめました。「もしあのツバメさんに出会ったら、あなたからよろしく言ってね。」
「キーヴィ、キーヴィ。」とつぜん上の方から声が聞こえました。おやゆび姫は空をあおぎました。すると、手のとどきそうなところにそのツバメが飛んでいるのです。ツバメはおやゆび姫を見つけると、すぐによろこんで地面におりたちました。それからおやゆび姫はツバメにこれまでのいきさつを話しました。たちのわるいモグラと結婚するはめになって、地下深くで暮らすことになったので、これからは明るいお日さまが見れなくてしょぼんとしているということを。しゃべりつづけていると、おやゆび姫はいっそうしくしく泣くのです。
「寒い冬がもうそこまでせまっている。」と、ツバメは言いました。「そしてぼくは南の国へと旅立たなきゃいけない。ぼくといっしょに行きますか? 背中に乗ってください。そして腰のリボンで自分をしっかり結びつけてください。そうしたら、ぼくらはモグラからも、どんよりとした部屋からも飛び出すことができる。――飛びだして、山を越えて、あたたかい南の国へ、お日さまがさんさんと、さんさんと照り輝く場所へ飛んでいくことができる。こことはくらべものにならないよ。そこはいつも夏のようで、花たちはとてもゆうがに咲き乱れているんです。ぼくと飛んでいこう、おやゆび姫。君はぼくの命を救ってくれたんだから。あの暗い通路で凍え死んでいたぼくを。」
「――ええ、わたし、あなたといっしょに行きます。」と、おやゆび姫は言いました。そして鳥の背中に座って、空いっぱいに広げたつばさの上に足をかけて、そして一番丈夫な羽の一つに腰のリボンをくくりつけました。
 ツバメは大空へと舞い上がりました。森を越え、海を越え、万年雪におおわれた山々を越え、飛んでいきました。空気は冷たく、こごえそうでした。おやゆび姫は鳥のあたたかい羽毛の中にもぐりこんで、頭だけ羽の中から出しました。そうして、通りすぎていく美しい国々におどろき、感動(かんどう)しました。
 こうして、やっとあたたかい国にたどりつきました。そこではお日さまが明るくほがらかに輝いて、空はどこまでもすきとおって見えました。細い道のそばに森があって、むらさき、みどり、白のブドウや、レモンやオレンジなども森の木々からぶら下がっていました。ミルテやペパーミントのかぐわしい香りもただよってきます。森の間の小道では、とても楽しそうに子どもたちが走り、大きくきらびやかなチョウチョ一羽とじゃれあっていました。ツバメがますます遠くに飛んでいくにつれて、どの場所もなおさらすてきに思えるのです。
 ようやく二人は青い湖のところへやってきました。ほとりには青々とした木々が立っていて、湖にかげを落としていました。そこに、宮殿がありました。遠い昔に建てられて、目がくらむほど真っ白な大理石でできていました。ふさのついたブドウのツルが、宮殿の長い柱にからみついていました。その頂上にたくさんのツバメの巣がありました。その中に、おやゆび姫を連れてきたツバメの家があるのです。
「これがぼくの家だよ。」と、ツバメは言いました。「でも、君に住んでもらうために作ったものじゃないから、あんまりくつろげないかな。あそこにすてきな花がいっぱいあるでしょう。あの中から一つ選んでくれませんか。その上に下ろしてあげるよ。ぼくは君が幸せになるためなら、どんなことだっておしまないよ。」
「とっても、うれしいわ。」と、おやゆび姫は言いました。うれしくて、思わず手を合わせました。
 地面に、大理石の柱が三つに折れて倒れていました。もともとは一本だったのですが、くずれて倒れるときにポッキリと折れてしまったのです。その三本の柱の間に、何よりも美しい大きな白い花がいくつも咲いていました。ツバメはおやゆび姫と下におりていって、大きな花の上に乗せました。おやゆび姫はとてもびっくりしました。花の真ん中に、小さな人がいたからです。その人は、水晶みたいに白くすきとおっていました。頭の上に金のかんむりをかぶって、背中にゆうがなつばさがついていました。そして、おやゆび姫と同じくらいの背の高さでした。実は、その人は花の妖精(ようせい)でした。どんな花にも、そういう男の人と女の人が二人住んでいるのです。その中の王様が、この人なのです。
「まぁ、なんとお美しい方!」と、おやゆび姫はツバメに小声でささやきました。
 その小さな王子さまははじめ、巨人のように大きい鳥を見て、ひどくおびえていました。王子さまもそれだけ小さな人間なのです。でも、王子さまはおやゆび姫を見ると、とてもよろこびました。こんなにきれいな女の子は今まで見たことがない、と思いました。王子さまは金のかんむりを外して、おやゆび姫の頭にかぶせました。そして王子さまは、名前を聞いたあと、こう言いました。「どうか私のおよめさんになってくれませんか。すべての花の、おきさきさまとなってくれませんか。」
 むすこガエルや、ふわふわでぴかぴかの黒服を着ているモグラをおむこさんにするのとはくらべものにはならない、重みのある言葉でした。おやゆび姫は、「はい。」とかっこいい王子さまに言いました。
 すると、ぶわっとすべての花が咲いて、妖精たちが小さなおきさきと王さまのところへやって来ました。みんなきれいで、二人を見てにこやかに笑いました。みんなおやゆび姫におくりものを持ってきていました。その中で一番のおくりものは、一組の美しいつばさでした。大きく白いハエのつばさで、おやゆび姫の背中にぴったりとくっつけてくれました。これで花から花へと飛びうつれるようになったのです。そのあと、お祝いがありました。あのツバメがお祝いの歌を頼まれて、もちろん引き受けました。ツバメは二人の頭の上の巣の中で、じっと動かずにウェディングソングを歌いました。自分のできるせいいっぱいの花むけだと思って歌いました。ツバメはとても悲しいけれど、それをかくして歌いました。心の中ではおやゆび姫を愛していたのです。おやゆび姫と別れたくないのです。
「これからはおやゆび姫なんて名前で呼んではいけないわ。」と、花の妖精が言いました。「へんな名前よ。あなたはとってもかわいいんだから、マイアと呼びましょう。」
 ツバメは、「さようなら、さようなら。」と言いました。あたたかい南の国からデンマークへ戻るため、ツバメはその場をさらなければならないのです。あたたかい国を飛び立ち、北へ北へと飛んでいくにつれて、とてもさみしくなっていきました。ツバメはデンマークにも巣を持っていました。ある家のまどの上に巣はありました。その家には、童話を書くおじさんが住んでいました。ツバメは巣の中で「キーヴィ、キーヴィ。」と、歌いました。それはおやゆび姫が生まれて、幸せになるまでのお話の歌でした。
(English Translation by H.B.Paull, "Little Tiny or Thumbelina," 1835)


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 はだかの王さま

 むかしむかし、とある国のとある城に王さまが住んでいました。王さまはぴっかぴかの新しい服が大好きで、服を買うことばかりにお金を使っていました。王さまののぞむことといったら、いつもきれいな服を着て、みんなにいいなぁと言われることでした。戦いなんてきらいだし、おしばいだって面白くありません。だって、服を着られればそれでいいんですから。新しい服だったらなおさらです。一時間ごとに服を着がえて、みんなに見せびらかすのでした。ふつう、めしつかいに王さまはどこにいるのですか、と聞くと、「王さまは会議室にいらっしゃいます。」と言うものですが、ここの王さまはちがいます。「王さまは衣装(いしょう)部屋にいらっしゃいます。」と言うのです。
 城のまわりには町が広がっていました。とても大きな町で、いつも活気に満ちていました。世界中のあちこちから知らない人が毎日、おおぜいやって来ます。
 ある日、二人のさぎ師が町にやって来ました。二人は人々に、自分は布織(ぬのお)り職人(しょくにん)だとウソをつきました。それも世界でいちばんの布が作れると言いはり、人々に信じこませてしまいました。
「とてもきれいな色合いともようをしているのだけれど、この布はとくべつなのです。」とさぎ師は言います。「自分にふさわしくない仕事をしている人と、バカな人にはとうめいで見えない布なのです。」
 その話を聞いた人々はたいそうおどろきました。たいへんなうわさになって、たちまちこのめずらしい布の話は王さまの耳にも入りました。
「そんな布があるのか。わくわくするわい。」と、服が大好きな王さまは思いました。「もしわしがその布でできた服を着れば、けらいの中からやく立たずの人間や、バカな人間が見つけられるだろう。それで服が見えるかしこいものばかり集めれば、この国ももっとにぎやかになるにちがいない。さっそくこの布で服を作らせよう。」
 王さまはお金をたくさん用意し、さぎ師にわたしました。このお金ですぐにでも服を作ってくれ、とたのみました。さぎ師はよろこんで引き受けました。部屋にはた織り機を二台ならべて、すぐに仕事にとりかかりました。でも、はた織り機には何もありませんでした。糸もありません。それでも、さぎ師はいっしょうけんめい布を織っていました。いいえ、ちがうのです。ほんとうは布なんてどこにもなくて、からのはた織り機で織るふりをしているだけなのです。ときどき、材料がなくなったみたいにいちばん値段の高い絹(きぬ)と金でできた糸をください、と王さまに言いました。のぞみどおり材料をもらうと、はた織りには使わず、またからのままで織るふりをしつづけました。夜おそくまではたらいて、がんばっているふりをしました。
 しばらくすると王さまは、ほんとうに仕事がはかどっているのか知りたくなってきました。自分が見に行ってたしかめてもいいのですが、もし布が見えなかったらどうしようと思いました。自分はバカだということになるのですから。でも王さまは王さまです。何よりも強いのですから、こんな布にこわがることはありません。でもやっぱり、自分が行く気にはなれませんでした。そこで、王さまは自分が行く前に、けらいをだれか一人行かせることにしました。けらいに布がどうなっているかを教えてもらおうというのです。このころには町の人はみんな、王さまが作らせている布がめずらしい布だということを知っていました。だから、みんなは近所の人がどんなにバカなのかとても知りたくなっていました。
 そこで王さまは、けらいの中でも正直者で通っている年よりの大臣を向かわせることにしました。この大臣はとても頭がよいので、布をきっと見ることができるだろうと思ったからです。向かわせるのにこれほどぴったりの人はいません。
 人のよい年よりの大臣は王さまに言われて、さぎ師の家へ向かいました。さぎ師がからのはた織り機で仕事をしている部屋に入りました。
「神さま、助けてください!」といのりながら、両目を大きく見開きました。けれども、何も見えません。はた織り機には何もないのです。
「ど、どういうことじゃ!?」と思わず口に出しそうになりましたが、しませんでした。
 そのとき、「大臣さん、」とさぎ師が声をかけました。「どうです? もっと近づいてよく見てください。このもよう、いろいろな技術が使われていてすごいですし、この色合いだって美しくて、思わずうなってしまいそうでしょう?」
 さぎ師はそう言って、からのはた織り機をゆびさしました。大臣はなんとかして布を見ようとしましたが、どうやっても見えません。だって、そこにはほんとうに何もないんですから。
「大変なことじゃ。」と大臣は思いました。自分はバカなのだろうか、と首をかしげました。でもそう思いたくありませんでした。大臣はまわりを見まわしました。二人のさぎ師がいるだけです。よいことに、まだ自分が布が見えない、ということを誰も気がついていません。『見えない』、と言わなければ誰も気づかないのですから。
「あのぅ、どうして何もおっしゃらないんですか?」と、さぎ師の片われがたずねました。もう一人のさぎ師はからのはた織り機でいっしょうけんめい働くふりをしています。
 急に言われて、大臣はあわてました。「あ……ふぅん。とてもきれいで、たいそう美しいもんじゃなぁ。」大臣はメガネを動かして、何もないはた織り機をじっくり見ました。
「なんとみごとな柄(がら)じゃ。それにこの色のあざやかなこと! このことを王さまに言えば、王さまもきっとお気にめすじゃろうなぁ。」
「その言葉を聞けて、ありがたきしあわせです。」二人のさぎ師が口をそろえて言いました。「では、王さまにもっと知っていただくために、布についてこまかく説明(せつめい)いたしましょう。」
 さぎ師はからのはた織り機の前でしゃべりはじめました。色がこいとかうすいとか、もようがうねうねしてるとか、まっすぐとか。ことこまやかに言うのです。大臣はその説明を一言ももらさず聞き入っていました。なぜなら、大臣は王さまにもう一度同じことをまちがえずに言わなければならないからです。もしここで一言でもまちがえようものなら、あとで王さまがほんものを見たときに大臣には布が『見えなかった』と気づいてしまいます。だから大臣は聞いたことをそのまま王さまに言いました。
 大臣が帰るとき、さぎ師たちはもっと金の糸や絹がほしいと言いました。布を織るためにひつようだと言うので、すぐに持ってこさせました。でもやはり、さぎ師たちは金の糸や絹を一本も使わないでみんな自分の物にしてしまいました。そして何もないからのはた織り機でずっと織るふりをつづけました。
 それからまもなく、王さまはもう一人さぎ師のところに向かわせました。これも根のまっすぐな役人でした。役人の仕事は、布のはかどりぐあいと完成する日にちをしらべてくることでした。しかし、役人も大臣と同じように、見えたのはからっぽのはた織り機だけでした。なんどもなんども見ましたが、どうしてもからっぽにしか見えませんでした。
「どうなされたのですか? もしかして、お気にめさないとか……」二人のさぎ師は不安そうにたずねました。そして何もないはずの布をまるであるかのように見せびらかせました。
「ほら、この王さまのえらさにぴったりのこのもよう、……どうでしょうか?」
 さぎ師は言いますが、布はどこにもありません。
 役人は思いました。
「わたしはバカではない。自分にふさわしくない仕事をしているだけだ。そうだ、バカではない。おそらく……この布はとてもふうがわりなのだろう。しかし、このことを、だれにも知られてはならないのだ……」
 役人は少し考えてから、言いました。見えない布をあたかも見えているように。
「たいへんみごとな布だ! 色合いも美しいし……柄(がら)ももうしぶんない。わたしはこんな布を見られてとてもうれしいよ!」
 そうして城に帰った役人は王さまに向かってこう言いました。
「たいへんけっこうなものでした。」
 街はそのめずらしい布のうわさでもちきりでした。うわさがどんどんもり上がっていくうちに、王さまも自分で見てみたくなってきました。日に日にその思いは強くなるのですが、いっこうに布は完成(かんせい)しませんでした。王さまはいてもたってもいられなくなって、たくさんの役人をつれて、二人のずるがしこいさぎ師の仕事場に向かいました。つれていった役人の中には、前に布を見に行った二人もふくまれていました。
 さぎ師の仕事場につくと、二人はいっしょうけんめいに働いているふりをしていました。糸を一本も使わないで、まじめに仕事をしているふりをしていました。
「さぁどうです、王さまにぴったりな、たいそうりっぱな布でしょう?」
 前に来たことのある二人の役人がみんなに向かって言いました。
「王さま、王さまならこの布の色合い、柄(がら)をお気にめしますでしょう?」
 そして、二人はからのはた織り機をゆびさしました。二人は他のみんなには布が見えると思っていたからです。
 でも……
「なんだこれは? 何もないじゃないか。」と、王さまは思いました。
 王さまは自分がバカかもしれないと思うと、だんだんこわくなってきました。また、王さまにふさわしくないかと考えると、おそろしくもなってきました。王さまのいちばんおそれていたことでした。王さまが王さまでなくなるなんて、たえられなかったのです。
 だから、王さまはさぎ師たちを見て言いました。
「まさしくそうであるな。この布がすばらしいのは、わたしもみとめるところであるぞ。」王さまはまんぞくそうにうなずいて、からっぽのはた織り機に目を向けました。何も見えないということを知られたくなかったので、からっぽでも、布があるかのように王さまは見つめました。同じように、王さまがつれてきた役人たちも見つめました。王さまが見ているよりももっと見ようとしました。でもやっぱり、何も見えてはいませんでした。
「これは美しい、美しい。」
 役人たちは口々に言いました。
「王さま、この布で作ったりっぱな服を、ちかぢか行われる行進パレードのときにおめしになってはどうでしょう。」
 と、誰かが王さまに言いました。そのあと、みんなが「これは王さまにふさわしい美しさだ!」とほめるものですから、王さまも役人たちもうれしくなって、大さんせいでした。そして王さまは、二人のさぎ師を『王国とくべつはた織り士』と呼ばせることにしました。
 パレードの行われる前日の晩のこと、さぎ師たちは働いているように見せかけようと、十六本ものロウソクをともしていました。人々は家の外からそのようすを見て、王さまの新しい服を仕上げるのにいそがしいんだ、と思わずにはいられませんでした。さぎ師はまず布をはた織り機からはずすふりをしました。そしてハサミで切るまねをして、糸のない針(はり)でぬい、服を完成(かんせい)させました。
「たった今、王さまの新しい服ができあがったぞ!」
 王さまと大臣全員が大広間に集まりました。さぎ師はあたかも手の中に服があるように、両手を挙げてひとつひとつ見せびらかせました。
「まずズボンです!」
「そして上着に!」
「最後にマントです!」
 さぎ師は言葉をまくしたてました。
「これらの服はクモの巣と同じくらいかるくできあがっております。何も身につけていないように感じる方もおられるでしょうが、それがこの服がとくべつで、かちがあるといういわれなのです。」
「まさしくその通りだ!」大臣はみんな声をそろえました。でもみんな何も見えませんでした。もともとそこには何もないんですから。
「どうか王さま、ただいまおめしになっている服をおぬぎになって下さいませんか?」
 さぎ師は言いました。
「よろしければ、大きなかがみの前で王さまのお着がえをお手伝いしたいのです。」
 王さまはさっそく服をぬぎました。二人のさぎ師はあれやこれやと新しい服を着つけるふりをしました。着つけおわると、王さまはあちこちからかがみにうつる自分を見ました。
「何と美しい! ……よくおにあいです!」
 その場にいただれもがそう言いました。
「この世のものとは思えなく美しい柄(がら)、言いあらわしようのない色合い、すばらしい、りっぱな服だ!」と、みんなほめたたえるのでした。
 そのとき、パレードの進行役がやって来て、王さまに言いました。「行進パレードに使うてんがい(王さませんようの大きな日がさ)が準備(じゅんび)できました。かつぐ者たちも外でいまやいまやと待っております。」
「うむ、わたしもしたくは終わったぞ。」と、王さまは進行役に答えました。「どうだ、この服はわたしににあってるかね?」
 王さまはかがみの前でくるっと回ってみせました。なぜなら王さまは自分の服に見とれているふりをしなければならなかったのですから。
 お付きのめしつかいはありもしない服のすそを持たなければなりませんでした。地面に両手をのばして、何かをかかえているようなふりをしました。やはりめしつかいも何も見えていないことを知られたくなかったので、すそを持ち上げているようなまねをしているのでした。
 王さまはきらびやかなてんがいの下、どうどうと行進していました。人々は通りやまどから王さまを見ていて、みんなこんなふうにさけんでいました。「ひゃぁ、新しい王さまの服はなんてめずらしいんでしょう! それにあの長いすそと言ったら! 本当によくおにあいだこと!」
 だれも自分が見えないと言うことを気づかれないようにしていました。自分は今の仕事にふさわしくないだとか、バカだとかいうことを知られたくなかったのです。ですから、今までこれほどひょうばんのいい服はありませんでした。
「でも、王さま、はだかだよ。」
 とつぜん、小さな子どもが王さまに向かって言いました。
「王さま、はだかだよ。」
「……なんてこった! ちょっと聞いておくれ、むじゃきな子どもの言うことなんだ。」
 横にいたそのこの父親が、子どもの言うことを聞いてさけびました。そして人づたいに子どもの言った言葉がどんどん、ひそひそとつたわっていきました。
「王さまははだかだぞ!」
 ついに一人残らず、こうさけぶようになってしまいました。王さまは大弱りでした。王さまだってみんなの言うことが正しいと思ったからです。でも、「いまさら行進パレードをやめるわけにはいかない。」と思ったので、そのまま、今まで以上にもったいぶって歩きました。めしつかいはしかたなく、ありもしないすそを持ちつづけて王さまのあとを歩いていきましたとさ。
(English Translation by H.B.Paull, "The Emperor's New Suit," 1837)


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入力:大久保友博
ファイル作成:野口英司
1999年12月24日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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