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宝島 Treasure Island Katokt訳 Robert Louis Stevenson

一部 老海賊
1 ベンボウ提督亭の年老いた船乗り
大地主のトレローニーさんやお医者さんのリバシーさんやその他の偉い人たちが、僕にそうするように言ったんだ。宝島のことをはじめから終わりまでなにもかも書いておくようにって。ただしまだ埋められている宝物があるかもしれないから、島の位置だけは隠しておくようにともね。そこで僕はペンをとって、今は西暦17 ××年だけど、僕の親父がベンボウ提督亭っていう宿屋をやってて、日に焼けた刀傷のある年老いた船乗りがその宿に泊まった時までさかのぼることとしよう。

僕は、やつが現れた時のことをまるで昨日のことのようによく覚えている。やつは宿の入り口のところまで重い足をひきずりながらやってくると、その後ろに船乗りの衣装箱を手押し車で運ばせていた。背が高くて、力強くがっしりした褐色の男で、よごれた青いコートの肩のところにタールまみれの弁髪をたらしていた。両手はごつごつとして傷だらけで、爪は黒ずんで割れていて、ほおにはくすんだ青白い刀傷が走っている。僕は覚えてる。やつは小さな入り江を見回しながら口笛をふくと、突然、いつも歌っていたあの古い船乗りの歌を歌い始めたんだ。


死んだやつの衣装箱に15人
ヨーホー、ヨーホー、ラム酒を1本!

甲高い老けたしゃがれ声は、錨をまきあげるのに合わせて声を張り上げているうちにそうなってしまったものだと思う。それからやつは手に持っていたてこ棒みたいな棒でドアを叩いて、僕の親父が顔をだすと、ラム酒を一杯といいはなったもんだ。ラム酒がでてくると、通みたいにゆっくりすすったもんだ。味わいながら、また周りをみまわして、崖の方をみたり宿の看板を見上げたりしてたんだ。

やっと口を開くと、「手ごろな入り江だな、おまけになかなかごきげんな場所にある飲み屋じゃねぇか。にぎわってんのか、おい?」

親父は、ぜんぜん客なんていやしないですよ、残念ながらね、なんてやつに答えてた。

「よしよし、ここがおれの港だな。さあ、おい」やつは手押し車を押してきた男に怒鳴りつけた。「こっちにきて、上に運び上げるのを手伝うんだ。ちょこっとばっかしここに腰を落ち着けるぜ」やつは続けた。「おれは、あれこれうるさいことはいわん。ラムとベーコンエッグさえありゃいいんだ。あとは、船を見張るのに宿があっちの方を向いててくれればな。おれをなんと呼べばいいかって? 船長って呼んでくれればいいぜ。おい、なにがほしいかはわかってるぞ」そして戸口のところに金貨を3、4枚ほうりなげると、「使い切ったら言えばいい」と言ったその顔は、司令官のような厳しいものだった。

やつの服や言葉使いはひどいものだったが、どこかただの水夫には見えず、命令に従わせたり、なぐることになれている航海士やちょっとした船の船長といった風だった。手押し車を押してきた男がいうには、その朝にジョージ国王亭の前で郵便馬車から降りると、この沿岸にどんな宿があるかを尋ね、うちの宿の評判を聞きつけて、一軒家ということで腰を落ち着ける場所として選んだというわけらしい。それがあの客について知りうるすべてというわけ。

やつは普段とても静かだった。一日中、入り江のあたりや崖の上を真鍮製の望遠鏡をもってうろついてて、夜はずっとラウンジの隅の暖炉の近くで、とても強いラムの水割りを飲んでいた。たいがい話しかけられても口をきかなくて、ただ突然ものすごい顔つきで見上げると霧笛のように鼻をならしたものだった。僕たちや家にやってくる人たちは、すぐにやつには好きなようにさせておくようにした。毎日散歩からかえってくると、やつは船乗り稼業の男たちが通って行かなかったかと聞いたものだった。最初僕たちはこんなことを聞くのは、船乗りの仲間がほしいからだと思っていたが、
しまいには船乗りをさけたいと思っていることがわかってきた。船乗りが一人でもベンボウ提督に泊まることがあると(時々は、海岸の道をブリストルに向かうものがいた)、やつはラウンジに入る前に入り口のカーテンの間から泊り客を覗き込んだものだ。そしてそんな客がいたときには、必ずいつもねずみみたいにこっそりしていた。僕にとっては、少なくともそういうことはぜんぜん秘密じゃなかった。というのも僕はある意味では、やつの恐怖を分け合っていたようなものだったから。やつはある日僕をわきに呼ぶと、もし僕が一本足の船乗りに注意して姿をあらわしたらすぐに知らせてくれれば、毎月最初に4ペニー銀貨をやると言ったのだ。でも僕が月の最初になって、金をもらいにやつのところにいくと、僕に鼻をならして見下ろすだけだった。でも一週間もしないうちに考え直して、僕のところに4ペニー銀貨をもってくると、あの一本足の船乗りを見張るんだと繰り返すのだった。

いうまでもないことに、一本足の男はまさに悪夢だった。嵐の夜は、風が家の四隅をゆらし、波は入り江でくだけ崖に打上げて、僕は一本足の男がありとあらゆる姿にかたちをかえ、本当に悪魔のような表情をしているように見えたものだ。こうなると足はひざのところでちょん切れていたはずが、そのときは根元からちょん切れており、もともと一本足しかない怪物みたいな生き物で、足は体の真ん中から生えているのだった。怪物がかきねや溝をまたいで、走って僕を追いかけてくるのを夢に見るのは、まさに悪夢としかいいようがなかった。要するに月に4ペンスの気前のいい払いも、こんな悪魔のような幻想が形をかえたものだったわけだ。

僕は一本足の船乗りの悪夢に恐れおののいていたが、船長については、やつを知っている誰よりも恐れてなかったと思う。やつは、ときどき夜には頭をしっかりささえていられないほどラムの水割りを飲みすぎることがあった。そして、座ってあのうすきみ悪い昔の乱暴な海賊の歌をあたりかまわず歌うこともあれば、ときどきは震え上がっているみなに一杯おごり、話を無理やり聞かせたり、自分が歌うのに合わせてコーラスさせたりしたものだった。僕は、何度も家中に「ヨーホーヨーホー、ラム酒を1本!」という声が響き渡るのを聞いたものだ。隣近所が殺されてはたまらない、命がおしいとばかりに歌に加わり、自分は目に付かないようにといっそう声を張り上げる。そんな気分のときのやつは、僕が知ってる中でもものすごく無茶な部類だった。みんなを静かにさせるためにテーブルを手で叩いたかとおもえば、ある質問に怒りのあまりとびあがったり、また質問がないから誰もわしの話がわかってないと怒ったりしたものだ。そして自分が酔っ払って眠くなり、千鳥足でベッドに行くまではだれも宿から一歩でも外に出ることをゆるさなかった。やつの話は、みんなを心からこわがらせた。恐ろしい話ばかりで、しばり首、板渡り、そして海で嵐にあったことや、ドライトルトゥーガス諸島やカリブ海での蛮行風土の話だった。やつの説明によると、自分こそが、神が海に生を授けたもっとも邪悪な男たちに囲まれて生き延びてきた男に違いないということで、そしてやつがそういうことを話すときの言葉使いといったら、僕らふつうの田舎暮らしをしているものにとっては、話している内容の犯罪と同じくらい罪深いことだった。僕の親父は、いつも宿もおしまいだとこぼしてた。みんな、こんなに脅されたりやりこめられたりして、震えながらベッドに入るようでは宿に来るのをやめてしまうだろうと思ったのだ。でも僕は、ちゃんとちゃんとやつがいた方がいいんだって知っていた。みんなそのときは怖がっているようだったけど、振り返ってみれば楽しんでたんだ。平穏な田舎暮らしじゃ、いい刺激になったんだ。若い者の中にはやつを尊敬する一団が現れるしまつで、やつを“本当の海賊”とか“本物の老練な船乗り”とかそんな名前でよんでいて、あんな男たちこそがイギリスを海で恐れられるようにしたんだと口々にいっていた。

ある意味では、本当にやつは僕らを破滅させそうだった。というのもやつは何週間も、しまいには何ヶ月も逗留していたが、金は全部すっかり使い果たしてしまっていて、僕の親父はとうていもっとくれと勇気をだして言い張るなんて出来そうになかったから。もし金のことに少しでもふれようもんなら、やつは鼻をまるで大声でほえるみたいに大きく鳴らし、にらみつけて僕のかわいそうな親父を部屋から追い出してしまっただろう。僕は親父がそんなふうに拒絶されたあと、両手をつよく握り締めているのを見た記憶がある。そんなふうに悩んだり恐れたりしていたのが、親父の寿命を短くして、不幸な死を遂げた大きな理由に違いないと僕は信じている。

僕がやつと一緒に暮らしていた間ずっと、やつの着ているものは変わらず、靴下を何足か行商人から買うだけだった。帽子のつばが下に折れ曲がっていたときでも、風が吹いたときには難儀だっただろうに、折れ曲がった日からずっとそのままにしていた。僕は、やつのコートの見栄えを覚えてる。自分の部屋でつぎはぎをしたあげく、やり終わる前につぎはぎだらけになっちまったもんだ。やつは一通たりとも手紙を書いたことも受け取ったこともなかったし、近所のもの以外には話しかけもしなかった。ただ近所のものと話すときも、たいがいはラムで酔っ払ったときだけだった。僕たちの間ではだれも、あの船乗りの衣装箱が開くのを見たものはいなかった。

やつは、たった一度だけたてつかれたことがあって、それが破滅への入り口だった。そのときには、かわいそうな親父の命取りになった衰弱もかなり進行していた。お医者さんのリバシー先生がある午後遅くに診察にきて、ちょっとした夕食を母親がだした。ベンボウ亭は古くて馬小屋がなかったので馬が村からやってくるまでの間、リバシー先生はラウンジへ入ってパイプをふかしていた。僕もリバシー先生のあとをついて入っていき、すぐにある違いに気づいたことを覚えている。きちんとして、生き生きとした顔つきで、髪には雪のように白い粉をふり、目は黒く輝いており、感じのいい先生の態度にくらべて、きままで田舎くさい者たち、その上不潔でぎこちなく疲れ果てたみずぼらしい僕らのあの海賊、ラムを飲みすぎていて、テーブルに両腕を投げ出していた。とつぜんやつ、船長がいつもの歌をがなりたてはじめた。

死んだやつの衣装箱に15人
ヨーホー、ヨーホー、ラム酒を1 本!
飲めや、悪魔が残りを飲み干す
ヨーホー、ヨーホー、ラム酒を1本!

最初のうち、僕は“死んだやつの衣装箱”は2階の部屋においてあるあの大きな箱のことだと思っていた。そしてそいつは僕の悪夢の中で、あの一本足の船乗りの話と交じり合っているのだった。でもこのときまでにはもう、僕たちはその歌にはたいして注意もはらってなかった。あの夜もリバシー先生にとって目新しいくらいだったが、僕がみるにあんまりいい感じをうけているようではなかった。というのも、しばらくとても憤慨したように上を見上げると、庭師の年とったテーラーさんとリューマチの新しい治療法について話しはじめたから。その間、やつは自分の歌でだんだん昂奮してきて、とうとう目の前のテーブルに、いつもの静かにしろといったぐあいに手を叩きつけた。リバシー先生を除いて、みんな口をぴしゃりと閉じた。リバシー先生は、何事もなかったかのようにはきはきとやさしい声で話しつづけ、一言二言いっては短くパイプをふかした。やつはリバシー先生をしばらくにらみつけると、もっと鋭くにらみつけながら、もう一度テーブルを叩いた。そしてとうとう口を開くと、悪漢じみた低いのろいの言葉をはいた。「だまりやがれ、おい、おまえらだ!」

「君は、私のことを言ってるのかね?」リバシー先生がそういうと、そのごろつきは、またのろいの言葉をはいたんだ。そうだともって。リバシー先生はこういいかえした。「おまえにひとつだけ言っておこう、もしラムを飲みつづけるんなら、この世からまもなくとても薄汚れた悪党が一人消えていくとな!」

やつの怒りはすざまじかった。とびあがり、船乗りの折りたたみナイフを引き抜いて開くと手の平の上で転がし、壁にくぎ付けにするぞとおどしたんだ。

リバシー先生は身動きひとつしなかった。少しもかわらずに、肩越しに同じ調子の声で、いやその部屋のみんなに聞こえるように少しは高い声だったかもしれない、でも落ちつき払って平然としてこう言った。「もしそのナイフをすぐにポケットにしまわないなら、約束しよう、名誉にかけて、次の巡回裁判でしばり首だとな」

2人の間のにらみあいが続いたが、やつが降参して、ナイフをしまうと負け犬のようにぶつぶつつぶやきながら、席にこしをおろした。

「さて、」先生は続けた。「こんな人間が私の受け持ち地区にいたとすると、私が一日中おまえさんを見張ってるってことを忘れてもらっちゃこまるな。私は医者であるだけじゃない。治安判事でもあるんだ。もしおまえに対するどんな告訴があっても、もし今夜みたいな無礼な行為でもだ。私がすぐに手段を講じて、おまえを捕まえてここから追放だ。わかったか?」

その後すぐリバシー先生の馬がドアのところにやってきて、先生は去っていった。でもやつはその晩しずかなもんだったし、それからしばらくはそんな調子だった。

2 黒犬が姿をあらわし、そして消えた。
それからほどなく、あのいわくありげな出来事の最初のひとつがおきたのだった。そのおかげで僕たちは、とうとうやつの心配をしなくてもすむようになったわけだ。もちろん君たちが思ってるとおり、やつがこの話に係わらなくなったわけではなかったけれど。とにかく身を切るように寒い冬で、長い間厳しい霜がおり風が強かった。だから僕の親父が、春をふたたびみることがなさそうなことも最初からわかりきったことだった。親父は日ごとに衰弱していって、母親と僕で全ての宿屋の仕事をきりもりし、あまりにいそがしかったので、あの不愉快なやつにあまり注意をはらうこともなかった。

ある1月の朝のことだった。朝とても早くに、身が引き締まるほど寒く霜がおり、入り江は灰色にかすみ、さざなみが岩にそっと打ち寄せていた。日は低くまだ丘の頂上から顔をだしただけで、朝日が海をてらしていた。やつは普段より早く起きだしていて、短剣をあの古ぼけた青いコートの広いすその下でぶらぶらさせ、真鍮製の望遠鏡をこわきに抱え、帽子は頭の上で後ろの方にかたむけたようななりで、浜まで出かけていた。僕は覚えている。やつが大またで歩いていった跡には吐く息が煙のように漂い、そして大きな岩を回ったときにやつから最後に聞こえてきたのは、憤慨のあまり鼻をならした音で、それはまるでやつの心は、まだリバシー先生とのことにとらわれているかのようだった。

さて、母親は親父と一緒に二階にいて、僕はやつが帰ってくる前に朝食用のテーブルを用意していた。そのときラウンジのドアが開き、一人の男、僕がまったく知らない男が入ってきた。その男は青白く蝋のような顔色で、左手の指は二本なくなっていた。おまけに短剣はもっていたけれど、およそ戦うようには見えなかった。僕はいつも目をよく開いて、一本足かそれとも二本足の船乗りの男たちを見張っていた。でも思いおこしてもわけがわからないが、この男は船乗りには見えなかったにもかかわらず、やつと同じように船乗りを感じさせるようなものがあったんだ。

僕はその男に「いかがなさいます」って聞いた。その男は「ラムをもらおうか」といったが、僕がラムを取りに部屋からでていこうとしたら、テーブルの上にすわり僕を呼び止めた。僕はナプキンを手にしたまま、その場に立ち止まった。

「ぼうや、こっちへくるんだ、もっと近く」

僕は一歩近づいた。

「ここは俺の友達の、ビルのテーブルだろ?」とその男は、にらみつけるように尋ねた。

僕はこう答えた。あなたの友達のビルっていう人は知らないけれど、このテーブルはうちの宿に泊まっている人が使ってる。僕らはその人を船長って呼んでると。

「よし、俺の友達のビルは船長と呼ばれている、まあそんなもんだな。やつには片ほおに傷があり、まあゆかいなやつだな、特に飲んだりするとな、俺の友達のビルは。仮にな、おまえのとこの船長とやらに片ほおに傷があるとしよう、仮にな。もしよければ、そのほおが右ほおだとしようじゃないか。どうだい! 言ったろう。さあ、俺の友達のビルがここ、この宿にいるんだろう?」

僕はその男にやつは外に散歩にいったと答えた。

「どっちだ、ぼうや? どっちにいったんだ?」

そして僕はあの岩の方を指さすと、どうやって船長が帰ってくるのかとか、どれくらいで帰ってくるのか?などなどいろいろな質問に答えた。「あぁ」その男は言った。「これは俺の友達のビルにとっては、飲むのと同じくらいうれしいことになるだろうよ」

そういったときのその男の表情は、まったく不愉快なしろものだった。そして僕はたとえ本気でそう言ってるとしても、この見知らぬ男は間違ってると思った。でも僕には関係ないことだと思っていたし、その上そもそも何をすればいいか全然わからなかった。この見知らぬ男は、宿のドアを入ったすぐのところでうろうろしており、猫がねずみを待ちかまえているかのように、角を曲がった所をのぞきこんでいた。僕が道まで出て行くと、その男はすぐに僕を呼び戻した。そして僕がすぐにそれに従わなかったのが、その男には気に入らなかったらしく、急に蝋のような顔色が変わり、僕を飛び上がらせるほどの悪態をついて命令した。僕がもどるとすぐにその男の態度は元のとおりになり、半分こびへつらい、半分あざ笑うかのように僕の肩を軽く叩きながら、いい子だ、俺のお気に入りだぞなんて口にした。「俺にも子供がいる、おまえと同じような子供がな。俺の自慢の種だよ。だが子供に本当に大事なのは、しつけなんだ。いいかい、ぼうや、しつけだ。そうだな、もしビルと船にのって、2回命令されるようなことがあれば、おまえはそこに立ってられないぞ。これはビルだけじゃない、やつと一緒に船に乗ってきたような仲間はみんなそうなんだ。さあ、いいぞ、俺の友達のビルじゃねえか。小さい望遠鏡を抱えてる、いいやつだぜ、たしかにやつだ。おまえと俺はラウンジまで戻るんだ、ぼうや、ドアの後ろに陣取って、少しばっかり驚かしてやろうじゃないか、いいやつだぜ、まったく」

そういうと、その男は僕をひきつれてラウンジまでもどり、僕を隠すように隅の方に立ち2人とも開いたドアの影に隠れるようにした。僕はひどくどきどきして、不安になった。わかるだろう、それにその男も確かにびくびくしているのに気づいて、いっそう不安は増すばかりだった。その男は短剣を柄からはずして、さやからいつでも抜けるようにした。そこで待っているあいだ、まるでのどに何かつっかえでもしているかのように、その男はずっとつばを飲み込んでいた。

とうとう船長がはいってきて、ドアをバタンと閉じると、わき目もふらずまっすぐ部屋をよこぎって、朝食が用意されているところまで歩いていった。

「ビル」そのときの男の声は、自分を強くみせかけようとしてるように僕には感じられた。

船長はかかとでくるりと振り返ると、僕たちと向かい会った。日焼けしているやつの顔から色がなくなり、鼻なんて真っ青だった。幽霊や悪霊でも、いやもっとなにか悪いものでも、もしあればだが、見たような風だった。誓っていうが、僕は一瞬の内にそれほど老けこみ、まるで病人のようになったやつをみて気の毒に思った。

「こいよ、ビル、忘れたとはいわせんぞ、船乗り仲間をな。ビル」

船長ははっと息をのむと、「黒犬!」と言った。

「だれだと思ったんだ?」その男は、いよいよ落ち着き払っていい返した。「昔ながらの黒犬が、古い仲間のビリーに会いにやってきたんだ、ベンボウ提督亭までな。おい、ビル、ビル。ずいぶん長い間いっしょにやってきたよなぁ、俺たち2人でな。この2本の指を失ってこのかたな」黒犬は2本の指がなくなった手をみせびらかした。

「さて、あぁ」船長はこう続けた。「おまえは俺を追いつめた。逃げも隠れもしない。よしよし、さぁ、言えよ、どうしたいんだ?」

「それでこそおまえだ、ビル」黒犬は答えた。「おまえはまったく正しいよ、ビリー。このかわいい子からラムでも一杯もらおうか、俺はこの子がやけに気にいったんでな。おまえさんさえよければ、一緒に腰かけてざっくばらんに話そう、昔からの船乗り仲間じゃねぇか」

僕がラムを持ってもどってみると、やつらは既に船長の朝食用テーブルに向かい合って腰かけて、黒犬がドアの方にななめに腰かけていた。僕が思うには、片目で船長を見張りつつ、もう一方の目では逃げ道を探すためにそうしてたんだろう。

黒犬は僕に出て行け、ただドアは開けたままにしておくんだといいつけた。「鍵穴からのぞくんじゃねえぞ、ぼうや」僕はやつらを残して酒場の方へ引っ込んだ。

長い間、僕はがんばって中の様子に耳をすませていたが、なにやら低いいいあらそうような声以外はなにも聞こえなかった。でもしまいには、声はだんだん大きくなっていき、一言二言わかるようになったが、大体は船長の悪態だった。

「だめだ、だめだったら、だめだ、それじゃあ何もかも終わりだ!」船長はそうさけぶと、再びこう言い放った。「おれがしばり首になるくらいなら、おまえらみんなもしばり首だと言ってるんだ」

それから突然、罵詈雑言がとびかい、他の物音、椅子やら机やらがひとかたまりでひっくりかえり、剣のかち合う音が続き悲鳴があがった。その次の瞬間には、僕は黒犬が大慌てで逃げ出して、船長は怒り狂って後を追いかけていくのを目にした。二人とも短剣を抜いていて、黒犬は左肩から血を流していた。ちょうどドアのところで、船長は逃げる黒犬に最後の一太刀をあびせようとしたが、もしうちの大きなベンボウ提督亭の看板に邪魔されていなければ、黒犬の頭がまっぷたつなのは確実だっただろう。今でも枠の下側にその切れ込みがみてとれるぐらいなんだ。

その一撃が争いの終わりで、黒犬はけがをしているにもかかわらず道にとびだすと、一目散に逃げ出して、30秒もたたないうちに丘の端に姿を消した。船長はといえば茫然自失の体で、看板を見つめて立っていたが、何度も手で目をこすりやがて家に入っていった。

「ジム、ラムだ」そしてそういった時、少しよろめき壁に片手をつくありさまだった。

「けがしたの?」僕がさけぶと、

「ラムだ」と繰り返し、「俺はここからおさらばしなきゃなんねぇ、ラムだ! ラム」と言った。

僕は走って、ラムをとってこようとしたが、さきほどから起こったことにすっかり昂奮して、グラスを一つ割ったり、たるの栓をひねりそこねたりしてしまった。そしてまだ、まごまごしている内に、ラウンジの方で大きな倒れる音をききつけ、ラウンジに駆け込むと、船長が床にすっかり伸びている姿が目に入った。同時に母親も叫び声や争う音に気がついて、僕を助けに二階から降りてきた。二人で頭をもちあげると、やつは大きな激しい息をしていたが、目は両方とも閉じていて、顔色といったらひどい色だった。

「まあ、まったく」母親は声を荒げた。「なんて家の恥かしら! お父さんはかわいそうに病気だというのに!」

その間、船長をどうしたらよいか皆目わからなかった、ただ船長もあの男との争いで致命傷を負ったということがわかっていただけだった。僕はたしかラムを持ってきて、船長ののどにながしこもうとした。でも歯が固く閉じられていて、あごは鉄のように丈夫だった。ドアが開いて、リバシー先生が入ってきたときは、二人ともほっと一息ついたものだった。先生は親父を診察しにきたのだった。

「あぁ、先生」僕と母親は声をあげた。「どうすればいいんです? どこに傷があるんですか?」

「傷だって? ばかばかしい!」医者は言った。「私や君たちみたいに傷なんてひとつもないよ。この男は私が警告したように発作をおこしたんだ。さてホーキンズさん、二階のご主人のとこまでいってもらって、もしできるなら、なんでもないことだと言ってください。私はと、この男のまったく価値のない命を全力をつくして救わねばならん、ジム、洗面器を一つもってきてくれ」

僕が洗面器をもって戻ってみると、先生は既に船長の袖を切り取り、そのがっしりとした腕が目にはいった。そこには何箇所かいれずみがあり、「幸運」「順風」とか「ビリー・ボーンズの夢」といった言葉が前腕にくっきり、そしてはっきりと彫られていた。肩に近い所には、絞首台と一人の男がぶら下がっていて、既に刑が執行されていた、僕からみてもじつにいきいきとした絵だったように思う。

「予言だな」医者は、指でその絵に触れながら声にだした。「さぁ、ビリーボーンズ君、これが君の名前ならね、私たちは君の血の色を見なくてはならん、ジム、血が怖くないかな?」

「ええ、大丈夫です」僕は言った。

「よろしい、それなら洗面器をもってもらおう」というと、それから針をとりだして、静脈に突き刺した。

大量の血が流れでて、船長が目を開くとぼんやりとあたりを見回した。最初に先生がいるのがわかると、明らかに不愉快な顔をみせたが、それから僕をみるとほっとしたようだった。でも突然顔色がかわり、「黒犬はどこだ?」とさけびながら体を起こそうとした。

「黒犬はここにはいない」先生は答えた。「おまえが恨みをはらそうとする相手以外はな。ラムを飲んでいただろう。おまえは発作をおこしたんだ、まさに私がおまえに言ったように。で、私が全然気はすすまなかったが、向こう見ずにも墓からおまえを引っ張り出したというわけだ。さてボーンズ君、」

「それはおれの名前じゃねえ」と船長がさえぎったが、

「まあ気にしないよ」と先生は答えて、「それは私が知っているある海賊の名前でね。私はおまえをよぶのに縮めてそうよんだだけだ。私がおまえにいっておかなきゃならんのは、こういうことだ。一杯のラムがおまえの命取りになることはないだろう、ただもし一杯飲めば、それがもう一杯、もう一杯となるんだ。すぐに手を切らないと、私は賭けてもいい。おまえは命を落とすことになる。わかるか? 死ぬんだぞ。聖書のあの男みたいに地獄にいくんだ。さぁ、せいぜいがんばるんだな。ベッドにいくのをいまいちど手伝ってやろう」

2人で苦労してなんとかやつを2階に運び上げ、ベッドにねかせた。やつはもう気を失っているかのように、後ろ向きに頭から枕の上に倒れこんだ。

「さて、いいかな」先生は言った。「良心の命じるところに従って言っておこう、ラムはおまえにとっては死だ」

そして、それから父親を診察しに僕の腕を引っ張って立ち去った。

「たいしたことじゃない」先生はドアをしめるとすぐにそう言った。「しばらく静かにしているように、やつからたっぷり血を抜いておいた。そこに一週間は寝ているだろう。やつにとってもおまえさんたちにとっても、それが一番いいことだろう。ただもう一度発作が起きたら、やつはおしまいだがな」


3 黒点
昼ごろ僕は、冷たい飲み物と薬をもって船長の所に行った。やつは僕らが寝かせたのと同じかっこうで横になっていて、すこしだけ体をおこしていたが、衰弱していると同時に興奮しているようだった。

「ジム」やつは言った。「おまえだけだよ、頼りになるのは、おれがいつもお前によくしてやったのはわかってるな。一月たりとも4ペニー銀貨を欠かしたことはないし。おれはすっかり弱ってて、みんなに見放されちまっている。でだ、ジム、おまえはおれのところにラムをほんのちょっぴりもってきてくれるよな、相棒?」

「お医者さんが、」と僕が口を開くと、

やつは医者に毒づき、弱々しいがはっきりした声で言いきった。「医者なんてもんは、まぬけと相場がきまってる。おまけにここのあの医者に、なんだって海の男のことが分かると言うんだ? おれは地獄みたいに暑いとこに行ったこともありゃ、仲間が黄熱病でばたばた倒れていったこともある。地震で海の上にいるみたいにゆっさゆっさとゆれる、あののろわれた土地にも行ったんだぞ、いったいあの医者がそんな土地の何を知ってるというんだ? おれはラムで生き長らえてるんだ、お前にも言っとくぞ。それが血となり肉となり、夫婦みたいなもんだ、おれにとってはな。いまラムが飲めなかったら、今まさに風下の岸に打ちつけられたこんな惨めなぼろ船みたいなときに、ラムが飲めなかったら、お前にたたってやるぞ、ジム、あとあのくされ医者もだ」やつは再び罵詈雑言の限りをつくしたが、一転して嘆願するような口調でこう続けた。「見てくれよ、ジム、おれの指の震えを。じっとさせておけねぇんだ、自分じゃな。こののろわれた今日、一滴たりとも口にしてないときてるのにな。あの医者はばかだ、おれは言っとくぞ。もしラムを一杯やらなかったら、ジム、おれはアル中みたいに震えちまう。おれにはもうやつらが見えてるぞ。あの隅のところに、ほら、おまえの後にフリントだ。印刷したみたいにはっきり見えるぞ。おれにアル中の震えがきたら、なにしろめちゃくちゃな生き方をしてきたからな、大騒ぎをやらかすぞ。あの医者だって、一杯ぐらいならかまわんといったろう、ちょっぴりでいい、一ギニー金貨をくれてやるぞ、ジム」

やつはいよいよ興奮してきたので、僕は親父の事の方が心配になった。親父はその日は特に体調が悪くて安静にしている必要があったのだ。その上先生も今やつが僕に言ったように、たしかに一杯ぐらいならかまわないって言ったことだしと思ったんだ。でもわいろの申し出の方が気に障った。

「あんたの出す金なんて欲しくないや」と僕は言った。「でも僕の親父には借りがあるはずだよ、一杯持って来るよ、一杯だけ」

僕がラムをもってくると、やつはがつがつとひったくって、飲みほした。

「おぉ、おぉ」やつは言った。「ちったぁましになった。一息ついたぞ。さて、相棒、あの医者はどれくらい、ここに、この古ぼけたベッドで寝てなきゃならんと言ったんだ?」

「最低一週間」僕が言うと、

「くそったれ!」やつは叫んだ。「一週間だと! そうしてられるかい、それまでにはやつらがおれに黒点をつけちまう。いまこの時にも、やつらまぬけどもがおれを追いつめようとしてるんだ。やつらまぬけどもは手に入れたものを持ってられないばかりか、人の分までほしがるしまつだ。それが海の男のやることかい、知りたいもんだよ? でもおれは倹約家なんだ。おれは、自分の大事な金はむだづかいしないんだよ、もちろん失くすもんかい。よし、やつらをもう一回ひっかけてやる。やつらなんか恐くない。よし、相棒、また帆をあげて、やつらをまいてやる」

そう言いながら、やつはベッドからかなり苦しそうに起きあがると、僕の肩をおもわず悲鳴をあげるほど強くつかんで、足ときたら意のままに動かないといったようだった。やつの言葉は、中身はいさましかったが、実際口にだした声が弱々しく、いっそう寂しげに響いたものだった。やつはベッドの端に腰かけると、一息ついた。

「あの医者のやつ、やりやがった」とつぶやいた。「耳鳴りがしやがる、寝かしてくれ」

僕が手を貸すまでもなく、やつは元通り倒れこんでしまって、しばらく黙りこくっていた。

やっとのことで口を開くと、「ジム、今日あの船乗りを見ただろう?」といった。

「黒犬?」僕は尋ねた。

「あぁ! 黒犬だ」やつは答えた。「あいつは悪いやつだ。でもやつを仕向けたもっと悪いやつがいるんだ。さて、もしおれがどうやっても逃げられなくて、やつらがおれに黒点をつけたら、覚えておいてくれ、やつらが探してるのは、おれの船乗りの衣装箱なんだ。おまえは馬に乗るんだ、乗れるな、乗れるんだろう? よし、じゃあ馬に乗って、行くんだ。うん、そうだ、言っちまおう! あの永遠なる医者やろうの所に行くんだ。それで医者に言って人手を集めてもらって、判事だのそんなやつらだ、それで医者は、このベンボウ提督亭で全員をひっとらえてくれるだろう。全員っていうのは、生涯フリントの船の船員で、生き残りのやつらだ。おれは一等航海士だったんだ、おれはフリントの船の一等航海士だ。しかもあの場所を知ってる唯一の人間なんだぞ。フリント船長が、おれにサバンナで、そうだな、ちょうど今のおれみたいに死にかけている時に教えてくれたんだ。でもやつらが黒点をおれにつけるまで、告げ口に行くんじゃねえぞ。あとはな、おまえが黒犬をまた見るか、もしくは一本足の船乗りを見かけた時にだ、ジム、なによりやつなんだ」

「でも黒点ってなに、船長?」僕は尋ねた。

「それは呼出状なんだ、相棒。もしやつらがよこしたら、おまえに教えてやる。でもおまえも用心を怠るな、ジム。そうすれば、誓って、おまえと二人で山分けだ」

やつはもうしばらくとりとめのないことを言っていたが、声はだんだんと弱くなっていった。僕が薬を飲ませると、こんなことを言いながら「もし船乗りでちゃんと薬を飲むやつがいれば、それはおれぐらいなもんだな」子供みたいにそいつを飲んで、すぐにぐっすりと気絶したように眠りについたので、僕は部屋を離れた。そのとき何をすればよかったのか、僕はわからない。たぶん僕は先生になにもかも話しただろう、というのも船長がいろいろ僕に話したことを後悔して、僕を片付けたりしないか死ぬほどびくびくしていたから。でも実際にどうなったかといえば、僕の親父がその晩に本当に急に亡くなったので、他のことは何もかもそっちのけになってしまった。僕ら家族は涙にくれ、近所の人がお悔やみにきて、葬儀屋が手配され、その間すべての宿の仕事が僕の両肩にかかってきたのでとてもいそがしくて、船長のことを考えてる時間もましてや恐がったりする時間なんてこれっぽっちもなかった。

やつは確かに次の朝、一階に降りてきていつも通り食事をした。でもほとんど食べなかった。僕はびくびくしたが、いつもよりたくさんラムをがぶ飲みした。もう自分で酒場から、眉をひそめ、鼻をならしながらラムを持ち出してきたのだ。だれもあえてやつを止めようとはしなかった。葬式の前の晩には、やつはいつものように酔っぱらっていた。喪中の家でやつのだみ声で船乗り歌が響きわたるのを耳にするのは、ひどく不愉快なことだった。でもやつは弱っていたので、みんなやつが死ぬことも恐れていた。お医者さんも、僕の親父を看取ったあと、突然何マイルも先の患者のところまで出かけて行って、宿の近くにはいなかった。僕はやつが弱っているといったが、実際やつは元気をとりもどしているというよりはだんだん衰弱しているように見えた。階段を上ったり降りたり、ラウンジから酒場に行ったり、また戻ったりといったぐあいで、時折海のにおいをかごうと戸口から鼻をつきだして、壁に手をついて体を支えながら、まるで切り立った山に登る人のように深く激しく息をしていた。やつは格別、僕に話しかけはしなかったので、すっかりあの話を僕にしたことを忘れてしまったのだと思いこんでいた。やつの機嫌はいよいよ気まぐれになり、体が弱ってることを考え合わせると、以前よりもっと乱暴になっていたとさえ言えるだろう。酔っ払った時、やつはびっくりするような態度、短剣を抜いて、テーブルの自分の前に抜いたまま置いておくといったような態度をとったりもした。その他いろいろな態度、人のことは気にしなくなり、黙り込んで物思いにふけって、むしろぼんやりしているようにも見えた。例えば、一度は僕たちがとてもびっくりしたことに、以前とは違った風に歌を歌いはじめたことさえあった。その歌は、田舎の恋歌といったようなもので、海賊稼業を始める前の若い頃に習い覚えたものに違いない。

葬式の次の日には、こんな風に一日が過ぎていった。3時を回った頃は、身をさすように寒く霧がかかった、霜の降りた午後だったが、僕はドアの前に立ちつくし、親父のことで悲しい思いでいっぱいだった。その時、誰かが道をゆっくりとこちらにやってくるのが僕の目にはいった。その男はあきらかに目が見えないようだった。杖で道を探っていたし、目と鼻の上に大きな緑の覆いをつけていた。まるで年をとったせいか病気でそうなったようにせむしであり、大きな古ぼけたぼろきれのフードつきの船乗りのコートを着て、明らかにぶかっこうだった。僕はいままでこんなにひどい姿をみたことはない。その男は、うちの宿から少し離れたところで立ち止まると、自分の前に向かって、妙な一本調子の声を張り上げた。「だれか親切な人がいらっしゃったら、あわれなめくらに教えてくだされ。祖国を守る恵み深い戦いで大事な両目を失ったものです。ジョージ国王に恵みあれ! ここはどこ、どのあたりなんでしょうか?」

「ここは、ブラックヒル入り江のベンボウ提督亭だよ」と僕は声をかけた。

「聞こえました、若い人の声じゃな。手をかしてくださるかな、おやさしい若い人。手をひいてくだされ」とその男は答えた。

手をさしだすと、その瞬間、そのひどい姿の、ものやさしい話し方のめくらの男は、万力のような力で僕の手をしめつけた。僕はとてもびっくりしたので、手をひっこめようとしたが、そのめくらの男は手をさっと動かしただけで、自分の方へ僕をひきよせた。

「さて、ぼうや」その男は言った。「わしを船長のところへ連れていってもらおうかな」

「だんな、とてもそんなことはできないよ」と僕が言うと、「はぁ」とせせら笑い、「そうかい! すぐさま連れてくんだ、さもなくば腕をへし折るぞ」

そして言ったとおりに腕をぐいっとねじりあげたので、僕は悲鳴をあげた。

「ちがいます、僕はだんなのために言ってるんだよ。船長はすっかり変わっちゃってるんだ、短剣をぬいたまま座ってるし、別の人なんか、」

「行くんだ、さあ、連れて行け」その男は僕の言葉をさえぎった。僕は、そのめくらの男の声ほど残酷で冷たくひどい声は聞いたことがなかった。その声はさきほどの痛みよりずっと僕には脅しとなり、すぐに言うとおりにして、ドアから入ってまっすぐラウンジまで歩いていった。そこではあの病気の老海賊が座りこみ、ラムで酔っぱらっていた。めくらの男は、僕の手を鉄のようなこぶしで握り締め、支えきれないほど僕に寄りかかり、僕をぐっと引き寄せた。「やつのところまで、まっすぐ連れて行くんだ。やつがわしを見つけたら、“お友達ですよ、ビル”と叫ぶんだ」もしそうしなかったら、こうだぞ、と言って気絶するんじゃないかというほど強く引っ張った。そんなふうだったので僕はめくらのこじきにすっかりおびえて、船長の恐さなんて忘れてしまって、ラウンジのドアを開けた時、あの震える声で言いつけられたとおりの言葉を叫んだ。

かわいそうな船長は両目を開くと、ちらっと見ただけでラムが抜け、すっかりしらふになった。表情は恐怖のそれというよりは、臨終の間際のそれだった。船長は立ちあがろうと体を動かしたが、体にはそんな力が残っているようには見えなかった。

「さて、ビル、そこに座ってろ」こじきは一言そういうと、「目は見えんかもしれんが、指一本動かす音も聞こえるからな。情け容赦しないぞ。左手をあげるんだ、ぼうや、やつの左手の手首をつかんでわしの右手のところまで持ってくるんだ」

僕と船長は2人ともめくらの男のいいなりで、僕は杖を握っていた手の中からなにかを船長の手にわたして、船長がすぐにそれを握り締めるのを見た。

「さて、それだけだ」めくらの男はそう言って僕の手を離すと、信じられないほどの正確さとすばやさで、ラウンジを出て道へと駆け出して行った。僕はまだ身動き一つせずそこに立っていたが、杖の音がこつ、こつ、こつと遠くに離れて行くのが聞こえた。

僕と船長が、正気をとりもどすにはしばらく間があった。でもしまいには、僕がまだにぎっていた船長の手首をはなすのと同時に、船長は手をひっこめて手の中をにらみつけた。

「10時だと! まだ6時間ある。目にものをみせてくれるぞ」と叫ぶと、飛びあがった。

そうしたからだろうか、船長はふらつくとのどに手をあててしばらくよろめいていたが、それから変な声をあげたかと思うと、床に顔からばったり倒れた。

僕はすぐにかけよって、母親を呼んだ。でも急いでも無駄だった。船長は、卒中におそわれて既に亡くなっていた。考えてみれば不思議なことだが、僕はやつのことをこれっぽっちも好きだったことはなくて、最近かわいそうに思い始めていただけなのに、やつが死んだのを見た瞬間に、ぼろぼろ涙がでてきたのだった。これは僕の経験した二つめの死で、最初の死の悲しみが、まだ胸にうずいていた。


4 船乗りの衣装箱
僕は、もちろんすぐさま母親に僕の知ってることを全て打ち明けた。たぶんもっと前に打ち明けるべきだったんだろう。僕たちは、すぐに今の状況がきわめて困難かつ危険であることを悟った。やつがいくばくかの金をもっていたとしたら、それは間違いなく僕らのものである。でもあの船長の船乗りの知り合い、とりわけ僕がみたあの2人の、黒犬とめくらのこじきが、死んだやつの借金のかたとしてその戦利品を簡単にあきらめるなんてありそうにないことだった。船長の下した命令、馬にのってただちにリバシー先生のところへいくことは、母親を一人無防備なまま残すことになるので、論外だった。特に2人のうちどちらかでもこれ以上この家にとどまっているのは、無理というものだ。台所の火床では石炭が崩れ落ち、時計のチクタクという音がいよいよ鳴り響き、僕らはとても不安になった。僕らの耳には、家に誰かが近寄る足音が聞こえたような気がした。1階の船長の死体とあのいまわしいめくらのこじきが、まだそこら、ほんの近所をうろついていて今にも戻ってくるのではという考えが頭をかけめぐり、ことわざにあるように、恐怖のあまり飛び上がりそうになる始末だった。すぐにでもどうにか行動しなくてはならず、とうとう僕らは二人一緒に近くの村まで助けを求めにいくことにした。そう口にだすなり出発し、帽子もかぶらす、すぐさま暮れゆく夜の凍りつくような霧の中を急いだのだった。

近くの村は、となりの入り江の反対側にあったので目には入らなかったが、それほど遠いわけではなかった。あと僕にとってはほっとしたことに、村の方角はあのめくらの男が姿をあらわし、たぶん戻っていった方角の反対だった。村につくまではそれほど時間はかからなかったと思うが、時々立ち止まるとおたがいの手をしっかり握りしめ耳をすませた。でもかわった音は何一つ聞こえず、さざなみがひくく打ち寄せる音と森からは何かがガーガーと鳴きたてる声が聞こえてくるだけだった。

僕らが村についたのはすでに夕暮れ時だった。そしてどれほど窓やとびらから見える明かりをみてほっとしたことか、決して忘れることはないだろう。でも、すぐにわかったように、それが僕らがここで手に入れることができそうな唯一の助けだった。というのも、あなたもそう思うだろうが恥ずべきことで、僕ら2人と一緒にベンボウ提督亭に引き返そうとする者は一人としていなかったんだから。僕らが困っている話をすればするほど、いっそう村の人達は、男も女もそして子供も、自分の家にしがみつくありさまだった。フリント船長の名前は、僕にはなじみがなかったが、そこの人達にはきわめてよく知れ渡っており、恐怖の的だったのだ。その上さらに、ベンボウ提督亭の向こう側の農場で働いたことのある人のなかには、見知らぬものが数人、道をとおりかかるのを見かけて、密輸業者かと思って逃げだしてきたことを覚えていたものもいた。少なくとも一人は僕らがキットの穴と呼んでいた場所で、小さな船をみたということだった。さらに言うなら、フリント船長の仲間は誰でも、村の人から死ぬほど怖がられていたのだった。結局、別の方向のリバシー先生のところに行ってやろうという者は何人かいたが、僕たちが宿を守るのを助けようとしてくれる者は一人としていなかった。

村の人達は、臆病は人から人へうつるもんだなんて言っていたが、その反対に口だけは勇ましかった。めいめいが勝手にあれこれ言っていたが、そのとき母親がみんなに一席弁じたてた。私はこの父親をなくした子のものであるお金を失うつもりはないと。「もしあなたがたの誰一人としてやらないつもりなら、」と声を張り上げ、「ジムと私がやります、きた道をもどって、あなた方の図体だけ大きくておせっかいで臆病な人達にはつつましく感謝しましょうかね。もしそのために死ぬことになっても、あの衣装箱を開けます。クロッスリー夫人、このバッグをどうも、これに私たちの正当なお金を入れてきます」と言いきったのだった。

もちろん僕も母親と一緒に行くと言いはり、村の人は全員、僕らを向こう見ずで無茶だとわめきたてた。でもただの一人として、僕らといっしょに行こうと申し出るものはなかった。してくれたのはせいぜい、襲われたときのために僕に弾をこめたピストルをくれたことと、僕らが帰り道で追いかけられたときのために、鞍のついた馬を用意しようと約束してくれるくらいのものだった。そして、一人の若者が医者のところへ武装した援軍をたのみに馬ででかけることになった。

寒い夜の中へ危険な企てに二人で出発するとき、僕の心は打ち震えた。満月が昇り始め、霧の上から赤みを帯びた顔をのぞかせていた。だから僕たちは急がなきゃならなかった。というのも家に戻る前に、まるで昼間みたいに明るくなってしまうのは明らかだったから。そして僕たちの出発は、見張っているものがいればすぐに見つかってしまったことだろう。僕らは、垣根にそって音を立てないようにすばやく歩をすすめた。ほっとしたことにベンボウ提督亭の玄関に滑り込むまで、恐怖をかきたてるようなことは見聞きしなかった。

僕はすぐにかんぬきをかけ、そして2人でしばらく暗闇に立ちつくし、ぜーぜー息をした。その家に他にいるものといったら、船長の死体くらいのものだった。それから母親が酒場からろうそくをもってきて、お互いの手を握りしめながら、ラウンジに入っていった。やつは僕らが残してきたままの姿で、仰向けに倒れて、両目は開いたままで、片腕がだらんとのびていた。

「窓の日よけをおろして、ジム」母親がささやくようにいった。「あいつらがやってきて、外で見張ってるかもしれないから。それから、」僕がそうすると母親は続けた。「あれのカギを手に入れなきゃ、まったくさわりたくないわねぇ」と言いながらすすり泣いているようだった。

僕はすぐにひざまずいた。死体の手の近くで床の上に、片面が黒くぬられた丸い紙切れがあって、僕は黒点にちがいないと思った。拾い上げてみると、反対側にははっきりしたきれいな字で短く「10時までだ」と書かれていた。

「10時までだって、お母さん」と僕がいうと、ちょうどそのとき古時計が時を打ちはじめた。この突然の音でめんくらってしまったが、いい知らせだった。まだ6時だったのだ。

「さあ、ジム」母親が言った。「あれのカギを」

僕はポケットを次から次へと探ったが、小銭と指ぬき、それから大きな針と糸、端に噛んだ跡のあるねじりタバコ、曲がった柄のナイフ、小さいコンパス、そして火打ち箱がでてきたもの全てで、僕はあきらめてしまいそうになった。

「たぶん首にかけてるんだよ」母親が言った。

まったく気持ち悪いことだったが我慢して、シャツの首のところを引き裂くと、なるほど確かにタールまみれのひもでカギがぶら下がっており、僕はやつのナイフでひもを切り取ると、カギを手に入れた。上手く手に入れることができたので喜び勇んで、2階へかけあがり、すぐさまやつがずっと寝起きしていた小さな部屋にいくと、そこにはやつがこの宿にきた日からずっと置いてあるあの箱があった。

外見は普通の船乗りの衣装箱で、ふたのところにはイニシャルが“B ”と焼印されていた。そして箱の四隅は長い間ひどく扱われたせいか、いくぶんつぶれて壊れかけていた。

「カギをよこしなさい」母親が言った。カギはしっかりかかっていたが、こじあけると、あっという間にふたが開いた。

中からは、タバコとタールの強烈なにおいがした。だが上にはとても上品な服がひとそろいあるだけだった。ていねいにブラシがかかっていて折りたたまれていた。母親が言うには、身につけたようには見えないわねということだった。その下は、いろいろなものの寄せ集めだった。四分儀、ブリキの缶、タバコが何本かと、二つ一組のとても優雅な拳銃、銀の延べ棒、古いスペイン時計、その他ほとんど価値のないおそらく外国製のこまごまとした物、真鍮の土台の羅針盤1つ、それから5、6枚のめずらしい西インドの貝殻。それ以来よく思いをはせることがあるのだが、やつはいったいなんだって放浪の罪深いお尋ね者の生活で、この貝殻を持ち運ばなければならなかったのだろう。

そうこうしている中で、僕らが見つけた価値のあるものといったら銀とこまごまとしたものだったが、どちらも僕らが求めているものではなかった。さらにその下には、古いボート着があり、あちこちの港の潮で白くなっていた。母親はいらいらした様子でそれを引っ張りだすと、箱の一番最後のものが現れた。油布にくるまれた包みで書類みたいにみえるものと、持ち上げるとじゃらじゃら金の音のするズック袋だった。

「あの悪党どもに、私が正直者だってことを見せつけてやるよ」と母親は言った。
「取り分だけをもらうのよ、それ以上はびた一文だって。クロッスリー夫人のバッグをもってて」そして船乗りの袋から僕のもっているバッグに船長の勘定分を数えて移した。

それは時間がかかって大変な仕事だった。というのもいろいろな国やサイズの硬貨があって、ダブロン金貨、ルイ金貨、ギニー金貨そして八印銀貨、その上僕には何だかわからないものまで、全てがごちゃまぜになっていた。ギニーがどうやら一番少ないようだったが、母親がどうやら数えられるものといったらそれがせいぜいだった。

半分くらいやり終えた頃、僕はとつぜん母親の腕に自分の手をおいた。というのも静まり返った寒気の中から心臓が口から飛び出そうになるほど驚かせる音が、めくらの男の凍った道を杖でコツコツと鳴らす音が聞こえたからだった。その音はだんだん近づいてきて、僕らはただ息を殺して座っているだけだった。それから宿のドアをはげしく叩くと、取っ手をまわして、押し入ろうとしてかんぬきをがたがたいわせているのが聞こえてきた。それからしばらく家の中でも外でもなんの音もしなかったが、ついにコツコツという音がまた聞こえて、それがだんだん小さく遠くなり、とうとう聞こえなくなったときの喜びとうれしさといったら言い表しようもないほどだった。

「お母さん」僕は言った。「全部もっていこうよ」かんぬきがかかってたから怪しむに違いないし、大勢の敵が押しかけてくるだろう。でもかんぬきをかけたことをどれほど感謝したことだろう、あの恐ろしいめくらの男をみたことがないとそれはわかるまい。

でも母親は、僕と同じくらいびくびくはしていたが、自分の取り分以上はびた一文とらない意気込みはかわらなく、かといって少ないのもよしとはしなかった。まだ7時にもならないし、時間はたっぷりあると母親は言い張った。権利はあるのだからとにかくもらうの一点ばりだった。そんなふうに母親と僕が言い争っているときに、かなり離れた丘のほうから低い口笛の音が聞こえてきた。十分だった、僕と母親にとっては十分以上といえるほどだった。

「これだけ持ってくよ」母親は飛び上がるようにして立ち上がり言った。

「足りない分、僕がこれをもっていくよ」と僕は油布の包みを手にした。

すぐに僕たちは、ろうそくを空の衣装箱のそばに残して手探りで階下におりた。そしてドアをあけ、一目散に逃げ出した。もう少しで手遅れになるところだった。霧は急速に晴れ、すでに月が高台の両側をはっきりとてらしだしていた。ただその小さい谷の底だけに、宿屋のドアのまわりにはうすい霧のベールがまだ立ち込めて、僕らが逃げ出すのを隠してくれたのだった。村への道のりの半分も行かない内に、丘のふもとからほんの少し行ったところで、僕らは月の明かりの中を進んでいかなくてはならなくなった。そればかりではなく、何人かがこちらに走ってくる足音が僕らの耳にとどいた。そしてその方向を振り返ると、明かりが一つ前後にゆれながら急速にこちらに近づいてきて、新しくきたやつらのなかには明かりをもっているやつがいることがわかった。

「ジム」突然母親が口にした。「このお金をもって走っていっておくれ、わたしはもう気を失いそうだよ」

これでとうとう僕らは二人ともおしまいだと僕は思った。どれほど村の人の臆病さをのろったことだろう。母親の正直さと欲張りなこと、そしてさっきまでの頑固さと今の弱音をどれほど責めたてたことだろう。僕たちは、幸運にもちょうど小さな橋にさしかかっていた。そしてよろめく母親を助け、土手の端まで連れて行った。母親は、自分で言った通りため息を一つつくと同時に僕の肩に倒れこんだ。いったい全体どうしてあんなことができる力があったのかは分からない。たぶん手荒にやったんじゃないかと思うが、僕はどうにか母親を土手の下まで、橋の下に少し隠れるところまで引きずっていった。もっと引っ張っていこうとしたが、橋はとても低くて僕が腹ばいでその下に入り込むのが精一杯だった。そこで僕らはじっとしていなければならなかった。母親はほとんど全身が見えていたし、僕ら二人とも宿から声が届くくらい近いところにいたのだった。

5 めくらの男の最後
たぶん僕の好奇心が恐怖を感じる気持ちより強かったせいだろう。僕はそのままの位置にじっとしていられず、土手の方に這って戻っていったのだ。そこで頭をエニシダのしげみの影にかくせば、家の前の道をみはれるというわけだ。僕がその場所に行くか行かないかのうちに、7、8人の男が全速力で走って、歩調はてんでばらばらだったが、先頭にはランタンを持った男がやってきた。3人の男が手に手をとっており、霧が深かったが3人の真ん中の男がめくらのこじきだろうと当たりがついた。次の瞬間、その男の声がして、僕が正しかったことがわかった。

「ドアをたたきこわせ!」めくらのこじきはさけんだ。

「アイ、アイ、サー!」2、3人が答えて、ベンボウ提督亭に突進し、ランタンを持った男が後に続いた。それから僕はやつらが立ち止まって、なにやら低い声で話しているのが聞こえた。まるでドアが開いていたことに驚いたようだった。でも立ち止まったのは一瞬で、めくらの男が再び命令を下した。めくらの男の声は気がせいているのと怒りで非常に昂奮しているかのように、さっきよりいっそう大きく、高らかに響き渡った。

「中だ、中にはいるんだ!」そう叫ぶと、ぐずぐずしている連中に毒づいた。

4、5人の男がすぐにそれに従い、2人がその恐ろしいめくらの男と道に残った。しばらく間があって、それから驚きの叫び声がして、「ビルが死んでる」という声が家から聞こえた。

でもめくらの男は、再度ぐずぐずするなと連中にののしった。

「やつを調べろ、何人かでいいぞ、のろまなやろうども。残りは上だ、衣装箱を手に入れるんだ」

僕は、やつらが僕の家の古い階段をかけ上がる足音を聞いて、家全体がゆれているにちがいないやと思った。そのすぐ後に、新たな驚きの声があがった。船長の部屋の窓がバタンと開き、ガラスの割れる音がした。そして一人の男が月光の中に身を、頭と肩をのりだして、下の道にいるめくらのこじきにこう伝えた。「ピュー、先をこされた。だれかが衣装箱をすっかりひっくりかえしたんでさぁ」

「あるか?」ピューはさけんだ。

「金はあるよ」

めくらの男は、金なんかと毒づき、

「俺が言ってるのは、フリントの地図のことだ」と叫んだ。

「ここには見当たらないでさぁ」と2階の男は答え、

「おい、1階のやつら、ビルが身につけてないか?」とめくらの男がふたたび叫んだ。

別の男が、たぶん下に残って船長の体を探していたやつだろう、宿のドアのところまでやってきて、「だれかビルをしらべたあとですぜ、なにもありゃしません」と報告した。

「宿のやつらだ、あのこぞうだな。目をくりぬいときゃあよかった!」めくらの男、ピューはそうさけぶと、続けて「おれがさっき来た時は、ドアが閉まってたから、それほど遠くには行ってねぇだろう。さあ、おまえら、手分けしてあいつらを探すんだ」

「違いねぇ、ろうそくがここにあるし」2階の男もそう付け加えた。

「手分けしてあいつらを探せ! 家中ひっくりかえすんだ!」ピューは杖でなんども道を叩きながら繰り返した。

それから僕の古い家はめちゃくちゃな騒ぎだった。あちこちで大きな足音がひびき、家具はひっくりかえるわ、ドアは蹴破られるわ、近くの岩山までその音が響き渡るくらいだった。それから男たちは一人、また一人と外にでてきた。そして口々にあいつらはここにはいないですぜと報告した。ちょうどそのとき、死んだ船長の金を数えていた僕と母親をはっとさせたのと同じ口笛が夜の空にはっきりと響き渡り、それも今度は二回だった。僕はそれをめくらの男の甲高い声、いわば襲撃のために仲間を集める声かと思っていたが、今聞いてみると村の方角の丘のあたりからの合図らしかった。その合図を聞いた海賊たちの反応からすると、危険が近づいてるとでもいったような合図だったのだろう。

「またダークの合図だ、それも二回! ずらかったほうが良くねぇか、みんな」と男の一人が口にした。

「ずらかるだって、この臆病者!」ピューはどなりつけた。「ダークもだいたいからしてばかものだし、おまけに腰抜けときてる、やつにかまうんじゃねぇ。あいつらは近くにいるはずだ、それほど遠くにいけるはずがない。手のとどくところだぞ。手分けして探すんだ、おまえら! あぁ、なんてことだ、目が見えさえしたら!」めくらの男は叫んだ。

この言葉に奮い立ったようで、2人の男があたりの木の間をさがし始めたが、どうも気もそぞろといった感じだった。僕が思うに自分たちに危険が迫ってることが頭から離れないようだった。他の男たちときたら道でぐずぐずしている始末だった。「手の届くところに大金があるのに、このまぬけども、ぐずぐずするんじゃねぇ! 見つけたら王様ぐらい金持ちになるんだ、それがここにあるんだぞ。でもっておまえらは、そこでこそこそ突っ立ってるのか。だいたいおまえらのうち一人としてビルのところへ行かないもんだから、おれが行ったんだ、目が見えないにもかかわらずだ! おまえらのためにチャンスをのがすのか! おれは一文なしの、人にペコペコ頭を下げて、ラムをせびるこじきになるのか、馬車を乗りまわせるかもしれんのに! もしおまえらに虫けらほどの勇気でもありゃあ、もうあいつらを捕まえてるはずだぞ」

「やめとこうぜ、タブロン金貨を手に入れたことだし、ピュー」一人がそうつぶやくと、

「地図はあいつらが隠したかもしれないし、」と他の男も続けた。「ジョージ金貨を持ってこうぜ、ピュー、とにかくここで言い争ってる場合じゃあねぇ」

言い争うというのは言いえて妙だった。ピューの怒りはその言葉でいよいよ火に油を注がれたようになり、ついには完全に怒り狂って、右に左にあたりかまわず杖でなぐりつけた。殴られたものも一人ではすまなかった。

そして今度は、周りの男がピューにくってかかり、ひどくおどしつけて、しっかりにぎっている杖をうばおうとしたができなかった。

この争いが僕たちの救いとなって、そうこうしているうちに、村の方角の丘の頂上あたりから別の物音がして、それは馬の走る音だった。それと同時に、一発銃声が鳴り響いて、生垣のところでパッと火花が散った。危険の最後の合図としては十分すぎるほどのものだった。海賊たちはすぐさまきびすを返し、それぞれの方向にずらかった。あるものは入り江の海岸に、あるものは丘をななめにといった具合だった。30秒もしないうちに、ピューを残して誰一人いなくなってしまった。ピューは見捨てられた、単にパニックに陥ったからかもしれないし、ひどい事を言って杖で打ちつけたから仕返しされたのかもしれない。僕にはわからないが、とにかく置き去りにされて、狂ったように杖で道をさぐり、手探りで仲間の助けを求めていた。しまいには、間違った方角をむき、僕のほんのそばを通り過ぎて、村の方向へ「ジョニー、黒犬、ダーク」や他の名前を、「どうか年寄りのピューを見捨てないでおくれよ、仲間だろ、ピューを見捨てないでくれ」とさけびながら走っていった。

ちょうどそのとき、馬の音が大きくなって、4、5人の馬に乗った人が月明かりに姿を現し、全速力で坂を下ってきた。

ピューは自分が間違えたことに気づいて、悲鳴をあげて引き返したが、みぞに転がるようにしてはまり込んでしまった。でも再びすぐさま自分で立ち上がると、駆け出した。ただまったく混乱していて、駆けおりてくる馬のちょうどすぐ近くに飛び出してしまった。

馬に乗っていた人は、助けようとしたがだめだった。ピューは夜にひびきわたる甲高い悲鳴とともに倒れて、4つのひづめがピューをけって、はねとばし、通りすぎていった。ピューは横倒しになり、ゆっくりうつぶせになると、それ以上動くことはなかった。

僕は立ち上がると、馬の乗り手を呼び止めた。その人たちは事故にとても驚いていたが、とにかく立ち止まった。僕は、すぐにだれがやってきたのかがわかった。最後に姿を現したのが、村からリバシー先生のところに行ってくれた若者だったのだ。他の人たちは密輸の監視官で、若者と途中で出会って、機転をきかせすぐに一緒にとってかえしてくれたのだった。監督官のダンスさんは、キット入り江に小型の船がいると聞きつけてちょうどこちらに来るところだったみたいで、こうして僕と母親は命拾いしたのだった。

ピューは、完全に死んでいた。僕の母親は村まで運んでもらって、少しの冷たい水と塩ですぐに気がついた。だからといっていっこうに怖がるわけでもなく、金が足りないとぶつぶつこぼしていた。そうしている間にも、監督官は全速力でキット入り江に馬でかけつけたが、一行は馬からおりて手探りで馬を引きながら、ときにはささえて峡谷を下っていかなければならず、そして絶えず、待ち伏せにも気をくばらなければならなかった。だから入り江についたときには、小船がすでに出航していたのも、なんら驚くべきことではない。ただ小船はまだすぐ近くにいたので、監督官は船に向かってさけんだが、「月明かりの下でぐずぐずしてると、鉛玉をくらわせてやる」という声と同時に弾丸が監督官の腕をかすめていった。すぐに小船は岬をまわって姿を消してしまった。ダンスさんはそこに立っていて、言うには「丘にあがった魚みたいなもの」ということで、できるのはせいぜいブリストルに人をやって沿岸警備隊に警告するくらいということだった。「それも、なんにもしないのと同じことだな。やつらはすっかり逃げおおせたし、それで終わりだ」とダンスさんは言って、こう付け加えた。「ただ、ピューのやろうを踏みつけたのはよかった」このときまでには、僕の話を聞いて知っていたのだ。

ダンスさんといっしょにベンボウ提督亭にとってかえしたが、あれほどぐちゃぐちゃになった家というものがみなさんは想像できるだろうか。時計さえも母親とこの僕を怒りに任せて探すうちに、やつらが投げ飛ばしているありさまだった。そして実際には、船長の金の入った袋と引き出しからちょっとの銀を持っていかれただけだったが、僕はすぐに家はもう使えないということがわかった。ダンスさんも合点がいかないようだった。

「やつらは金を持ってったといったね? まあ、それはいい。ホーキンス君、その他に何を探していたんだろう? もっと金をか? 私が考えつくのはそれくらいだがな」

「違います、ダンスさん。金じゃないと思います」と僕は答えた。「本当は、僕が胸ポケットに持っているものだと思うんですが...本当のことを言えばこれを安全なところに隠しておきたいんです」

「そうだな、その通りだ」ダンスさんは言った。「よければ私があずかるが」

「リバシー先生に...」と僕が言うと、

「それがいい」ダンスさんは全然機嫌をそこねた風ではなく僕の言葉をさえぎると、「それがいいよ。紳士で、治安判事だしな。私も今思いついたが、リバシー先生か大地主さんのところまで行って、自分でちゃんと報告しておかないとな。ピューが死んで、すべてが終ったことだし。ただそれを残念には思わんがな。ともかく君も見たとおり、やつは死んだ。国王陛下の役人を非難する人もいるかもしれんし、もしできればだけどな。さてホーキンス君、もしよければ一緒に連れて行ってやるよ」

僕はダンスさんに心からお礼をいった。そして馬が置いてある村へ歩いて一緒にもどると、僕が母親にどうするかを話している頃には、みんな馬にまたがっていた。

「ドガー」ダンスさんが言った。「おまえの馬はいい馬だ、この子をおまえの後ろに乗せてやれ」

僕がまたがって、ドガーさんのベルトにつかまるとすぐに、監督官は号令をかけ、一行はリバシー先生の家に馬で急いだ。

6 船長の地図
僕たちはリバシーさんの家まで馬を走らせ、玄関にたどりついた。表からみると家はまっ暗だった。ダンスさんは、僕に馬をおりてドアをノックするようにといったので、ドガーさんがあぶみを差し出してくれて僕は馬を下りた。それと同時に玄関が開き、メイドが顔をだした。

「リバシー先生はいますか?」と僕は尋ねたが、いいえというのがメイドの答えで、午後に先生は帰宅しましたけれど、大地主さんの家に夕食に呼ばれて、今晩はそこで過ごしているということだった。

「では、そこへ行くとしよう、さぁ」とダンスさんは言った。

今度はすぐ近くだったので僕は馬にも乗らず、ドガーさんのあぶみにつかまりながら走り、門番の小屋のところまで行った。すっかり葉が散っていて、月明かりに照らされている長い並木道を上っていくと、古くて立派な庭の両側に屋敷の白い輪郭が見えるところまでやってきた。そこでダンスさんも馬をおり僕を一緒に連れて、ひとこと断ると家の中に通された。

召使が先導し、僕らはマットが敷いてある廊下を歩き、つきあたりの大きな書斎に案内された。そこには書棚がならんでいて、その上には胸像がおいてあり、大地主さんとリバシー先生はパイプを手にして暖炉の両脇に腰かけていた。

僕は、そのときまで大地主さんをそんな近くで見たことはなかった。大地主さんは背の高い人で6フィート以上あり、相応に肩幅がひろく、ぶっきらぼうで無骨な顔立ちをしており、長い旅行を重ねたためすっかり荒れた、赤茶けてしわだらけの顔をしていた。まゆげはまっくろで、よく動いていた。そのために機嫌がわるいというのではないけれど、いくぶん短気で怒りっぽいようにもみえた。

「お入り、ダンス君」と大地主さんが堂々として、ていねいにこういうと、先生も「こんばんは、ダンス君」と言ってうなずいた。
「こんばんは、ジム君。ここにくるなんてどういう風のふきまわしだい?」

監察官はピンとまっすぐ立つと、授業でもするかのように話を始めた。2人の紳士が身を乗り出しお互いに見つめあいながら、驚きと興味のあまりタバコを吸うことも忘れている姿がどんなふうだったか、みなさんにお見せしたかったくらいだ。2人が僕の母親がどうやって宿屋に引き返したかを聞いたとき、リバシー先生は腿をパンと打ち、大地主さんは「偉いぞ!」と叫び、長いパイプを暖炉にぶつけて壊してしまった。話し終わるずっと前から、トレローニーさんは(おぼえているだろうか、それは大地主さんの名前だ)立ち上がって、部屋を大またで歩き回っていた。そして先生はもっとよく聞こうとでもするかのように髪粉をつけたかつらをはずして座り込んでいたが、短く刈り込んだ黒い頭はとても奇妙に見えたものだった。

とうとうダンスさんは話し終えた。

「ダンス君」大地主さんは言った。「君は見上げた男だよ。あの腹黒いたちの悪い悪党を馬で踏みつけたことについて言えば、ゴキブリを踏みつぶすような善行と考えていいと思うな。ホーキンズ君も大手柄だ。ホーキンズ君、ベルをならしてくれるかな? ダンス君はビールを飲まなきゃいかん」

「そしてジム君」先生は言った。「君はやつらが捜し求めてたものをもってるんだね、そうだろう?」

「ええ、ここにあります」と僕は言って、油布の包みを先生に渡した。

先生はそれをよく調べると、先生の指はそれを開けたくてうずうずしているようだったが、開ける代わりにコートのポケットに静かにしまいこんだ。

「大地主さん」先生は言った。「ダンス君がビールを飲み終わったら、もちろん陛下のために働くため席をはずさなきゃなりません。でもジムはここにおいて、家に泊めてやろうと思うんです。お許しねがえるなら、冷たいパイをとりよせてジムに夕食をとらせてやりたいんですが」

「どうぞ、リバシーさん」大地主さんはそういうと、「ホーキンズ君は、冷たいパイよりずっとすごいものを手に入れたんだしな」と続けた。

そして大きな鳩みたいなパイが運ばれてきて、僕は鷹みたいに腹を空かせていたので心ゆくまで食事をした。その間ダンスさんはいろいろ誉められて、そして退席した。

「さて、大地主さん」先生は言った。「さて、リバシーさん」大地主さんも同時に口を開いた。

「一人ずつ、一人ずつ」リバシー先生は笑いながら言った。

「フリントのことは聞いたことがあるだろうねぇ」「フリントのことを聞いたことがあるかだって!」大地主さんが叫んだ。「聞いたことがあるかって言いましたな! やつほど残虐無比な海賊はいませんぜ。黒ひげでさえフリントに比べれば子供みたいなもんだ。スペイン人のやつらときたらあんまりやつを恐れるもんで、正直な話、私はフリントがイギリス人なのを自慢したこともあったくらいだ。実際私はこの目でフリントのトップセイル(トップマストの帆)をみたことがあるんだ、トリニダードの沖合いでね。私の乗ってた船の、あのラムばかりあおっていた臆病者の船長が逃げ出したんだ、そう、ポートオブスペインにね」

「そう、私もイギリスで彼のことは耳にしましたぞ」先生は言った。「ただ肝心なのは、やつが金をもっていたかどうかですな?」

「金だって!」大地主さんは叫んだ。「話をちゃんと聞いてなかったな? あの悪党どもが探し回っているのが金じゃないなら何なんだい? やつらが金以外のなにを欲しがるというんだ? やつらが金以外のいったい何のために、自分の身を危険にさらすもんかい?」

「すぐにわかりますよ」先生は答えた。「でもそんなにひどく興奮して大声をだされるようだと、一言もいえやしませんよ。私が知りたいのはこういうことです。私のいまこのポケットにあるものが、フリントが宝物を埋めた場所への手がかりだとしたら、その宝物はすごいものでしょうかな?」

「そりゃあ!」大地主さんは叫ぶと、こう続けた。「そうですな、あなたが言うとおりの手がかりがあるなら、わたしはブリストルの波止場で船を見つけてきて、あなたとこのホーキンズ君と一緒にいきますぞ。一年がかりでもその宝物を手に入れますよ。そう、それくらいの価値は十分にあるでしょうよ」

「よろしい」先生は続けた。「では、ジム君が賛成してくれるなら、この包みをあけてみることにしましょう」と包みをテーブルの上に置いた。

包みは縫いつけられていたので、先生は自分の医療箱を取りだしてきて、医療用のはさみで縫い目を切らなければならなかった。中には2つのものが入っていて、1冊の帳簿と、一枚の封をした紙があった。

「まず帳簿を調べてみよう」先生はそう言った。

大地主さんと僕は、先生の肩ごしに帳簿を開くのをみていた。リバシー先生は親切に僕にも食事をしていたサイドテーブルからこちらへくるように手招きしてくれたので、僕もそれを調べる楽しみに加わることができたのだ。最初のページには、ペンを手にした人が試し書きでもしたような殴り書きがあるだけだった。その一つはあの入れ墨と同じ「ビリーボーンズのお気に入り」というものだったし、「W・ボーンズ氏、船乗り」、「ラムはけっこう」、「パルムキーの沖でそれを手に入れた」とかそんな殴り書きが、ほとんどは単語ではっきりしない文字が書かれていた。僕は「それを手に入れた」というのは誰がなのかとか、手に入れた「それ」とは何なのか、不審に思わずにはいられなかった。背中にナイフでもくらったとかそんなことなんだろう。

「ここにはたいした手がかりはないな」リバシー先生はページを送りながらそう言った。

次の10 ~12ぺージは奇妙な書き込みで埋めつくされていた。行の端に日付があり、もう一方の端に金額があるのは普通の会計の帳簿と同じだったが、2つの間には説明書きのかわりにただ十字のしるしがそれぞれの行に違った数記入されているだけだった。例えば、1745年の6月12日には明らかに70ポンドを誰かに支払っていたが、その理由を説明しているのは6つの十字だけだった。確かに場所の名前を「カラカッサ沖」とか、単に緯度経度が62度17分20秒、19度2分40秒といったぐあいに書いてあるところもあった。記録はおおよそ20年をこえるくらいも続いていて、金額の合計は年を経るにつれだんだん大きくなっていき、ついには総合計が5、6回も間違って合計されたあげくにはじき出されていて、「ボーンズ、その財産」となっていた。

「まったく訳がわからんな」と先生が言うと、

「きわめて明らかじゃないか」大地主さんは叫んで、「これはあの悪魔のような犬畜生の会計簿ですよ。この十字のしるしはやつらが沈めたり、略奪した船や町の名前を示しているんでしょう。金額があの悪いやつの取り分で、あいまいかもしれないと思ったところに、あんたも見たようにはっきりと書き加えているんですな、“カラカッサ沖”とか。つまりその沖合いで海賊どもが横付けした不幸な船が何艘があって、乗ってた人の骨はかわいそうにずっと昔にさんごにでもなってるかな、冥福を祈るよ(訳注1-1 )」

「その通りだ!」先生は言った。「やっぱり旅行家たるものは違うなぁ。その通りだ! 金額が増えているのは、そう、やつが偉くなるにつれてなんだ」

後はその冊子の最後の数ページの白紙にいくつかの場所の方角と、フランスとイギリスとスペインの換算表が書いてあるくらいのものだった。

「しっかりした男だ!」先生は叫んだ。「だまされるような男じゃないな」

「さて」大地主は言った。「もう一つだ」

その紙は何ヶ所も指貫で封印がされていた。たぶん僕が船長のポケットで見つけたあの指貫だ。先生はとても注意深く封を開けると、島の地図が出てきて、緯度経度と、水深、丘や湾そして入り江の名前があり、船が安全にその岸の停泊所に入港するのに必要な点がすべて記入されていた。縦に9マイル横に5マイルほどで、その形は、こう言えるかもしれない、太った竜が立ち上がっているような形だと。2つの陸に囲まれた良港があり、中央には「望遠鏡」という名前の丘が一つあった。その後の日付でもいくつかの追記があったが、結局、赤いインクで3つの十字が、2つは島の北の方に、1つが南西の方に記されていた。南西の方のしるしの側には、同じ赤いインクだが、小さなきちんとした字で、船長のよろめいた字とは似ても似つかない文字でこう書かれていた。「宝物の大部分はここに」

裏にも同じ筆跡でより詳しいことが書かれていた。

北北東より1ポイント(訳注1-2)北の、望遠鏡の丘の肩の部分、高い木
どくろの島の東南東より東10フィート
銀の延べ棒が北の隠し場所。
東の小高い丘の傾斜面で、10尋(ひろ:手をひろげた大きさ)南の黒いごつごつした
岩に面したところで見つかるだろう。
武器はすぐにも見つかる。北の入り江の岬の北方の、東から四分の一北の砂丘にある。
J・F

以上で、短いけれども僕にはなんのことやらさっぱり分からなかったが、大地主さんとリバシー先生ときたら大喜びだった。

「リバシーさん」大地主さんが言った。「君はその惨めな仕事をさっさとやめるんだね。私は明日ブリストルに行く。三週間のうちに、三週間! いや二週間、いや十日だ。われわれはイギリスで最上の船で、とっておきの船員を手にいれるんだ。ホーキンズ君も客室のボーイとして一緒にくるんだ。ホーキンズ君、君はすてきなボーイになるよ。リバシーさんは船医だ、私は提督だな。レッドルースとジョイス、それからハンターも連れて行こう。順風満帆で、その場所も簡単にみつかるさ。そしてそれから後は、食べて、贅沢にくらして、湯水のように使えるくらいの金を手に入れるんだ」

「トレローニーさん」先生は言った。「ご一緒しますよ。ジムも行くことは請合いましょう。この冒険の名誉を担うでしょう。でもたった一人だけ心配な人がいるんですよ」

「だれだい?」大地主さんはさけんだ。「そいつの名前をいいたまえ、君!」

「あなたですよ」先生は答えた。「あなたは黙っていられないお人だから。この紙のことを知っているのは、私たちだけではないんです。今晩あの宿を襲ったやつら、乱暴な手におえないやつらですよ。たしかにあの小船に残っていたやつらも、それから言っておきますが、それほど遠くにいないやつらも一人残らず、なにがあろうと、その金を手に入れようとするでしょう。海にでるまでは、誰も離れちゃいけません。ジムと私は、それまで一緒にいましょう。あなたはジョイスとハンターと一緒にブリストルに行って下さい。最初から最後まで私たちの誰一人として、見つけたものについて一言でももらしちゃいけません」

「リバシーさん」大地主さんは答えた。「あなたのいうことはいつも正しい。わたしは墓場のように静かにしてることにするよ」

訳注1-1 God help the poor souls that manned her--coral long ago は、THETEMPEST シェークスピア「あらし」のARIEL'S SONG Full fathom five thy fatherlies;Of hisbones are coral made; Those are pearls that were his eyes;を踏まえているとの指摘あり。でもcoral だけじゃない一緒なの。せめてpearl もあるとか。まあ、船も沈むけど(ARIELのおこした)嵐で沈むのと海賊の襲撃で沈むのもずいぶん違うと思うけどなぁ。でも「あらし」もおもしろい物語だしいいでしょう。「骨が~さんごになる」くらいにしときます。

訳注1-2 (方位上の)点,ポイント:羅針盤の360°を32等分したものの一つ(11°15′)

二部 船の料理番
7 僕はブリストルへ
僕らが航海へでる準備が整うまでには、大地主さんが予想したよりずっと時間がかかった。僕たちが最初にたてた計画は、リバシー先生の計画、僕をずっとそばに置いておくというものさえもその通り実行できなかった。先生は自分の代わりになる医者を探しに、ロンドンに行かなければならなかったのだ。大地主さんはブリストルで大忙しだったし、僕は狩猟番のレッドルース爺さんの命令の下、屋敷でほとんど囚人のような暮らしを送っていた。でも航海の夢、まだ見たこともない島々、冒険のことを想像すると胸がいっぱいだった。僕は何時間もあの地図のことを考えてすごし、地図の細かい所にいたるまですっかり覚えてしまった。使用人の部屋の暖炉の側に座って、僕は空想の中でありとあらゆる方向からその島に近づいたものだった。僕はその島の表面をくまなく調査して、望遠鏡山という名前のあの高い山へは千回ほども登ったろうか、その頂上からの眺めはすばらしいもので、さまざまに移り変わってとても楽しめた。ときには島には野蛮人がいっぱいで、僕らは勇敢に戦った。ときには危険な獣たちがたくさんいて、獣たちは僕らを追いかけてきた。でもどれほど僕が想像しても、実際の冒険でおこったほど奇妙で痛ましいことはこれっぽっちも思いつかなかったものだ。

何週間もすぎたある日、一通の手紙がリバシー先生宛に届き、その手紙には「リバシー先生が不在のときには、トム・レッドルースもしくはホーキンズ少年が開封のこと」と付箋がついていた。それに従って、僕らは、というより僕は(というのも狩猟番は、印刷されたもの以外はあまり上手く読めなかったのだ)次の通りの重大な知らせを受け取った。

17XX年3月1日 ブリストルの古錨亭にて

リバシーさん、私はあなたが屋敷におられるか、まだロンドンなのか分からないので、両方にこの手紙を送付します。
船は購入済みで、準備万端です。いつでも海にでられる状態で、停泊しています。これほどのスクーナー船だとはあなたも思いますまい。子供にでも操縦できるほどで、200トン、名前はヒスパニオーラ。私の古くからの友人、ブランドリーからこの船を手に入れました。彼は本当におどろくほどいいやつだってことが分かりました。この感心な男は、私のために文字どおり身を粉にして働いてくれたんです。というか、ブリストルの誰もが私のために働いてくれたと言っていいでしょう。我々の目指している港、つまり宝物のことですな、のことをかぎつけるやいなやね。

「レッドルースさん、」と僕は手紙を中断して言った。「リバシー先生はこういうことは喜ばないと思うな。結局、大地主さんときたらしゃべっちゃうんだもの」

「でも、他にいい人がいるか?」狩猟番はうなるようにまくしたてた。「大地主さんがリバシー先生に言われたからって話もできないんじゃ、いいとこなしじゃねぇか、と俺は思う」

こう言われて、僕は口をはさむのを一切やめて、ただ手紙を読みすすめることにした。

ブランドリーが自分でヒスパニオーラ号をみつけて、卓越した手腕でとても安く手に入れてくれました。ブリストルでは、ブランドリーのことをひどく中傷するやからもいます。やつらは、あの正直な男をつかまえて、金のためにしか働かないやつだとか、ヒスパニオーラ号はもともとやつの持ち物で、それを私にまったくの高値で売りつけたんだ、とさえいったもんですよ。まったく見えすいた嘘ですがね。ただ、だれもこの船がすばらしいことには、けちはつけられんでしょう。なにひとつ滞っていることはありません。確かに、船の整備工やなんやらの労働者たちが、いらいらさせるほど仕事が遅いんですが、時が解決してくれました。私の悩みは船員です。私は、原住民や海賊、あの憎むべきフランス人に備えてちょうど20人はほしいと思っていましたが、6人ほど見つけるのにさえ、四苦八苦するありさまでした。ただまったくの幸運にめぐまれ、私のまさに求めている男にめぐりあったのです。私は波止場に立っていたのですが、その時、ほんの偶然から、その男と口をきくようになりました。私はその男が老水夫で、酒場をやっており、ブリストルの水夫という水夫がみな知りあいであるということを知りました。彼は陸で健康を害したので、料理番の職でまた海へ出たいと思っているということで、その朝は波止場まで潮の香りをかぎに、足を引きずってきたということでした。私はまったく心を打たれてしまいました。もしあなたでもそうしたでしょうが、まったくかわいそうに思って、その場で船の料理番として雇い入れました。ロング・ジョン・シルバーという名前で、片足をなくしているのです。ただ私はそれをむしろ推薦状だと見なしています。というのも、あの不朽の名声をほこるホークの下でお国のために働いて、片足をなくしたのですから。でも年金をもらってないんですぞ、リバシーさん。いやはや、われわれはまったくなんてひどい時代に生きてることでしょう!
さて、きみ、私は料理番を一人確保したぞと思っていたのですが、なんと乗組員全員をみつけだしていたのです。シルバーと私で、数日でこのうえなく頑強で老練な水夫の一団を確保しました。見た目は好ましいとはいいがたいですが、やつらの面構えといったら不屈の精神そのものといったぐあいです。フリゲート艦とでさえ戦えますよ。ロング・ジョンは、私が雇い入れた6、7人のなかから2人を解雇さえしてくれたんです。彼は、すぐさまその2人が大事な冒険では避けなければならない新米ののろまだってことを私に教えてくれました。
私は心も体もすばらしく充実していて、牡牛のように食い、丸太のように寝ていますが、わが水夫たちがキャプスタンのまわりを回っている足音を聞くまでは、少しも楽しむ気持ちにはなれやしません。さぁ、海へ。宝物なんてどうでもいい! 海の輝きこそが私をのぼせ上がらせてるんです。さあ、リバシーさん、急いで来て下さい。もし私のことを尊敬しているなら、1時間たりとも無駄にしないでください。ホーキンズ少年は、レッドルースを護衛にして、すぐに母親のところにやってください。それから大急ぎで2人をブリストルへよこしてください。

ジョン・トレローニー

追伸
書きもらしたが、ブランドリーは我々が8月の終わりまでに戻らない場合、われわれを追って船をだすつもりだということでした。おまけに船長としてすばらしい人を見つけてきてくれました。型苦しい人なのが残念ですが、その他のあらゆる点で掘り出し物です。ロング・ジョン・シルバーは、航海士としてまさに適任の男、アローという名前の男を見つけ出してくれました。号笛をふく水夫長もいます、リバシーさん。ヒスパニオーラ号では、物事は全て軍隊式にやりましょう。シルバーが資産家であることも書き忘れていました。私が知る限りでは、彼は借り越したことがない銀行口座をもっています。宿屋は奥さんにまかせるみたいです。そして奥さんは黒人なので、あなたや私のような独身者が勘ぐるのを許してもらえれば、彼が海へもどるのは健康のためばかりではないということだろうかね。

J・T

追追伸
ホーキンス君を一晩母親の所に泊まらせてやりたまえ。

J・T

この手紙が僕をどれほど興奮させたか想像できるだろうか。僕はうれしさのあまり我を忘れるありさまだった。そして僕が人を軽蔑したことがあるとすれば、このときぶつぶつ不平をいって不運を嘆いているばかりのトム・レッドルース爺さんに他ならない。狩猟番の下働きのだれでも喜んで、彼と立場を交換したことだろう。でもそれでは大地主さんが喜ばず、大地主さんが喜ぶことこそが、そのまま彼ら全員の間の法律のようなものなのだった。レッドルース爺さん以外は、あえてぶつぶつ言ったりするものさえいなかったことだろう。

翌朝、レッドルース爺さんと僕は徒歩でベンボウ提督亭に出発した。そして僕は母親が健康で元気であることをこの目で確認した。長いあいだ悩みの種だった船長も、悪人でもトラブルを起こさないようなところへ行ってしまったし、大地主さんが宿の全てを修繕してくれていて、ラウンジや看板も塗りなおされていた。いくつか家具が加わっていて、おまけに母親のために美しいひじかけ椅子が一脚、酒場に備え付けられていた。大地主さんは、僕が不在の間母親に手助けが必要ないように、男の子を一人見習として見つけておいてさえくれたのだった。

その男の子をみたとき、僕は初めて自分の置かれた立場に思い当たった。そのときまで、僕は自分の前に広がる冒険のことばかりを考えていて、後に残して行くわが家のことなんてこれっぽっちも考えちゃいなかった。そして今、この気のきかないよそ者がここ、母親のそばの、元に僕がいた場所にいることになるのをみて、僕ははじめて涙がこみあげてきた。僕はこの男の子にきびしくあたったかもしれない。というのもその男の子は仕事になれていなかったし、僕は何百回となくその子の行動を正しては叱りつけたからだ。そして僕はそういうことにすばやく目をつけるほうだった。

一晩があけ、次の日の夕食後、レッドルース爺さんと僕は再び徒歩で帰路についた。母親にさようならをいい、生まれてこのかたずっと過ごしてきた入り江や、なつかしきベンボウ提督亭に別れを告げた。まあ、ベンボウ提督亭は塗りなおされていたから、そうなつかしいと言うほどでもなかったが。最後に一つ考えたのは、船長のことだった。船長は、つばが上に曲がった帽子をかぶり、頬には刀傷があり、あの古い真鍮の望遠鏡をかかえ、よく砂浜を闊歩していたものだった。そして僕らは角をまがり、わが家は視界から消えた。

日が暮れる頃には、僕たちはヒースの荒野にあるジョージ国王亭で郵便馬車に乗り込んだ。僕はレッドルース爺さんとかっぷくのいい老紳士の間に押し込められた。馬車はかなり早く走っていて、夜気は冷ややかだったにもかかわらず、乗り込んだ当初からすぐにうとうとしはじめたようだ。そして山を越え谷をわたり、宿駅から宿駅に行くあいだぐっすり眠りこけていた。というのもわき腹をひじでつつかれて、ようやく目がさめたくらいだった。目を開けると、街の通りの大きなビルの前にいて、すでに夜はすっかり明けていた。

「どこにいるの?」と僕が聞くと、「ブリストルだ、」とトムは答えて「降りるんだ」と続けた。

トレローニーさんはスクーナー船での仕事の監督をするために、波止場から少し離れた宿に居をかまえていた。そこまで僕らは歩いて行かなければならなかったが、とてもうれしかったことに、波止場にはさまざまな大きさのいろいろな装備をつけた各国の船がたくさん停泊していた。その一つでは、水夫達が働きながら歌い、他の船では、僕の頭上はるか高くにたくさんの男たちがいて、くもの糸ほどにも見える細いなわにぶらさがっていた。僕は生まれてこの方ずっと海辺で育ってきたけれど、これまで本当に海の近くにはいなかった気さえするほどだった。タールと潮の香りさえなにかが違っていた。僕は、はるか海を越えてやってきたさまざまなすばらしい船首像を目にした。その上多くの老水兵が耳にわっかをして、ほおひげをカールして巻き毛にしたり、タールまみれの弁髪をして、肩で風をきり不恰好な水兵歩きをしていた。もし僕がこんなにたくさんの王様や大僧正をみたとしても、これほど大喜びはしなかっただろう。

そして僕は出航するのだ。スクーナーに乗り込んで海へ、号笛をならす水夫長や歌を歌う弁髪の水夫たちと一緒に、海へ出るんだ。見知らぬ島に上陸して、埋められている宝物をさがすんだ!

僕がまだこうした楽しい夢にひたっているあいだに、僕たちは突然大きな宿の前にでてきて、大地主のトレローニーさんと出くわした。上から下まで高級船員のような服装をして、丈夫な青い服をきて顔に笑みを浮かべ、水夫の歩き方を立派に真似しながらドアから出てくるところだった。

「やってきたな、」大地主さんは叫んだ。「先生も昨晩ロンドンからやってきたよ。ブラボー! 勢ぞろいだ!」

「えぇ、」僕も叫んだ。「で、いつ出航ですか?」

「出航!」大地主さんは言った。「明日出航だよ!」

8 望遠鏡屋の看板
僕が朝食をすませると、大地主さんは僕に望遠鏡屋にいるジョン・シルバーにあてたメモを手渡した。そして望遠鏡屋は波止場ぞいに歩いて、大きな真鍮製の望遠鏡の看板がある小さな居酒屋によく注意していけばわけなく見つかると言ってくれた。僕は出かけて、もっと船や船員がみられることに大喜びで、大勢の人や荷馬車や荷物が行きかう中を歩いて行った。波止場は今が一番忙しい時で大賑わいだったが、僕はその居酒屋にすぐにたどり着いた。

それは狭いながらも、なかなか明るい感じの居酒屋だった。看板は真新しいもので、窓には清潔そうな赤いカーテンがかかっており、床にはきれいに砂がまかれていた。店の両側に道がありどちらもドアが開け放してあったので、タバコの煙でもうもうとしていたにもかかわらず、広くて天井が高いその店の中はなかなか見とおしがきいた。

お客はたいがい船乗りで声高に話していて、僕は入るのが怖くて入り口でためらっていたぐらいだった。

僕がぐずぐずしている間、一人の男が横の部屋からでてきた。一目みて、僕は彼がロング・ジョンに違いないとわかった。その左足はほぼ根元からなくなっていて、左脇に松葉杖をかかえ、おどろくほど器用にそれをつかいこなし、小鳥のように軽やかにぴょんぴょんと歩き回っていた。とても背が高くがっしりした男で、そのハムみたいに大きな顔は、醜く青白かったが、知性がうかがえ微笑を浮かべていた。かなり機嫌がいいみたいで、テーブルの周りを歩き回りながら口笛をふき、お客をもっと楽しませるように陽気な言葉をかけたり、肩をぽんとたたいたりしていた。

さて正直いって、僕は最初に大地主のトレローニーさんの手紙でロング・ジョンのことを読んだときから、彼こそが僕がベンボウ亭であれほど長く見張っていたあの一本足の男ではないだろうかと心の中で恐れを抱いていたものだ。しかし一目みただけで、十分だった。僕は船長のことも見てきたし、黒犬もそしてめくらの男ピューのことも見た。僕は、海賊というものはどういうものか分かっていると思っていたのだ。僕にしてみれば、海賊はこのこぎれいな快活な店の主人とはぜんぜん違うようなやつらなのだ。

僕はすぐに勇気をふりしぼって、敷居をまたぎ、まっすぐその男のところへ歩いて行った。彼はそこで松葉杖にもたれて、一人のお客と話しこんでいた。

「シルバーさんですか?」ぼくはメモをさしだしながら尋ねた。

「あぁ、ぼうや」とシルバーはいうと、「いかにもわしの名だ、ところでぼうやは誰かな?」大地主さんのメモを見ると、僕には彼がすこしびくっとしたように思えた。

「あぁ!」シルバーはとても大きな声で、手をさしだしながらこう続けた。「そうかい、君が新しいボーイというわけだ。君にあえてうれしいよ」

そしてシルバーは、僕の手を大きくてしっかりした手でにぎりしめた。

ちょうどそのとき、遠くの方にいた客の一人がとつぜん立ちあがり、ドアの方へと向かった。ドアはすぐそばで、すぐに道へと出て行ってしまった。でも急いでいるようすが僕の注意をひき、すぐにその男がだれだかわかった。その蝋のような顔色の2本指が欠けていた男こそ、最初にベンボウ提督亭にやってきた男だった。

「あっ、」僕はさけんだ。「やつをつかまえて! 黒犬だよ!」

「誰だろうとかまいやしないが、」シルバーもさけんだ。「やつは勘定をはらっちゃいない。ハリー、行ってつかまえてこい」

ドアのすぐ近くにいた男の一人が立ちあがり、後を追いかけていった。

「やつがホーク提督だろうと、勘定ははらわせてやるぞ」シルバーはどなりつけ、それから僕の手を放すと「やつが誰だっていったかな?」と尋ねた。「黒、なんだって?」

「犬、です」僕は答えた。「トレローニーさんが、あなたにその海賊たちについては話しませんでしたか? やつはその一味なんです」

「なんだって?」シルバーは大きな声をだした。「わしの店にねぇ! ベン、行ってハリーを手伝って来い。やつらの一味だって、やつが? モーガン、おまえはやつと飲んじゃいなかったか? ちょっとここへこい」

モーガンと呼ばれた男が、年をとった白髪まじりの、赤褐色の顔色をした水夫だったが、かみタバコをかみながら、ずいぶんおどおどして前へでてきた。

「さぁ、モーガン」ロング・ジョンはとても厳しく問い詰めた。「おまえはあの黒、黒犬とかいうやつを前にみたことはねぇよな、そうだな?」

「へぇ、その通りです」モーガンはそういって、お辞儀をした。

「やつの名前も知らなかった、そうだな?」

「へぇ」

「神に誓って、トム・モーガン、お前にとってよかったぞ!」店主は声を大きくした。「もしおまえがあんなやつらとつきあってるようだと、一歩たりともこの酒場に足を踏み入れられねぇところだったぞ、まちがいなくな。おい、いったいやつはお前に何をいってたんだ?」

「よくはわからねぇんで」モーガンはそう答えた。

「おまえの首の上にのってるは頭か? それともしょうがない三つ目滑車じゃねぇんだろうな」ロング・ジョンはさけんだ。「よくはわからねぇんで、だと! たぶん自分が誰と話してたかもわかってないんだろう、たぶんな? こい、おい、やつとなにをくっちゃべってたんだ、航海のことか、船長のことか、船のことか? はけよ、何を話してたんだ?」

「船底くぐりのことを話してたんでさぁ」モーガンは答えた。

「船底くぐりだって、おまえが? お似合いなこって、まちがえねぇな。のろま、さっさともどるんだよ、トム」

そしてモーガンがもどると、シルバーは僕に秘密のひそひそ話をして、それは僕にはおべっかをつかっているように思えた。「やつはとても正直な男なんだ、トム・モーガンはな、まぬけなだけなんだ。それに、」シルバーは話をつづけ、声を大きくした。「黒犬、だって? いいや、きいたことねぇな、わしはな。ただ、たぶん、見たことがあるかな。そうだな、やつを見かけたような気がする。そうだ、やつはめくらのこじきと一緒にこの店にきてたぞ、やつはきてた」

「やつにちがいないよ、たぶんそうだよ」僕は言った。「僕はそのめくらの男も知ってるよ。めくらの男はピューっていうんだ」

「そんな名前だった!」シルバーは、とても興奮してさけんだ。「ピュー! たしかにそれがやつの名前だった。あぁ、いかにも詐欺師みてぇなやろうだったよ。もしあの黒犬が捕まえられれば、トレローニー船長にはいい知らせってもんだが! ベンは走らせたらすごいんだぞ、ベンほど早く走れる船乗りはいない。神にかけて、どんどんやつに追いついてるぞ! 船底くぐりの話をしてたといってたな? わしがやつに船底くぐりをさせてやろう!」

シルバーがこんな話をしているあいだずっと、松葉杖で店のなかをどしんどしんと歩き回り、テーブルを手で叩きながら、中央刑事裁判所の裁判官や刑事もだませそうなほど興奮したようすをみせていた。僕はここ望遠鏡屋で黒犬をみかけて以来、すっかり疑いを再燃させていたので、この男を注意深く見張っていた。でも僕には、この男はあまりに腹黒くて用意周到でずるがしこすぎるやつだったので、2人の男が息を切らしてもどってきて、人ごみにそいつを見失ったと報告して、どろぼうみたいに叱りつけられている頃には、僕はロング・ジョン・シルバーの無実をすっかり保証してもいいくらいの気持ちになっていた。

「さぁ、さて、ホーキンズや」シルバーは言った。「わしみたいなもんでも、まったくつらいことがあるもんだよ、なぁ? トレローニー船長がこれを聞いたらどう思うことか? ここにあのいまいましいやろうが、あろうことか、わしの店に座ってわしのラムを飲んでやがったんだからなぁ。おまえがここにやってきて、わしにはっきり教えてくれたんだ。それでわしは、いまいましいことに、あきめくらみたいにやつをすっかり逃がしたんだ! さてホーキンズ、船長といっしょにわしをちゃんと裁いてくれ。おまえは小さいが、確かにまったくかしこいからな。わしにはわかったんだ、お前が最初に入ってきたときからな。それでこういうわけだ。こんな棒切れにすがってるわしはどうすりゃよかったんだ? わしが熟練の船長だったころなら、ずんずんやつに追いついて、すぐさまつきだしてるところなんだが。やるんだがなぁ、でもこの、」

そのとき、とつぜん、シルバーはしゃべるのをやめて、まるでなにかを思い出したかのように口をあんぐりあけた。

「勘定だ!」シルバーは大声をだした。「ラムを3杯だ! まったく、松葉杖がふるえるぜ、わしが勘定を忘れてるなんてな!」

そして椅子に腰をおろすと、ほおを伝うまでに涙をこぼして笑い出した。僕もくわわらずにはいられなかった。そして2人でげらげら笑い出して、酒場中がふるえるほどだった。

「さて、わしも老いぼれ水夫になりさがったもんだなぁ!」涙がほおを伝っていたが、シルバーはとうとう口を開いた。「ホーキンズ、わしとおまえは仲良くしなきゃいかん。海神にかけてもいいが、わしもボーイなみの扱いだろうからな。まあでも行こう、行く準備をしなよ。やな事だけどな、やらなきゃいかんことはやらなきゃいかん。ホーキンズ、わしは古い縁反帽をかぶって、おまえと一緒にトレローニー船長のところまで行こうや。そしてこの事件を報告しないとな。いいかい、これはおおごとさ、ホーキンズ。おまえもわしも、わしがずうずうしく信用なんて言ったって、このことと関係なしじゃいられんからな。おまえもだぞ、まさかって、利口とはいえなかったからな、わしもおまえもさ。さあ急いでボタンをはめて! わしの勘定は傑作だったな」

そしてふたたび笑い始めた。本当に腹の底から笑うので、シルバーみたいに何がおかしいのかわかったわけではなかったけれども、僕もいっしょに笑わずにはいられなかった。

波止場を少し歩くには、シルバーは本当に楽しい道連れだった。僕に通りすぎるいろいろな船の違い、装備やトン数や国籍といったことを教えてくれたり、前方でやってる仕事について、どうやって荷物をおろしてるだの、あるいは積みこんでるだの、そしてまた出航しようとしてるかどうかを説明してくれた。時折、船や船員のちょっとした話をしてくれたり、海の言葉を僕が完璧に覚えこむまで繰り返して教えてくれたりした。僕は、この男をすっかり海の男の中の海の男だと思ったものだ。

僕たちが宿屋につくと、大地主さんとリバシー先生がいっしょに座って、乾杯しながらビールをすでに1クォート飲みほしていた。飲み終えてからスクーナー船を調べにいくところだったのだ。

ロング・ジョンは最初から最後まで、すごい勢いでまったく事実の通り話をした。「こういうぐあいで、な、ホーキンズ?」シルバーはときどきそう言って、そのたびに僕はまったくその通りだと認めた。

2人の紳士は黒犬を取り逃がしたのは残念がったが、結局みんなどうすることもできないということで意見が一致した。そしてたっぷりほめられて、ロング・ジョンは松葉杖をもちあげて出て行った。

「今日の午後4時までに全員乗船だ、」大地主さんがシルバーの背中に向かってさけんだ。

「アイ、アイ、サー」シルバーは廊下で返事をさけんだ。

「さて、大地主さん」リバシー先生は言った。「私は、だいたいあなたが見つけてきたものはあんまり信用できませんが、これだけは言えますな。ジョン・シルバーは気に入りましたぞ」

「やつは申し分ないですな」大地主さんも太鼓判をおした。

「それから、」先生が付けくわえた。「ジムもわれわれといっしょに船を調べに行ってもかまわないでしょうな?」

「もちろん、いっしょに来ればいい、」大地主さんは言った。「帽子をかぶって、ホーキンズ、船を見に行くぞ」

9 火薬と武器
ヒスパニオーラ号は沖に停泊しており、僕たちは船首像の下をくぐり抜けたり、多くの船の船尾をまわったりしてそこまでたどりついた。船の錨綱が僕らの小船の船底できしんだり、頭上をかすめたりもした。でもとうとうヒスパニオーラ号に横づけし乗船すると、航海士のアローさんが出迎え、あいさつをしてくれた。アローさんはよく日に焼けた老水夫で、両耳にイヤリングをつけ、やぶにらみだった。アローさんと大地主さんはとても親しげだったが、僕がみるところでは大地主さんと船長はそれほど上手くいってないようだった。

船長は精悍な男で、船の何もかもに腹を立てているようで、僕らはすぐにその理由を聞くことになった。僕らがキャビンに入るとすぐに、一人の船員が僕らに続いてキャビンに入ってきたのだった。

「スモレット船長が、あなたがたとお話したいということで」とその船員が口を開くと、

「いつでも船長の命令に従いましょう。中に入ってもらいたまえ」と大地主さんが答えた。

船長はその船員のすぐ後ろに控えていて、すぐさまキャビンに入ってくるとドアをしめた。

「さて、スモレット船長、話したいこととはなんでしょう? 万事順調でしょうな、きちんと航海できるようになってますかな」

「さて、」船長は言った。「率直に申し上げた方がいいんでしょうな、私はそう信じてます。たとえ耳ざわりになろうともね。私はこの航海が気に入りません。船員も、航海士も気に入らんのです。ひどく簡単にいえば、そういうことですな」

「たぶん、船も気に入らんのでしょう?」大地主さんが、僕がみるぶんにはひどく腹をたてて、そう口をはさんだ。

「船については、まだ試してないのでなんとも言えませんな」船長は答えた。「いい船に思えますがね、それ以上は言えません」

「たぶん、雇い主も気に入らんのでしょう?」大地主さんは続けた。

ただそこでリバシー先生が割って入って、「そこまで、」と言った。

「そこまで。そんな質問は気分を悪くするだけですよ。船長は言いすぎたか、言い足りないかのどちらかです。船長には、自分の言葉を説明してもらわなければなりませんな。あなたがいうには、あなたはこの航海が気に入らない。さあ、どうしてなんでしょう?」

「私はいわゆる封緘命令(訳注2-1)で、この船をあの紳士が私に命じたところまで航海させます」船長は説明した。「そこまではいいでしょう。でも平水夫のだれもが、私よりずっといろいろ知ってるじゃありませんか。これじゃあ公平とは言えません、そうでしょう?」

「えぇ」リバシー先生は言った。「そうですな」

「次に、」船長は続けた。「私が知っているのは、我々が宝さがしに行くということです。私はそれを自分の部下から聞いたんですからな、いいですか。さて、宝さがしはなかなか注意が必要な仕事ですよ。私はどんな理由であれ、宝さがしの航海なんて気に入りませんな。とくに宝さがしは秘密でなければならないのに、(トレローニーさん、失礼ですけど言わせてもらいますよ)その秘密を鸚鵡にまでしゃべってるようじゃ、私は気に入りませんな」

「シルバーの鸚鵡にかい?」大地主さんは尋ねた。

「まあ話のあやですがね、」船長は続けた。「私がいいたいのは、秘密が漏れてるってことですよ。私が思うには、あなたがたは自分が何をしようとしてるかお分かりでないようですが、私の考えを言わせてもらいます。生きるか死ぬかのきわどい航海なんですよ」

「それははっきりしてるよ、私も言っておこう、その通りです」リバシー先生は答えた。「われわれは危険を承知している。でもわれわれもあなたが思うほどは無知じゃありませんよ。次に、船員が気に入らないといいましたな。いい船員たちじゃないんですか?」

「気に入りませんな」スモレット船長は答えた。「あなたが選ぶくらいなら、私が自分で自分の部下を選ぶべきだったなと思ってますよ」

「たぶんそうするべきだったんでしょう、」先生は言った。「たぶん私の友人は、一緒にあなたを連れて行くべきだったんでしょう。でももしあなたを軽んじるようなことがあったとしても、わざとじゃありませんよ。アローさんも気に入らないんですか?」

「えぇ、気に入りませんな。いい船員だとは思います。でも、いい航海士というには船員と親しくしすぎですな。航海士というものは孤高であるべきです。平水夫と一緒に飲んだりするべきじゃないですな」

「彼が酒を飲んでるってことかい?」大地主さんは声を荒げた。

「いいえ、」船長は答えた。「ただちょっとなれなれしいだけですが」

「さて、結局のところ、船長」先生は尋ねた。「われわれに望むことを言ってください」

「えぇ、あなたがたは本当に航海するおつもりなんですか?」

「もちろん」大地主さんが答えた。

「よろしい」船長は言った。「それなら私が証明もできないようなことを長々と話してきて、これまで我慢強く聞いていただけたことだし、もう少し聞いてください。やつらは、火薬と武器を前の倉庫に入れてましたね。さて、キャビンの下におあつらえの場所があるじゃないですか、どうしてここにしまわないんですか? これが第1点。それからあなたがたの連れが4人いますね。何人かは前で寝ることになってるそうですな。どうしてキャビンの側で寝せないのですか? これが2点目」

「まだあるのかい?」トレローニーさんが尋ねた。

「あと1つですよ」船長は答えた。「すでに秘密がもれすぎています」

「ええ、十分すぎるほどね」先生も同意した。

「私が聞いたことをお伝えしましょう」スモレット船長は続けた。「あなたがたは島の地図を持っていて、地図には宝の場所を示す十字が書かれている。その島の場所は、」そして船長はその島の緯度経度を正確に口にした。

「わたしはそこまで言ってない、」大地主さんはさけんだ。「だれにもな!」

「私の部下も知ってますからな」船長は答えた。

「リバシーさん、君かホーキンズ君に違いないよ」大地主さんは声をあらげた。

「誰でもかまいませんよ」先生は答えた。先生も船長もトレローニーさんの抗議は大して気にもとめてないようだった。たしかに僕も気にしてなかった。大地主さんときたら、だまっていられない人だったから。でもこの件については大地主さんは正しくて、誰もその島の場所まで言った人はいなかったと僕は信じてる。

「さて、みなさん」船長は続けた。「私は誰が地図をもってるか知りません。でも言っておきますよ。誰が地図をもっているか私やアローさんにも内緒にしておいていただきたい。さもなくば、私を首にしていただきたい」

「わかりました」先生は言った。「あなたは、われわれにこう望んでいる。まず内密にしておくこと、船のうしろの防備をかためること、本当の部下だけを側におき、船の全ての武器と火薬を確保してほしいということ。いいかえれば、あなたは反乱を恐れてらっしゃるんですな」

「うーむ」スモレット船長は言った。「気分を害したとしたら申し訳ない。でもあなたが正しいなんて、私の口からはいえません。えぇ、そういいきるだけの十分な根拠があって、それでも出航しようなんて船長はいませんからな。アロー君については、私はまったくの正直者だと信じています。船員の内、何人かもそうでしょう。いや意外と全員がそうなのかもしれません。ただ私には、船の安全とこの船に乗り込んでいる全員の生命に対して、責任ってものがありますから。私は、なにやら不穏な感じがするんですよ。ということで、きちんと用心をしていただくか、私を首にしていただくかのどちらかですな。言いたいことはこれだけです」

「スモレット船長、」先生は微笑みながら口を開いた。「大山鳴動して鼠一匹という話をきいたことはありますかな? 失礼ですが言わせてもらえば、あなたを見ているとその話を思い出します。あなたがここに入ってきた時に、私は自分のかつらをかけてもいいが、もっとなにか言うおつもりだったんでしょう」

「先生、」船長は言った。「あなたはするどいお方だ。確かに入ってきた時は、職を辞そうと思っていました。トレローニーさんに一言だって聞いていただけるとは思ってもみませんでしたから」

「もう聞きたくないよ」大地主さんは叫んだ。「もしリバシーさんがここにいなかったら、たたき出してるところだ。まあとにかく、君のいうことは聞いたよ。言うとおりにしよう。でも君のことをよくは思わんがな」

「好きにしてください」船長は言った。「ただ私が義務を果たすことだけはおわかりになるでしょう」

そういって船長は部屋を出ていった。

「トレローニーさん」先生は言った。「思ってもみなかったが、あなたはこの船に2人の正直者を手配できたと私は思いますよ。そう、あの男とジョン・シルバーです」

「シルバーはそう言ってもいいかもしれんが」大地主さんは大きな声をだした。「ただ、あのペテン師には我慢できんぞ、やつのやり方は男らしくない、そう海の男らしくない、まったくイギリス紳士らしくない」

「まあ、」先生は言った。「そのうちわかるでしょう」

僕たちが甲板にでてみると、船員たちがすでに武器と火薬を運び出そうとしているところだった。ヨーホーと掛け声をかけながら仕事をしており、船長とアローさんが監督をしていた。

積み替えは僕も気に入った。スクーナー船はすっかりオーバーホールがすみ、6つの寝台が中央の船倉の後ろの部分、船尾に作られていた。このキャビンは、調理室と水夫部屋に左舷のマストがでている廊下でつながっているだけだった。そのキャビンはもともと、船長、アローさん、ハンターさん、ジョイスさん、先生そして大地主さんで6つの寝台を使うことになっていた。それをレッドルースと僕がそのうちの2つを使い、アローさんと船長は甲板昇降口で寝ることになった。甲板昇降口は両側が広くて、後甲板の船室といってもいいくらいだった。確かに天井は低かったが、2つハンモックをつるすぐらいの余地は十分にあり、アローさんでさえそうなるのを喜んでいたようだった。たぶん船員を疑っていたのかもしれない。でもそれは単に推測にすぎなかった。というのもそのうち分かるが、僕らはそれほど長いことは彼の意見を聞く機会がなかったのだ。

僕らはみな、火薬と寝台を移すのに一生懸命働いた。そのとき最後の1人、2人とロング・ジョンが一緒に通船でやってきた。

その料理番は猿みたいに器用に側面を登ってきて、何が行なわれてるかを見るやいなや、「おや、おや、相棒! これは一体何ごとだい?」と声をかけた。

「火薬をつみかえてるのさ、ジャック」と誰かが答えた。

「何だって、いったい」ロング・ジョンは叫んだ。「そんなことをしてたら、明朝の潮を逃しちまうぜ!」

「私の命令だ!」船長はぶっきらぼうに言った。「さあ、下へいってもらおうか、君。夕食の支度でもしてもらおう」

「アイ、アイ、サー」料理番は答えると、前髪をさわりながらすぐさま調理室に姿を消した。

「いい男だろう、船長」先生が声をかけると、

「たぶんそうなんでしょう、先生」とスモレット船長は答えた。「それには気をつけろ、おまえら、気をつけるんだ」船長は火薬を運んでいる連中に声をかけつづけていた。それから、僕らが船の中央に運んできた真鍮の長距離9インチ砲の砲台を、僕が興味深くみているのに突然目をとめると、「おい、おまえ、ボーイだ」船長は叫んだ。「そこから離れろ! 料理番のところへ行って、なにか仕事でもするんだ」

そして僕は急いでその場を離れる時に、先生に対して大きな声でこう言ってるのを耳にした。「この船では、なにもかも気に入りそうにないな」

まったく僕も大地主さんが思ってることに大賛成で、船長のことは大嫌いだった。

訳注2-1 封緘(ふうかん)命令[船長・艦長が出港後初めて開封するなど、ある日限まで開封できない]

10 航海
その夜中、僕らはみな自分のものをしまいこむのにおおわらわだった。そして大地主さんの友人、ブランドリーさんたちが小船にあふれんばかりでやってきて、“いい航海を”とか“無事にもどって”などと大地主さんに声をかけていた。僕らは、その夜ベンボウ提督亭では考えられないほど大忙しで、夜明けのちょっと前に水夫長が呼び笛をならして、船員がキャプスタンのそれぞれの位置につきはじめたころには、へとへとに疲れきっていた。でもその二倍疲れきっていたとしても、甲板を離れることはなかっただろう。僕には、全てがものめずらしく興味深かった。はぎれのいい命令、呼び笛の鋭い響き、船のゆれる明かりの中を自分の持ち場に走る船員たち。

「さて、バーベキュー、掛け声をひとつたのむぜ」と叫び声が一つあがった。

「昔のあれを」他の声が続いた。

「よしきた、相棒ども」ロング・ジョンは返事をすると、松葉杖を脇に立ちあがり、すぐさま僕がよく知ってるあの調べの、あの歌詞をがなりはじめた。

「死んだやつの衣装箱に15人」

それから全船員がコーラスをつけた。

「ヨーホー、ヨーホー、ラム酒を1本!」

3回目に「ホッ!」という掛け声で、自分の前のキャプスタンの棒を力いっぱい押すのだった。

それほど興奮している時でさえ、その歌は僕にベンボウ提督亭でのことをすぐさま思い出させた。そして僕は、あのビルもいっしょにコーラスを歌ってるのが聞こえるような気さえした。でもすぐに錨が上がり、へさきのところに水滴を落としながらぶら下げられ、そして帆が風をうけ、陸や船が両側を通りすぎていった。僕が1時間ばかり眠ろうと横になるかならないかのうちに、ヒスパニオーラ号は宝島に向けて航海を始めたのだった。

その航海については、逐一説明しようとは思わない。航海は順調だったし、船も本当にいい船だということがわかった。船員は熟練した水夫で、船長は任務をすっかり心得ていた。ただ僕らが宝島まで行く前に、2つ、3つ知っててもらわなければならないことがおこったけれど。

まずアローさんが、船長が心配したよりずっと使い物にならないことがわかった。船員には統制がきかず、みんな彼に対して好き勝手をする始末だった。その程度ならまだしも、海にでて一日、二日すると、どんよりした目で、顔を赤くして、ろれつがまわっていない口調で甲板にでてきたのだ。どうみても酔っ払ってるようだった。たびたび、彼は面汚しだから下に行くように命令された。ときどき転んでけがをしたり、甲板昇降口の片側の狭い場所で一日中ごろごろしていたりもした。一日か二日は全くのしらふで、まずまずの仕事ぶりだったりもしたのだが。ところで、僕らは彼がどこで酒を飲んでいるのか分からなかった。それは船の謎であり、僕らは彼のことを見張ったけれど、ぜんぜんその謎はとけなかった。面とむかって尋ねても、酔っ払っている時は笑うだけだったし、しらふの時は水以外を口にしたことは絶対ないときっぱり否定していた。

アローさんは航海士として役にたたないだけではなくて、船員たちに悪影響を及ぼしていた。ただ、この調子だとすぐにでも自分で自分の身を滅ぼしてしまうのは間違いないように思えた。そして波が船首から打ち寄せているある闇夜に、ぷっつり姿を消して見かけることがなくなっても、誰も大して驚きもしなければ残念にも思わなかった。

「海に落ちたんだな!」船長は言った。「さて、諸君、まあやつに足かせをはめる手間がはぶけたってもんですな」

でも航海士がいなくなったので、もちろん船員の一人を昇格させる必要があった。水夫長のジョブ・アンダーソンが船では一番の適任で、水夫長と兼任で航海士の役割も果たすことになった。トレローニーさんは船乗りを職業にしたこともあったので、その知識はとても役にたち、天候が荒れてないときはしばしば見張り役を自らかって出たりもした。かじとりのイスラエル・ハンズは注意深くて、狡猾な、経験をつんだ老水夫で、いざというときにも何もかもをまかせることができる男だった。

ハンズはロング・ジョン・シルバーととても仲がよく、ハンズの名前をだしたら僕らの船の料理番のバーベキュー、ハンズはシルバーのことをそう呼んでいた、のことを話さないわけにはいかないだろう。

シルバーは、船の中では松葉杖を首からひもでぶら下げていた。そうすると、両手が自由につかえたのだ。シルバーが船の壁に松葉杖をついて、それで体をささえ船のゆれに合わせながら、まるで陸の上にいるみたいに料理をさばく姿はちょっとしたみものだった。もっとすごいのは、海がひどく荒れたときに甲板の一番広いところを横切って行く姿だった。シルバーはその一番広いところに、一本か二本の綱を渡して、横切る手助けにした。その綱をロング・ジョンのイヤリングとみなは呼んでいた。そしてある場所から別の場所へ松葉杖を使ったり、松葉杖を首からかけたひもで引きずって、まるで普通の人が歩くのと同じくらい早く移動するのだった。ただ以前にシルバーと航海したことがある仲間のなかには、彼のそんな姿をみるのは忍びないというものもいた。

「すごいやつなんだ、バーベキューは」かじとりのハンズは僕に言ったものだ。「若けぇときにはいい学校に行って、その気になれば本に書いてあるみたいにしゃべれるんだぞ。あと勇気があらぁ、ライオンでさえロング・ジョンにはかなわんぞ! おれは、ジョンが4人の男と取っ組み合って、やつらの頭をいっぺんにぶつけたのを見たことがあるんだ、しかも素手でだぞ」

船員たちは全員シルバーのことを尊敬していて、ひざまずくほどだった。シルバーは一人一人に話しかけ、誰にでもなんらかの特別な計らいをしてやることを心得ていた。僕にも疲れた顔一つみせず親切で、いつも調理室で僕を歓迎してくれた。調理室は常にピカピカで、皿も磨き上げられて置いてあり、片隅にはカゴに入った鸚鵡がいた。「さぁおいで、ホーキンズ」シルバーは言ったものだった。「こっちへきて俺の話し相手になっておくれ。だれよりもお前がくるのがうれしいよ、ぼうや。そこに座って、この変わった話を聞いてくれよ。このフリント船長が、俺は自分の鸚鵡をフリント船長って名前にしたんだ、あの有名な海賊の名前をとってな。このフリント船長が、われわれの航海の成功を予言してくれたんだよ。そうだな、船長?」

そうすると、鸚鵡はものすごい早口でこう言ったものだった。「八分銀貨! 八分銀貨! 八分銀貨!」息がきれやしないかと思うまで、あるいは、ジョンがハンカチをカゴにかけるまでそう言いつづけるのだった。

「そう、この鳥は、」ジョンは続けた。「たぶん200歳くらいにはなってるかな、ホーキンズ。鸚鵡ってのは大概いつまでも生きてるんだよ。それでこいつよりもっと悪いものを見てきたといえば、悪魔くらいのもんじゃねぇかな。こいつは、あのイングランドとも航海したことがあるんだ、あの偉大なる海賊の船長のイングランドとだぞ。マダガスカル、マラバー、スリナム、プロビデンス、ポートベローにも行った事があるし、難破した装甲艦の引き上げの時もその場にいたんだぞ。そこで“八分銀貨”って覚えたんだな、間違いねぇ。八分銀貨が35万枚もあったんだからな、ホーキンズ! ゴアからインドの提督が乗船するときもその場にいあわせたんだな。でも外見はあかんぼうみたいなもんだろう。だけどお前は火薬のにおいをかいだことがあるんだ、どうだい、船長?」

「進路変更用意」鸚鵡はさけんだ。

「あぁ、こいつは立派なやつだよ、こいつはな」料理番はそう言って、ポケットから砂糖を取り出して鸚鵡にやったものだった。すると鸚鵡は止まり木をついばんで、つづけざまにひどい悪態を口にした。「ほら」ジョンはつけくわえた。「朱に交われば赤くなるっていうことだなぁ、ぼうや。このかわいい年寄りの、心がきれいなこいつがひどいことを口にするんだから、わからんもんだなぁ、これは覚えておいてくれよ。こいつは、司祭の前でもおんなじようにしゃべるに違いないんだよ」そう言うと、ジョンはいつもの手を前髪にやる真面目くさったしぐさをみせ、その様子は僕にはすっかり男の中の男と思えたものだった。

一方、大地主さんとスモレット船長ときたら、お互いに距離をとるような間柄だった。大地主さんは物事を歯に衣をきせずはっきりといい、つまり船長を見下していたわけだ。船長はといえば、話しかけられたとき以外は決して口を開こうとはしなかった。口を開くときも、そっけなく手短に、一言たりとも無駄口をきかないありさまだった。たしかに問い詰められると、こうは認めた。船員については思い違いをしていたようで、船員の中には自分が望むとおりきびきびしたものもいるし、全員総じてよくやってくれていると。そして船については大のお気に入りであると。「この船が風をとらえるようにするのはまったく、自分の家内に言うことを聞かせるよりずっと簡単ですな、でも」とつけくわえるのを忘れなかった。「私がいいたいのは、どうせ戻れやしないんですから、気に入りませんなということですが」

大地主さんはこれを聞くとそっぽをむき、甲板を憤懣やるかたなしといった様子で歩きまわっていたものだった。

「やつがもう少しでも余計なことをいったら、」大地主さんは口にだしていた。「わしも爆発するぞ」

悪天候もあったが、ヒスパニオーラ号がすばらしい船だってことがわかっただけだったし、船のだれひとりとして不満をもつものはいなかったと思う。ただ彼らが不満だとすれば、どうして欲しかったというのだろうか。というのも僕が思うにノアの箱舟以来、これほど甘やかされた船乗りもいなかっただろうから。ささいなことでもラムのダブルがふるまわれ、折々のなんでもないときに、たとえば大地主さんが今日がだれだれの誕生日だと聞きつけると、プディングがふるまわれたのだから。そして林檎のたるが一つ甲板に置いてあって、ほしいものは勝手に取ってよいことになっていた。

「こんな扱いからいい結果がもたらされるなんて、聞いたためしがないですな」船長はリバシーさんに言った。「甘やかすのは、水夫を悪魔にしちまうんです。これは私の信条ですけどね」

でもこれからわかるように、この林檎のたるからいい結果がもたらされたのだった。甲板に林檎のたるがなかったら、僕らはなんの警告を受けることもなく反逆者たちの手にかかって、みんな海のもくずになってしまったかもしれないのだ。

それはこんな具合だった。

僕らは捜し求めている島、それ以上詳しく書くことは許されてないのだが、その風上にでるために旅を続けていた。ただ今は昼夜おこたりなく見張りをしながら、そのペースを落としていた。多めに見積もってもどうやら外海を航海する最後の日で、その夜のうちか、もしくは翌日の昼前には、僕たちは宝島をその目にするはずだった。僕らは南南西に進路をとっており、横風があり海は静かなものだった。ヒスパニオーラ号は規則正しく揺れており、船首斜檣(訳注2-2)が海に突っ込んでは、ときどきしぶきを上げていた。上の帆も下の帆も風を受けていて、船ではだれもが意気揚揚としており、それは僕らの冒険の最初の部分が終わりに近づいていたからだ。

さて日が沈んだ直後、僕は仕事をすませて寝床へと行くところだったが、ふと林檎が食べたくなった。僕は甲板に駆け上がると、見張りのものはみな前方にいて島を探していた。かじをとってるものは帆の前ふちを見やりながら、一人で口笛を吹いていた。口笛以外に聞こえるのは、船首や船の側面にあたる波を切る音だけだった。

僕は体ごと林檎のたるに入り込み、林檎がほとんど残ってないことをみてとった。でもその暗闇に座っていたら、波の音や船の揺れぐあいのせいだろうか、眠りこんだか、ちょうど眠りこむところだった。そのとき一人のがっしりした男が、ほとんどたるにぶつかるほど近くに腰をおろした。その男がもたれかかったのでたるがゆれ、その男が話し出したときは、僕はたるから飛び出しそうになった。それはシルバーの声だった。その話を少しも聞かないうちに、僕はどんなことがあっても姿をあらわすどころではなく、極度の恐怖と好奇心でふるえながら耳をそばだて、そこにうずくまった。なぜなら少し耳にしただけでも、船の正直な人の命は全て僕一人の肩にかかっていることがわかったからだ。

訳注2-2 船首の前に突き出た円材

11 僕が林檎のたるで聞いたこと
「いや、わしじゃねぇ、」シルバーは言った。「フリントが船長で、わしは操舵係だったんだ。松葉杖をわきに置いてな。わしが足をなくしたのと同じ一斉射撃で、年寄りのピューもめくらになったんだ。わしの足を切ってくれたのは、腕のいい外科医で大学出だったな。ラテン語もたっぷり知ってたし、とにかくそんなのだったよ。だけどコーソー要塞で犬みたいに首をくくられて、他のやつらと一緒に甲羅干しだ。ロバートの手下だった、確か。でも船の名前を変えたせいだぞ、ロイヤル・フォーチュンとかなんとかだ。だからいったん名前をつけたら、そのままにしておくんだとわしは言っとくぞ。カッサンドラだってそうさ、イングランドがインド諸国の太守を捕らえてから、わしらみんなをマラバーから無事に本国まで送りとどけてくれたな。ウオレスだって同じだぞ。フリントの古い船で、わしは血の海で暴れまわって、金貨で沈みそうになったあの船を見たことがある」

「ほぉー!」と他の声がした。船に乗ってる一番若い水夫の声で、まったく感心しきっている様子だった。「一群の花だったんだ、フリントは!」

「ディビスもそんなやつだって、みんな言ってたな」シルバーは続けた。「わしは一緒に航海したことはないがな。最初はイングランドと、それからフリントと、これがわしの経歴だ。それで今じゃあ、いわば一人立ちといったところだな。わしはイングランドで900、フリントと別れるときまでには2000は貯めたかな。平水夫としちゃあ上出来だぞ、全部銀行に預けてある。稼げばいいってもんじゃねぇ、肝心なのは貯めることだ、よーく覚えておきな。イングランドの手下たちは今どうしてる? しらねぇな。フリントの手下はどうした? どうしたって、たいがいはこの船に乗ってるがな。プディングをもらって喜んじゃいるが、その前までは何人かはこじきをしてたんだから。年寄りのピューは、もうその時はめくらだったが、恥ずかしく思うどころか、一年で1200ポンド使いやがった、まるで上院議員みたいにな。やつはいまどこにいる? そう、やつはもう死んで、墓場の陰じゃねぇか。でもその前の二年間ときたら、ぞっとするぜ、飢えていやがったんだ! 乞食はするは、盗みはするは、人殺しはするは、それでも飢えてたんだからなぁ、まったく!」

「じゃあ、結局のところ、金も大して役に立ちゃあしませんね」その若い水夫が言葉をもらすと、

「まぬけにはな。よく聞いとけよ、金だって何だって役に立ちゃしないのさ」とシルバーは声を荒げた。「でも、いいか、おまえは若い、まだな、でも確かにまったくかしこい。おまえが最初にわしの目に止まった時から、ちゃんと分かってたんだ。だから一人前の男と同じように話をするんだぞ」

このいやな老いぼれの悪党が、前に僕に使ったのと全く同じおべっかを、別のやつにも使ってるのを聞いた僕の気持ちをわかってもらえるだろうか。できることなら、たるを突き破ってでもこいつを殺してやりたいくらいのものだった。ただその間も、盗み聞きされてるなんて思いもせず、シルバーは話を続けた。

「成金ってものはこういうもんだ。やつらは浮浪生活を送り、いつ首を縄でつられてもおかしくねぇ。でも闘鶏みたいに飲み食いはするし、一航海終えれば、ポケットははした金のかわりに大金が詰まってるといった具合だ。その金の大部分はラムとかやりたい放題で消えちまう、それでまたシャツ一枚で航海にでるといったところだ。でもわしの航海はそうじゃねぇ。わしは金を全部貯めるんだ、それもあちこちに少しづつ、どこかにたくさんってわけにはいかない、疑われるからな。わしは50だ、それを覚えておいてくれよ。この航海から戻ったら、わしは本当の紳士ってものになるぞ。まだ時間はたっぷりあるって、お前は言うんだろう。でもわしはこれまで十分に気ままに暮らしてきたからな。海にいる時を別にすりゃあ、やりたいことでやれなかったことはないし、ふかふかのベッドでねて、ごちそうを食らってきたからな。でも何から始めたかって? 平水夫からさ、お前みたいにな!」

「ふーむ」相手の男が口をはさんだ。「でも他の金は全部なくなったんだろう? この航海が終わってからブリストルに面をだすわけにもいかないだろうし」

「じゃあ、おまえは金はどこにあると思ってるんだ?」シルバーは、あざ笑うように尋ねた。

「ブリストルだろ、銀行とかいろいろな場所にな」相手は答えた。

「そうだな」料理番は答えた。「錨をあげた時まではな。でも今はわしの女房が全部握ってる。望遠鏡屋も売っぱらった。借地権ものれんも道具も何もかもをな。それで古女房がわしと落ち合うために、そこを離れてるんだ。どこで落ち合うかを言ってもいいな、まあおまえを信用してるしな。でも他のやつらが妬むだろうからなぁ」

「女房は信用できるのか?」相手が尋ねた。

「成金ってものは、」料理番は答えた。「たいがい他人を信用しないな、それはそれで正しいんだがな。よく聞いとけよ。わしのやり方はこうだ、わしのな。わしのことを知ってる船乗りなら、錨綱の上ですべったりするなんてことは、このジョンがいる限りありえねぇってことだよ、わかるだろ。ピューを怖がっているやつもいれば、フリントを怖がっているやつもいた。でもフリント自身はわしを恐れていたんだ。恐れていながら、自慢の種だったんだがな。フリントの船乗りたちは、海の上では一番乱暴なやつらだったんだ。悪魔だって、やつらと一緒に海に行くのはごめんだったろうよ。さて、言っておこう、わしはこれ見よがしに自慢する男じゃねぇ。でもどれほど簡単にやつらを手なずけたかを見てきただろう。でもわしが操舵係だったときは、フリントの海賊たちは決して“子羊”なんてもんじゃなかったがな。まあこのジョンの船に乗ってれば、おいおい自分で分かるだろうよ」

「うん、今返事をするよ」若者は答えた。「あんたと話すまでは、ぜんぜんこの仕事が気に入らなかったが、ジョン、手を握らせてくれ」

「それでこそ勇敢な若者だ、おまけに賢いときてる」シルバーはたるが揺れるほど喜び勇んで握手をしながら、そう答えた。「わしが見たことがないくらい、成金としちゃあ、立派な船首像みたいでかっこええしな」

この時までには、僕はやつらの使ってる言葉の意味もわかりかけていた。「成金」っていうのは、じつは単に普通の海賊のことで、僕が盗み聞きした一幕は、正直な船員の一人が堕落する最後の一幕だったわけだ。おそらくこの船に残っていた最後の一人だったんだろうが。ただこの点では、僕はすぐにほっとした。シルバーが軽く口笛をふくと、3人目の男がぶらぶらやってきて、2人と一緒に腰をおろした。

「ディックは了解したぜ」シルバーが言うと

「あぁ、ディックが了解するのは分かってたぜ」と答えた声は、かじとりのイスラエル・ハンズのものだった。「こいつはばかじゃねぇ、ディックはな」そして噛みタバコを噛むと、ペッと吐き出した。「だけど、いいかな、」とハンズは続けた。「知りてぇのはな、バーベキュー、いつまでいまいましい物売り舟みたいにやってりゃいいんだってことだ。もうスモレット船長とやらは十分だよ。やつにはもうたっぷりしごかれたぜ、まったく! あのキャビンに押し入って、ピクルスやワインやなんやらが欲しくて欲しくてたまんねぇぞ」

「イスラエル」シルバーは言った。「少しは考えろや、相変わらずだな。耳くらいは聞こえるんだろう。大きな耳だしな。さあ、わしの言いたいことはこれだけだ。水夫の場所で寝て、一生懸命働くんだ、言葉遣いにもていねいに、しらふにしてるんだぞ。わしが命令するまではな。言うとおりにするんだ」

「あぁ、いやとはいってねぇよ」かじとりはぶつぶつこぼしていた。「いつってことだよ。言いたかったのは」

「いつだと! まったく!」シルバーは叫んだ。「さてまあ、知りたいんなら、いつだかを言ってやろう。できるかぎり最後までだな、それがその時だ。スモレット船長は一流の船乗りで、この立派な船をわしらのために動かしてくれてる。あの大地主と医者が地図やらなんやらをもっててくれてる、まあどこにあるかまでは知らんがな。おまえもだろ。そこでだ、あの大地主と医者に宝物を見つけさせて、わしらがそれを船に乗っける手伝いまでさせようじゃないか、まったく。それからが考えどころだな。おまえらが少しでも頼りになるとわしが思えば、スモレット船長に半分まで戻ってもらって、それからやろうじゃねぇか」

「なんだって、おれたちだって全員船乗りだろう、違うのかい」若者のディックが言った。

「おれたちは全員平水夫っていう意味だな、お前が言ってるのは」シルバーはいなした。「わしらは一つの針路を行くことはできる、だけど誰がその針路を決めるんだ? そこが、おまえらが遅かれ早かれ仲間割れするところなんだよ。わしの方法でやるなら、スモレット船長に少なくとも貿易風のところまでは戻ってもらおうじゃねぇか。そうすればいまいましい計算違いもなければ、一日に一さじの水なんてこともねぇ。まあおまえらがどういうやつらかは分かってるよ。金を積みこんだらすぐに、島でやつらを殺さなきゃなるめぇ、なさけない。でもおまえらときたら、酔っ払いでもしなきゃ幸せになれねぇときてる。笑えるぜ、むかむかしながら、おまえらみたいなやつらと一緒に航海してるなんて!」

「落ち着けよ、ロング・ジョン」イスラエルは叫んだ。「おまえに逆らったやつがいるかい?」

「おい、どれだけの立派な船が切りこむために横付けにされたのを、わしが見てきたと思ってるんだ? どれだけの威勢のいい若者が、処刑波止場で天日にさらされたと思ってるんだ?」シルバーは叫んだ。「それもみんな急いで、急いで、急いだからさ。聞いてるか? わしはちょっとは海のことを見てきてるんだぞ。おまえらは今のままにしてるだけで、追い風に乗ってりゃ、馬車にのれるんだがなぁ、間違いなく。でも、だめなんだ! おまえらをよくわかってるからな。おまえらは明日にでもラムをかっくらって、首吊りだな」

「みんなあんたが牧師さんみたいなやつだってことは知ってるよ、ジョン。でもおまえと同じくらい上手く帆や舵をあつかえるやつもいるんだぜ」イスラエルは言った。「やつらは確かに、ちょっとはおふざけもしたさ。やつらはそんなにお高くとまってなかったし、冷たくもなかったぞ。ともかく、やつらは好き勝手やったもんさ、みんなが陽気に仲良くな」

「それで?」シルバーは続けた。「いいだろう、やつらは今どこにいる? ピューもそんなやつだったよ、やつは乞食として死んだな。フリントもそうだ、やつはサバンナにてラムで命運が尽きたな。あぁ、やつらはすばらしい船乗りだったとも、やつらは! ただ、やつらは今どこにいるんだい?」

「で、」ディックが口をはさんだ。「やつらを裏切るとして、それからやつらをどうすればいいんです、いったい?」

「わしと気が合うな!」料理番は感心したように叫んだ。「それこそわしがいうところの仕事ってやつだ。さて、どうしたらいいと思う? 島流しみたいに島に置き去りにするか? それはイングランドのやり方だったな。それとも、豚肉みたいに切り刻むか? それはフリントのやり方だよ。ビリー・ボーンズもそうだったな」

「ビリーはそういうやつだったよ」イスラエルは言った。「“死人は噛みつくこともねぇ”なんて言ってたな。ただ今となっちゃあ、やつぁ死んでるんだから、結局のところ、自分でよく分かっただろうよ。とにかく港に乱暴なやつがいたとすれば、それはビリーだったよ」

「そのとおりだ」シルバーは言った。「乱暴で、すばやいやつだったな。でも覚えておけよ、わしは寛大な男だ、本当の紳士だとおまえらは言うだろう。でも今度のことは真剣にやらなくちゃな。やるべきことはやるぞ、おまえら。わしは死刑に投票するぜ。わしが議会で馬車を乗り回している時に、キャビンにいるあのこうるさいやつらに一人だって帰ってきて欲しくはないからな、それもお祈りの時の悪魔みたいに思いがけなくなんてごめんだな。待てというのがわしの言いたいことだ、ただ時がきたらおもいっきりやるんだ」

「ジョン」かじとりが叫んだ。「おまえは男だ!」

「その目で見てから言うんだな、イスラエル」シルバーは言った。「わしが欲しいのは、一つだけだ。わしはトレローニーをもらうぞ。やつのぼんくら頭をこの手ですっぱり切り落としてやる。ディック!」一息ついてこう続けた。「いいやつだよな、ちょっと立ちあがって、林檎をひとつ取ってくれねぇか、のどが渇いたんだ」

そのとき僕が感じた恐怖が想像できるだろうか! もし少しでも力がはいれば、飛びあがって逃げ出していただろう。でも手足も心も僕のいうことをききはしなかった。僕にはディックが立ちあがろうとするのが聞いて取れた。そのとき誰かが彼を押しとどめたようで、ハンズがこう叫ぶのが聞こえた。「おい、やめとけよ! あんなたるの物をしゃぶることはねぇ、ジョン。ラムを一杯といこうじゃねぇか」

「ディック」シルバーは言った。「おまえを信用しよう。わしの小さいたるの上に枡があるからな、気をつけろよ。これが鍵だ。なみなみついで持ってくるんだぞ」

僕は恐怖で震えていたけれど、アローさんが身をほろぼした強いお酒を手に入れたのもこのようにしてだったに違いないということに思い当たった。

ディックはほんのしばらくの間行っただけだったが、その間もずっとイスラエルは料理番の耳にひそひそ話をしていた。僕が聞き取れたのは一言、二言だったが、それでも僕は重要なことをいくつか知ることができた。というのも他にも同じような意味のことがいくつか聞こえたが、こういう言葉をそっくり耳にしたからだった。「もう味方になるやつはいねぇよ」ということは、船にはまだ正直な男が残っているということだ。

ディックが帰ってきて、3人はかわるがわる酒を飲んだ。一人は「幸運に」、もう一人は「フリントに」、シルバーは歌でも歌うかのように、こう言って飲んだ「われわれに乾杯、かじを握ってろ、ごほうびもプディングもたんまりだぞ」

ちょうどその時、たるの中にいる僕の上に明るい光がさし、見上げると月が真上にあり、第3マストの頂上を銀色に光らせ、前の帆の端に白く輝いていた。それとほぼ同時に見張り番の声が響き渡った。「陸だぞー!」

12 争いの相談
甲板を勢いよく走る足音がして、船員たちがキャビンや水夫部屋から駆け上がってくるのが聞こえた。そして僕はすぐさま、たるから飛び出して前の帆の後ろにとびこみ、船尾にとってかえして、甲板の広い所にちょうどよく飛び出して、ハンターさんとリバシー先生が風上の船首に走って行くところに合流した。

船首には、すでに船員がみんな集まっていた。立ち込めた霧は、月が姿をあらわすのと同時に晴れわたった。はるか南西には2つの低い山が2マイルほど離れてみえ、その1つの背後には3つめの高い山がそびえたち、その頂上はまだ霧の中だった。3つの山は鋭い円錐のような形をしていた。

僕はその景色をほとんど夢心地でながめた。というのもまだ1、2分前の身震いするような恐怖から立ち直ってはいなかったのだ。そのとき、スモレット船長の命令する声が聞こえた。ヒスパニオーラ号は2ポイントだけ風の方を向き、島の東側を通りぬける進路をとった。

「さて、いいか」全ての帆が張られると、船長は言った。「だれか、あの前方の島を以前に見たことがあるものはいるか?」

「見たことがありますよ」シルバーが申し出た。「ある貿易船で料理番をしていたときに、水を汲みにいったことがありますぜ」

「停泊所は南側で、小島の陰になるのか?」船長は尋ねた。

「そうです、あれはどくろ島って呼ばれてました。かつては海賊のたまりばで、船に乗っていたある水夫が海賊がつけた名前を知ってたんで。あの北のやつを前マスト山、1列に並んでる3つの山を、前マスト山、大マスト山、後マスト山と呼んでたんでさぁ。もっとも大マスト山は、あの雲がかかった大きなやつですが、たいていは望遠鏡山なんて呼ばれてました。船をきれいにするのに停泊して、あの山に見張りをおいたからですな。すいません、結局のところやつらが船を停泊してきれいにしたのはあそこです」

「ここに海図があるが、」スモレット船長は言った。「ここがあの場所か見てくれないか」

ロング・ジョンの両目は海図を見るときに輝いたが、紙が新しいのでがっかりするのは僕には分かっていた。それは僕らがビリーボーンズの衣装箱で見つけた地図ではなく、その正確な写しだったから。全てが、名前も高度も水深も完璧だったが、それもあの赤い十字架と書き込みを除いてのことだった。シルバーはひどく困惑したにちがいないが、平然とそれを押し隠した。

「そのとおりです」シルバーは答えた。「あの場所に違いありません、たしかに。とっても上手に書かれてますな。誰が書いたものなんでしょう? 海賊たちときたら無知ですからな、まったく。そうです、ここです。“キッド船長の停泊所”、たしかわしの船のやつもそんな名前で呼んでました。南はとても流れが速いんで、そんでもって西の岸を北のほうに流れてるんでさぁ。たしかにばっちりですぜ、」シルバーは言った。「船を風上にむけて、島の風上を通るのはね。どちらにせよ、船を入港してきれいにするなら、あそこよりいい場所はないでしょうな」

「ありがとう、君」スモレット船長は言った。「あとでまた助けてもらうかもしれんが、今は行ってよろしい」

僕は、ジョンが島について知ってることを話したときの冷静なことに驚かされた。僕自身ときたら、やつが僕の方へ寄ってきただけでも、もうどきどきするしまつだった。僕が林檎のたるに隠れてやつの相談を盗み聞きしたなんてことは、やつは無論知るよしもなかった。ただそれでも僕は、この時すでにやつの残忍さと二枚舌、そしてその支配力にすっかり恐れをなしていたので、やつが手を僕の腕にかけたときは、ほとんど身震いをかくせないくらいだった。

「うん、」やつは言った。「この場所はいいところだぞ、この島はな。若者が上陸すると、水浴びもできりゃ、木にも登れる。ヤギも狩れるし、ヤギが行くようなあの山々だって登れるし。若い頃を思い出すぜ、まったく。松葉杖のことなんか忘れちまいそうだ。若い頃に戻って、足の指が10本揃ってたら痛快だろうな。ちょこっとばっかし探検でも行く時には、わしに言うんだぞ。なんか食べるものを持たせてやるからな」

そしてこれ以上はないほどに僕の肩を親しげにぽんぽんとたたくと、びっこを引いて歩き出し下へ降りていった。

スモレット船長と大地主さんとリバシーさんは、後甲板でなにやら話しあっていた。僕は自分の話を知らせたくてたまらなかったけれど、みんなが見ている前で話に割って入るわけにもいかなかった。僕がなにやらもっともらしい言い訳をいろいろ考えていたところに、リバシー先生がちょうどそばに呼んでくれた。先生はパイプを下に置いてきてしまったが、タバコの奴隷みたいなものなので、僕に取りに行ってもらおうとしたのだ。僕はだれにも聞かれないで話せるくらい先生の近くにいくと、すぐに切り出した。「先生、話があります。船長と大地主さんとキャビンに来てください、それからなにか用でもつくって僕をよんでください。恐ろしい知らせがあるんです」

先生はほんの少し顔色を変えただけで、すぐに自分をとりもどした。

「ありがとう、ジム」ととても大きな声でいい、「知りたいのはそれだけだよ」とまるで先生が僕になにか質問したかのように、そうつけくわえた。

そう言うと、くるりと背中をむけ2人との話にもどった。しばらくいっしょに話していたが、だれも驚いたり、声を荒げたり、ましてや口笛をふいたりはしなかったが、リバシー先生が僕のお願いを伝えてくれたのは明らかだった。というのも、僕が次に耳にしたのが、船長がジョブ・アンダーセンに命令をくだしたことで、それから笛が吹かれ全員が甲板に集められた。

「君たち」スモレット船長は口火を切った。「ひとこと君たちに言っておきたい。われわれが目にしたあの島が、航海で目指してきたところだ。トレローニーさんが、知ってのとおりとても気前のいい紳士で、私に一言、二言おたずねになったんだ。それで私は、船のだれもが階級をとわず義務をはたしており、私はこれ以上望んでも望めないくらいだと答えられたわけだが、そこでだ、トレローニーさんと私と先生はキャビンに行って、“君たち”の健康と幸運を祝して一杯飲むことにした。もちろん君たちにも酒だるがふるまわれるので、“われわれ”の健康と幸運を祝して飲んでほしい。私がどう思っているかも言っておこう。すばらしいことだと思う。君たちも同意してくれるなら、気前のいい紳士のために万歳をしようじゃないか」

万歳の声が当然のように起こった。その声は本当に大きく心からのように響いたので、僕は正直に言うが、この同じ船員たちがぼくらの血をねらってるなどとはほとんど信じられないくらいだった。

「もうひとつスモレット船長のために万歳だ」最初の万歳の声がなりやんだときに、ロング・ジョンが叫んだ。

そしてこの万歳もまた本当らしいものだった。

万歳が終わるとすぐに、3人の紳士は下へ降りて行った。そしてほどなくジム・ホーキンズはキャビンにくるようにという伝言があった。

3人はテーブルを囲むように座っており、テーブルにはスペインワインが一本とレーズンが置いてあった。先生はパイプをふかし、かつらは膝の上においていた。僕はそれが先生が興奮したときのくせだということを知っていた。暖かい晩だったので、船尾の窓は空いていた。窓からは船の曳波に月が輝いているのを目にすることができた。

「さて、ホーキンズ君」大地主さんが言った。「いいたいことがあるそうだね。話しておくれ」

僕は言われたとおり、できるかぎりかいつまんで、シルバーの話したことを一部始終すべて話した。

話し終わるまで、口をはさむ人はいなかったし、3人の中で身動きひとつする人さえいなかった。最初から最後まで3人の目はずっと僕をみつめていた。

「ジム」リバシー先生は言った。「座ってよろしい」

そしてテーブルを囲む一人として腰かけさせると、ワインを一杯注いでくれ、両手にいっぱいレーズンをくれた。そして、かわるがわる3人と乾杯した。みんな頭をさげ、僕に一杯注いでくれ、僕の幸運と勇気をたたえて僕の健康を祝して乾杯した。

「さて、船長」大地主さんは言った。「あなたは正しく、私は間違っていた。自分がばかなのを認めて、あなたの命令を待ちます」

「ばかなのは、私もです」船長は答えた。「反乱をもくろんでいる船員が、事前にその兆候を見せないなんてことは聞いたことがありません。目がしっかりついてさえいれば見てとって、応じた手段もとれるんです。でもこいつときたら」船長はこうつけくわえた。「やられましたよ」

「船長」先生は言った。「言わせてください、それがシルバーなんですよ。本当にすごい男です」

「帆桁にでもぶらさげてやれば、すごい見物でしょうな」船長は答えた。「いや、話してるだけじゃしょうがない。私に3つ、4つは考えがあります。トレローニーさんが許していただければ、お話ししますよ」

「あなたは船長ですぞ、話していただくのは当然ですとも」トレローニーさんは威厳をもって答えた。

「第一に、」スモレットさんは口火をきった。「われわれは前に進みつづけなければなりません、引き返せませんからな。針路を変えろなんて口に出したが最後、すぐさま反乱ですよ。二つ目に、時間はまだあります。少なくとも宝物を発見するまでは。三つ目は、信頼できる船員もいるってことです。さて、遅かれ早かれ打って出なければなりません。私が言いたいのは、好機は逃すなっていうとおり、やつらが全然予期しないときを狙って打って出るということです。トレローニーさん、お宅の召使は数にいれてもいいでしょうな?」

「私とおなじように大丈夫」大地主さんは断言した。

「3人」船長は数えた。「私たちをあわせると、ホーキンズもいれて7人。正直な船員はどうでしょう?」

「トレローニーさんが自分で選んだ船員でしょうな」先生は言った。「シルバーに会う前にご自身で探された連中ですよ」

「いや」大地主さんは答えた。「ハンズだって私が選んだ一人だからな」

「私もハンズは信じられると思ってましたからな」船長もつけくわえた。

「それにやつらは全員イギリス人なんだからなぁ!」大地主さんはとつぜん叫んだ。「この船をこっぱみじんにしたいくらいのもんですよ」

「ええ、みなさん」船長は言った。「言えることはこれだけです。われわれはとにかくじっとして、油断なく警戒してなければなりません。男として試されている時です。打って出るほうがよっぽどすっきりするのは分かってます。でもだれが味方かがわかるまでは、どうしようもありません。じっとして風をまちましょう。これが私の意見です」

「このジムが」先生は言った。「誰よりも役にたってくれますよ。やつらもこの子には気を許してますし、なかなかよく気がつく子ですから」

「ホーキンズ、おまえをうんと信用するからな」大地主さんがつけくわえた。

僕はこれを聞いてほとんど絶望的な気持ちになった。全くお手上げだと思ったからだ。でも、奇妙なことの成り行きで、僕のおかげでみんなが助かることになったのだった。ともかく、とことん話し合ったが、信頼できるとわかったのは26人のなかでたった7人しかいなかった。7人のうちの1人は子供で、つまり大人でくらべると、僕たちの6人に対してやつらの19人というわけだった。

三部 僕の海岸の冒険
13 どのように海岸の冒険をはじめたか
翌朝、甲板に出た時には島の様子はすっかり変わっていた。風はすっかりやんでいたけれど、夜の間に船はずいぶん進んでいて、今は低い東岸の南東半マイルあたりのところで停泊していた。灰色の森が島の表面の大部分をおおっていた。この島の一様な色合いは、低いところにある黄色の砂地の層や、多くの背の高い松の種類の木々で乱されていた。その木々は、あるものは飛びぬけて、あるものは群生して他の木より背が高かった。ただ島の全体は、同じような色合いでくすんでみえた。植物の上には山々がそびえ、頂上のあたりはむき出しの岩だった。山はみんな奇妙な形をしていて、望遠鏡山が300から400フィートくらいでその島で一番高い山だったが、形も一番奇妙だった。あらゆる方向からみても切り立っていて、とくに頂上は突然切り取られたようで、像をのせる台のような形をしていた。

ヒスパニオーラ号は、甲板排水穴が海のうねりの下になるほど揺れていた。帆の下げたは滑車にあたり大きな音をたて、舵はあちこちに音をたててぶつかり、船全体がまるで工場みたいにきしんだり、うなったり揺れたりした。僕は後方支索にしっかりしがみついてなければならなかった。そして周りの世界はめまいがするほどぐるぐる回って見えた。船が航海をしているときは立派な水夫としても通用するくらいだった僕だが、船がじっと停まって揺れているので、吐き気をおさえることができなかった。特に朝のなにも食べてない時には。

たぶん島の外観のせいだと思う。森は灰色で憂鬱な感じだったし、頂上の岩はごつごつしていて、 けわしい浜にできては砕ける波を見たり聞いたりすることができた。少なくとも、日は照りつけていて暑かったし、僕たちのまわりでは海岸の鳥がえさをとったり鳴き声をあげていたので、こんなに長く
海の上にいた後では、誰でも喜び勇んで上陸するにちがいないと思うかもしれないが、僕ときたらすっかり落ち込んでいた。そもそも初めて前方にその姿を見たときから、僕は宝島のことを考えるだけでも嫌だった。

僕たちは退屈な朝仕事をかたづけ、風がふきそうな気配は全くなかったので、ボートを何艘か降ろして船員を乗りこませ、船を引くこととした。3マイルから4マイル、島の角を廻って、どくろ島の背面の停泊場所まで狭い水路をいかなければならなかった。僕も志願して、もちろんできる仕事はなにもなかったがボートの一艘にのりこんだ。だらだら汗がでるほどの暑さで、船員たちは仕事にもうれつな不満をもらした。僕の船ではアンダーソンが指揮をとっていたが、船員たちに命令に従うようにさせるどころか、自分が一番大声でぶつぶつ言ってるしまつだった。

「ふん、」悪態をつきながらこうこぼしていた。「いつまでもこのままじゃねぇんだ」

僕はこれはずいぶんよくないしるしだなぁと思った。その日まで船員たちは、きびきびとすすんで仕事をしていたから。だけど島を一目みただけで、規律がすっかり緩んでしまったのだ。

停泊場所にいくまでずっと、ロング・ジョンが舵取りのそばにたって船の指揮をしていた。やつはその水路をとてもよく知っていた。測鎖で水深を測っている男が、海図にあるよりずっと深いと報告したが、ジョンは一顧だにしなかった。

「このあたりは引き潮で強い流れがあるんだ」やつは言った。「だからここの水路は削られてるわけだ、まあいうなれば鋤で掘られてるようなもんだな」

僕たちはちょうど海図で錨が描かれているところに停泊した。一方は本土、もう一方はどくろ島で、どちらの岸からも3マイルほどの所だった。底はきれいな砂で、錨をなげこむと鳥の一群がぱっと舞いあがり森の上で鳴き声をあげたが、すぐにふたたび舞い降り、全てがふたたび静まりかえった。

停泊場所は陸で囲まれていて、森の陰にかくれ、木々は高潮のとき潮が満ちるところまで生えていた。海岸はたいてい平らで、山の頂上は遠く、まるで円形劇場の観客席みたいに、こちらに一つあちらに一つ、あそこに一つといったようにその場所を取り囲んでいた。むしろ湿地というような2本の小川が、この池といってもいいような場所に注ぎ込んでいた。海岸のその部分を囲む木々の葉は、毒々しくあざやかだった。船からは小屋や柵はみえなかったが、木々にすっかり隠れているんだろう。もし船室昇降口にあの海図がなかったとしたら、僕らはこの島ができてから初めて停泊した人間だと思ったかもしれない。

風もまったくなく、半マイル向こうで浜辺に打ち寄せ岩にくだける波の音以外、物音一つしなかった。その停泊場所には、独特のよどんだ匂い、水浸しの木の葉や腐りかけの幹の匂いがただよっていた。僕は先生がくさった卵をかぐように、鼻をくんくんさせているのを目にした。

「宝物はいざしらず、」先生は言った。「熱病があることにはこのかつらを賭けてもいいね」

船員のふるまいはボートでも注意すべきものだったが、船に戻ってきたときにはまさに危機がそこまで迫っていた。船員たちは甲板に横になって、不満をぶちまけていた。ささいな命令1つでも、ふくれっつらでしぶしぶと適当にそれをこなした。正直な船員までもがその悪い影響をうけたにちがいない。なぜなら他人を正そうというものは一人だっていなかったのだから。反乱が、明らかに、雷雲のように僕らの頭上におおいかぶさっていた。

ただこの危険をみてとったのは、キャビンの僕たちだけではなかった。ロング・ジョンはこちらのグループからあちらのグループへと熱心に行き来して、懸命にいろいろ忠告していた。手本としては、誰もこれほどよい手本はしめせないくらいだった。やつは確かに、やる気も礼儀正しさもいつも以上だった。誰に対しても笑顔で接し、もし命令を受ければ、すぐさま松葉杖をついて、このうえなく機嫌よく「アイ、アイ、サー」と答えたものだ。何もやることがない時には次から次へと歌を歌い、それはまるで他のものの不平不満を隠そうとでもするかのようだった。

憂鬱な午後の全ての憂鬱な出来事の中でも、このロング・ジョンの明らかな心配りはもっとも悪いことのように思われた。

僕たちは、キャビンで相談した。

「さて、」船長は言った。「もしもう一つでも命令をだすようなことをしたら、船全体が一気に雪崩をおこしますよ。気づいたでしょう、こんな具合です。私にすら乱暴な返事をするんですから、私にですよ。もし私が言い返せば、その瞬間にやりが何本も飛んでくることでしょう。なにも言い返さなければ、シルバーがなにかあるぞと気づきますから、そうしたらお手上げです。さてわれわれが信頼できるのはたった一人ですな」

「それは誰ですか?」大地主さんが尋ねた。

「シルバーですよ」船長は答えた。「やつは私やあなたと同じくらい事態を落ち着かせようとしてるんです。今はつまらんいさかい程度ですから、チャンスがあればすぐに説得してやめさせるでしょう。私が言いたいのは、そのチャンスをやつに与えてやろうということです。船員たちに午後の上陸を許してやりましょう。全員で行けば、船を操縦できるし、誰もいかなければ、いいでしょう、キャビンに立てこもるんです、神が正しきものを守ってくれるでしょう。何人かがいけば、覚えておいてください、シルバーがやつらを子羊みたいになだめて船につれもどしますよ」

そうすることに決めて、弾をこめたピストルが確かな味方に配られた。ハンター、ジョイス、レッドルースに秘密を打ち明けたが、僕たちが考えていたより大して驚きもしなかったし、ずっとやる気に満ちていた。そして船長が甲板にもどって、船員たちに話をした。

「君たち」船長は言った。「本日は暑いし、みんな疲れていて元気がない。上陸してもなにも悪いことはあるまい、ボートはまだ海上だし、ひとっぱしりしてくれたまえ。午後の間は、何人上陸してもかまわない。日没の30分前に号砲でしらせることにする」

僕は信じているが、あのばかなやつらはこう考えていたにちがいない。上陸すれば、宝物で向こうずねをうつだろうなんて。というのも、全員すぐさまふくれっつらをやめて、遠くの山でもこだまするくらいの声でバンザイをしたからだ。鳥たちはまた羽ばたいて、停泊場所の周りで鳴きさけんだ。

船長は賢かったので、じゃまするようなことはしなかった。すぐさま姿をけし、一行を取りまとめるのはシルバーにまかせた。船長がそうしたのは本当によかったと思う。もし船長が甲板にいたら、状況に目をつぶっているふりをすることは、もはやできなかっただろう。状況はきわめて明白だった。シルバーが船長で、反乱をおこす頑強な船員たちを掌握していた。正直な船員は、僕はすぐにそういうものがいたことを知るのだが、とてつもなく頭がわるいやつらだったにちがいない。もしくは、本当のところはこうだったのだろう。船員たちはみんな首謀者に影響されてただけだと、それ以上でも、それ以下でもないのだろう。そして少数のものはもともと善良なので、それ以上影響をうけて悪くなることもなかったのだろう。怠けてこそこそずるをするのと、船を乗っ取って罪のない人をたくさん殺すのはそもそもまったく別のことなのだ。

とにかく、とうとう一行がまとまった。6人の船員が船にのこり、残りのシルバーを含む13人がボートに乗りこみだした。

僕らの命を救うのに重要な役割を果たしたあの狂った考えの最初の一つが、僕の頭に浮かんだのはその時だった。シルバーが6人をのこしたとすれば、船を乗っ取って戦えないのは明らかだった。6人しか残らないのだから、キャビンの人たちにも僕の助けが当座必要ないのも、また明らかだった。僕はすぐさま上陸しようと思い立ったのだ。すぐに船の側面から滑り降りると、一番近いボートの前の三角の部分にもぐりこんだ、と同時にボートは押し出された。

誰も僕には気づかず、ただボートの漕ぎ手だけが「ジム、おまえか、頭を下げてろ」と言っただけだった。ただシルバーは他のボートから、めざとくこちらを見ていて、それが僕かどうか確かめようと大声をだした。その時から、はやくも僕は自分のしたことを後悔しはじめた。

船員たちは、浜辺まで競走した。僕の乗っていたボートはスタートも早かったし、軽くてまた漕ぎ手もよかったので、他の船をはるかに引き離し、ボートの先が岸の木の間につっこむと、僕は一本の枝につかまってぶらさがり、手近の茂みに飛びこんだ。シルバーや他の船員たちは100ヤードは後ろにいた。

「ジム、ジム!」シルバーが叫ぶ声が聞こえた。

しかし当然のことながら、僕は注意を払わなかった。飛び跳ねて、しゃがんで、かき分けたりしながら振りかえらずにもうこれ以上走れないというところまでまっすぐ走った。

14 最初の一撃
僕はロング・ジョンをまいてやったのがとてもうれしくて、気分がよくなって今いるこの見なれない土地を興味深く見まわした。

僕は、柳やガマやその他の奇妙な辺地の木々が一面に生い茂っている沼地を横切って、起伏にとんだ広々とした砂地のはずれにでてきた。その砂地には、松の木が何本かとたくさんのねじれた木が生えていた。ねじれた木の大きさは樫の木ほどで、葉の青白さは柳のようだった。広場の向こう側には1つの山があり、風変わりな岩でごつごつした2つの頂が日の光でぎらぎらと輝いてた。

僕ははじめて、探検の喜びを身をもって感じた。この島は無人島で船員たちははるか後だし、僕の前には口のきけないけものと鳥の他になにも生き物はいなかった。僕は木々の間をあちこち歩きまわり、至るところで見たことのない花をつけた植物も見かけたし、あちこちで何匹も蛇を目にした。その一匹は岩だなから鎌首をもたげ、僕に向かってシューというコマがまわる時のような音をたてた。その時はそれが噛まれると死に至る蛇で、その音が有名なガラガラ蛇の音とは思いもしなかった。

それからあの樫みたいな木が、それは常緑の樫とか呼ばれているとあとで聞いたが、長く続いているところまでやってきた。その木は黒イチゴみたいに砂地に低く生えていて、大きな枝が奇妙にねじれていて、葉は草ぶき屋根みたいに密集していた。低木の茂みは砂丘の一つの頂上から続いていて、下の方にいくにつれ広がるとともに背が高くなり、アシのしげった広い沼地の端まで達していた。その沼地に一番近い小川がしみでて、停泊場所まで流れだしていた。沼の水は強い太陽で蒸発しており、望遠鏡山の輪郭はゆらゆらとぼやけていた。

とつぜんガマの中からざわめきが起こり、一匹の野鴨が叫び声をあげて飛び立つと、次々とあとが続いた。すぐさま沼の上空全体を鳥の大群が叫びながら輪を描いて飛びまわった。僕は船員たちの誰かが沼地の端に近づいてくるに違いないとすぐに思った。果たせるかな、すぐにかなり遠くから一人の男の低い声が聞こえてきた。しばらく耳をすませていると、声はだんだん大きくそして近くなった。

僕はとても怖くなって、すぐ近くの常緑の樫のしげみにもぐりこんでうずくまり、ネズミのように静かに耳を傾けていた。

他の男の声が答えて、最初の声が、それはシルバーのものだとわかったが、もう一回話しはじめ、とうとうと長いこと話をつづけた。そして相手は時々口をはさむだけだった。その調子から、二人は熱心に、ほとんど激しいといってもいいくらいの調子で話しあっていたに違いない。ただはっきりした言葉は、一言もききとれなかった。

とうとう二人はしばらくだまりこんで、どうやら座りこんだらしかった。というのも二人はそれ以上近寄ってこなかったし、鳥もだんだん静かになり、再び沼地のもとの場所にもどりはじめたのだ。

そしてその時、僕は自分が本来の仕事を忘れていたのに気がついた。無鉄砲にもこんなやつらと一緒に上陸したからには、せいぜいできることはやつらの相談を盗み聞きすることだ。僕の当然の明白な義務は、この低く這っている木々に都合よく隠れて、できるかぎり近づくことだと思ったのだ。

僕には2人がいる方向が、彼らの声だけではなく、その侵入者の頭上で警戒するように飛んでいる鳥のようすで、かなり正確にわかった。

四つんばいで這いつくばって、そろそろと、ゆっくり2人の方へ移動した。そしてとうとう葉の隙間から頭をあげると、沼の側の小さな緑の谷を見下ろすことができ、そこには木々が群集して生えており、ロング・ジョン・シルバーともう一人の船員が向かい合って立ち話をしていた。

日はさんさんとふりそそいでいた。シルバーは帽子をかたわらの地面になげだしていて、やつの大きなすべすべした色白の顔は暑さで光り、何かを訴えるように相手の方を向いていた。

「相棒や」シルバーは話していた。「これもわしがお前を尊敬してるからだぜ、尊敬してるんだ、信じてくれ! もしお前のことが気に入ってなければ、ここまできて警告すると思うかい? もう決まってるんだ、どうしようもないよ。わしが話してるのもおまえの首を救うためだ。乱暴なやつらのだれかがこれを知ったら、わしの立場はどうなる、トム。さぁ、わしはどうすればいい?」

「シルバー」相手の男は言った。僕はその男が顔をまっ赤にして、カラスみたいにしゃがれた声で話してるのに気がついた。そしてその声は、一本のはりつめたロープのように震えていた。「シルバー」と続けた。「おまえさんは年をとった。おまえさんは正直だ、というかそういう評判だよ。おまえさんは金ももってる、たくさんの貧乏な水夫が持ってないぐらいのな。おまえさんには勇気がある。いやわしの勘違いかな。教えてくれ、おまえさんはあんなやつらの仲間になろうっていうのかい? おまえさんが! 神さまがわしを見てるのと同じくらい確かなこった、それぐらいならわしは手がなくなってもかまわんぞ。もしまた自分の義務にそむいたら、」

そして突然、その男の声は物音にかき消された。僕は正直な船員の一人を見つけたが、ここでそれと同時にもう一人の正直な船員の消息がわかったのだ。沼の遠くのほうで突然、怒りの叫び声のような音がして、それからその声に引き続いて別の声が、恐怖にふるえた長く響く悲鳴が聞こえた。望遠鏡山の岩々が何度もその声を響かせた。全ての沼の鳥が再び舞いあがり、一斉に羽ばたいて空を暗くした。死の絶叫が長いこと僕の頭でなりひびいたが、しまいには静かになり、舞い降りてくる鳥の羽音と遠くの波の打ち寄せる音が午後の静寂を乱すだけだった。

トムは、拍車がかかった馬のようにその音に飛びあがった。ただシルバーは瞬き一つしなかった。じっとその場に立ちつくし、軽く松葉杖にもたれながら、トムのことを今にもとびかからんとする蛇のように見つめていた。

「ジョン!」トムは手を差し出しながら言った。

「さわるんじゃねぇ!」シルバーは叫ぶと、1ヤードほど飛びのき、僕にはその動きは訓練をつんだ体操選手のスピードと防御のようにさえ思われた。

「触らんよ、おまえさんが嫌ならな、ジョン・シルバー」相手の男はそう言うと、「おまえさんがわしを怖がるのは、良心がとがめるからだぞ。ただいったい全体、あの音はなんなんだ?」と続けた。

「あの音か?」シルバーは微笑みながら、ただもっと警戒しながら答えた。そしてあの大きな顔で目をこれ以上ないくらい細くして、ガラスの破片のようにかすかにきらめかせていた。「あの音か? あぁわしが思うにあれはアランだな」

その時、トムは勇者のようにかっとして、

「アラン!」と叫んだ。「本物の船乗りとして安らかに眠るように! おまえ、ジョン・シルバー、長いこと仲間だったが、もうわしの仲間じゃねぇ。わしは犬コロみたいに死んでも、義務は果たすつもりだよ。おまえらはアランを殺したんだな、そうだろう? わしも殺すがいい、やれるもんならな。できるもんならやってみろ」

それだけ言うと、この勇気のある男は料理番にくるりと背を向け、浜辺の方に歩き出した。ただそれほどは歩けない運命だった。一声あげるとジョンは木の枝をつかみ、松葉杖をすばやく脇からとりだし、その荒っぽい飛び道具をぶーんとほうり投げたのだ。それはかわいそうにトムにすごい勢いで命中した。杖の先っぽが、背中の真ん中あたりのちょうど両肩の間に的中したのだ。トムの両手があがり、あえぐような声がもれ倒れた。

致命傷だったかどうかは誰にもわかるまい。ただ十分すぎるほどで、当った音から判断すれば、背骨は当った場所で折れたにちがいない。しかしシルバーは起き上がる余裕も与えなかった。足も松葉杖もないのに猿みたいにすばしっこく、次の瞬間にはトムに馬乗りになり、抵抗しない体にナイフを根元まで2度も突きさした。僕の隠れている場所からも、突きさすときにシルバーがぜいぜい息を切らしているのが聞こえるくらいだった。

僕は気が遠くなるということがどういうことかちゃんとは知らないが、それからしばらく、僕の周りの世界が渦巻く霧のなかでふらふらしていたのは間違いない。シルバーと鳥たち、そして高い望遠鏡山の頂上が、僕の目にはぐるぐる上下さかさまに回ってみえ、僕の耳にはあらゆる種類のベルが鳴り響き、遠くで叫ぶ声が聞こえた。

僕が再び気づいたときには、あの怪物も立ち直っていて、松葉杖を脇にはさみ帽子もかぶっていた。シルバーの目の前には、トムがぴくりとも動かず草地の上で横たわっていた。でもこの殺人者はそれを気にするでもなく、そのあいだ一束の草で血で汚れたナイフをきれいにしていた。その他には、なにひとつ変わったことはなく、太陽は容赦なく蒸発している沼や山の頂上を照りつけていた。僕には信じられなかった。僕の目の前でついさっき殺人が実際に行なわれ、一人の生命が無残にも断ち切られたということを。

そしてジョンは手をポケットにいれると笛をとりだし、様々な調子で吹き分け、その音は暑い空気の中を遠くまで響き渡った。僕にはもちろんその笛の意味はわからなかったけれど、すぐに恐怖に襲われた。たくさんの男たちがやってくるのだろう。僕は見つかってしまうかもしれない。やつらはすでに2人の正直な人を殺してる。トムとアランに続けて、僕が殺されるんじゃないだろうか?

すぐさま僕は逃げ出すことにして、できるかぎり早くそして静かに森のもっと開けた場所まで、這ってもどりかけた。そうしていると老海賊と仲間たちでやりとりされる合図が聞こえてきて、その危険な音は僕の足をいよいよ急がせた。茂みを抜け出すとすぐに、これ以上ないくらい早く駆け出した。方向も、殺し屋どもから逃げ出せればどちらでも構わなかった。走っていると恐怖はだんだん膨らんでいき、しまいには狂ったみたいに駆け出した。

確かに、僕ほどお先真っ暗なものはいるだろうか? 号砲がなっても、どうしてあの悪魔たちの間に混じってボートのところまで降りて行けるだろうか? どうして最初に僕をみつけたやつが、シギの首でもひねるように僕の首をひねらないといえるだろうか? 僕がいなかったこと自体が、やつらには僕が気づいている、つまりはあの命にかかわることを知っているという、証拠にならないといえるだろうか? 僕はもうだめだ、と思った。ヒスパニオーラ号、さようなら。さようなら、大地主さん、先生、そして船長! もう僕は餓死するか、反乱者の手にかかって殺されるかだ。

こうしていながら、前にも書いたとおり僕は走りつづけていた。そうとは気づかずに、僕は2つの頂上がある小さな山のふもとまで来ていた。そして常緑の樫がよりまばらに生い茂っているところにやってきて、そこでは実も大きさも普通の森の木のように見えた。その常緑の樫に混じって、2、3本の松があり、50フィート、また70フィート近くの高さのものもあった。空気も沼のあたりに比べれば、さわやかな香りがした。

ここでも僕は新たな驚きに襲われ、どきどきしながら立ちつくすことになるのだった。

15 島の男
山の斜面はこのあたりでは険しく石がごろごろしていたが、そこから小石がくずれてゴロゴロと木々の間を転がって落ちてきた。僕がはっとしてそちらを向くと、影がものすごい速さで松の幹の後に飛びこんだのが見えた。それが何だったか、熊なのか、人なのか、猿なのか僕には見分けがつかなかった。黒くてけむくじゃらに見えたが、それ以上はわからなかった。ただこの新しい不思議なことで、僕の足は恐怖にすくんだ。

今、僕はどちらに進むこともできなかった。背後には殺し屋ども、前方には得体の知れないものが隠れている。すぐに僕はぜんぜんわからない危険より、まだ正体が分かっている危険の方を選ぶことにした。シルバーだってこの森の化け物にくらべれは、ずっとましだ。そこでくるりときびすを返して、後ろを油断なく振りかえりながらボートの方へ何歩か戻りはじめた。

すぐにまたその化け物が現われ、大きくぐるりとまわって僕の先回りをした。僕はとにかく疲れていて、まあたとえ朝起きた時とおなじくらい元気いっぱいでも、こんな相手にスピードを競ったって無駄だってことはすぐわかった。幹から幹へと化け物は鹿のように軽やかに走り、人間みたいに2本足で走ってはいたが走る時ときたらほとんど体を2つに折りまげていて、僕はそれまでこんな人間は見たこともなかった。ただそれが人であることには間違いなかった。

僕は人食い人種の話を聞いたことがあるのを思い出し、もう少しで助けをよぶところだった。でもとにかく人だということがわかって、どんな野蛮人でもとにかく安心した。それと比較して、シルバーに対する恐れは再び大きくなりはじめた。そこで僕は立ち止まって、急いでなにか逃げる方法がないか見つけ出そうとした。そう考えていると、ピストルをもっていることをはっと思い出した。自分が武器をもってることを思い出し、僕の心に再び勇気が宿った。意を決してこの島の男に正面から向き合うと、そちらにつかつかと歩みよった。

この男はこのとき他の木の幹にかくれていたが、僕をよく観察していたにちがいない。というのも僕がその男の方に歩いて行くと、再び姿をあらわして、僕と向き合うために一歩踏み出したからだ。それからちょっと躊躇して引き返そうとしたが、また前に足を踏み出して、しまいに僕がびっくりしてどきまぎしたことに、ひざまずいて両手を組み合わせ嘆願するように差し出したのだ。

そこで僕はもう一度歩みをとめた。

「君はだれだい?」

「ベン・ガンだ」と答えたその声はしゃがれていて聞き取りにくく、まるでさびた錠前みたいだった。「かわいそうなベン・ガンだ、おれは。キリスト教徒と口を聞いたのは3年ぶりだよ」

その男は僕と同じ白人でその容貌は魅力的といってもいいくらいだったし、肌はむき出しになっているところは日に焼けていて、唇はほとんど真っ黒だった。そしてきれいな目はその汚い顔でもひときわ目立っていた。僕がこの目で見たり想像したことのあるあらゆる乞食の中で、みすぼらしさではこの男こそが一番だった。古い船の帆と古い船員の服で作ったぼろきれを身にまとっていて、そのつぎはぎは、真鍮のボタンだとか、木片、タールまみれの帆をたたむ時の金具だとか、ありとあらゆるぶかっこうな留め方で留めてあった。腰まわりには真鍮のバックルのついた革のベルトをしており、それが着ている物のなかで唯一まともなものだった。

「3年だって!」僕は叫んだ。「難破したのかい?」

「ちがうよ、おまえ」ベンは言った。「置き去りさ」

僕もそれは聞いたことがあった。海賊のあいだではよくある恐ろしい罰で、罰を受けるものに火薬と弾丸を少しだけ持たせて、どこか遠くの無人島に上陸させて置いてくるというものだということだった。

「3年前に置き去りだぁ」ベンは続けた。「それからは、ヤギと野イチゴと牡蠣を食べて生きてきたんだ。人間ってものはどこにいても、そうだ、人間はなんとか自給自足でやってけぇるんだ。でも、あんた、キリスト教徒の食いもんが欲しくてたまんねぇな。あんたはもしかしてチーズを一切れでももってやしねぇか、今だよ? ないって? やれやれ、いく晩も長い夜更けにチーズの夢を見たもんだよ、こんがりと焼けたやつの夢をな、たいがい。ただ目を覚ますと、ここにいるわけだ」

「もし僕がまた船にもどれたら」僕は言った。「たっぷりチーズをやるよ」

このあいだずっと、ベンは僕の上着の材質をさわったり、僕の手をなでたり、僕のブーツをみたりしていた。話をしているあいだも、人間がいることが子供のようにうれしくてたまらないようだった。ただ僕の最後の言葉を聞くと、はっと顔をあげた。その顔はおどろくほどずるそうな顔をしていた。

「もし船にもどれたら、って言ったな?」ベンは繰り返した。「どうして、だれが邪魔するんだい」

「君じゃないことはわかってるんだけどね」僕はそう答えた。

「それは間違いないよ」ベンは叫んだ。「ところで、おまえは、おまえはなんて名だい?」

「ジムだよ」僕は答えた。

「ジム、ジム」ベンは全く大喜びで、その名前を口にした。「さて、いいかい、ジム。おれは人には聞かせられないような放浪生活をしてきたんだ。それでたとえば、おれには敬虔なおふくろがいたなんて信じられるかい、おれをみてさ?」ベンは尋ねた。

「いや、べつに、信じられないこともないよ」僕は答えた。

「まぁ、とにかく」ベンは言った。「おれにはとても敬虔なおふくろがいたんだよ。で、おれも礼儀正しい敬虔なぼうやだったんだ。それで次から次へとものすごい速さで教義問答に答えたりしたもんだよ。それがこの始末だ、ジム。ぜんぶあのいまいましい墓石にファーシング銅貨を投げたことからはじまったんだ! あんな風にはじまって、こんな風になっちまった。おふくろはそうおれに言ってたよ。ぜんぶお見透しだったんだ、おふくろはな、敬虔な人だったよ! おれがここに来たのも神のおぼしめしなんだろうなぁ。こんなことを全部この島で一人っきりで考えてたんだから、また敬虔になったんだよ。もうおれがラムをたっぷり飲むとこを見ることもなかろうな、まあ最初の一口くらいは景気づけにやらせてもらうがな。おれはいい人にならなくちゃいけないんだ。その方法もわかっちゃいるんだがな。それにな、ジム」とあたりをうかがい、ひそひそ話をするくらい声を小さくするとこうつづけた。「おれは金持ちなんだ」

僕がその時思ったのは、かわいそうにこんなところに一人で取り残されて気が狂ったに違いないということだった。僕はたぶんそう思ったことを顔に出してしまったんだろう。ベンはむきになってその言葉を繰り返した。「金をもってるんだ! 金を! そう言ってるんだ。どうしてか説明するよ。おまえを男にしてやらぁ、ジム。あぁ、ジム、運に感謝しなよ、そうだ、おまえはおれを見つけてくれた最初のやつだもの!」

そしてこの時とつぜんベンの顔がくもり僕の手を強くにぎると、人差し指を脅すように僕の目の前につきだした。

「なぁ、ジム、本当のことを言ってくれよ。あれはフリントの船じゃねえよな?」とベンは尋ねた。

そして僕はいいことを思いついた。僕は味方を一人みつけたということに思い当たって、すぐに答えた。

「フリントの船じゃないさ、それにフリントは死んだんだよ。でも君が聞いたから、本当のことを言う。フリントの手下が何人か船にのってるんだ。僕らとしては運が悪いことにね」

「一本、足の、男はいねぇだろうな」ベンはあえぎながら尋ねた。

「シルバーのことかい?」僕は尋ねた。

「あぁ、シルバーだ!」ベンは言った。「それがやつの名前だよ」

「やつは料理番で、反乱のリーダーだ」

ベンはまだ僕の手首をにぎっていたが、そのときはそれに力をこめた。

「ロング・ジョンに言われて来てるんなら、」ベンは言った。「おれはなんにもできないブタも同然だな、わかるんだよ。だけどおまえはどういう立場なんだい? どうするつもりなんだ?」

僕はすぐに心を決めて、それに答える代わりに僕らの航海の話を全部と僕らがはまりこんだ苦しい立場について話した。ベンは僕の話を興味ぶかく聞いていたが、話し終わると僕の頭をぽんぽんとたたいた。

「おまえはいい子だ、ジム」ベンは言った。「あんたらは徳利結びにみたいに困ってる立場ってことだな? よしよし、ベン・ガンを信じてくれ、ベン・ガンはやる男だよ。さて、大地主さんっていうのは人を助ける時には心の広い人かな、特に自分も困った立場の時にな、ジム、おまえの意見はどうだい?」

僕は、ベンに大地主さんはすごく心の広い人だと教えてやった。

「そうかい、でもわかるだろ」ベン・ガンは答えた。「おれが言ってるのは、門番にしてもらったりとか仕立てのいい服をくれたりとかそんなことじゃねぇ。そういうことを言いたいんじゃねえんだ、ジム。おれが言いてぇのは、大地主さんはある男のものになってるも当然のお金から大金を、そうだなぁ、1000ポンドばっかり分けてくれそうかってことだよ?」

「それは絶対だよ」僕は言った。「だって、みんなに分け前があるんだから」

「あと故郷にも帰れるよな?」ベンは抜け目ない顔でつけくわえた。

「もちろん」僕は叫んだ。「大地主さんは紳士だよ。それにやつらを追っ払えれば、帰る手伝いもしてもらわなきゃならないし」

「あぁ」ベンは言った。「そうかい」そしてとても安心したようだった。

「さて、どうして金持ちかを言わなきゃな」ベンは続けた。「これだけしか話さないし、後は何一つ言わない。おれはやつが宝物を埋めたときに、フリントの船にのってたんだ。やつとあと6人でな、6人の強ぇえ水夫だ。やつらは一週間は上陸して、おれらはウオレス号にのって岸につけたり離れたりしてたんだ。ある天気のいい日に合図があって、フリント一人が小さなボートに乗って帰ってきた。頭を青いスカーフでくるんでな。日が昇るときで、船首の水切りのところのやつの顔は真っ青だったな。ただやつだけがいたんだ、いいかい、6人はみんな死んだんだ、死んで埋められたんだな。どうやって殺したんだか、船の連中には全然わからなかったよ。争いがあって、殺して、突然の死だったんだろうな、ともかく。6対1だぜ。ビリー・ボーンズが航海士で、ロング・ジョンが操舵係だ。みんな宝物はどこだか尋ねたよ。“あぁ”やつはいったな。“陸に行くんだな。そうしたけりゃな、そのままいりゃあいい”なんて言ったな。“でもこの船はもっとぶちのめすんだよ、こん畜生!”たしかそんな風にいってたな」

「それで、おれは3年後に他の船に乗ってたんだ。この島を見て、“おい”おれは言ったよ。“ここにはフリントの宝物があるんだぜ”陸に上がって探そうじゃねぇか」船長はそれにいい顔しなかったが、船員仲間は大賛成で上陸したんだ。12日間は探したな、毎日ひでぇことは言われるし、ある朝に全員船にもどっちまったんだ。“おまえはな、ベンジャミン・ガン”やつらは言ったよ。“マスケット銃を置いとくぜ”で、こう続けた。“それで鋤とつるはしだ。おまえは一人ここに残って、フリントの金をさがすんだ”そう言ったんだ」

「で、ジム、3年もここにいるわけだ。その日から今日まで、キリスト教徒が口にするものは一口だって食べちゃいない。でもここを見ろよ、おれだよ、おれを見ろよ。平水夫に見えるかい? 見えないだろ。まあ、平水夫じゃなかったからな」

そういうとベンはめくばせをして、僕をひどくつねった。

「大地主さんにはこう言ってくれよ、ジム」ベンは続けた。「この男はそうじゃないんです、断じてね。そういうんだぞ。3年もこの島にいたんです、昼も夜も、晴れた日も雨の日も。時々はたぶんお祈りもしてたと思いますぜ(そう言うんだよ)。時々はたぶん年取ったおふくろのことも考えてたようですよ、まるでおふくろが生きてるとき、そうしたみたいにね(そう言えったら)。でもたいていの時はガンは(確かにこう言うんだぞ)、たいていの時は別のことをしてたんです。それでおれがやったみたいに大地主さんをつねるんだ」

それで、僕をまたひどく気安い態度でつねった。

「それから」ベンは続けた。「つねるのはやめて、こう言うんだ。ガンはいい人です(こう言うんだぞ)、それでガンは貴いお方を信じてますよ。貴いお方をね、いいかい、自分も昔はそうだった成金より、生まれながらの紳士をね」

「いいよ」僕は言った。「僕には一言も何をいってるのかわからないけどね。でもたいしたことじゃないよ。どちらにしても僕はどうやって船にもどったらいいんだい?」

「あぁ」ベンは言った。「それは問題だな、確かに。そうだ、おれのボートがあるぜ、おれが作ったんだ。あの白い岩の下にあるぜ。最悪のときは、暗くなったらボートを使おうじゃねぇか。おい!」ベンは突然叫んだ。「あれは何だ?」

ちょうどその時、日が沈むまでは1,2時間はあったが、島中に雷鳴のような大砲の音がとどろき鳴り響いた。

「やつらが戦いを始めたんだ!」僕は叫んだ。「僕についてきて」

僕は停泊場所に向かって、恐怖もすっかり忘れて走りはじめた。僕のすぐそばを島に置き去りにされた男がヤギの皮をきて、楽々と軽やかに駆けていた。

「左、左だよ」ベンは言った。「左の方を行くんだよ、ジム! あの木の下のほうだ! はじめておれがヤギを殺したところだ。もうこんなところには降りてこないんだよ。ベンジャミン・ガンを恐れてみんな山の方へ行っちまったんだ。あぁ! ここには、はかはがあるぞ」はかばっていうつもりだったんだろう。「盛り土しているところが見えるかい? ここに来てお祈りしてたんだ、ときどきな、日曜だと思った時にね。確かに教会じゃねぇが、儀式っぽい感じがするだろ。ただ、こういうんだぞ。ベン・ガンは人手不足でしたってな、牧師はいないし、それどころか聖書の一冊や国旗の一本もなかったんです。って言うんだ」

僕が走っている間もベンは話しつづけていて、別に返事を期待するふうでもなかったので、僕もとくに返事をしなかった。

大砲の音につづいて、かなり間があってから、小銃の一斉射撃があった。

また間があり、それから僕の前の四分の一マイルも離れてないところで、英国国旗が森の上にたなびくのが見えた。

四部 防護柵
16 先生による続きの物語:どうやって船を見捨てたか
一時半ごろ、海の用語でいえば三点鐘ごろの時刻に、2艘のボートがヒスパニオーラ号から岸へと向かった。船長と大地主さんと私はキャビンで事態を話し合っていた。もし風が少しでもふいていたら、われわれは船に残っている6人の反乱者に襲いかかり、錨綱を解いて海へと出航しただろう。ただ風はふいていなかったし、ハンターがジム・ホーキンズがボートにもぐりこんで一緒に上陸してしまったと知らせてきたので、どうすることもできなかった。

ジム・ホーキンズをこれっぽちも疑いはしなかったが、安全かどうかは心配だった。あんな気性の船員たちと一緒では、あの子の姿を再び見れるかどうかは五分五分のように思われた。われわれは甲板をうろうろした。松やにが継ぎ目で泡立っており、その場のいやな悪臭が私をむかむかさせた。もし熱病や赤痢の匂いがかげるところがあるとすれば、その不愉快な停泊場所こそがその場所だった。6人の悪者たちは、帆の下にある船首の水夫部屋で座りこんでぶつぶつこぼしていた。われわれが岸の方をみると、河口のすぐ近くに小船はしっかりつながれていて、それぞれに一人ずつの船員が乗りこんでいた。そのうち一人は“リリブレロ”を口笛でふいていた。

待っていることには耐えられないので、ハンターと私は小型のボートで情報を集めに上陸することにした。

2艘の小船は右へ曲がって行ったが、ハンターと私はまっすぐ漕いで、海図にある防護柵の方向へ行くことにした。小船に残っていた2人はわれわれが姿を現したのであわてふためいたようだった。“リリブレロ”をふくのをやめ、2人でどうすべきか相談しているのが見てとれた。もし2人が小船を降りてシルバーの所に相談に行ったら、事態は変わっていたかもしれない。でも命令を受けているらしく、今いる場所に静かに座りこんで、“リリブレロ”を再び口笛でふいた。

海岸線にはやや湾曲した場所があり、私はその場所を挟んでわれわれと2艘の小船が反対側になるようボートを進めた。そのため、上陸する前にすでに2艘の小船は見えなくなっていた。私は船を飛び降り、ほとんど小走りで足を進めた。大きな帽子の下に暑さ対策として絹のハンカチをかぶり、安全のために火薬がつまったピストルを2丁もっていた。

100ヤードも進まないうちに、防護柵に行きついた。

そこはこんな具合だった。きれいな水が湧き出す泉が塚の頂上付近にあった。そして塚のところに泉を囲むように頑丈な丸太小屋が建てられていて、緊急時には40人ほどは入りそうで、四方にマスケット銃を撃つ穴が開いていた。小屋のまわりは広いスペースが作られていて、そして最後に6フィートの柵が作られていて、とびらもなければ開いてる場所もないので、頑丈で時間や労力をかけなければ引き倒すことはできないし、包囲する者は身を隠す場所もないので逃げることができなかった。丸太小屋のなかにろう城するほうが、あらゆる点で有利だった。静かに隠れていればヤマウズラを撃つみたいに相手を撃つことができるのだ。必要なのはしっかりした見張りと、あとは食料があれば十分だった。完全な奇襲でも受けない限り、その小屋は一連隊にだって持ちこたえられたかもしれない。

特に私が気に入ったのは泉だった。ヒスパニオーラ号のキャビンでもわれわれは十分によい場所を占めていた、武器も弾薬や食べるものも、上等なワインも十分だったが、一つだけ見過ごしていたものがあった。それが水だった。私がそのことについて考えていると、島中に人間の死の叫び声がひびきわたった。私にとって非業の死はなじみのないものではなかった。私は国のためにカンバーランド公爵に仕えていて、フォンテノーで負傷したこともある。でも自分の脈が早くなり、どきどきするのが感じられた。最初は「ジムが死んだ」と思ったのだ。

過去に軍人だったこと以上に、現在まで医者であることの方がはるかに役にたった。行動を起こすには、ぐずぐずしている暇はない。そしてすぐに心を決めた。もはや一刻の猶予もなく岸へ引き返すと、小型ボートに飛び乗った。

幸運にもハンターはよい漕ぎ手であり、水の上を飛ぶようにすすんだ。そしてボートはスクーナー船に横付けになり、乗船した。

みんな当然のことながら、動揺していた。大地主さんは顔を真っ青にして座りこんでおり、自分がこんなひどいことにみんなを引きこんだのだと思ってるかのようだった。いい人だ! そして水夫部屋にいる6人の中にも、1人そんな顔色の男がいた。

「こんなことにはなじみがない男が一人います」スモレット船長がそう言いながら、一人の男をあごで指し示した。「やつはあの悲鳴を聞いたときはほとんど気絶しそうでしたよ、先生。もうひと押しでもしてやれば、われわれの方につきますよ」

私は自分の計画を船長に話し、2人で実行に際しての細かいところまでつめた。

われわれはレッドルースをキャビンと船首の水夫部屋の間の通路に配して、3、4丁の充填したマスケット銃と防弾用にマットレスを与えた。ハンターはボートを船尾の丸窓の下にもってきた。ジョイスと私はボートに火薬の缶や、マスケット銃やビスケットの入った袋や、豚肉の小さいたるや、コニャック一樽や私にはなにより大切な薬箱を積みこんだ。

そのあいだ、大地主さんと船長は甲板にとどまって、船長は舵取りに声をかけた。舵取りが船に乗っている者の頭だった。

「ハンズ君」船長は言った。「いまわれわれ2人は、それぞれ2丁ずつピストルをもっている。もしおまえら6人の誰かが合図みたいなことでもしようもんなら、死がまってるぞ」

やつらはすっかりあっけにとられた。少し相談して、全員船首の昇降口を転がり降りて行った。たぶんわれわれの背後をとろうと考えたのだろう。でもレッドルースが円材がでてる通路で待ち構えているのを見ると、すぐさま転じて、再び頭を甲板にひょっこり出した。

「降りるんだ、犬!」船長がさけんだ。

そして再び頭はひっこめられた。しばらく6人の臆病な船員は物音ひとつ立てなかった。

この時までには、手あたりしだい物を投げ込んで、小型ボートに積めるだけのものは積みこんだ。ジョイスと私は船尾の丸窓から船の外にでて、再びオールが折れんばかりのスピードで岸まで急いだ。

この2回目の上陸は、岸の見張りをかなり驚かせたようだった。“リリブレロ”も再び止んでいたし、少し湾曲しているところで2人の姿が見えなくなる直前で、1人が岸へとび移り姿をけした。計画をかえてやつらの小船を壊してやろうかと思ったが、シルバーやその他のものがすぐ近くにいるかもしれず、欲張ると上手く進行している全てがだめになってしまうので思いとどまった。

われわれはすぐに前回とほとんど同じ場所に上陸して、丸太小屋に荷物を積み込みはじめた。最初は三人全員で、持てるだけの荷物をかかえ、防護柵ごしに投げこんだ。それからジョイス一人を荷物番に残し、ただマスケット銃は6丁はあったと思う、ハンターと私が小型ボートまでとってかえし、もう一度荷物を運び出した。そして全てを運び終えるまで一休みもせず荷物を運び、2人の召使を丸太小屋でそれぞれの配置につかせて、私は全力で漕いでヒスパニオーラ号にもどった。

2回もボートを出す危険をおかすなんて向こうみずに思われるかもしれないが、実際はそうでもなかった。やつらは確かに数では優っていた。でもわれわれは武器で優っていたのだ。岸の見張りのだれもマスケット銃を一丁も持っていなかったし、やつらがピストルの射程距離に入って来る前に、少なくとも6人ぐらいは軽くしとめられる自信はあった。

大地主さんは千部の丸窓のところで私を待ちかまえていて、もう気を確かにしていた。船をつなぐ縄をもち手早く括りつけると、われわれは死にもの狂いで荷物を積み込みはじめた。豚肉、火薬、ビスケットを積み込み、あとは大地主さん、私、レッドルース、船長それぞれがマスケット銃と短剣を1つずつ持っているだけだった。武器と火薬の残りは、2尋半ほどの深さの海に投げ捨ててしまった。われわれはそのすばらしい武器がずっと深いきれいな砂底で、日の光にきらきらと輝いているのを見ることができた。

この時までには潮が引き始めていて、船は錨を中心に向きを変えていた。2人の見張りがいるあたりから、かすかにどなるような声が聞こえた。ジョイスとハンターがいるのはそれより東の方だったので安心はしたが、もうわれわれ一行が船を離れた方がいいということの警告に思えた。

レッドルースは、廊下の持ち場から引き上げてきて、ボートに飛び乗った。そしてスモレット船長に都合がいいように船の船尾の突き出しているところまでボートをまわした。

「さて、おまえら」船長は言った。「聞こえるんだろうな?」

水夫部屋からは誰も答えるものがいなかった。

「おまえだ、アブラハム・グレー、おまえに話してるんだ」

まだ答えはなかった。

「グレー」スモレット船長は声を大きくして再び言った。「私はこの船を離れる、そしておまえに、おまえの船長についていくように命令する。私にはおまえが本当はいいやつだってことが分かっている、まああえて言えば、おまえらのだれ一人とっても自分が思ってるほどの悪党じゃないんだがな。ここに時計がある、30秒、私といっしょにくるかどうか時間をやる」

一瞬の間があった。

「さあ、忠実な部下よ」船長は続けた。「ぐずぐずしている場合じゃないぞ。私の命やここにいる紳士がたの命も刻一刻、危険にさらしてるんだからな」

とつぜん、取っ組み合いが起こり、なぐりあう音が聞こえ、片頬にナイフの傷をつけたアブラハム・グレーが飛び出してきて、笛をふいた主人のところに来る犬のように一直線に船長のところまで駆けてきた。

「いっしょに連れてってくだせぇ、船長」グレーは言った。

その次の瞬間には、グレーと船長はボートに飛び乗った。われわれはボートを一押しして一生懸命に漕ぎはじめた。

われわれは船をあとにしたが、まだ防護柵の中までは行きついていなかった。

17 先生による続きの物語:小型ボートの最後の航行
この5回目になる航行は、前回のどの航行とも全く違ったものだった。第一に、われわれの乗っているこの小さな壺みたいなボートは明らかに過積載だった。5人の大人が乗っていて、しかもそのうちトレローニーさん、レッドルース、船長の3人は背丈が6フィートを超えていたから、それだけでも船で運べる量を超えていた。それに加えて、火薬、豚肉、パンの入った袋があった。ボートの後ろは船べりまで水がせまっていた。何回もボートは水をかぶり、100ヤードも行かないうちに私のズボンと上着のすそはびしょぬれになっていた。

船長がわれわれの座る位置を調整し、ボートのバランスを上手くとってくれて、船はすこしは水平に近くなった。ただ依然として、息をするのにもびくびくするほどだった。

第二に、引き潮になり、強いさざなみのたつ流れが入り江の中を西の方に流れ、それから南の方へ、そしてわれわれが朝入ってきた海峡を海の方へと流れていた。さざなみでさえ、われわれの過積載の船には危険だった。でもなんと言っても最悪だったのは、本来のコースから離れ、目標の上陸地点から離れていっていることだった。流れのままにしていたら、われわれはあの海賊の船のそばに着岸して、そこへ海賊たちがいつ何時現れても不思議ではなかった。

「船を柵の方へ向けておけません、船長」と私は言った。私は舵をとり、船長とレッドルース、2人の元気いっぱいの男がオールをこいでいた。「潮のせいで流されているんです。もう少し強くこげませんか?」

「ボートがひっくり返ります」船長は言った。「持ちこたえてください、先生、どうか進んでいくのがわかるまで持ちこたえてください」

私はなんとかやってみたが、潮がわれわれを西の方へ流すので、へさきは東へ向いてしまった、つまりわれわれが向かわなければならない方向に対して、ちょうど直角になったのだ。

「このままじゃ着岸できません」私は言った。

「それがわれわれのとりうる唯一のコースなら、先生、そのコースをとらざる得ないでしょう」船長は答えた。「流れにさからいましょう。わかりますな、先生」船長は続けた。「上陸場所の風下に流されでもしたら、どこに上陸できるかわかりません、おまけに海賊の船に襲われる恐れさえありますから。としても、われわれが進んでいく方では流れもゆるやかになるだろうし、そうすれば岸に逃れられるでしょう」

「流れはもう大丈夫ですよ、船長」へさきに座っているグレーが言った。「船の速度を少しゆっくりにしても大丈夫でしょう」

「ありがとう、君」まるで何事もなかったかのように、私は答えた。というのもわれわれはすでに口には出さないが、彼をわれわれの一員として取り扱うことを心に決めていたのだ。

突然、船長が再び口火を切った。そして私は船長の声色が少し変わったのに気づいた。

「大砲だ!」船長は言った。

「私もそれは考えましたよ」私は言った、というのも私は船長はとりでの砲撃のことを考えていると思ったのだ。「やつらは大砲を上陸させられないでしょう、出来たとしても森の中を運ぶなんてできっこないですよ」

「後ろをごらんなさい」船長は答えた。

われわれは9ポンド砲のことをすっかり忘れていた。恐ろしいことに、5人の悪党どもが立ち回っていて、航海の間は丈夫な防水コートと呼んでいたカバーを外していた。そればかりでなく、同時に私がぴんときたのは、砲弾と大砲の火薬を残してきたことだった。斧のひと振りでそれらは全部、船の悪党どものものになるのだ。

「イスラエルはフリントの砲手だったんだ」グレーはしわがれ声で言った。

あらゆる危険を冒して、われわれはボートのへさきをまっすぐ上陸地点へと向けた。このときは、われわれは流れからはすっかり離れていたので、やむをえずゆっくり漕がざるえなかったが、舵をきかせることはできた。私はボートを上陸地点にしっかり向けておくことができた。しかし最悪なことに私が今とっているコースだと、ヒスパニオーラ号に船尾を向ける代わりに舷側をむけることになるのだった。それは納屋のとびらみたいなものでかっこうの標的だった。

私にはブランデーづけの悪党イスラエル・ハンズが砲弾を一つ甲板にどしんと投げ出したのが、目に見えただけでなく耳にもその音が届いた。

「だれが一番射撃が上手い?」船長はたずねた。

「断然トレローニーさんです」私は言った。

「トレローニーさん、やつらのうちで一人でも狙って撃ってもらえませんか? ハンズがいいですな、できれば」船長は言った。

トレローニーさんは全く動ずることもなく、自分の銃の火薬の装填を調べた。

「ただ」船長はさけんだ。「静かに撃ってくださいよ、そうしないとボートがひっくり返りますから。ねらいをつけているときは、バランスをとるよう準備してください」

大地主さんは銃をもちあげ、ボートが止まり、われわれはバランスをとるために反対側にもたれかかった。全ては上手くいって、ボートは一滴も水をかぶらなかった。

やつらもこのときには、大砲を回転台の上で回転させ、ハンズは砲弾をつめる棒をもって砲口のそばに立っており、したがって一番姿をさらしていた。ただわれわれには運が悪いことに、トレローニーさんが撃ったそのときハンズはかがみこみ、銃弾はハンズをかすめていった。倒れたのは、他の4人のうちの1人だった。

倒れた男の叫びに呼応したのは船上の男たちだけではなく、岸からもいろいろ声が聞こえてきた。そのほうをみると、他の海賊たちが木々の間からぞろぞろ出てきて、船のそれぞれの場所にころがりこんだ。

「やつらの船がきますよ」私は言った。

「では、全速力だ」船長は叫んだ。「ひっくり返らないように気をつけてなんていられない、岸に着けなきゃおしまいです」

「片方の船にしか人は乗ってませんよ、船長」私は付け加えた。「どうやらもう一方の船にのってるやつらは、岸づたいにわれわれの行く手をさえぎるつもりらしいですな」

「やつらは息を切らしてるでしょう、先生」船長は答えを返した。「陸に上がった船乗りですからな。やつらのことなんて全然気にしてません。私が気にしているのは、砲弾です。カーペットボーリングみたいなもんです! はずすわけないですよ。大地主さん、火縄が見えたらいってくださいよ、漕ぐのをやめますから」

その間も、われわれは過積載のボートにしてはいいペースで前進していたし、進んでいるときもほとんど水もかぶっていなかった。岸までもう少しのところまで来ていて、あと30か40こぎで着くことができただろう。というのも干潮のために、生い茂った木々の下に狭い砂地がすでに現れていたからである。やつらの船には心配はいらなかった。海岸線のまがった所のために、やつらの船は見えなくなっていたからである。われわれをひどく手間取らせたあの干潮は、今はそのかわりにわれわれの敵を手間取らせていた。唯一の危険は大砲だった。

「もしできるなら」船長は言った。「停まって、もう一人を間引いてやりたいんだがな」

でも何をしても、やつらが大砲を撃つのを遅らせることができないのは明らかだった。やつらは倒れている仲間を一瞥だにしなかった。まだ生きていて、這って逃げようとするのが私からも見えたくらいなのに。

「用意!」大地主さんが言った。

「停まれ!」船長はこだまのようにすばやく叫んだ。

そして船長とレッドルースは、ボートの船尾がすっかり水に沈むほど大きくひと漕ぎしてバックした。砲声がその瞬間に響き渡った。これがジムが耳にした最初の砲声で、大地主さんの一発はジムには聞こえていなかった。砲弾がどこを通ったかは、われわれの誰もきちんとは分からなかったが、私が思うに、われわれの頭上を越えていったに違いない、その風もわれわれを襲った惨事に一役かっていたのだろう。

とにかくボートは、船尾からゆっくりと3フィートほど沈んでいった。船長と私は向かい合って、自分の足で立っていた。他の3人は頭からまっさかさまに水に落ちて、ずぶぬれで泡をふきながら立ち上がった。

ここまでは、深刻な被害はなかった。誰も命を落としていないし、無事岸まで歩いていけた。しかしわれわれの荷物はすっかり水につかってしまった。もっと悪いことに、銃は5丁のうち2丁しか役にたたなくなっていた。私の銃は、反射的にひざの上から頭上に持ち上げていたし、船長の銃は弾薬帯で肩の上にのせられていて、賢いことに引き金が上になっていた。。他の3丁の銃はボートといっしょに水没してしまった。

さらに困ったことに、われわれは岸沿いの森から迫ってくる声も聞きつけた。そしてわれわれは半ば手足をもがれた状態で防護柵への道を断たれる危険があっただけではなく、もしハンターやジョイスが半ダースばかりのやつらに攻撃されたら、常識を働かせて、ふみとどまってくれるかどうかという恐れもあった。ハンターは大丈夫だとわれわれは知っていたが、ジョイスは疑わしかった。ボーイとして人の服にブラシをかけるには、陽気で礼儀正しい男だったが、戦うのには全く適していなかった。

こんなことを考えながら、ボートを捨て、火薬と食料の半分あまりはそのままほって置いて、われわれはできるかぎり急いで岸まで歩いた。

18 先生による続きの物語:初日の襲撃の結末
われわれは精一杯急いで、柵へと続く森をぬけた。そして一歩すすむごとに、海賊の声が近づいてくるのが聞こえた。すぐに海賊たちが走っていくときの足音や、枝をかきわけて進むときの枝の折れる音が聞こえた。

私は本気でこぜりあいをしなければならないことが分かったので、自分の銃の装填をしらべた。

「船長」私は言った。「トレローニーさんは百発百中の名手です。あなたの銃を渡してください。トレローニーさんのは役にたたないんです」

船長とトレローニーさんは銃を交換した。トレローニーさんはこの騒動のはじめからずっと寡黙で冷静であり、少し立ち止まると、装備に問題がないかを確認した。同時に、私はグレーが何も武器をもっていないことにも気づいたので、自分の短剣をグレーに手渡した。グレーが手につばをつけ、まゆをひそめ、刃をびゅんびゅんと宙で振り回したのをみると、われわれは勇気づけられた。グレーの身のこなしのどこをみても、この新しい加勢が十分役に立つことは明らかだった。

40歩ほど進むとわれわれは森のはしに出てきて、正面に柵を目にした。われわれの出てきたところは、柵の南側のまんなか辺りだった。そしてほぼ同時に、7人の反逆者が甲板長のジョブ・アンダーソンを先頭に、南西の角のところに全員いっせいに現れた。

やつらは不意をつかれたように立ちつくしていた。そしてやつらがはっと気づく前に、大地主さんと私だけでなく、ハンターとジョイスも丸太小屋から一斉に射撃をするのに十分な時間があった。4人の射撃は一斉射撃というにはばらばらだったが効果があり、敵の一人はばたりと倒れ、残りは躊躇なくきびすを返し、木々の中に飛び込んだ。

弾丸を充填し、倒れた敵のようすを見に柵の外側を歩いていったが、男は心臓を撃ち抜かれ、完全に死んでいた。

われわれがこの成果に歓声をあげようとしたその瞬間に、一発の銃声がやぶから聞こえ、銃弾が私の耳をかすめた。そしてトム・レッドルースが、不幸なことによろめいて地面にばったりと倒れた。大地主さんと私は撃ちかえしたが、何をねらったわけでもなかったので、単に火薬を無駄にしただけだっただろう。それからまた弾丸を充填し、かわいそうなトムの方に注意を向けた。

船長とグレーが既にトムを介抱していたが、私には一瞥しただけでもうだめだということがわかった。

われわれが撃ちかえす準備をすばやく整えたので、反逆人たちはふたたびクモの子を散らすように逃げ出したのではないだろうか。というのも、そのかわいそうな狩猟番がうめきながら血をながしている状態で、柵の上にもちあげ小屋の中に運び込むのに、それ以上の邪魔は入らなかったから。

かわいそうな年よりは、そもそもこの騒動にまきこまれた最初から、丸太小屋の床に寝かされ死んでいこうとしている今にいたるまで、驚きや不平不満、いや、承認の声さえ一言だってあげなかった。トムは船の廊下のマットレスの陰で、トロイ人のように敵に備えていた。トムはどんな命令にも黙々として根気強く、そしてよく従ったものだった。トムは一団の一番の年寄りで、われわれより20ほども年をとっていた。そしていま、気難しい年寄りの、すばらしい召使だった男が死んでいこうとしている。

大地主さんはトムの傍らに両膝をついて、子供のように泣きながら、その手にキスをしていた。

「わしは死ぬんですかい? 先生」トムは尋ねた。

「トム、君」私は言った。「おまえは故郷にかえるんだよ」

「わしは最初にやつらに一発くらわしてやりたかったですよ」トムは答えた。

「トム」大地主さんは言った。「私を許すと言ってくれないかい?」

「わしからだんな様に、そんな恐れ多いことを言えますかい?」というのがその答えだった。「でもそういうことでいいでしょう、アーメン!」

しばしの沈黙のあと、トムは誰かお祈りをしてくれないかと言い、「それが、慣わしですから」と弁解するように付け加えた。そしてまもなく、それ以上一言も発することなく死んでいった。

そのあいだ船長は、私は気がついたのだが、胸とポケットが不思議なほどふくらんでいて、そこからありとあらゆる必需品を取り出していた。英国国旗、聖書、頑丈なロープ一巻き、ペン、インク、航海日誌、そしてタバコを何ポンドか。船長は囲いの中に落ちているモミの木を一本見つけ、それは枝がはらってあり長めだった。そしてハンターの助けをかり、丸太小屋の隅で柵の木の幹と幹が十字に交わっている所にその木を立てた。それから屋根の上にのぼり、自身の手で国旗をくくりつけ掲げた。

こうして船長はすっかり落ち着いたようだった。そして再び丸太小屋に入ってくると、何事もなかったかのように必需品を数え始めた。 しかし船長の目はずっとトムが死んでいくさまにくぎづけで、トムが死んでしまうと、他の旗をもってきて、うやうやしく体にかぶせた。

「そんなに取り乱してはいけません」船長は、大地主さんの手を握りながら言った。「彼はこれでよかったんですよ。船長や主人に仕える義務を全うして倒れたものに不安はありません。神様はそういわないかもしれませんが、それが事実なんですよ」

それから私をわきへ引っぱって行くと、こう言った。

「リバシー先生、何週間たてば助けの船が来るとあなたと大地主さんはお考えですか?」

私は船長に何週間ではなく、何ヶ月の問題で、もしわれわれが8月の終りまでに戻らなければ、ブランドリーがわれわれを探しにくるでしょう、でもそれより遅くも早くでもありませんなと答えた。「自分で計算してみてください」私は言った。

「あぁ、なるほど」船長は、頭をかきむしりながら答えた。「どれほど神の恵みがあろうとも、われわれの進路はすっかり固定されてしまっているといわざるをえませんな」

「どういう意味です?」私は尋ねた。

「残念なことに、2度目の航行の荷物を失ってしまったということですよ」船長は答えた。「火薬と銃に関していえば、大丈夫でしょう。でも食料が不足しています、全然足りんのです。リバシー先生、あんまり不足してるんで、口が一つ減ったことにも感謝したいくらいですよ」

そして旗につつまれた死体を指さした。

ちょうどそのとき、轟音と風きり音がきこえ、砲弾が丸太小屋の屋根のはるか上を通り過ぎ、森のわれわれのはるか後ろの方にどしんと着弾した。

「おぉ!」船長は言った。「どんどん撃つがいい! もう火薬もほとんど残ってないだろうがな」

2度目は、ねらいはより正確になった。砲弾は柵の内側に落ちてきて、砂埃があがったが、それ以上のダメージはなかった。

「船長、」大地主さんが言った。「この小屋自体は、船からは全く見えないはずです。やつらが狙っているのは国旗にちがいありません。国旗を取り込んだほうがよくはありませんか?」

「国旗を降ろすだって!」船長は叫んだ。「だめです、私にはできません」その言葉をだすとすぐに、私が思うに、全員が船長のいうことに同意していた。なぜならそれは単に力強く海の男らしくて、共感をえただけではない。それは、その上に実際よい方針で、敵に対して、やつらの砲弾が何発落ちようともわれわれはなんとも思っていないということを示していたのだ。

その夕方ずっと、やつらは砲弾を撃ち続けた。砲弾につぐ砲弾が飛び越えたり、届かなかったり、囲いの中の砂に埋まったりした。しかしやつらは砲弾を高く撃ち上げなければならなかったので、砲弾は落ちても弾まずに、柔らかい砂の中に埋まってしまった。われわれは砲弾がはねかえるのを心配しなくてよかったわけだ。砲弾が一つ、丸太小屋の屋根をぶちぬいて飛び込んできて、床を突き抜けていったが、そんなばかさわぎにもすぐになれて、クリケットほどにも気にならなくなった。

「これにはこれでいいことが一つありますな」船長は言った。「われわれの手前の森には、敵はいないでしょう。潮はすっかり引いているから、われわれの荷物が置き去りになっているでしょう。行って、豚肉をとってこようという志願者は?」

グレーとハンターが最初に前にでた。十分に武装して、こっそり柵からでていったが無駄に終った。反逆者たちはわれわれが思ったより大胆というか、イスラエルの砲撃の腕を信じていたんだろう。なぜならやつら4、5人がわれわれの荷物を運び出し、それを持ってすぐ近くに停めていた小船の一つまで歩いていくのに忙しそうにしていたからだ。小船ではオールをこぎ、潮に流されないようにしていた。シルバーは船尾に座り、指揮をとっていた。そしてやつらのどこかの秘密の倉庫から持ち出したマスケット銃が、全員に配られていた。

船長は座りこみ、航海日誌をつけた。その書き出しはこうだった。

船長 アレキサンダー・スモレット、船医 デビット・リバシー、大工の助手 アブラハム・グレー、船主 ジョン・トレローニー、船主の召使で海の男ではないジョン・ハンター、そしてリチャード・ジョイス、これが船の仲間として信じられる男の全てである。食料はきりつめて10日分。本日上陸し、宝島の丸太小屋に英国国旗を掲げた。船主の召使で海の男ではないトム・レッドルースが反逆者に撃たれた。ボーイ ジェームス・ホーキンスは、

それと同時に、私はかわいそうなジム・ホーキンスの運命に思いをはせていた。

陸の方からおぉいという呼びかけがあった。

「誰かが呼びかけている」見張りのハンターが言った。

「先生! 大地主さん! 船長! やぁ、ハンターかい?」と叫び声がした。

そして私がドアの所に走っていくと、すぐに無事で元気そうなジム・ホーキンスが柵をのぼってくる姿が見てとれた。

19 再びジム・ホーキンスによる物語:防護柵の要塞
ベン・ガンは旗をみると立ち止まり、僕の腕をつかんでひきとめると座り込んだ。

「おい」ベンは言った。「あれは味方だな、間違いない」

「いや、反逆者たちじゃないかなぁ」と僕は答えた。

「なんだって!」ベンは叫んだ。「成金以外には誰も来ないようなこんな場所だし、シルバーだったら海賊旗を立てることだろうよ、味方に間違いねぇよ。そう、あれはおまえの味方だよ。こぜりあいもあっただろう、おれが思うにおまえさんの味方が勝ったんじゃないかな。で、上陸して、あの古い防護柵の中にいるわけだ、そこはフリントが何十年もまえに作ったんだよ。まったく、フリントときたらかしらにふさわしい人だったんだ! ラム以外には、フリントにかなうものは見たことねぇ。怖いものはなんもなかったんだ。ただシルバーを除いてな、シルバーってのはどこか上品なところがあったからな」

「うん」僕も言った。「そうかもしれないな、というかそうなんだろう。それならなおさら、僕は急いで味方のところまで行かなくちゃ」

「だめだ」ベンは答えた。「行っちゃだめだ。おまえはいい子だ、それともおれは勘違いしてたかな。ただ、おまえはなんと言ってもまだほんの坊やだよ。ところがこのベン・ガンときたら、なかなか目端がきくわけだ。ラムを飲んでたって、そこへは行かねぇな、おまえが行こうとしてるところだよ。ラムを飲んでたって行かねぇな、まぁ、おれがおまえが言う本当の紳士とやらに会って、名誉とやらにかけて誓うまではな。で、おまえは俺の言葉を忘れちゃならねぇぞ“貴いお方(そう言うんだぞ)貴いお方を信じてます”とな、それからつねるんだぞ」

そしてベンはこれで3回目になるが、にやりとしたあの調子で僕をつねった。

「そんで、ベン・ガンに会いてぇ時には、どこに行けばいいか分かってるな、ジム。今日おまえさんと会ったあの場所だぜ。来るときには手に白いものを持ってきてくれよ、もちろん一人きりだぜ。あぁ、こう言ってもらうことにしよう“ベン・ガンにはベン・ガンなりのわけがあります”って言ってもらうことにな」

「うん」僕は言った。「分かったと思う。あんたには言いたいことがあって、大地主さんか先生に会いたいわけだ。それで僕があんたと会ったあの場所で会いたいわけだ。それでいいかい?」

「あと、いつ? ってことか」ベンはつけくわえた。「そうだな、太陽をみて昼ごろから6点鐘ごろまでだな」
「わかった」僕は言った。「僕は行くよ?」

「忘れちまわねぇだろうな?」ベンは心配そうに尋ねた。「貴いお方、そしてベンなりのわけがあると言うんだぞ。ベンなりのわけがあるとな。それが頼みの綱なんだから。男と男の約束だぞ。よし、いいか」まだ僕をつかんでいたが、「おれはおまえさんを行かせるよ、ジム。それでな、ジム、もしおまえさんがシルバーと会うようなことがあっても、まさかベン・ガンを売るようなことはしないだろうな? おまえは決して口を割らないな? 知らないっていうんだぞ。もしやつら海賊どもが岸でキャンプでもするなら、ジム、朝には何人かは命を落としてると思うな」

ここで大音響がベンの言葉をさえぎり、一発の砲弾が木々の間を突き破り、僕ら2人が話していたところから100ヤードと離れていない砂地に落ちてきた。次の瞬間には、僕らはぱっとそれぞれの方向へ逃げ出した。

たっぷり1時間は絶え間ない砲声が島を揺り動かし、砲弾は森を突き破って着弾した。僕がそう思っただけかもしれないが、常に砲弾に脅かされて追い立てられ、ある場所から別の場所へと隠れまわった。ただ砲撃が終わりに近づいたころにも、柵の方には足を向ける勇気が湧かなかった。というのも柵の方は、砲弾が集中していた所だったから。ただ再びいくぶん勇気がもどってきて、東の方へ大きく迂回して、岸の木々の間をそろそろと進んでいった。

ちょうど日が沈み、海風が森の中を吹き抜け、ガサガサ音をたて木々を揺り動かし、停泊場所の薄暗い水面を波立たせていた。潮もすっかり引いて、広々とした砂地が表れていた。昼間の熱気の後では、夜気が上着を通しても僕の体を冷たくした。

ヒスパニオーラ号は、まだ錨を下ろした場所に停泊していた。ただ間違いなく、その上にたなびいていたのは海賊旗、真っ黒な海賊の旗だった。僕がみていたときにも、赤く閃光が光り、残響が鳴り響き、砲弾がもう一発空を切りさき飛んでいった。それが最後の砲撃だった。

僕はしばらく這いつくばって、砲撃のあとの騒動を見守っていた。男たちがなにかを柵の近くの浜で、斧で打ち壊していた。それは後でわかったのだが、先生たちが乗ってきたボートだった。遠くの河口では木々の間から大きな炎があがっていて、そことヒスパニオーラ号のあいだを、小船が行ったり来たりしていて、僕がみたときにはあんなに憂鬱そうだった男たちが、子供みたいにオールを手にして叫んでいた。その声のようすからはどうやらラムを飲んでいるようだった。

とうとう、僕は柵の方へもどってもいいだろうと思った。停泊場所の東側を囲んでいる低地である砂州をずっと下ったところに僕はいて、その砂州はどくろ島と引き潮の時には、つながっていた。そして僕が立ち上がると、砂州のある程度先の方に、低木の間から一つの岩、ひときわ高く色はまっしろな岩が見えた。僕にはこれがベン・ガンが言ってた白い岩だとピンときた。そしていつかボートが必要になったら、どこをさがせばいいかこれでわかったわけだ。

それから僕は森の中を進み、裏手のところ、つまり柵の海岸側まで戻ってきて、すぐに信頼できる仲間に温かく迎えられた。

僕はたちまち自分の話を終え、あたりを見回した。丸太小屋は、屋根も壁も床も、丸太のままの松の木材で作られていた。床は1フィートか1フィート半、砂地から高くなっていた。ドアのところにはポーチが、ポーチの下には小さな泉があり、かなり変わった人工的な溜池となっていた。それは大きな船の鉄の釜で、底を抜いて、船長のいう「位置」まで砂の中に沈めていた。

小屋は骨組み以外にはほとんど残っているものはなかったが、片隅には暖房にするために石板がひかれていて、火がはいる古くてさびた鉄の入れ物があった。この小屋を建てるために丘の斜面と柵の内側は、立ち木がすっかり払われていた。われわれは切り株をみて、立派な高い木立ちが切り倒されたことがわかった。木立ちを切り倒した後、ほとんどの土は流されたり、礫土が覆いかぶさったりした。ただあの釜から小川が流れ出ているところは、厚くしきつめたこけやシダや地をはっている低木が、砂地にまだ緑を作っていた。柵のすぐ近くまで、みんなは防御のためには近すぎるとこぼしたが、木々が高くびっしりと茂っていた。陸の側は全てモミの木で、海の側はかしの木の割合が多かった。

前にも話した冷たい夕方の風が、この簡素な建物のあちこちのすきまから吹きこんできて、床に細かい砂まじりの雨を絶えずばらまいた。目にも砂が入ったし、口にも砂、夕食も砂混じりで、あの釜の底の泉にも、まったく茹ではじめたおかゆみたいに砂が踊っていた。煙突は屋根が四角くくりぬかれているだけで、外にでていく煙はほんの少しで、残りは小屋にうずまき、小屋のものはつねに咳き込んで、涙を流しているしまつだった。

それに加えて、新しく仲間に加わったグレーが、反逆者から逃げてくるときに受けた傷のために顔に包帯をまいていたし、あのかわいそうな老トム・レッドルースはまだ埋められておらず、壁際に寝かされすっかり固くなって、英国国旗に包まれていた。

もしなにもせずに座り込んでいたら、みんな意気消沈してしまっただろう。しかしスモレット船長はそんな人ではなかった。全員船長の前によばれ、僕らを見張りの組にわけた。先生とグレーと僕で一組、大地主さんとハンターとジョイスでもう一組。みんな疲れはててはいたけれど、2人がたきぎ集めに、他の2人がレッドルースの墓を掘りに行かされ、先生はコックを命ぜられ、僕はドアの見張りにさせられた。そして船長といえば、一人一人のところに行っては励まし、手が足りないとみれば助けてくれた。

ときどき、先生はドアのところにやってきて少し外気をすい、けむりで燻し出された目を休め、来るたびに一言僕に声をかけていった。

「あのスモレットって男は」先生は一回こう言った。「私よりすごい人だよ。私がこう言うってことはよっぽどのことなんだよ、ジム」

他のときにはやってくると、しばらく黙っていた。それから首をかしげて、僕の方をみた。

「そのベン・ガンっていうのは確かな男かい?」先生はたずねた。

「わかりません、先生」僕は言った。「ベン・ガンが正気かどうかもわからないんです」

「もしそれが疑わしいくらいなら、その男は大丈夫だな」先生は答えた。「3年も無人島にいて爪をかんでいたような男はね、ジム、私や君みたいに正気に見えはしないもんだよ。人間っていうのはそういうもんだ。その男が欲しがってると言ってたのは、チーズかな?」

「そうです、先生、チーズです」僕は答えた。

「そうかい、ジム」先生は言った。「食べ物にうるさいのにもいいことはあるみたいだな。私のかぎタバコ入れをみたことがあるかな? 私がかぎタバコをやるのはみたことがないだろう、その秘密はだ、あのかぎタバコ入れにはパルメザンチーズ、イタリア産の栄養たっぷりのチーズが入ってるんだよ。よし、ベン・ガンにはあれをもってけばいい!」

夕食をとる前に、トムじいさんを砂に埋葬して、僕らはそのまわりに帽子を脱いで、風が吹く中をしばらく立っていた。十分な量の薪が運び込まれていたが、船長が満足するには十分とはいえなかった。船長は頭をふって、僕たちにこう告げた。「明日はもっとがんばって薪をあつめてこなきゃなりません」それから、豚肉を食べ、めいめい強いブランデーを一杯飲んだ。先生と大地主さんと船長の3人が、隅にあつまって今後の見通しを打ち合わせていた。

3人はどうすればいいか、知恵がつきているようだった。食料の蓄えも底をついていて、助けがくるずっと前に飢餓のために降伏しなきゃならないようだった。でも最善の策はこうだと決まった。海賊たちが旗を降ろしてヒスパニオーラ号にのって逃げ出すまで、とにかく海賊たちを殺すことだと。海賊たちは、既に19人から15人に減っていた。ほかに2人がけがをしていて、最低1人は、大砲の側で打たれた男だが、もし死んでなかったとしてもかなりの重傷だろう。やつらに一発くらわせてやるたびに、こちらは命を落とさないように極力注意しなければならなかった。その上、僕らには2つの有力な味方があった、ラムと風土だ。

ラムについていえば、やつらから半マイルは離れていたけれど、夜遅くまで大声をだしたり歌でも歌っているのが耳に入った。風土についていえば、やつらは沼地でキャンプをしていて、医薬品も用意してないので、一週間もたたない内に半数は寝込むだろうと先生はかつらにかけて誓った。

「だから」先生はつけくわえた。「こちらが先に全員やられなければ、やつらは喜んでスクーナー船で逃げ出すでしょう。やつらの目的は船なんですから、船さえあればまた海賊ができますからな」

「私がなくした始めての船でね」スモレット船長は言った。

みなさんも思うように、僕はつかれはてていた。寝付くまでに、何回も寝返りをうったあと、丸太のようにぐっすり眠りについた。

僕以外のものがすっかり起きだして、朝食をたいらげ、薪の山を前日の1.5倍も積み上げたころ、僕はがやがやする物音と人の声で目をさました。

「休戦旗だ!」僕は誰かがそう叫ぶのを聞いた。そしてすぐに驚きの声があがった。「やつだ、シルバーだ!」

そしてそこで、僕は飛び起きて目をこすりながら、壁ののぞき穴のところへ駆けつけた。

20 使節としてやってきたシルバー
確かに柵の外側には2人の男しかいなかった。一人が白旗を振っており、もう一人はまさにシルバーで、落ち着きはらって側に立っていた。

まだ朝早く、僕が知ってる中でも一番寒い朝だったと思う。体の芯まで冷える朝だった。空は明るく、雲ひとつなかった。木々の先端は、太陽でばら色に輝いていた。しかしシルバーが副官と立っているところは、まったく陰になっていて、ひざのところまで夜のうちに沼から立ち上ったもやがかかっていた。寒さともやが一緒にやってくることは、この島が良くない場所であることを物語っている。明らかに、じめじめとした熱病が流行するような健康によくない場所だった。

「小屋の中にいるように」船長は言った。「きっとこれは策略でしょう」

それから海賊によびかけた。

「誰が来たんだ? 停まらないと撃つぞ」

「休戦旗ですぜ」シルバーは大声で言った。

船長はポーチのところにいたが、だましうちにあわないよう注意していた。だましうちがありそうには思えなかったが。船長はふり向くと僕たちにこう命令した。「先生は、みはり穴から見張ってください。リバシーさんは北側をよろしくおねがいします。ジム、東だ。グレーは西。非番のものは、全員マスケット銃に装填。気力をふりしぼり、注意をしてくれ」

それから再び海賊たちの方へふりかえった。

「休戦旗なんかもって、どうしたいっていうんだ?」船長はさけんだ。

今度答えたのは別の男だった。

「シルバー船長が、話をまとめにやってきたんでさぁ」その男はさけんだ。

「シルバー船長だって! そんなやつは知らないな。一体だれだい?」船長は言い返した。そして僕たちは、船長が独り言でこうつけ加えてるのが聞いてとれた。「船長だって? やれやれ、大出世だ!」

ロング・ジョンが自分で答えた。「わしのことでさぁ。こいつらばかなやつらで、あなた方が船を捨ててからわしを船長に選んだんですよ」特に“捨てて”というところを強調しながら、そう答えた。「わしらは話がまとまれば、喜んで従いますよ、ためらったりせずにね。聞きたいのはあなたの言葉なんです、スモレット船長。わしが指一本触れられずに安全にこの柵の中から出て、銃撃を始めるのを銃の届かないところまで1分ほどまってくれるとね」

「おまえ」スモレット船長は言った。「おまえと話したいなんてこれっぽちも思わないが、話したいことがあるなら、気にせず来たらいい。裏切るとしたら、おまえさんだな、神の報いがあるだろうよ」

「それで十分です、船長」ロング・ジョンは上機嫌でさけんだ。「その言葉があなたから聞ければ十分で。わしには紳士ってもんがわかってますし、あんたは紳士に他ならないから」

僕たちは、休戦旗を持ってた男がシルバーを引きとめようとしているのが見てとれた。船長の返事がどれほどぞんざいかが分かっていれば、不思議なことでもなかった。ただシルバーは、警戒するなんてばかばかしいとでもいうように、笑い飛ばしその男の背中を叩いた。それから柵のところに進み出て、松葉杖をなげこむと、片足をあげて、勢いよく巧みに柵を乗り越え、無事にこちら側に降り立った。

僕は正直に言うと、物事がどうすすむかに夢中になってしまって、見張りなんてこれっぽちも頭にはなかった。実際、僕は東ののぞき穴の持ち場を離れて、こっそり船長のうしろに忍び寄っていた。船長はもう入り口のところに腰をおろし、ひじをひざにつき、両手であごをささえ、その目は砂の中の古い鉄の釜から水があふれでてくるのを見つめていた。船長は「娘よ若者よ」を口笛でふいていた。

シルバーは、小山をさんざん骨折りながらやってきた。小山は傾斜がきつく、切り株がたくさんあり、やわらかい砂であることで、松葉杖をもってしても、立ち往生した船のようにどうにもならなかった。しかしシルバーは、男らしく黙ってそれをやりとげた。そしてとうとう船長の前にたどりつき、立派な態度で船長にあいさつをした。シルバーはせいいっぱい着飾っていた。大きな真鍮ボタンがたくさんついた青いコート、ひざまであるようなコートを着て、きれいに縁取りされた帽子を頭の後ろに乗せていた。

「よくきたな」船長は、顔をおこして言った。「座ったらよかろう」

「中に入れてくださらねぇんで、船長?」ロング・ジョンはこぼした。「こんなに寒い朝に、外で砂の上に腰をおろすなんて」

「さて、シルバー」船長は言った。「もし正直な男でいてくれたら、調理場で座っていられただろうよ。それがおまえのやったことだ。どちらかだな、私の船の料理番で丁寧に扱われるか、それともシルバー船長で、単なる反逆者で海賊として扱われ、しまいには首をつられるか!」

「はい、はい、船長」料理番は命ぜられたとおり、砂の上に腰を下ろして答えた。「あんたはわしに手を貸してくれなきゃならん、それだけのことだ。なかなかいい場所ですな。おぉ、ジムもいる! おはよう、ジム。先生、どうも。おや、全員まるで仲良し家族みたいにおそろいだ」

「言いたいことがあるなら、さっさと言った方がいいぞ」船長は言った。

「そうですな、スモレット船長」シルバーは答えた。

「確かにやらなきゃならんことは、さっさとやらなきゃいかん。さて、さて、昨晩は上手いことやりなすった。手際がよかったことは否定しませんぞ。なかなかてこ棒の扱いが上手い輩が、いるみたいですな。わしらの仲間に、動揺しているものがいることは否定しませんぜ、いやたぶん、全員が動揺してるかな。わしも動揺してるといえるかもしれん。それがたぶん、わしがここに話し合いにきた理由でしょう。ただわしの言うことをよく聞いてくだせぇ、船長。二度は通用しませんぜ、誓ってな! 見張りもたてますし、少しばっかりラムも控えることにするんでね。あんたがたから見れば、全員ほろよい加減に思えたかもしれねぇが、わしはしらふだったと言っておきましょう。ただひどく疲れてたんで。もしわしが少しでもはやく目をさませば、ひっとらえてたでしょうな。わしがあの男のところに行ったときは、まだ死んでなかったですから、あの男はな」

「それで?」スモレット船長は、冷静に言いきった。

シルバーの言ってることは、船長にしてみれば全く不可解なことだった。ただ船長の言葉からは、そんなそぶりは少しもうかがえなかった。僕はといえばうすうすわかってきた。ベン・ガンの最後の言葉を思い出したのだ。僕は海賊たちが全員火を囲んで一杯やってるときに、ベン・ガンが一発おみまいしたんだと思いついた。そしてうれしい事に、僕らがやっつける相手はたった14人になったというわけだ。

「さて、そこで」シルバーは言った。「わしらが欲しいのはあの宝物で、ぜったい手に入れますよ。それがわしらの目的というわけでさぁ! あなたがたは命がほしいわけでしょう、わしが思うには。それがあんたがたの目的だ。あんたがたは地図を持ってる、そうですな?」

「そうかもしれんな」船長は答えた。

「あぁ、そうだ、あんたは持ってる。わしにはわかるんだ」ロング・ジョンは答えた。「あんたはそんなにそっけなくする必要はありませんぜ。そんなことをしても何の役にも立ちゃしません。確かに、もってるんでしょう。わしが言いたいのは、地図がほしいってことですよ。ただわしは決してあなたがたに危害をくわえませんぜ、わしはね」

「わたしにはそれは通用しないよ」船長はさえぎった。「おまえらが何をするつもりかは、すっかりわかってるんだよ。ただ今は気にしないよ、おまえも分かってるとおり、危害を加えるなんて、できっこないからな」

そして船長はシルバーを落ち着いて見つめると、パイプをすいつづけた。

「もしエイブ・グレーが、」シルバーが口を開いた。

「そこでやめろ!」スモレット船長はさけんだ。「グレーはわたしには何も言わないし、わたしもグレーになにも聞かない。それよりだ、わたしはまず、おまえもグレーもこの島全体も何もかもをすっかり地獄へでも吹き飛ばしてやりたいぐらいだ。それがこのことに関して、おまえらへのわたしの気持ちだよ」

こうしてちょっとどなりつけられ、シルバーは冷静さをとりもどしたようだった。前はシルバーはだんだんいらいらしてきたのが、今は自分をとりもどしていた。

「ああ、そうですかい」シルバーは言った。「わしは紳士がきちんとしてると思うようなことや、思わないことなんかに、この場合とらわれないことにしますや。あんたがパイプをやっているようだから、船長、わしも自由にやらせてもらいますよ」

そしてシルバーは、パイプをつめ火をつけた。2人の男は、しばらく静かにパイプをやりながら座っていた。お互いに顔をあわせると、パイプをすうのをやめ、つばを吐くために前かがみになった。2人をみているのは演劇をみているくらい面白かった。

「さて、」シルバーは再び口火を切った。「そうなんですよ。宝物の場所を示した地図を渡してもらいましょう、そして水夫たちを襲って寝ている間に頭に風穴をあけるのは止めてもらいましょう。そうしてくれれば、選択肢をさしあげますや。わしらと一緒に船にのって、もちろん宝物を積んでですが、それから誓って、あんたがたをどこかの陸に無事おくりとどけますぜ、海神に誓ってね。もしくはそれが気に入らなければ、わしの部下の何人かは乱暴だし、しごかれたのをうらみに思ってるらしいですからな、それならここに残ればいい。食料は頭割りで分けましょう。それで海神に誓って、さきほどと同じように最初にみかけた船に事情を話して、ここにあんたがたを迎えにこさせましょう。さあ、これこそいい話ってことがわかるでしょうよ。これよりいい話がありますかい、どうです。あとは、」そこでシルバーは声を大きくして、「丸太小屋にいなさるみなさんも、わしの言葉をよく検討なせぇ、この人に話したことは全員に話したことと思ってもらえればいい」

スモレット船長は立ち上がると、左手にパイプをうちつけて灰をおとした。

「それで全部か?」船長はたずねた。

「いっさい全部でさぁ!」ジョンは答えた。「これを断れば、わしの姿を目にするのはこれで最後で、あとはマスケット銃の銃弾をみるだけですや」

「けっこう」船長は言った。「さぁ、今度はわたしの番だ。もしおまえらが一人ずつ武器をもたずにやってくるなら、おまえらみなに手かせ、足かせをつけて英国でちゃんとした裁判にかけてやることを約束しよう。そうしないなら、わたしの名前はアレクサンダー・スモレットで英国国旗をかかげてるんだ、おまえらはみんな海のもくずになるだろうよ。おまえらには、宝物をみつけることはできない。おまえらには、船を航行させることもできない、おまえらのうち一人として、船を動かすことのできるものはいない。おまえらは戦うこともできない。ここにいるグレーは、おまえら5人の中からでも逃げ出してきたんだから。おまえの船は、身動きできないよ、シルバー船長。おまえらは風下の岸にいるからな、まあわかるだろうよ。ここに立って、それだけはいっておくよ。これが、おまえがわたしから聞ける最後のアドバイスだな。神に誓って、次におまえに会ったときには、背中に銃弾をたたきこんでやる。ふらふら歩いていけ、こぞう。さっさと出てってくれ、どんどん、大急ぎでな」

シルバーの顔色は絵のような見もので、目は怒りのあまりとびださんばかりだった。パイプから火をかきだすと、シルバーはこう叫んだ。

「手を貸してくれ!」

「わたしはいやだね」船長は答えた。

「だれかわしに手を貸してくれんかな?」シルバーはわめいた。

僕たちのうち誰一人として、身動きひとつしなかった。シルバーは非常にきたない言葉であくたいをつきながら、砂の上をポーチに手がとどくところまで這っていくと、松葉杖でふたたび立ち上がった。それから泉につばをはいた。

「くそったれ!」シルバーはさけんだ。「わしの思ってるのはこうだ、一時間とたたないうちに、わしはこの丸太小屋をラム樽をばらばらにするようにでもしてやるよ。笑え、せいぜい、笑うんだな! 一時間とたたないうちに、おまえらは泣きべそをかいてるだろうからな。死ぬやつは幸運だぞ」

ひどいあくたいをつきながら、シルバーは砂に足をとられ、よろよろと歩いていき、4,5回失敗したあげく、白旗をもっている男の助けをかりて柵を乗りこえた。そして木々の間にすぐに姿を消した。

21 攻撃
シルバーが姿を消すとすぐに、それまで注意深くシルバーの姿をみていた船長は、家の中の方へふり向いた。そしてグレーを除いて、一人残らず持ち場についていないのを目にした。僕らが船長が怒るのをみたのは、それが始めてだった。

「持ち場につけ!」船長はどなりつけた。それから、僕らがみなこそこそと持ち場にもどると、「グレー」と言った。「おまえの名前は記録につけとくぞ。海の男らしくちゃんとやるべきことをやったな。トレローニーさん、あなたには驚きましたよ。先生、あなたは軍隊にいらっしゃったんじゃなかったですか! もしフォンテノーでもそんな調子だったなら、寝ててもらった方がまだましですよ」

先生の組の見張り番は、みんな銃眼の持ち場にもどり、残りのものは予備のマスケット銃に装填するのに忙しかった。ただみんな、あなたがたが思うとおり、顔を赤くして、おまけに耳が痛かった。

船長はしばらく無言で見守っていたが、ようやく口を開いた。

「君たち」船長は言った。「私は、シルバーに一斉射撃をくらわせてやりました。私はわざとそうしてやったんです。やつが言ったように、一時間としないうちにやつらは攻めてくるでしょう。言うまでもありませんが、わたしたちは数では負けてます。でもこっちは小屋のなかで戦えますから。一分前なら私は、規律をもって戦うんだと言えたところでしたがね。私はみながそうしたいと思うなら、やつらをこてんぱんにやっつけられることを少しも疑っていません」

そしてみなのところをまわり、言った通りなんの問題もないかを確認した。

小屋の短い方の東と西側は、2つしか銃眼がなかった。ポーチのある南側にも2つで、北側には5つの銃眼があった。僕たちの7人に対して、マスケット銃はちょうど20丁だった。まきは4つの山に分けて積み上げられ、テーブルのようになっていた。それぞれの側の中央のあたりに一つずつ、その上には弾薬がいくらかと4つの充填されたマスケット銃が、いつでも小屋を守るものの手にとれるように置かれていた。小屋の真ん中には、短剣が一列に並べられていた。

「火は外へ」船長は言った。「もう寒くはないし、煙が目に入ってはいけません」

鉄でできた火籠をトレローニーさんがかかえて運び出し、もえさしは砂で消した。

「ホーキンズはまだ朝食をとってなかったな、勝手にとるんだ、自分の持ち場にもどって食べろ」スモレット船長は続けた。「さっさとしろ、食べ終わらないうちにまた食べたくなるぞ。ハンター、みんなにブランデーを配るんだ」

そうしている間にも、船長は防衛の計画をしっかりと決めた。

「先生、ドアをお願いします」船長は話しはじめた。「ただ、姿をさらさないように注意して、中でポーチごしに撃ってください。ハンター、東側を頼む、そこだ。ジョイス、おまえは西側だ。トレローニーさん、あなたが一番腕がいい、あなたとグレーで一番長い北側をお願いします、5つ銃眼がありますから。そこが一番危ない所です。そこまでやつらが登ってきて、その場所から撃ちこむようなことになったら、事態は非常によくないことになりますから。ホーキンズ、おまえと私は射撃ではあんまり役にたたんから、側で充填をして手助けすることとしよう」


船長が言ったとおり、もう寒くなかった。太陽が小屋をとりまく木々の上までのぼると、空き地を強烈に照らしだし、かすみはあっという間に消えてなくなった。すぐさまとても暑くなり、松やにが、丸太小屋の丸太から溶け出してきた。 ジャケットもコートも脱ぎ捨て、シャツも首のところをはだけ、袖も肩までまくりあげた。僕たちはそれぞれの持ち場で、ひどい暑さと不安にさいなまれながら立っていた。

1時間がすぎた。

「まったく!」船長はこぼした。「赤道のところみたいに風がなくてやりきれん。グレー、口笛で風をよんでくれ」

ちょうどそのとき、攻撃の最初の知らせがあった。

「よろしいですか、」ジョイスが言った。「もし人の姿をみたら撃つんですね?」

「そういったろう!」船長はどなった。

「ありがとうございます」ジョイスは、まったくもって落ち着きはらって礼儀正しく答えた。

しばらく何事もおこらなかったが、その会話でみなの気がひきしまり、耳をそばだて目をこらしていた。撃ち手は両手で銃のバランスをとっていた。船長は小屋の真ん中にたち、口をぎゅっとかたく結び、まゆをひそめた。

数秒後、突然ジョイスがマスケット銃をすばやく動かし発砲した。その銃声がなりやまないうちに、外からばらばらとガンの群れのように、囲いの外のありとあらゆる方向から一斉射撃があった。丸太小屋へも何発が当たったが、中までは一発も入ってこなかった。銃煙がすっかりきえたとき、柵も森も以前同様静まりかえり、人の姿はまったく見当たらなかった。枝がゆれたり、マスケット銃の銃身が光り、敵の存在をしめすようなことも全くなかった。

「敵に当ったか?」船長はたずねた。

「いいえ、」ジョイスは答えた。「当たらなかったと思います、船長」

「まだ、本当のことを言ってくれるだけましか」スモレット船長はぶつぶつつぶやいた。「ホーキンズ、ジョイスの銃を装填してやれ。あなたの側には何人いらっしゃいました、先生?」

「はっきりわかります」リバシー先生は言った。「こちらの側からは3発きました。私の目にも3つの光がみえ、2つがくっついていて、1つは西側に離れたところでした」

「3人!」船長はくりかえした。「そしてトレローニーさん、そちらは何人ですか?」

しかし、これに答えるのは容易ではなかった。北からはたくさんの銃撃があったからだ、大地主さんの計算では7人、グレーが数えたのによれば8人か9人ということだった。東や西からは、それぞれ1発ずつ銃撃があっただけだった。したがって、攻撃が北から行なわれ、他の三方からは見せかけの戦いで気をとられるだけだということは明らかだった。しかしスモレット船長は、配置を変えたりはしなかった。もし反逆者たちが柵をこえるのに成功すれば、船長がいうには、開いている銃眼を占拠して、とりでにいる僕たちをねずみでも撃つみたいに撃ち殺すということなのだ。

どちらにせよ、考えているひまもほとんどなかった。突然、大きな歓声があがり、海賊の小集団が北側の森から飛び出して、柵へ向かって一直線に走ってきた。それと同時に森から銃声があがり、ライフルの銃弾が一発ドアから入ってきて、先生のマスケット銃をばらばらにした。

切り込み隊が、サルのように柵のところに群がった。大地主さんやグレーは何発も何発も発砲し、3人が倒れた。一人は囲いの中に倒れこみ、二人は外へ仰向けに倒れた。ただそのなかの一人は明らかに傷ついたのではなく驚いただけだった。なぜなら自分で立ち上がると、すぐさま木々の間に姿を消したからだ。

2人が倒れ、一人が逃げ、4人が無事に柵の中に足を踏み入れたわけだ。森の安全なところからは、7人か8人の男がそれぞれ明らかに数丁のマスケット銃をもち、集中砲火をあびせていた。丸太小屋にはまったくの無駄だったが。

乗り越えた4人は、雄叫びをあげ、目の前の小屋へとまっすぐ走ってきた。森の男たちもそれを励ますように雄叫びをかえした。僕らの側からも何発か撃ったが、打ち手があせっていたので、走ってくる男の一人も撃ち倒すことはできなかったようだった。すぐに4人の海賊が丘をこえ、僕らの目の前に姿を現した。

水夫長ジョブ・アンダーセンの頭が、真ん中の銃眼から見えた。

「撃ちころせ、みんながんばれ、みんながんばるんだ!」船長ははげしい声でどなった。

それと同時に、もう一人の海賊がハンターの銃口をひっつかんで、銃眼ごしに彼の手からもぎとると、一撃をくらわせて、ハンターはかわいそうに気絶して床に倒れこんだ。そうしている間に、3人目が無傷で小屋をぐるっとまわり、ドアのところに姿をあらわし、短剣で先生に切りかかった。

僕らの立場は全く逆転していた。少し前まで僕らは陰にかくれて、姿をさらした敵を撃っていたが、今は敵にすっかり姿をさらして、一撃も敵に撃ち返すことができなかったのだ。

丸太小屋は煙に満ちていて、僕らが割合無事だったのはそのおかげだ。わめき声とどたばた、ピストルの閃光と銃声、そのなかでもひときわ大きな声が僕の耳に響いた。

「外だ、みんな、外に出るんだ。外で戦え、短剣をとるんだ!」船長が叫んだ。

僕は短剣がたくさんあるところから一本つかんだが、誰かが同時にもう一本をつかんだので、指のつけねのところに傷がついたが、ほとんど感じもしなかった。僕はドアから外へ出て、太陽がさんさんと照りつける中へと出た。誰かがすぐ後ろにいたが、誰だかは分からなかった。真正面には襲ってきた敵を丘の下までおいかけている先生がいて、僕がちょうどそこに目をやったときには、短剣を打ち下ろし、敵は顔に深い傷をうけ仰向けに倒れた。

「小屋の周りを廻るんだ、みんな! 小屋の周りを廻るんだ!」船長はさけんだ。そんなにあわてふためいているときでも、僕は船長の声が今までと違っていることを感じた。

言われたとおりに、僕は東の方へ短剣をかかげ、小屋の角を走って曲がった。次の瞬間、僕はアンダーソンとばったり顔をあわせた。アンダーソンは大声をだし、やつの刀剣をつる掛け輪が太陽にきらめいて、頭上に光るのが見えた。僕にはおどろいてる暇はなかった。一撃が下ろされようとしたときに、すぐに横っ飛びでよけると、やわらかい砂に足をとられ、坂を転がってしまった。

僕が最初に勢いよくドアから飛び出したときには、他の反逆者たちも僕らを皆殺しにしようと柵のところに殺到していた。赤いナイトキャップをかぶった一人の男は、口に短剣をくわえ、柵の上まで登りきっていて、柵をまたいでいた。そして僕が倒れていたのはごくわずかな間だったので、再び立ち上がったときには、全員同じかっこうをしていた。赤いナイトキャップの男は柵を乗り越えているところだったし、もう一人柵の上から頭をのぞかせている男がいた。それなのに、この短いあいだで戦いは決し、僕らが勝ったのだった。

グレーは僕のすぐ後についてきて、大きな水夫長がもう一撃へと移るまえに、水夫長を切り倒していた。他には一人の男が小屋の中にまさに撃とうとした瞬間に、銃眼のところで撃たれ、倒れて苦しんでいた。その男の手に握られていたピストルからは、まだ煙がでていた。もう一人、僕が目撃したように、先生が一撃でやっつけた男がいた。柵を乗り越えてきた4人のうちで生き残ったのはたった一人で、その男ときたら短剣を戦いの場になげだして、死におびえて柵を乗り越えて逃げようとしているところだった。

「撃て、小屋から撃つんだ!」先生は叫んだ。「みんな、小屋へともどるんだ」

この言葉は無視されて、小屋から撃つものはいなかったので、切り込み隊の最後の一人はまんまと逃げおおせ、他の仲間と一緒に森へと姿を消した。3秒ほどのあいだに、攻撃隊は5人の死者を残して、影かたちも見あたらなかった。5人のうち、4人が柵のなかで、1人は柵の外に倒れていた。

先生とグレーと僕は、全速力で小屋にもどってきた。生き残ったやつらは、マスケット銃を残してきたところまですぐにもどるだろうし、またいつ銃撃が再開されるともしれなかった。

小屋の中はこの時までは、煙もいくぶんうすれていて、ひと目で勝利の代価をみてとることができた。ハンターが銃眼のわきで気絶して倒れていた。ジョイスが頭を打ちぬかれ、二度と動くことはなかった。小屋の真ん中では、大地主さんが船長をささえていた。2人とも顔が真っ青だった。

「船長が負傷した」トレローニーさんが言った。

「やつらは敗走しましたか?」スモレット船長がたずねた。

「逃げられるやつはね、そうですな」先生は答えた。「ただやつらのうちの5人は、二度と敗走できないですがね」

「5人!」船長は叫んだ。「えぇ、いいでしょう。今回が5人と3人なら、結局9人対4人になるわけですからな。最初よりずっと勝ち目がある。最初は19人対7人だったんですから、そうだったことを思えば、 まだ耐えられるといった具合だ」*

* 反逆者たちの数はすぐにたった8人となった。スクーナー船でトレローニーさんに撃たれた男は、その傷が原因で撃たれたその晩に亡くなっていたからだ。でもこのことは、もちろん、僕らの側には後になるまで分からなかったことだ。

五部 僕の海の冒険
22 僕の海の冒険がどのようにして始まったか?
反逆者たちは反撃をしかけてくることもないし、森から撃ってくることさえなかった。やつらは、船長がいうところの“その日の割り当て”は済ませたというわけだった。そして僕らは自分たちの場所を守ることができたし、怪我したものの介抱や夕食を平穏なうちにすませることができた。大地主さんと僕は、危険をかえりみず外で調理をした。ただ外にいても、先生が手当てをしている患者の大きなうめき声が聞こえてきて、僕らは自分たちでも何をしているか手につかないような状態だった。

戦いで倒れた8人のうち息があるのは3人だけで、そのうち一人は銃眼から撃たれた海賊、それからハンター、そして船長のスモレットさんだった。そして最初の2人はもう死んだも同然だった。海賊は手術中に息をひきとったし、ハンターはできるだけのことはしたが、再び意識をとりもどすことはなかった。ハンターの命はその日のあいだは細々と続いていて、僕の家で卒中で倒れたあの老海賊みたいに激しく息をしていたが、胸の骨は一撃で破壊され、頭蓋骨は倒れたときにこなごなになり、その夜に何の前触れも声もないままに息をひきとった。

船長は重傷だったが、致命傷ではなかった。体のどの部分も致命傷をおっておらず、アンダーソンの銃弾が、というのも最初に船長に向かって発砲したのはアンダーソンだったからだが、肩甲骨をくだき肺にとどいていたが致命傷ではなかった。2つ目の銃弾は、ふくらはぎを少しかすめ肉をはぎとっただけだった。先生が言うには、船長は回復することは間違いないが、治るまでの数週間は歩いても腕を動かしてもだめだし、できることなら話してもいけないということだった。

僕がたまたま受けた手の傷はかすり傷で、リバシー先生はそこにばんそうこうをはると、その上僕の耳をぎゅっと引っ張ったものだった。

夕食後、大地主さんと先生は船長のそばにこしかけ、しばし相談していた。もう十分というほど相談すると、昼をすぎたころだったが、先生は帽子とピストルを何丁か手にとり、短剣を腰につけ、ポケットにあの地図をいれて、マスケット銃を一丁肩にかけると、北側の柵をこえ足早に森の中に姿をけした。

グレーと僕は、先生たちが相談しているのが聞こえないように、丸太小屋の反対側に一緒に腰をおろしていた。そしてグレーは、その場で起こったことにあまりにショックをうけ、パイプを口からはずして戻すのを忘れてしまうほどだった。

「いったい何だって、」グレーは口にだした。「リバシー先生は気でも違ったのかい?」

「ぜんぜん」僕は答えた。「僕らのうちでも一番まともな人だと、僕は思うけど」

「じゃあ、おめえさんよ」グレーは言った。「先生が気が違ってないとしよう。先生が気が違ってないとしたらな、おめえさんの言うとおりによ。わしの気が違ってるんだな」

「僕は思うんだ、先生には考えがあるんだよ。もし僕が思うとおりなら、先生は今ベン・ガンに会いにいってるんじゃないかな」と僕は答えた。

後で判明したことだが、僕の思ったとおりだった。でもそのときは小屋はうだるように暑く、柵の内側の狭い砂地の部分はぎらぎらする太陽に照らされていて、僕にはある考えが頭に浮かんだ。その考えは、どうみてもまともな類ではなかった。僕が考えはじめたのは、森のすずしい木陰を歩く先生をうらやましいと思うことだった。先生の周りには鳥がいて、松のさわやかな香りをかいでいるというのに、僕ときたら、暑さでべとべとした松やにを服につけて、まるであぶられているかのようだった。そしてまわりには血があふれ、死体がごろごろしていたので、この場所を怖いと思うのと同じくらい嫌になっていたのだ。

僕が丸太小屋を洗ってきれいにしたり、それから夕食の後片付けをしている間ずっと、この嫌だという気持ちとうらやましく思う気持ちはどんどん大きくなり、とうとうパンの袋のそばにいて、だれも僕のことを見張っていなかったので、逃げ出す最初の一歩として、上着の両ポケットをビスケットでいっぱいにした。

僕のことをばかだといわれれば、そのとおりだろう。でも確かにばかげたことを、大胆にすぎることをしようとした。でも僕はやるからには、細心の注意を払ってやろうと決めていた。これだけビスケットがあれば、何があろうと、少なくとも次の日遅くまではお腹がすくことはないだろう。

次に僕が手に入れたのは、2丁のピストルだった。そして火薬筒と銃弾は持っていたので、武器は十分というわけだった。

僕が思いえがいた計画は、それ自体としては悪いものではなかったように思う。停泊所の東側と外海を隔てているあの砂州をずっと下っていって、昨晩目をつけたあの白い岩を見つけて、ベン・ガンがボートを隠したのがそこかどうかを確かめておこうと思ったのだ。確かにやる価値のあることだったと今でもそう思っている。でもまた囲いを離れるのが許されないのも確かだったので、僕にできる計画といったら、誰も注意していないときに、こっそり抜け出すことで、それは計画全体を悪いものとするくらい、ひどいやり方だった。でも僕はほんの子供にすぎず、すでに心を決めていた。

さて、結局、機会にもめぐまれた。大地主さんとグレーは船長に包帯をまくのに忙しくしていて、まさにいまこそ好機だった。僕はとつぜん逃げ出し柵をこえ、森の木が密集したところへと駆け込んだ。誰かが僕がいないことに気づくまえに、僕はもうみんなの声が聞こえないところまで行っていた。

これが僕の2回目のばかげた冒険で、最初の冒険よりはるかにいけないことだった。というのも小屋を守るのには、けががない2人を残すのみだったから。でも最初の冒険とおなじように、この冒険が結局はみんなの命を救うことになったのだ。

僕は、停泊所からぜったいに見つからないように砂州の東側を下っていくことに決めていたので、まっすぐ島の東岸まで行った。もう午後遅くだったが、まだ暖かく日がさしていた。僕が高い木々のあいだをすりぬけていくと、僕の耳には、前方からたえまなく波がうちよせる大きな音だけでなく、風が葉をゆらしたり、木の大きな枝をきしませる音がはっきり聞こえたので、僕にはいつもより海風が強いことがわかった。すぐに冷たい風が僕にも感じられるようになり、もう2、3歩いくと、森が開けたところにでてきた。そして海をみると水平線まで真っ青で日に照らされていた。そして波は砂浜にそってよせては引き、白波をたてていた。

僕は、宝島のまわりで海が静かだったのを目にしたことが一度もない。太陽が頭上から照らしつけ、空気はピクリとも動かず、海の表面はなだらかで青いときでも、昼夜をとわず雷がとどろくような大波が外海の岸にうちよせるのだった。そして僕は、この島で波の音が聞こえない場所が一箇所でもあろうなんてことはおよそ信じられない。

僕は喜び勇んで波打ちぎわを歩いていき、十分南の方まで下ったと思ったので、こんもりしげった茂みに姿をかくし、砂州のもりあがった方へとはい上がっていった。

僕の後は外海で、前には停泊所があった。海風はいつになく激しい勢いでふいたので、すでにふきつくしたというかのように、既にふきやんでいた。そのあとには南南東から気まぐれな微風がふいて、大きな霧のかたまりを運んできた。停泊所はどくろ島の風下にあたり、最初に入ってきたのと同じように静まりかえり、ものうげなままだった。ヒスパニオーラ号は傷一つない鏡のような水面に、喫水線からマストの頂上までくっきりとその姿を映し出し、海賊旗がその斜桁の外端にはためいていた。

そばには小型ボートが一艘停まり、シルバーが船尾にすわり、僕にはシルバーはいつでも見分けることができた、2人の男が船尾のふなべりにもたれかかっていた。そのうち一人は赤い帽子をかぶっており、それは、僕が数時間前に柵をまたいでいるのをみたあの悪党だった。どうやらやつらは話をしたり、げらげら笑っているようだった。ただ僕との間には一マイル以上はあったので、話している言葉はむろん一言もわからなかった。とつぜん恐ろしい叫び声、この世のものとも思えない叫びがした。最初ぼくはぎょっとしたが、すぐにフリント船長の声だと思い出し、その鳥が飼い主の手首にとまっているところが、その羽で見分けがつくような気さえした。

その直後、小型ボートは出発し岸に着いた。赤い帽子の男と連れの男は、昇降口から船室へと降りていった。

それと同時に、太陽も望遠鏡山の背後に沈み、急速に霧が深くなってきて、暗くなるきざしがみえてきた。僕はその夕方にボートを見つけるつもりなら、これ以上一刻もぐずぐずしていられないなと思った。

白い岩は、低木の上に見えていて、あと1/8マイルほど砂州を下ったところにあって、そこに四つんばいではいつくばり低木のあいだをぬけて、たどりつくにはまだしばらく時間がかかった。僕がそのごつごつした岩にたどりついたときには、すでに夜になっていた。岩のすぐ下には、緑のこけがはえた小さなくぼみがあって、浅瀬とこんもりしげったひざの高さまでのしげみに隠されていた。しげみはそこで十分においしげっていた。そしてくぼみの真ん中には、たしかに、やぎの皮でつくられた小さなテントがあった。まるでイングランドではジプシーが持ち運んでいるようなテントだった。

僕はくぼみに降りていって、テントの端をもちあげてみた。そこにはベン・ガンのボートがあって、まさに手で作った、それ以外には考えられないようなボートだった。大木の枝をおおざっぱに落としたような枠組みで、やぎの皮を毛を内側にして張ってあった。ボートは僕にとってもとても小さくて、大人が乗ると浮かぶとはとうてい思えなかった。腰をかける横木が一番低いところにそなえつけられていて、へさきには足の置き場のようなものと、前にすすむために両側に櫂がついていた。

僕は、昔のブリント人が作ったというようなコラクル舟をそのときは見たことがなかった。その後コラクル舟をみたが、ベン・ガンの舟を説明にするには、コラクル舟みたいなもので、ただ人間が作ったにしては一番ひどい出来のコラクル舟だというのが一番適当な説明ではないだろうか。でもコラクル舟の最大の利点は、この舟にもちゃんとあった。とても軽くて持ち運びができるのだ。

こうしてボートを見つけたからには、今回は僕も十分ぶらぶらするのに満足しただろうと思われるかもしれない。でもそうしているあいだに、僕には別の考えが思いつき、すっかりその考えが気に入って実行に移そうと思っていたのだ。たとえ、スモレット船長その人に反対されたとしても実行しただろう。それは夜陰に乗じて海にでて、ヒスパニオーラ号の錨綱を切って、座礁させようという考えだった。僕は反逆者たちが、その朝に撃退されてからは、錨をあげて海へ出て行こうとしているに違いないとすっかり思い込んでいたのだ。そしてこれを邪魔するには考えを実行に移すのがいいし、僕は一艘のボートも見張りに立てていないのを知っていたので、危険もほとんどあるまいと思ったわけだ。

僕は座り込んで暗くなるのを待ち、ビスケットをお腹いっぱい食べた。僕の目的には、まさにおあつらえ向きの夜だった。霧は深く立ち込め、昼の太陽の光が薄らいで消えていくと、宝島にはまったくの暗闇が訪れた。そしてついに僕がコラクル舟を担いで、手探りで夕食をたべたくぼみから這い出たときには、停泊所でみえるものといったら2つしかなかった。

1つは、岸の大きな火で、打ち負かされた海賊たちが湿地で酒をくらっていた。もう一つは、暗闇のなかのぼんやりとした明かりで、ヒスパニオーラ号の位置を示していた。船は引き潮でぐるりと回っていて、今は船首が僕の方を向いていた。船の唯一の光はキャビンのもので、僕が見ることができたのは、船尾の窓からもれてくる明かりが霧に反射しているものだった。

引き潮はいましばらく続いていたので、僕は湿気の多い砂地帯を歩いていかなければならなかった。何回もくるぶしまで沈み込んだが、やっと引いている海の水のところまでたどりついて、水の中へ少し歩いていくと、力をだしてたくみにコラクル舟を竜骨を下にして水面に浮かべた。

23 潮が引いていく
コラクル舟は、乗り込む前にもよく分かっていたことではあるが、僕くらいの背丈や体重なら十分安全な乗り物で、荒海でも浮かんでいたし、敏捷だった。ただその舟はかなり扱いにくく、操縦するにもつりあいが取れていなかった。どうやっても風下へと行ってしまうし、ぐるぐる回ってしまうのがその舟のお得意だった。ベン・ガンでさえ、その舟が「癖がつかめるまでは実に扱いにくい」ことを認めていた。

確かに、僕にはその癖が分かっていなかった。その舟は、僕が行きたいと思ってる方向以外ならどの方向でも向かっていった。ほとんど横向きになってばかりだったので、潮の流れがなければ船までたどり着くことはとうてい無理だったろう。でも運にもめぐまれてどう漕いでも、潮が僕の舟を流していったのだ。僕の行く手にはちょうどヒスパニオーラ号があり、たどり着きそこねることはなかった。

最初、船は暗闇のなかで何かもっと黒いもののようにぼんやりと姿を現したが、マストや船体が形をとりはじめ、次の瞬間には船の錨綱の横にいるように思えたので(というのも僕はすいぶん押し流されて、潮の流れはどんどん速くなっていたから)僕はさっとそれをつかんだ。

錨綱は弓の弦ほどにぴんと張っていた。船の錨綱は、それほど錨を強く引っ張っていたのだ。船体のまわりはまっ暗闇だったが、さざなみをたてた潮の流れが、山の小川のように泡をたててさらさらと流れていた。僕の一太刀で、ヒスパニオーラ号は潮に流されていってしまうことだろう。

ここまでは問題なかった。でも次に思い当たったのは、こんなにぴんと張った錨綱を急に切ったりするのは、馬に跳ね飛ばされるくらい危険なことだということだ。ヒスパニオーラ号を錨から断ち切ったりしたら十中八、九、ひどいことになり、僕とコラクル舟は空中に跳ね飛ばされてしまうことだろう。

そう考えて思いとどまったのだが、再び僕に幸運がめぐってこなかったら、この計画はすっかりあきらめたことだろう。でも南東南からふきはじめていた微風は、夜がふけてからは風向きがかわり、南西からの風になっていた。ちょうど僕が悩んでいるときで、風向きがかわり、ヒスパニオーラ号がその風をとらえ潮の流れにのった。そして僕にとってうれしかったことに、握っていた錨綱がゆるみ、つかんでいた手が少し水のなかにもぐった。

このことで僕は決心した。ナイフをとりだし歯で開き、よりあわされた綱を一本づつ切っていった。そして船は2本の縒りでゆれてるまでになった。それから一息おいて、一陣の風がふいてまた綱がゆるんだときに切ってしまおうと待ち構えた。

こうしているあいだも、僕の耳には船室から大きな声が聞こえていた。ただ本当のことをいえば、僕は他のことにすっかり気をとられていたので、ほとんど耳にはいらなかった。ただもうすることもなくなったので、注意をむけてみた。

聞こえてくる声の一つは、舵手のイスラエル・ハンズで以前はフリントの砲手だった男の声だ。もう一つの声は、もちろん、わが友たるあの赤い帽子の男のものだった。2人は明らかに酔っ払っていたが、まだ酒をくらっているようだった。なぜなら僕が耳をかたむけているあいだも、そのうちの一人が酔っ払った叫び声をあげ、船尾の窓をあけて何かを放り出したからだ。たぶん、あきびんかなんかだろうと思う。でもやつらは単なる酔っ払いではなかった。明らかに激怒していたのだ。悪態がひょうのように降り注ぎ、ときどき間違いなく殴りあいになるに違いないと思うほどの騒ぎようだった。でもそのたびに口げんかはおさまり、声もしばらくおちついて、また次の叫び声があがり、喧嘩にはなることなくおさまるといった具合だった。

岸の方には、大きなキャンプの焚き火の明かりが、浜辺の木立ちを通してめらめらと輝いているのが見えた。単調な退屈なふしの船乗り歌を歌っているものがいて、一節の終りごとに声を低くしてふるわせていた。まるで歌い手があきるまでは、その歌には終わりがないかのようだった。僕はこの航海でその歌を何度となく聞いていたので、この歌詞の文句を思い出した。

生き残ったのはわずかに一人、
75人で船出をしたのに

そして僕はこの短い歌が、悲しみに満ちていて、今朝あれほど打ち負かされたやつらにはぴったりだと思った。実際には、僕がみたところによれば、海賊たちはみなまるで海とおなじくらい無神経なやつらだったんだが。

とうとう風がふいた。スクーナー船は暗闇のなかで少し動いてこちらに近づいてきた。僕は錨綱が再びゆるんだのを感じて、ぐっと力をこめて残った綱を断ち切った。

風はコラクル舟をまったく動かすことはなかったので、僕はもう少しで本当にヒスパニオーラ号のへさきで押し流されるところだった。それと同時に、スクーナー船は船尾を中心にゆっくりと回転しはじめて、反対向きになって潮の流れにのった。

僕は死にもの狂いだった。というのも、今にも転覆するのではと思ったからだ。そしてコラクル舟を直接遠ざけるのは無理だとわかったので、船尾の方へと向かっていった。なんやかんやで、僕はあぶない船から逃げ出した。そしてコラクル舟にもう一押しをした瞬間に、両手が一本の軽い綱にふれた。綱は船尾の船べりから垂れ下がっていて、僕はその瞬間に綱をつかんだ。

自分でもどうしてそんなことをしたのかは、さっぱりわからない。最初は本能的で、ただ綱を両手ににぎってしっかり結びつけられているのがわかると、好奇心がむくむくとわいてきて、ちょっとばかし船室の窓から覗いてやろうと心に決めた。

僕はその綱をたぐって十分近くまできたと判断したので、危険は危険だったが半身をなげだして、船室の中の天井と一部をのぞいてみた。

このときには、スクーナー船とその小さな伴舟はきわめて速い速度で水の上をすべっていた。実際、すでに焚き火と平行になるくらいまでのところまできていた。船は、船乗りがいう、大声でしゃべっている状態だった。つまり、多くのさざなみが立っている中をたえまなくしぶきをあげ進んでいたわけだ。だから窓の下枠から覗きこむまで、どうして見張りの男たちが警告をあげないのか不思議でならなかった。でもひと目みて、そのわけがわかった。ただその安定しない小舟からではひと目みるだけでもやっとだった。ハンズと仲間がしっかと組み合って、お互いの片手で相手の咽喉をつかんでいたのだ。

僕は再びすぐさま舟に腰をおろした。というのも、もう少しで舟から落ちるところだったから。そのときは、2人の怒って紅潮した顔が、くすんだランプの下でともに揺れている以外はなにも見えなかった。そこで両目をとじて、再び暗闇に目がなじむようにした。

死んだやつの衣装箱に15人
ヨーホー、ヨーホー、ラム酒を1 本!
飲めや、悪魔が残りを飲み干す
ヨーホー、ヨーホー、ラム酒を1本!

ちょうどそのときヒスパニオーラ号の船室で酒と悪魔がどれほど大暴れをしているか、僕が考えていたとき、急にコラクル舟ががたんと揺れて驚いた。同時に舟が左右にひどくゆれ、進路を変えたように思われた。その間も加速しつづけていた。

僕はすぐに目を開いた。あたり一面さざなみで、同時に耳をつんざくようなはげしい音とかすかな青い光がみてとれた。ヒスパニオーラ号の進路も変わっているようで、僕の舟はそこから数ヤード後ろで相変わらずくるくる回っていた。そして僕の目には、夜の闇を背景にしてマストが少し動いているのが見えた。いいや、ずっと見ていると、ヒスパニオーラ号も南に進路を変えているのは確かだった。

僕は肩ごしに振り返ると、心臓が飛び出るほどびっくりした。僕の真後ろに焚き火の明かりがあったのだ。流れは直角に曲がり、大きなスクーナー船と小さな踊っているようなコラクル舟を押し流してきたのだ。だんだん流れは速く、泡が大きく、波音は高くなり、流れは狭い所でうずまいて外海へと流れていった。

とつぜん、スクーナー船は僕の目の前で急激に向きをかえ、たぶん20度は方向をかえただろう。それと同時に、船上でひとつの叫び声に続いて、別の叫び声があがった。昇降用のはしごを揺らす足音が聞こえ、2人のよっぱらいもとうとう喧嘩を止めて、自分たちが陥っている災難に気がついたということが僕にもわかった。

僕はこのみじめな小舟に身をふせて、身を神にゆだねた。この海峡の終わりで、僕らは砂州に流れつきこなごなになってしまうだろう。まあ、そこで僕のトラブルも一巻の終わりとなるわけだ。ただ死ぬことは、たぶんなんでもなかったが、迫りくる運命をただ傍観しているのは耐えられなかった。

僕は何時間も身を伏せていたことだろう。常にうねりでゆさぶられ、ときどき飛び散るしぶきをあび、次に突っ込んだら死が待っているんだろうと思っていた。だんだん僕も疲れてきた。僕の心は、こんな恐怖の真っ只中にあって、麻痺し、ときどきはすっかり無感覚になった。そしてついに眠りにおち、波に揺られるコラクル舟で、僕は横たわり故郷のベンボウ提督亭を夢見ていた。

24 コラクル舟での航海
目をさましたときにはすっかり日が昇っていて、僕は宝島の南西端のところを漂っているようだった。太陽はすでに高く昇っていたが、僕の方向からは大きな望遠鏡山に隠れていて、望遠鏡山はこちらの側からは、切り立った崖になり海まで至っていた。

ホールボーライン岬とミズンマスト山は僕のすぐそばで、山には木が生えておらず黒ずんでいて、岬は4、50フィートの断崖になり、その周辺には落石がごろごろしていた。僕は1/4マイルも海に出ていなかったので、最初におもいついたのは漕いで上陸しようということだった。

その考えはすぐに捨てなければならなかった。落石の間で、波がくだけとどろき、大きな音が次から次へと絶え間なくなりひびき、大きなしぶきが飛び散っていたので、僕ががんばって近寄っていったとしても、けわしい崖で死へとまっしぐらか、そびえたつ岩をよじ登ろうとしていたずらに体力を消耗してしまうかだったろう。

そればかりではなかった。というのも、岩の平らな所を一緒にはいまわったり、大きな声をあげて互いに海へと突き落としあっている、巨大なぬめぬめとした怪物を僕は目にしたのだ。まるで信じられないくらい大きなかたつむりみたいに柔らかそうなもので、40から60匹が一団で岩々の間にほえ声を響かせていた。

後になって、僕はそれがあしかというもので、全く無害だということを知った。しかしその姿をみる限りでは、岸へたどり着くのが難しく波が高かったこともあるが、上陸したらだめだと思うのには十分すぎるほどだった。そんな危険な目にあうくらいだったら、まだ海で餓死したほうがましというものだ。

そうしているあいだに、僕にはもっとよい方法があらわれたように思えた。ホールボーライン岬の北には、陸地が延々と続いていて、潮が引いたときには黄色い砂地が長く延びていた。そのさらに北には、もう一つ岬があり、それはウッズ岬である。地図にもその場所は記されていたが、高い緑の松の木が生い茂り、海の際まで迫っていた。

僕は、シルバーが潮の流れは宝島の西岸全体で北へ流れていると言ったことを思い出した。そして僕のいる場所からみて、その流れにのっていることは明らかだった。僕はホールボーライン岬を離れ、より上陸が易しそうなウッズ岬で上陸しようと力を残しておくことにした。

海には、大きななだらかなうねりがあった。一定のそよ風が南からふいていて、流れと同じ方向で、大波はくだけずに起こっては消えていった。

そうしていなかったら、僕はとっくに死んでいたに違いない。しかし実際には、僕の小さくて軽いボートはどれほど容易に、また安全に波を乗り越えていったのかは驚くべきほどだった。僕はずっとボートの底に身をふせて、舟べりから目だけを出して外をみていた。僕の目には、しばしば大きな青い波が僕の真上のすぐ近くまで持ち上がるのが見えた。ただそのコラクル舟は少し持ち上がるだけで、ばねじかけの上で踊るかのように、向こう側の谷へと一匹の鳥のように軽やかに降りていった。

少したつと、僕はとても大胆になって、漕ぐのをためしてみようと座る姿勢をとった。しかしこの重さ配分の少しの変化でも、コラクル舟の挙動には大きな影響を与えたのだろう。僕が動かないうちから、舟は、すぐに優雅に踊るような動きをやめて、波の斜面をまっすぐすべり下り、あまりに急激だったので僕はめまいをおこすほどだった。そしてへさきを深く次の波へとつっこみ、水しぶきをあげた。

僕はずぶぬれになって、恐れおののいた。そしてすぐに元通りの位置へと戻った。そうすると、コラクル舟は再び行く先を定めたようで、僕を荒波のなかで前のようにおだやかに導いてくれた。この舟が手出しを好まないことは明らかだった。そしてこの調子では、舟の行き先を操作することはできなく、僕には上陸するどんな希望があるというのだろうか?

僕は心の底から怖くなった。しかしとにかくまず落ち着いた。最初に細心の注意をはらって、少しずつコラクル舟から海帽で水をくみ出した。それから舟べりから覗いて、どうやってこの舟が大波の間をこれほど静かに切り抜けていくのかを研究しはじめた。

僕はどの波にも、岸や船の甲板から見えるような大きな、なだらかなつやつやとした山のかわりに、必ず陸の山脈のように、頂や平らな場所や谷がたくさんあることに気づいた。コラクル舟はなすがままにしておけば、くるくるまわりながら、その低い所をいわば縫うようにしていき、波のけわしい斜面や高く崩れ落ちる頂をさけるのだった。

「うん、いいぞ」僕は思った。「今の場所で横になって、バランスを崩さない方がいいんだ。でも、なだらかな場所だったら、櫂をときどき外にだしてひとかき、ふたかき、陸地の方へとすることはできるのも確かだな」思うがいなや実行した。両肘で体をささえ、できるかぎり機会をみて舟を岸の方へ向けるために弱くだが、ひとかきふたかきをした。

ひどく疲れるわりに遅々とした仕事だったが、目に見えて進んでいた。そしてウッズ岬に近づいたときには、その場所には上陸できないと分かっていたが、それでも数百ヤードは東の方にきていた。僕は実際に近づいていたのだ。僕の目には、涼しげな緑のこずえがそよ風に揺れているのが映り、次の岬では間違いなくたどりつけると確信した。

もうぎりぎりだった。というのも、僕はのどの渇きに苦しめられはじめていたからだ。太陽は上からさんさんと照りつけ、それは波に反射して何千倍にもなり、僕にふりかかった海水が乾き、塩をまさに僕のくちびるになすりつけたようで、僕ののどはやきつくようで頭はがんがんしたからだ。木々の風景はすぐ手の届くところにあり、僕はそこに行きたくて行きたくてたまらなかった。しかし潮流は僕をその場所からすぐに押し流し、そして次に海が開けているところにきたとき、僕はある風景をみて考えをすっかり変えた。

僕の正面で半マイルと離れていないところに、ヒスパニオーラ号が帆をあげて走っているのを見たのだ。僕はもちろん捕まるんだと覚悟をした。ただのどの渇きに耐えかねていたので、捕まるのがいいか悪いかも分からなかった。結論を出す前に、僕はすっかり驚いてしまって、ただ目をまるくして戸惑ってるだけだった。

ヒスパニオーラ号はメインの帆と2つの三角帆をあげて、その真っ白な美しい帆は雪か銀のように太陽に輝いていた。僕は最初に船を見たときに、その船の帆は全て張られていて、北西に針路をとっていた。そして僕は船上の男たちは島をまわって、停泊所まで戻って行こうとしているのだと思った。やがて船はだんだん西の方に針路を変えていった。つまりやつらが僕を見つけて、追いかけてこようとしていると僕は考えた。けれどもついに船は風上を向き、すっかり逆帆になって、帆を震わせながらしばらく立ち往生していた。

「まったくまぬけだなぁ」僕は口にだした。「やつらはまだ、ばかみたいに酔っ払ってるに違いないや」
そして僕は、スモレット船長ならどういう風にやつらの船長をつとめたかを想像した。

そうしているあいだも、スクーナー線はだんだん風下に向かい、タックをして再び帆が風をうけ、少しのあいだ走りだした。そして風上に向かってまた止まった。こんなことがたびたびくり返された。前後左右、東西南北に、ヒスパニオーラ号は急に動き出したかとおもえば、最初のように帆をはためかせながら止まった。僕にも、だれもかじをとっているものがいないことは明らかだった。もしそうなら、やつらはどこにいるんだろう? やつらがすっかり酔っ払っていようが、船を見捨ててようが、たぶん僕が船に乗り込んでいけば、船を船長のもとに返せるかもしれないと僕は考えたのだ。

流れは、コラクル舟をスクーナー船と同じ速さで南の方へと流していった。スクーナー船の走りといえば、乱暴で進んだり止まったりだった。そしてずいぶん長いこと動きがとれなくて、潮流から遅れることはなかったが、それより速いということもなかった。もし僕が立ち上がって漕ぎさえすれば、追いつけることは確かだった。でもそうするのはちょっとした冒険なので僕をふるいたたせ、そして船首の側には水だるがあると考えるのが勇気百人力だった。

僕は起き上がり、すぐに水しぶきの洗礼をあびた。ただ今回は目的を貫き、力をふりしぼり、細心の注意を払いながら、かじのとられていないヒスパニオーラ号の跡を追った。一度はひどく水をかぶったので、小鳥みたいにどきどきしながら、漕ぐのをやめて水をかいださなければならなかった。ただ、だんだん慣れてきて、波の合間でコラクル舟をあやつり、ときどきへさきをぶつけたり、顔に水の泡をあびたりもした。

僕は今やぐんぐんスクーナー船に追いついていた。舵が動くたびに、その真鍮が光るのがみてとれたが、甲板には誰の姿も見当たらなかった。僕には、やつらが船を見捨てたのだと思わざるえなかった。もしそうでないなら、やつらは下の船室でよっぱらっているわけだ。それならそれで、僕はたぶん昇降口に当て木でもして、船を僕が思うままにできるかもしれない。

しばらく、船は僕にとって困った状態になっていた。止まってしまったのだ。船はほとんど南にへさきを向けて、もちろんまだその針路は左右に揺れていた。船が風下に向かうたびに、その帆が部分的に風をうけ、しばらくするとまた風上へと向かうのだった。僕にとって困った状態だという訳は、そんな状況で立ち往生しているようにみえながら、帆は大砲のように大きな音をたて、甲板の上では滑車がころがり大きな音をさせ、僕から遠ざかって行ったのだった。それも潮流の速さばかりではなく、帆全体に風をうけて、そのためというのが大きかった。

しかし、今とうとう僕にチャンスがやってきた。風が数秒間静まってとても弱くなり、潮流はだんだんヒスパニオーラ号を回転させた。船の中央を中心にしてゆっくり回転し、ついに船尾が僕の方へとむいた。船室の窓はまだ開いており、テーブルの上のランプは昼になっても灯っていた。メインセイルは旗みたいにだらりと垂れていた。潮流がなければ、船は立ち往生だった。

その少しのあいだ、僕はまだ船に遅れていたが、今は力を倍増してもう一回追いつこうとした。

僕が船から100ヤードとないところまでたどり着いたとき、とつぜん再び風がふいた。船は左舷に風をうけ、ツバメのように身をかがめ水面をすべるように動き出した。

僕は最初は絶望しかけたが、それは喜びへとかわった。船は回転して、こちらに舷側をみせ、さらにまわって、僕との距離を半分、2/3、1/4とみるみる縮めたのだ。僕は船首の水切りの下で波が白くあわ立っているのを目にすることができた。コラクル舟の低い位置からは、その船はとてつもなく大きく見えた。

それから、とつぜん、僕は理解した。そもそも僕には考える時間も、行動して自分を救い出す時間もほとんどなかった。僕は一つのうねりの頂にいて、スクーナー船は次のうねりをこえて近づいてきた。船首斜檣が頭上にあり、僕は舟を水中へ蹴って飛び上がった。片手で帆の下げたをつかみ、片足は支索と金具のあいだにねじ込んだ。息をきらしてそこにぶら下がっていると、にぶい音がして、スクーナー船はコラクル舟に乗り上げ粉砕し、僕はもどるところもなくヒスパニオーラ号に取り残されたわけだった。

25 僕が海賊旗を引き下ろす
僕が船首斜檣にとびつくとすぐに、吹流しの三角帆がはばたき、帆の反対側に風をうけ、大砲のような音をたてた。スクーナー船はその反転で、竜骨のところまで震えた。次の瞬間、他の帆はまだ風をうけていたので、三角帆は再びはばたきだらんとぶらさがった。

このため、僕はもう少しで海へとはねとばされそうになった。僕はぐずぐずせずに、船首斜檣をはって船の方へもどり、甲板に頭から転がりこんだ。

僕は前部上甲板の風下の側にいて、メインマストはまだ風をうけていた。そのため、後部甲板の一部は僕からは見えず、人の姿は見当たらなかった。反乱以来、一度も磨かれていない甲板は足跡だらけで、首のところが割られている空き瓶が一本、甲板排水口を行ったり来たりまるで生き物のようだった。

とつぜん、ヒスパニオーラ号は風をうけた。僕の背後の三角帆は大きな音をたて、舵はぎしぎしときしんだ。船全体が、気味が悪いくらい上下動して振動した。それと同時に、メインマストの下げたが船の方にまわってきて、帆が滑車のところでミシミシと音をたて、僕は風下の後甲板が見渡せた。

2人の見張りが、たしかにいた。赤帽の男が仰向けになり、てこ棒のように固まって両手を十字架の像のように伸ばし、開いた口から歯が覗いていた。イスラエル・ハンズは船べりにもたれかかり、あごを引き、両手はだらんと甲板に垂らし、顔色は日に焼けているにもかかわらず油脂ろうそくみたいに蒼白だった。

しばらく船は暴れ馬のように飛び跳ね、横に動いたりした。帆は片側から風を受けたと思えば、また別の側から風をうけ、下げたはあちこちにゆれ、マストがひっぱられてぎしぎしと音をたてた。そしてまた僕は船べりを越えて水しぶきをあびたし、船首が波につっこんだりもした。手製のバランスの悪いコラクル舟より、よっぽどこの大きな万全の装備の船のほうが荒天でひどくゆれた。まぁ、コラクル舟はもう海の底だったが。

スクーナー船が飛び跳ねるごとに、赤帽の男があちこちに滑っていった。でも、見ていて何が恐ろしいって、その男の姿勢も歯をみせたにやにや笑いの表情もそんなにあちこちを滑っても全くかわらなかったことだ。船が飛び跳ねるごとに、ハンズはだんだん甲板にずりさがっていき、両足を前へ全身が船尾の方へ傾き、その顔はだんだん僕の方から見えなくなった。そしてとうとう僕には、片耳と頬ひげのすり切れた巻き毛しか見えなくなった。

同時に、僕は2人の周りの甲板に黒ずんだ血が飛び散っているのに気づき、やつらは酔っ払って怒りにまかせて同士討ちしたんだろうと考え始めた。

僕がそうやって見つめて迷っていると静けさが訪れ、船がじっとしていると、イスラエル・ハンズは少しこちらにむきなおり、低いうめき声をだして体をねじり、最初に僕がみた格好にもどった。うめき声は、痛みに満ちていて今にも死にそうなほど衰弱していた。そしてそのあごをあげる様子は、僕の心に訴えかけた。ただ僕はりんごの樽の中で聞いた話を思い出したので、かわいそうに思う気持ちはすっかりなくなっていたが。

僕はメインマストのところまで、船尾の方へ歩いていった。

「乗船したよ、ハンズさん」僕は皮肉っぽく言ってやった。

ハンズはつらそうに僕の方をみた。ただ驚きを顔に出すには、あまりに弱っていた。やつにできるのはせいぜい、一言いうだけだった。「ブランデーを」

僕もぐずぐずしている場合じゃなかった。再びがたんと揺れた下げたをよけながら、甲板を横切り船尾の方へ行き、船室昇降口から船室へと降りていった。

船室の中ときたら混乱のきわみだった。カギをかけてあった場所も全て、地図を探したために、開けっ放しで壊されていた。床はごろつきどもがキャンプをした周りの沼地でうろつきまわった後に、座り込んで酒盛りしたか相談でもしたんだろう、どろだらけだった。金色のビーズが飾られていた真っ白に塗られた壁には、どろだらけの手の跡がついていた。何十本もの空ボトルが船がゆれると、隅の方でガチャガチャと音を立てていた。先生の医学書の一冊がテーブルの上に開いたままになっていて、ページの半分くらいはびりびりと破かれていた。パイプに火をつけるのにでもつかったんだろう。そうしている真ん中で、ランプがくすぶったぼんやりした茶色い光をはなっていた。

僕は貯蔵庫に入っていった。酒樽は全部なくなっていて、驚くほどの数のボトルがからっぽになり、ほったらかされていた。確かに、反乱以来、しらふでいたやつは一人もいなかったことだろう。

ごそごそ探し回って、ハンズのために少しブランデーが残っているボトルを一本見つけた。あと自分用にビスケットとピクルス漬けの果物とレーズンをたっぷり、そしてチーズを一切れ揃えた。これらをもって、僕は甲板にもどってきた。といっても、自分のものは船首のかじのところに隠しておいて、ハンズには手の届かないようにはしたが。それから僕は水の入った樽のところまでいって、水をたっぷり飲んで、それから、そうしてようやく、ハンズにブランデーをやった。

ハンズはボトルを口につけると、いっきに1ジル(0.16リットル)ほども飲み干した。

「ぐはぁー、こんちくしょうめ、こいつがやりたかったんだ!」

僕も腰をおろして、もぐもぐやりはじめた。

「けがはひどいのかい?」僕は尋ねた。

ハンズはうなり声をあげた、というか、ほえたといった方がいいかもしれない。

「もし医者がいれば、」ハンズは言った。「少しでも手をかけてくれれば平気だったろうよ、運がねぇんだな。こんなんもんだよ。あいつは死んじまってるだろう」ハンズは、赤帽の男を指差してつけくわえた。「どちらにせよ、船乗りなんかじゃなかったがな。おまえは、いったいどうやって来たんだ?」

「うん」僕は言った。「この船を乗っ取りにきたんだよ、ハンズさん。で、次に通告するまでは僕を船長として認めてもらおうか」

ハンズは顔をしかめて僕を見たが、何も口には出さなかった。ほおに血の気がもどったが、ひどく具合が悪く見え、船がゆれるたびにずり落ちては姿勢を直していた。

「ついでに」僕は続けた。「ああいう旗は嫌だな、ハンズさん。失礼だけど、捨てさせてもらうよ。ない方がまし」

僕はまた下げたをよけて、旗のポールのところまで走っていって、のろわれた黒い旗を降ろし海へ投げ捨てた。

「国王陛下ばんざい!」僕は帽子をふってさけんだ。「シルバー船長もこれで終わりだ!」

ハンズは、ずっとあごを胸につけて、するどい目でじろりと僕をにらんだ。

「俺は思うんだ」ハンズはとうとう口を開いた。「俺には考えがある、ホーキンズ船長、着岸したいんだろう。話し合おうや」

「うん、いいよ」僕は言った。「喜んで、ハンズさん。それで?」そして僕は、がつがつと食べ物を腹に詰め込んだ。

「この男は、」ハンズは、死体をあごでさして話しはじめた。「オブライエンっていうんだが、下品なアイルランド人でな、こいつと俺とで帆をあげて、船をもとの場所へもどそうとしたんだ。うん、こいつは死んだ。船底のあかみたいに完全にな。で、だれがこの船をうごかせばいい? 俺はわからんな。俺が助けてやらなきゃ、おまえさんはあいつみたいにはできんぞ。俺が教えないとな。そら、見ろよ、おまえさんは、俺に食べもんと飲み物、それから傷をしばる古いスカーフでもハンケチでも持ってきてくれ、そんで俺はおまえにどうやって航行するか教えてやる。五分五分の取引だろ」

「ひとつ言っとくよ、」僕は言った。「キッド入り江の停泊所にはもどらない。僕は北の入り江に行って、そこにこっそり停泊するんだ」

「おまえの言うとおりにしよう」ハンズは大きな声でいった。「俺は悪魔の水夫ってわけじゃねぇ。俺は分かってるんだよ、そうだろ? 俺はちょっとやってみたけど、だめだったしな。おまえの方に風はふいてるみたいだ。北の入り江か? 俺には選択の余地はねぇな、俺にはな! 処刑波止場までだって行くぜ、全く! やるよ」

そこで、僕にしてみればいい取引に思えたので、すぐに話をまとめた。3分後には、僕はヒスパニオーラ号を操って、風をうけ宝島の岸ぞいに走らせていた。僕が思うには、昼前に北の岬をまわって、満潮にならないうちに北の入り江まで急いでいけそうだった。それで僕らは船を無事に着岸させ、潮が引くのを待って上陸するまで待てばいいわけだ。

それから僕はかじを固定すると、僕の衣装箱のところまで行って、母親のやわらかいシルクのハンカチを取り出した。それで、僕が助けてやりながら、ハンズが太ももに負った大きな血の流れている傷をしばった。そして少し食べ物を口にして、もう一口、二口ブランデーを流しこむと、みるみるハンズは調子がよくなりはじめた。まっすぐ座りなおし声も大きく明瞭になり、まるで別人みたいだった。

風はいうことなしだった。僕らは鳥みたいに軽やかに水面をすべり、島の岸を飛ぶように後にして、景色はめまぐるしく変わっていった。すぐに高台を通り過ぎ、小ぶりな松が点在する砂の低地の横にさしかかった。そこもまたすぐに通り過ぎて、岩山の角をまわり、島の北の端までやってきた。

僕は自分の命令に大得意になっていた。そして天気もよくさんさんと輝くような天候で、陸の風景が次から次へと変わるのも楽しかった。僕は水も食べ物もたっぷりあって、小屋を見捨ててきたことでひどく痛んでいた良心も、この占領で帳消しといった具合だった。ただ思うに、水夫長の目だけをどうにかしたかった。やつはあざけるように甲板にいる僕をみて、その顔はいつも奇妙なにやにや笑いが浮かんでいた。その笑いには痛みと疲れが感じられ、やつれた老人のそれだった。でもそれにくわえて、あざけるような、裏切り者のような表情があった。そんな表情で、抜け目なく僕が働いている姿をじっとじっと見守っているのだった。

26 イスラエル・ハンズ
風は、僕らが望んだように西風になった。僕らは島の北東の角から北の入り江まで、苦労せずに船を走らせることができた。ただ僕には錨を下ろすだけの力はなかったし、潮がもっと満ちるまでは浜につけてみることも出来なく、僕らは手持ちぶさただった。ハンズは、僕に船を停める方法を教えてくれた。何回か試してみて、僕はやりとげることができた。そして僕らは口もきかず、座って食事をとった。

「船長や」ハンズはあの不愉快な笑みを浮かべて、とうとう口を開いた。「こいつはおれの古い船乗り仲間のオブライエンだ。こいつを海へ放り出してくんねぇか。おれは別に格別気にしてるわけじゃないし、こいつを始末したことをなんとも思っちゃないんだが、やつをこのまま放り出しておいて、見せ物にしとくのもなんだろう?」

「僕はそんなことできないよ、やりたくもないし。転がってたって僕は気にならないな」と僕は言った。
「この船、ヒスパニオーラ号は不吉な船だ、ジムや」ハンズは、目をしばしばしながら話を続けた。「この船じゃ、人がうんとこさ殺されてるんだ。おれやおまえがブリストルで乗りこんでからでさえ、船乗りたちが殺された光景をみたもんだ。ただおれは、そんな不幸な目にあったことはねぇな、おれはな。ここにはオブライエンがいる、やつは死んでる、そうだな? それでな、おれはしがない船乗りだ、でもおまえは読み書きそろばんができる坊やときてる。だからぶっちゃけて聞くんだが、一度死んだらそれきりなのかい、それともまた生き返るのか?」

「人間の体は殺せてもね、ハンズさん、心は殺せないんだよ。自分でもわかってるはずだよ」と僕は答えた。「そこのオブライエンももうあの世に行って、僕らを見守ってることだろうよ」

「あぁ!」ハンズは声をあげた。「あぁ、それはよくねぇな。何十人も殺したって、時間の無駄ってもんじゃねぇか。けど俺の経験じゃ、心なんてものは大したものじゃねぇけどな。でも、俺は心ってやつにかけてみることにしようじゃねぇか、ジム。で、おまえは十分しゃべり散らかしたから、よければ下の船室に降りてって、あいつを、そうあれを、くそったれ! 名前が思い出せねぇ、いいや、ワインを一瓶もってきてくれ、ジムや。このブランデーときたら、よく効きすぎて頭がくらくらすらぁ」

さて、この男が口ごもるのは、いかにも不自然に思われた。それにブランデーよりワインがいいなんて話は、ちゃんちゃらおかしかった。話全体が口実っぽかったのだ。やつは僕を甲板から遠ざけたかったのが、明らかだった。でもその目的まではわからなかった。ハンズは、僕とは決して目を合わせなかった。あちこち、上や下や、空を見上げたり、オブライエンの方をちらっとみたり、きょろきょろしていた。たえずにやにや笑いながら、悪いことでもしているように、まごついたようすで舌をちょろちょろだすものだから、ほんの子供でもやつが何かをたくらんでいることはわかっただろう。でも、僕はすぐに返事をした。というのも、僕は自分の有利な点を把握していたし、こんな間の抜けたやつが相手なら最後まで労せず、疑っていることも隠し通せることがわかっていたのだ。

「ワインだって?」僕は言った。「ずっといいね、白かい赤かい?」

「おう、どっちだっておれには同じだがな」ハンズは答えた。「強くて量さえあればな、何の違いがあるんだ?」

「わかった、わかった」僕は答えた。「ポートワインをもってくるよ、ハンズさん。でも探さないと」

そこで、僕はできるだけ大きな音を立てて甲板昇降口を降りると、靴をぬいで、静かに廊下をかけてゆき、前甲板のはしごを登って、前の甲板昇降口から頭をだした。僕は、ハンズがそこにいる僕を見るようなことはないと分かってはいたが、出来る限り注意を払い、確かに僕の最悪の疑いがそれこそ本当だったことが明らかになった。

ハンズは両手、両膝で自分の場所から体をおこし、片足はあきらかに動かすととても痛むようだったが、というのもやつがうめきをこらえるのが聞こえたくらいだから。とにかく、やつはかなりの速さで自分の体を引きずって甲板を横切った。30秒ほどで左舷の甲板排水溝までいくと、巻いてあるロープの中から、長いナイフというよりはむしろ短剣を拾い上げた。その短剣は、柄まで血にそまっていた。しばらくそれをあごを突き出すようにして見つめていたが、先を手にあててみてから、急いで上着のふところにそれを隠すと、船べりの元いた場所に再びもどった。

僕が知りたいことは、これで十分だった。イスラエル・ハンズは歩き回れるし、今は武装している。そしてあれほどまでして僕を遠ざけたかったのだから、僕をやっつけるつもりであることは明らかだった。そのあとやつがどうするつもりなのか、北の入り江からキャンプをしているところまでまっすぐ島をはいつくばって行こうとしているのか、大砲でも発射して、自分の仲間たちが最初に助けに駆けつけてくれるのをあてにしているのか、もちろん僕にわかるはずもなかった。

でもある一つの点では、ハンズを信用することができるとも思った。というのは、その点では僕らの利害は一致していたからだ。それはスクーナー船の取扱いということだった。僕らは2人とも、船をどこか安全な場所に無事に停泊させて、そして時がきたらできるだけ簡単、かつ危なくない方法で再び出航させられたらと思っていたのだ。

僕は頭の中でこんなことに思いをめぐらせながらも、体は忙しく働かせていた。船室にとってかえし、また靴をはいて、手当たりしだいにワインのボトルをひっつかんで、そして申し訳ばかりにそれをもって甲板にもどった。

ハンズは僕がそこを離れたときのままで、すっかり体をまるめ、まるで明るい光にも耐えかねると言った風に瞼をふせていた。しかし僕がやってくると目をあげ、何度も同じことをやりなれた男のようにボトルの首をたたきわると、ぐいっとのみ、お気に入りの「幸運に!」という言葉をもらした。それから少しじっとしていたが、噛みタバコをとりだし、僕に一口分切ってくれと頼み込んだ。

「少し切ってくれよ」ハンズは言った。「俺はナイフも持っちゃいないし、持ってても切るだけの力もありゃしない。あぁ、ジム、ジム。がまんできねぇよ! 一切れくれ。これが最後の一切れだろうよ、ぼうず。この世の終わりだ、間違いなくな」

「うん」僕は言った。「タバコを切るよ。でも僕だったら、そんなに具合が悪いと思ったら、キリスト教徒みたいにお祈りするところだけどねぇ」

「なぜだい?」ハンズは言った。「おい、なぜお祈りするか教えてくれよ」

「なぜだって!」僕はさけんだ。「あんたはたった今、僕に死について尋ねてたじゃないか。あんたは信用を裏切ってきた。罪と偽りと血の中で人生を送ってきた。今だって足元にはあんたが殺した男がころがっている、それで僕に“なぜ”なんて尋ねるのかい! 神の慈悲にすがるんだよ、ハンズさん、それが理由だよ」

やつが血まみれの短剣をふところに隠していて、それで僕を殺そうとたくらんでいるなんて思うと、僕はすこし興奮して話をした。ハンズは、自分の番になると、ワインをぐいぐい飲み、普段とは違ってひどく真面目に話し始めた。

「30年ほどもな」ハンズは話した。「俺はあちこちの海を航海し、いいことも悪いことも、もっといいことももっと悪いことも、晴天も悪天候も、食い物がなくなったことも、ナイフで切りつけたことやなんやかんやを経験してきた。ただ、ただ言っとくぜ、俺はいい事からいい事が導かれたなんてことは、経験しなかったな。とにかく先手をうつのが俺の好みだ。死人にかみつかれることはないからな。これが俺の生き方だ、アーメン、そんなもんだよ。それでこいつを見ろや」と急にハンズは口調を変えた。「こんなバカ話はもう十分だろ。潮も十分満ちてきたし、ホーキンズ船長、俺の指示通りやってくれ。そうすりゃ、船はすぐに走り出して万事問題なしだ」

つまるところ、2マイルほど船を走らせればよかったのだ。でもこの航行は慎重を期するもので、北の停泊所の入り口は狭くて浅いだけでなく、東も西も岸が迫っていたのだ。だからスクーナー船を入港させるには、上手く操縦する必要があったわけだ。僕は自分もなかなか筋のいい、敏捷な助手だったと思ってるし、ハンズも腕のいい水先案内人だったと思う。船はすいすいと進んでいき、ひらりひらりと身をかわすように、岸をかすめながら、見ていてもうれしくなるぐらいに正確に、そしてきちんと操縦できた。

岬を廻ると、すぐ目の前に陸地がせまってきた。北の停泊所の岸は、南の停泊所と同じくらい森が茂っていた。しかし場所はより細長く、まるで河口のようで、そして実際もそうだったのだ。僕らの正面で南の端の方に、朽ち果てた見る影もない船が目に入った。3本マストの立派な大きな船だったようだが、雨風にさらされ、海藻が大きなくもの巣のように側面にはりつき、甲板の上には岸に植生する茂みが根をはり、ちょうど花が咲いていた。寂しい光景だったが、それはまた停泊所が過ごすのに適した場所であることも示していた。

「さて、」ハンズは言った。「そこを見ろ、船を乗り上げるには絶好の場所だ。平らな砂地で、風がなくて、木に囲まれてる、それにあの船の上にみたいに花が咲き乱れてるときてる」

「で、乗り上げたら、」僕は質問した。「どうやって出航すればいいんだい?」

「こんなぐあいだ」ハンズはすぐに答えてくれた。「潮が引いてるときに、反対側の岸まで縄を一本もっていくんだ。あの大きな松のどれか一本にそれを結びつける。それを船まで引っ張ってきて、キャプスタインに巻きつけるんだ。あとは潮をまつだけだ。潮が満ちてきて、全員でその縄を引っ張る。そんで船はすぐに出港するてな具合だな。さぁ、坊や、準備はいいか。その場所に近づいてきたぞ、少し速度が速いかな。少し面舵、そう、そのまま、面舵、少し取舵、そのまま、そのまま!」

そしてハンズが命令をだすと、僕は息つぐ暇もなくその通りにした。突然、ハンズが叫んだ。「さあ、相棒、風上だ!」そして僕は操舵をきって、ヒスパニオーラ号は速度をまして廻りこむと、低い低木の茂った岸へと船首を向けた。

こうした操縦にいくぶん気を取られていたので、いままで油断なくハンズに配っていた注意がおろそかになっていた。それでも僕は船が着岸する瞬間をいまかと待ち構えていたので、僕をおそう危機をすっかり忘れ、右舷の船べりから身を乗り出し、船首のたてるさざなみを見つめていた。僕が急にいわれもなく不安になり、ふり向かなかったとしたら、すっかり命を落としていたことだろう。たぶん甲板がきしむ音や、人が動いたときの影の端が目にはいったせいかもしれない。あるいは猫がもっているような本能のおかげかもしれない。とにかく確かに僕がふり向いたときには、ハンズがそこにいた。すでに半分ほどまで僕の方に来ていて、右手には短剣をにぎりしめていた。

僕らは目があったとき、双方で大声をあげたにちがいない。でも僕のは恐怖のさけび声で、ハンズのは闘牛のような怒りのさけび声だった。と同時に、ハンズがおそいかかってきて、僕は船首の方へ横っ飛びでにげた。そうしたので舵から手をはなし、それが風下へ激しく揺れ、そのおかげで僕の命が助かったのだと思う。その舵がハンズの胸にひどく当たり、やつはしばらく死んだかのように動きを止めたのだった。

ハンズが立ち直る前に、僕は追い詰められていた隅から逃げ出して、甲板のどこへでも逃げられるようにしていた。メインマストのすぐ前に陣取って、ポケットからピストルを取り出すと、冷静にねらいをつけて、やつはすでにふり向いて僕をまっすぐに追いかけてきていたが、僕は引き金をひいた。でも撃鉄が動いただけで火花も銃声もしなかった。火薬が、海水で濡れてしまっていたのだ。僕は自分の怠慢をのろった。なぜ前もって僕の唯一の武器の火薬と弾丸を入れかえておかなかったのだろう? そうしていれば、僕は今みたいに屠殺者においかけまわされ、逃げまどう羊みたいなことにならなかったのに。

ハンズは手傷を負っていたが、その敏捷な動きは見事といってよかった。白髪まじりの髪は顔にふりかかり、息をふりみだして怒りのあまりその顔は、英国旗のように真っ赤になっていた。僕にはもう一丁のピストルをためす暇もなかった。でも実際にはそれも役に立たないと思っていたので、試してみようとも思わなかった。僕にはっきり分かっていたのは、ただ逃げ回るだけではだめで、そうしていれば先ほど僕を船首へ追い詰めたみたいに、すぐに船尾に追いつめられてしまうということだった。一度つかまったら、あの9から10インチもある血まみれの短剣でやられて、この世の最後というわけだ。僕はかなり大きなメインマストに手をかけ、全神経をはりつめ待ち受けた。

僕が逃げ回るつもりだと見てとると、ハンズも立ち止まった。そしてしばらくのあいだ、やつはフェイントをかけ、僕の方でもそれに応じた動きをとった。それはまるで僕が故郷のブラック・ヒル入り江の岩場でやった遊びに似たものだった。でももちろんこんなにどきどきしながら、やったことは一度もなかった。でも僕にいわせればそれは子供の遊びみたいなものだった。僕は、腿にあんなけがをした老水夫に遅れをとるわけないと思っていたし、どんどん元気がでてきて、この出来事の結末がどうなるかを考えてみる余裕さえあった。そして確かにこれを長引かせることはできるが、最後に逃げ出せる見込みがないことがわかった。

そしてこういう状態で、ヒスパニオーラ号が突然乗り上げて砂にはまり込み、それからがたんとゆれて、甲板が45度ほども左舷に傾いた。そしてひと樽ほどの水が排水孔に入り込み、甲板と船べりの間は水たまりのようになった。

僕らは2人ともその瞬間にひっくり返って、ごろごろ転がり、ほとんど一緒に排水孔に転がりおちた。死んだ赤い帽子の男も両腕を広げたままで、僕らのあとをごろごろ転がってきた。僕らはあまりに近くにいたので、僕の頭がハンズの足にぶつかって、僕の歯ががちんと音をたてたくらいだった。そんな衝突やなんやかんやから、僕が最初に立ち上がった。ハンズは死体ともつれあっていたのだ。船が突然傾いて、甲板を走り回ることはできなくなってしまった。僕は、新たな逃げ道を探さなければならなかった。それもすぐに、なんせ僕の敵はすぐそばにいたわけだし。すぐに僕は後ろのマストの横静索に飛びついて、綱をたぐってのぼり、息もつかずにマスト上部の横木までいき、そこに腰をおろした。

急いだので命が助かった。短剣が僕がいそいで登っていたとき、その下の半フィートもないところに突き刺さったのだから。そしてイスラエル・ハンズは口を開いたまま、僕の方を見上げていた。それはまるですっかり驚いてがっかりしている彫像のようだった。

僕には余裕ができたので、すぐさまピストルの火薬を詰めなおし、それから一丁が使えるようになると、念には念をいれ、もう一つのピストルの弾薬もとりだして、はじめから新しく装填しなおした。

ハンズは僕のあらたな行動にすっかり驚いていた。形勢が不利になっているのがようやく分かり始めたのだ。そして明らかにとまどったあげく、のろのろと横静索にとりかかり、短剣を口にくわえて、ゆっくり痛みに耐えてのぼりだした。ハンズにとっては傷ついた足をひきずって登るのは、際限がないように思われ、苦しみをもたらしているようだった。僕はハンズが1/3ほども登らないうちに、ゆうゆうと準備を終えてしまった。それからピストルを両手にもって、こうハンズに告げた。

「もう一歩でも登れば、ハンズ」僕は言った。「おまえの頭をふきとばすぞ! 死人はかみつかないからな、だろ」僕はひとり、笑いをこらえた。

ハンズは、すぐさま登るのをやめた。その顔が動いているので、考えをめぐらそうとしているのが見てとれた。ただその速度があまりにおそく苦しげなので、僕は身の危険がなくなっていたこともあり、大声で笑い始めた。ついに一回か二回つばをのんで、ハンズは口をひらいた。ハンズは、すっかり困りきったといわんばかりの顔つきだった。口を開くために、ハンズは短剣を口から離したが、それ以外は少しも動かなかった。

「ジム」ハンズは口を開いた。「俺たちは間違ったみたいだな、俺もおまえもだ。仲直りしようじゃないか。あんなに突然ゆれたりしなきゃ、おまえをとっつかまえてたんだがな。俺はついてねぇんだ、俺はな。どうやら俺は降参しなきゃならないみたいだな、船長までやった男がおまえみたいなひよっこに降参するのはつらいことだな、ジム」

僕は、ハンズのことばによっていて、塀の上にとまっている雄鶏みたいに得意げに微笑んでいた。とつぜん息をのむ間に、やつの右手が背中へまわされたかと思うと、何か矢のようなものが空をきって飛んできた。僕は一撃をうけ、鋭い痛みを感じ、肩をマストに撃ちつけられていた。その激しい痛みと驚きで、僕は自分の意思とはいいがたいが、少なくともねらいをつけたわけではない、両手のピストルが火をふき、それと同時に手から離れておちていった。ただ落ちたのはピストルだけではなかった。息がつまったようなさけび声とともに、ハンズは横静索をつかんでいた手を離し、頭から海のなかへと落ちていった。

27 八分銀貨
船が傾いているために、マストは海の上に大きく飛び出していた。そしてマストの横木の止まり木に座っていた僕の下には、湾の水面以外は何もなかった。ハンズは、それほど高い位置までは登っていなかった、したがってより船に近いところ、つまり僕と船べりの間に落下した。ハンズは一度、白いあわと血にそまった水面に浮かんできたが、それから再びしずんで、永遠にそのままだった。水面がおさまると、舷側の影のなかの、すきとおるような明るい砂の上にハンズが体をまるめて横たわっているのが見えた。魚が一匹、二匹、体の側を通り過ぎていった。ときどき水がゆらいで、ハンズがまるで起き上がろうとでもしているように少し動いたようにみえた。しかしハンズは、完全に死んでいた、というのも、撃たれた上におぼれていたわけだから。そして僕を殺そうとしたまさにその場所で、ハンズは魚のえさになっていたわけだ。

僕はそのことに気づくと気持ち悪くなりはじめ、ふらふらになり、恐怖に襲われた。熱い血が背中と胸に流れていた。短剣が僕の肩をマストに打ちつけていて、熱い鉄で焼けるように思われた。しかし僕を苦しめていたのは、こういう現実に僕を苦しめていたものではなく、それなら僕には苦痛の声を出すこともなく耐えられるように思われた。むしろ僕を苦しめたのは、あの緑の色をした海水の中に、あのハンズの死体の側に落ちやしないかという恐怖だった。

僕は両手で爪が痛くなるまでマストにしがみつき、危険をさけようとでもするかのように目をぎゅっと閉じた。そしてだんだん僕の心は落ち着きをとりもどし、脈もだんだんふつうの速度に落ち着いてきた。そして再び自分を取り戻した。

最初に思いついたのは、短剣を引き抜こうということだった。しかしあまりに強くささっているのか、僕がおじけついたせいなのか、僕は激しく身震いして手をとめてしまった。不思議なことに、そうして身震いしたせいで、事がかたづいたのだ。ナイフは、実際、ぎりぎりのところで僕を外れていた。それは僕をほんの皮のところでマストにつきさしており、そして身震いのせいで皮が引きちぎれたのだ。、確かに血はもっと勢いよく流れたが、僕はまた自由になり、上着とシャツがマストに留められているだけになった。

最後にぐいっと引っ張って上着とシャツを引きちぎり、右舷の横静索をつたって、甲板までもどった。特になんらかの理由があるわけではないが、すっかり怖気づいていたので、僕はあえてハンズが先ほど落ちた左舷の横静索をつたって降りる気にはならなかったのだ。

下に降りていって、僕は傷の手当てをした。けがはひどく痛んだし、血もずいぶん出ていた。ただ深い傷でもなかったし、危険な傷でもなかった。また腕を使うときも、格別痛むといったわけでもなかった。それからあたりを見回して、船がある意味では自分のものになったので、最後の乗客を片付けてやろうと考えた。もちろん最後の乗客とは、死体のオブライエンのことだ。

前にもいったように、オブライエンは船べりに投げ出されていて、そこでは恐ろしい、ぶざまな人形のように横たわっていた。それは確かに実物大だが、人間らしい色つやや美しさとは似ても似つかないものだった! その位置だったので、僕は簡単に始末できた。そして悲惨な冒険になれて、ほとんど死体への恐怖もなくなっていたので、まるでもみがらの袋か何かのようにオブライエンの腰をかかえて、ぐいっと持ち上げると船外に投げ出した。ざぶんと音がして海中へ沈んでいき、赤い帽子が脱げて海面にただよっていた。そして水しぶきがおさまると、僕にはオブライエンとハンズがならんで横たわっているのが見てとれた。2人とも水の動きにあわせてゆらゆら揺れていた。オブライエンはまだ非常に若い男だったが、頭は禿げ上がっていて、その禿げ頭を自分を殺した男のひざにのせて横たわっていたわけだ。そして2人の上を小魚が行ったり来たりしていた。

僕は船にたった一人で、潮がちょうど変わり目だった。日はまさに沈もうとしているところで、西岸の松の木の影がまっすぐ停泊所まで伸びていて、甲板にいろいろな模様を投げかけていた。夕方のそよ風がふき、東の2つの山ですっかりさえぎられていたが、船の索具はがたがたと音をたて、垂れていた帆もばだばたとはばたきはじめた。

船が危なそうだと思ったので、三角帆を急いで下ろし、甲板へとなげだした。ただメイン帆はもっとやっかいだった。もちろん、スクーナー船が傾いていたので、下げたはぐるりとまわって、その先端と帆の1、2フィートは水に浸かっていた。僕はこれはいよいよ危ないぞと思ったが、強く帆は張られていたので、手をだすのが怖いようにも思われた。とうとう僕はナイフをとりだして、帆をあげる索を切った。斜桁の外端がすぐに落ちて、ふくらんでゆるんだ帆が海面の上に浮かんだ。それからどんなにやっても、おろし綱を少しも動かすことはできなかった。そしてそれが、僕ができるせいぜいのことだった。後は、ヒスパニオーラ号も僕と同じように運を天にまかすよりほか仕方がなかった。

このときまでには、停泊所全体はすっかり日が暮れていて、最後の光が、僕は今でも覚えているが、木々のあいだから差しこんできて、あの難破船を覆っている花を照らし出し、宝石のように光っていた。寒くなりかけていて、潮は急速に外海の方へと流れていて、スクーナー船はいよいよ傾いて真横になるくらいだった。

僕は急いで前の方に行って、下をのぞいてみた。浅いように思えたので、念には念をいれて両手で切れてる錨綱をにぎりしめると、船外に飛び降りた。水は僕の腰ほどくらいまでしかなかった。砂は固くて、さざなみの模様がついていた。そして僕ははりきって、ヒスパニオーラ号をメインセイルが湾内に漂っているままでその場所に残して、岸までゆっくり歩いていった。それと同時に、太陽は完全に沈み、夜風が松の木をゆらし、低い音をたてていた。

とにかく、そしてようやく、僕は陸地にたどりついた。それも何の収穫もなくもどったわけではない。スクーナー船があり、ついに海賊たちの手を離れて、僕らの味方がいつでも乗船して海へでていけるようになったわけだ。僕はすぐにでも柵のところにもどって、手柄を自慢したくてたまらなかった。たぶん少しは抜け出したことを怒られるかもしれないが、ヒスパニオーラ号をとりもどしたことは、それを補って余りある答えではないだろうか。そして僕はスモレット船長でさえ、時間を無駄にしたわけではなさそうだな、といってくれるのではと夢想した。

そんなことを考えながら、意気揚揚と丸太小屋の、味方がいるほうへと向かいはじめた。僕はキッド船長の停泊所に注いでいる川の一番東のものが、僕の左手の2つの頂がある山から流れていることを思い出して、その川幅が狭いあいだに渡るほうがよいだろうと思ってその方向へ針路をかえた。森はかなり開けていて、低い尾根をつたっていくと、僕は山の角をすぐにまがって、それからすぐにふくらはぎの真ん中くらいまで水につかってその川を渡った。

そこで僕は、置き去りにされたベン・ガンと出会った場所のそばへやってきた。そして僕はより注意をはらいながら、四方へと目を配りながら歩いていった。暗闇がせまってきて、2つの頂の間の割れ目が見えるところまでくると、僕は空にゆらゆらと光が映し出されているのに気がついた。そこで、島の男が火をたいて食事の用意をしているのだろうと僕は思った。でも僕は、心の中で不思議に思った。やつはずいぶん不注意だなぁと。なぜならもし僕がその光を目にするくらいだから、どうしてそれが海岸の沼地でキャンプしているシルバーの目に届かないと思えるのだろう?

だんだんあたりは暗くなってきた。僕にできるのは、とにかく目指す方向へと歩みをとめないことだった。背後の2つの頂の山も右手の望遠鏡山もだんだんかすんできた。星も少なく、うす暗かった。僕がうろついている低地では、藪につまづいたり、砂のくぼみに足をとられたりした。

とつぜん辺りが明るくなった。僕が見上げると、青白いかすかな月光が望遠鏡山の頂上を照らし出していた。そしてまもなく大きな銀色のものが、木々のあいだを低く動いているのがみえ、月が昇ってきた。

月の明かりが助けになり、僕は残りの道のりを急ぎ、そして時々歩いたり、走ったり、急いで防護柵まで近づいていった。でも僕は柵の前の森に入ろうとするときには、ペースを落として細心の注意を払ってすすむように注意した。味方に間違って撃たれるようなことになっては、せっかくの僕の冒険も惨めな結末になってしまう。

月はだんだん高くまで登り、その明かりは森の開けた場所を通してあちこちを照らし出した。そしてすぐ真正面にはさまざまな色の明かりが木々のあいだから見えてきた。赤や暖かそうな明かりで、ときどき少し暗くなった、いわば、くすぶっているたきびの残火のようだった。

どうしても、僕にはそれが何なのかはわからなかった。

とうとう僕は開けた場所の境目の所までやってきた。西の端は、すでに月光で照らされていた。残りの部分は丸太小屋もふくめてまだ暗い影の中にあり、長い銀色の光の筋で明暗の模様を作っていた。丸太小屋の反対側では、大きなたきびが燃えきって、たえず赤い残り火が月の青白い明かりとまったく対照的だった。人の気配はまったくなく、かすかなそよ風の音以外に物音一つしなかった。

僕は立ち止まって、心の中で不思議に思った、と同時に少し怖くなった。というのも、こんなに大きなたきびをするのは僕らの味方のやり方ではなかったからだ。僕らは、特に船長の命令で、たきぎにはけちといってもいいくらいだったからだ。そして僕がいないあいだに、なにか悪いことがおこったのではないかと恐れを抱きはじめた。

僕はこっそり東側にまわっていって、影になるところを選んで適当な場所で、そこはもっとも暗い場所だったが、柵を越えた。

念には念をいれて、僕は四つんばいになり、物音一つ立てずに、丸太小屋の隅のほうへと行った。近づくにつれて、僕の心はとつぜん、いきなり軽やかになった。その音は本来あんまり心地いい音ではない。それに僕は他の場合だったら、その音にしばしば文句をつけたことだろう。でも今になっては、寝ているときの味方のいびきの音が、これほど大きく幸せそうにひびくのはまるで音楽のようだった。見張りの声、あの美しい“異常なし”という声も、これほど僕の耳に安心させるように響いたことはなかった。

そのあいだにも、一つのことは疑いようもなかった。見張りのやり方が非常にまずいということだった。もしシルバーとその手下がこうして忍び寄っているのなら、夜明けに生き残っているものは一人としているまい。僕が考えるには、これは船長がけがをしているからだと思われた。そして再び僕は、見張りにさえ事欠くようなこんな危険な立場に味方をほっぽりだしたことに、激しく自分を責めた。

このときには、僕はドアのところまできて立ち上がっていた。中は真っ暗で何ひとつ見分けがつかなかった。物音といえば、単調ないびきの音と、かすかな音が、僕には何の音かわからないが、はばたいたりつついたりする音がときどきした。

両手で手さぐりをしながら、僕はしっかりした足取りで中に入った。僕は自分の場所で寝よう(そう考えると笑いがこらえられなかった)そして朝に僕をみつけたときのみんなの顔を楽しもうと思った。

僕の足が、何かやわらかいものに当たった。寝ている人の足だった。ただ寝返りをうち、ごにょごにょとなにかをつぶやいたが目はさまさなかった。

そのとき、とつぜん、鋭い声が闇のなかに響き渡った。

「八分銀貨! 八分銀貨! 八分銀貨! 八分銀貨! 八分銀貨!」息もきらさず、小さい水車がくるくるまわるみたいに。

シルバーの緑の鸚鵡、フリント船長だ! 木の皮をつついたりする音が聞こえたのは、この鸚鵡のものだったのだ。どんな人間よりも注意深く見張りをして、僕が来たのをしつこくくり返して知らせたのは、この鸚鵡だった。

僕にはたちなおる暇さえなかった。鸚鵡のするどい早い調子の声で、眠っている者たちも目をさまし飛び起きた。そして悪態とともに、シルバーの声が響き渡った。「だれだ?」

僕は逃げ出そうとしたが、ある男にひどくぶつかってはねかえされ、全速力で走り出し別の男の腕の中にとびこんだ。そいつが僕をしっかりつかんで、強くしめつけた。

「たいまつだ、ディック」シルバーは、僕が捕まえられるとそう言った。

そして男の一人が丸太小屋から出て行って、すぐに燃えさしをもって戻ってきた。

六部 ジョン・シルバー
28 敵のキャンプ
たいまつの赤い明かりが丸太小屋の内部を照らし出すと、僕が心配していた中でも最悪のことが現実のこととなっていた。海賊たちが小屋も食料も分捕っていたのだ。コニャックのたるも、豚肉もパンも前と同じだった。ただ僕の恐怖を十倍にもしたのは、捕虜の気配が少しもないことだった。考えられるのは、皆殺しだった。そして僕の心は、なぜみんなといっしょに皆殺しにされなかったのだろうかとひどく苦しめられた。

海賊は6人で全員で、他に生き残っているやつはいなかった。そのうち5人が立ち上がっていたが、とつぜん酔っ払って寝ていたところをたたき起こされたので、赤くはれぼったい顔をしていた。6人目はひじで自分の体を支えているだけだった。死にそうなほど青い顔をしていて、血がにじんだ包帯を頭にまいていて、最近その傷を負って、そのあと手当てをうけたばかりであることは明らかだった。僕はその男が大襲撃で撃たれて、森に逃げ帰った男であることを思い出した。それがこの男であることは疑いの余地がなかった。

鸚鵡は、くちばしで毛づくろいをしながらロング・ジョンの肩に止まっていた。僕が思うには、ジョンもかつてそうだったよりいくぶん青白く、より厳しい顔をしているように見えた。ジョンは、交渉にやってきたときの素晴らしい幅広の上着を羽織っていたが、泥でよごれ、森のするどい野ばらで裂けたりしてひどくいたんでいた。

「おや、」シルバーはもらした。「これはこれはジム・ホーキンズじゃないか、驚いたな! 立ち寄ったってところか? いいだろう、よくきた。歓迎しようじゃねぇか」

それからブランデーの樽に腰をおろすと、パイプをつめはじめた。

「そのたいまつを貸してくれや、ディック」シルバーは言った。そして火がつくと「いいぞ、おまえ」とつけくわえると「その火はたきぎの中にいれとけや。それからおまえら紳士がただよ。座ったらどうだい! ホーキンズのために立ってる必要はなかろうよ。このぼうやも許してくれるよ、まちがいねぇな。ところで、ジムや」タバコを中断して「おまえがここにくるのは、この年老いたジョンにもうれしい驚きだけどな。おまえがかしこい坊やだってことは、最初に目をつけたときからわかってたしな。でもここに来たのはどうも合点がいかねぇな、そうだな」

これに対しては、とうぜんのことながら、僕は返事をしなかった。やつらは僕を壁際に立たせていたが、僕はシルバーの顔を見つめながら、きっぱりした態度でそこに立っていた。僕は、外見は大胆にみせかけていたが、心の中は絶望一色だった。

シルバーは至極落ち着いて、パイプを一服二服し、それから再び話をはじめた。

「さて、ジム、おまえはここにきた」シルバーは言った。「わしの気持ちも聞いてもらおうか。わしはおまえのことを気に入ってたんだ、わしはな。おまえは元気のいいぼうやだし、わしが若くてかっこよかったときに生き写しだからな。わしはいつもおまえが仲間に入ってくれて、一緒にやってくれたらなぁと思ってたんだ。あと死ぬときは、紳士らしく死んでもらいたいともな、そんで今はそうするときみたいだな。スモレット船長は、すばらしい海の男だ、それはわしも認めるよ、ただ規律に厳しすぎるんだよ。“義務は義務”だからなぁ、確かに正しいや。おまえもあの船長とは距離をおけ。あの医者だっておまえのことを怒ってたぞ、“恩知らずのいたずら小僧”って言ってたな。つまるところはこういうことだ。もうおまえは、おまえの味方の方へはもどれない、やつらはおまえを味方とは思ってないからな。だからおまえが一人で、それはさびしいぞ、第三勢力でもおこすつもりじゃないなら、どうしてもシルバー船長の組へ入らないといけないな」

ここまではまずまずだった。とにかく味方はまだ生きてるわけだ。それで、僕が逃げ出したことを船長たちが怒っているというシルバーの言葉を少しは信じたけど、僕はそれを聞いて悲しむよりはむしろ安心した。

「おまえがわしらの手中にあることについては、なにもいうまい」シルバーは続けた。「おまえはここにいるけれど、まちがいなしにな。わしは万事相談に図るタイプだからな。脅していい結果になったためしがねぇ。もしおまえが手下になるなら、よし、仲間になれや。もしそうしないなら、ジム、そうだな、嫌って言ってもかまわねぇぜ。言えよ、かまわないぞ、船の仲間じゃねぇか。もし船員でこれよりフェアなことが言えるやつがいるなら、お目にかかりてぇもんだな!」

「じゃあ、いま返事をしなきゃいけないのかい?」僕はとてもおどおどした声で尋ねた。このひどい話のあいだ、僕は迫りくる死の恐怖を感じざるえなかったし、僕のほおはほてり、そして心臓は胸で苦しいほどどきどきしていた。

「ぼうや」シルバーは言った。「誰も無理じいはしねぇ。じっくりと考えろや。わしらは急がせたりもしねぇ、仲間だからな。おまえがいっしょだと、時がたつのがこれほどうれしいとはな、そうだろ」

「そうだね」僕は少し大胆になって言った。「もし僕が選ばなきゃならないなら、僕は何が本当のことか知る権利があるわけだね。あとはどうしてあんたたちがここにいるかと、僕の味方がどこにいるかもね」

「何が本当だって?」海賊の一人が低いうなるような声でくり返した。「それがわかりゃさぞかし幸運だな!」

「話しかけられるまでは、口をしっかり閉じてることだな」シルバーは厳しくその男にどなりつけた。それから最初のやさしい口調で僕に答えた。「昨日の朝、ホーキンズ君」シルバーは言った。「2時間交代の見張り時間に、リバシー先生が休戦旗をもってやってきたんだ。言うには“シルバー船長、おまえは裏切られたぞ、船は行っちまった”というんだ。うん、たしかにわしらは酒をくらっていて、景気づけに歌ってたかもしれねぇ。そうしてないとは言わねぇよ。少なくとも、だれも見張りはしちゃいなかった。外をみたら、ぶったまげたぞ、あの船がありゃしねぇ! あんときくらいあほう面のやつらは見たことねぇ。そんで、おれが一番あほう面だったと言ってもいいかもしれねぇ。“さて”と先生は言ったんだ。“協定を結ぼうじゃないか”って。わしらは協定を結んだよ、先生とわしでな。それでわしらはここにいる。食い物、ブランデー、丸太小屋、おまえらが十分なほど切ってくれたたきぎ、まあいえばあの立派な船のマストの先から船底までそっくりだな。やつらといえば、歩いて出てったよ。どこに行ったかはしらねぇな」

シルバーは、静かにパイプをふかした。

「そんでおまえさんが自分もその協定に入ってると思うといけねぇから、」シルバーは続けた。「最後に聞いた言葉を伝えとくよ。わしは聞いたんだ“何人で行くんですかい?”“4人だ”と先生は答えた。“4人で1人は負傷している。あの子供については、どこにいるか知らないし、困ったやつだ”と言ってたな。“いずれにしても気にしないよ。ずいぶん困らされたからね”そう言ったんだぞ」

「それで全部?」僕はたずねた。

「あぁ、それがわしが聞いた全部だよ、ぼうや」シルバーは答えた。

「それで今度は僕が選ばなきゃいけないんだ?」

「そうだ今度はおまえが選ぶ番だ、ちがいねぇ」シルバーは言った。

「さてと」僕は言った。「僕は、なにを覚悟しなきゃいけないかよくわかってないほどばかじゃないよ。最悪の事態を覚悟してる。君たちとかかわってから、ずいぶん人が死ぬのをみたからね。でも君たちに一言二言、言っておかなきゃならない」僕は言った。このときまでには、僕はもうずいぶん興奮していた。「それで最初はこういうことだ。今はひどい状態だ、船はなくなる、宝物も手に入らない、仲間は死ぬ、計画は全部だいなしだ。それでもし誰がこうしたのか知りたいなら、それは僕なんだ! 僕が島を発見したあの晩にりんご樽の中にいて、君らがいうことを聞いてたんだよ、ジョン、それからディック・ジョンソン、それとハンズだ。もうハンズは海の底だけどね。それですぐさま君らの全ての言葉を伝えたんだ。それでスクーナー船だけど、いかり綱をきったのは僕だし、船に乗っているやつを全員やっつけたのも僕だ。あと君らの誰一人として見つけられないようなところに隠したのも僕だ。最後に笑うのは僕らだよ。最初からぜんぶ先手先手なんだ。きみらは、蝿ほども怖くないね、殺したきゃ殺せばいいし、見逃してくれてもいい。でも一つだけ言っておく、それで最後だ。もし見逃してくれれば、終ったことは水に流して、もし君らが法廷に海賊として立つときも、できるだけのことはする。きみたちが決めればいい。もう1人殺して何の得もしないか、僕を見逃して絞首刑を免れる証人を1人残すかだよ」

僕は話を止めた。なぜなら、言っておくと、息も切れたし、驚いたことに、誰一人として身動きせず、羊のようにじっと僕の方を座ってみつめていたからだ。そしてまだ僕を見つめている間に、僕は再び口火を切った。「で、シルバーさん」僕は言った。「あなたがここにいる中では一番ましな人だと信じてるから、最悪のことになったら、どうか僕のことを先生にどんなだったか知らせてください」

「そいつは肝に銘じておこう」シルバーはそう言ったが、あまりに奇妙な口調だったので、僕としてはどうしてもシルバーが僕の頼みをあざ笑っているのか、僕の勇気にとても感心しているのか分からなかった。

「おれはそいつに一つつけくわえてぇ」赤褐色の顔色をした船員、モーガンという名前の男だったが、僕がロング・ジョンのブリストルでの波止場の居酒屋で見かけたやつだ。「黒犬を知ってたのもやつだぞ」

「あぁ、それにな」料理番はつけ加えた。「もう一つつけ加えよう、こんちくしょう! ビリー・ボーンズから地図をかすめとったのもこいつだったんだ。最初から最後まで、ジム・ホーキンズに秘密をばらされっぱなしだったんだ!」

「そら、やっちまぇ」モーガンは悪態をつきながら言った。

それから立ち上がると、まるで20才の若者のようにナイフを引き抜いた。

「やめろ、おまえら!」シルバーが叫んだ。「おまえは何さまのつもりなんだ? トム・モーガン。たぶん自分のことを船長とでも思ってるようだな、たぶん。ところがどっこい、よく教えといてやるよ! おれに逆らってみろ、たくさんのやつらがおめえの前に行っちまったところに行くんだぞ、30年近くもそうだったようにな、桁はしにぶら下げられてぇか、やれやれ。そんで渡り板はどうだ、しまいにゃ、ふかのえさだ。わしと面とむかって、その後いい日を迎えられたやつはいねえぞ、トム・モーガン、よく知ってるだろうよ」

モーガンはだまりこんだが、しゃがれた声で別のものがぶつぶつ言った。

「トムが正しいぞ」

「おれは、こいつにもうじゅうぶん長くやられて我慢してきたぞ」他のものがつけ加えた。
「もしこの上おまえさんにもやられるくらいなら、おれは首をつるよ、ジョン・シルバー」

「この紳士方のなかで、誰かわしとやりあいたいと思っているやつがいるのかい?」シルバーが、右手には火のついたパイプを持ちながら、樽にすわりつつぐっと身をのりだしてほえた。「思ってることを聞かせろや。おまえらは口がきけねぇわけじゃないだろ。やりたいやつはやればいい。こんなに長く生き残ってきて、いまさら最後になってラム樽をくらってるようなやつらにじゃまされるようなわしじゃねぇぞ。短剣をとれ、やりてぇやつはな、そうすりゃそいつの血の色がおがめるだろうよ、松葉杖なんて関係ねぇ、パイプをすい終わる前にやってやる」

だれも身動き一つしなかった。だれ一人口答えしなかった。

「おまえたちはそんなやつらだよ、だろ?」シルバーは、パイプをくわえてつけくわえた。「あぁ、おまえらはそろいもそろって見かけ倒しなんだよ。闘う価値もありゃしねぇ、そうだろ。たぶんおまえらにも正しい英語はわかるんだろうな。わしは選ばれた船長だ。わしはえらい人間なんだ。おまえらは、成金みたいに闘う気はないんだな、くそったれ、いいだろう、そんなもんだよ! わしはこの坊やを気に入っている。こんなに立派な坊やは見たことがねぇ。この坊やは、この丸太小屋にいるおまえらねずみを合わせたよりもずっとえらいやつだ。わしが言いたいのはこういうことだ。この坊やに手をかけるやつは、わしが相手だ。これがわしの言いたいことだ、よくわかっただろうな」

その発言の後は、長い沈黙が支配した。僕は壁を背にしてまっすぐ立っていた。心臓は大きなハンマーで叩かれたみたいにどきどきしていたが、一すじの希望の光が僕の心にさしていた。シルバーは壁にもたれかかり、手をくんで、パイプを口の端にくわえ、教会にでもいるように落ち着きはらっていた。でもシルバーの目はたえず不従順な部下を見張っていた。やつらは、だんだん丸太小屋の遠い方の端に集まっていき、僕の耳には川の流れのように、耳ざわりなささやき声がたえず聞こえてきた。次々とやつらはこちらを見上げて、赤いたいまつの光がしばらくやつらのいらだたしげな顔を照らし出した。ただやつらの視線の先は僕ではなく、シルバーだった。

「おまえらには、言いたいことがたくさんあるみたいだな」シルバーが一言、つばをぺっと吐いてもらした。「堂々と言って、わしにきかせろや、でなきゃやめとくんだな」

「申し訳ないがな、」一人の男が言い返した。「あんたはずいぶん規則をやぶってらっしゃるが、たぶん守ってくれる規則もあるんだろう。船員には不満があるんだ。網通しのスパイクなんかでの脅しは通用しねぇぞ。ここの船員も他の船員みたいに権利があるんだ。好きにやらせてもらうぜ。おまえさんの規則でも、おれらは一緒に話せるんだろ。申し訳ないがな、あんたを今のところ船長とみとめるよ。でも自分の権利を主張させてもらう、外に出て会議をするぜ」

丁寧に船員式の敬礼をすると、この男は、背が高く、人相が悪い、黄色い目をした35くらいの男だったが、冷静にドアの方へと向かい家の外に姿をけした。一人また一人と同じように、通り過ぎるときに敬礼をして、同じいいわけをつけ加えた。「規則なんで」一人は言った。「水夫部屋の会議なんだ」とモーガンは言った。そして一人また一人と言葉をはいて、全員出て行き、後にはシルバーと僕とたいまつだけが残された。

料理番は、すぐにパイプから口を離した。

「さて、なあ、ジム・ホーキンズ」シルバーはどうやら聞こえるくらいの声だが、しっかりした声でささやいた。「おまえは半分死にかけてるようなもんだよ。もっと悪いことには、拷問かもな。やつらはわしをのけもんにしようとしてるからな。でも憶えとけよ、どんなときでもわしはおまえの味方だ。そうするつもりはなかったんだ、まったくな。おまえが一席ぶつまでは。わしはあの大きな船をなくしちまうし、おまけにしばり首なもんで、やけになりかかってたんだ。でもわしはおまえが正しいやつだってことがわかったんだ。自分にこう言い聞かせたよ、ホーキンズの味方になれ、ジョン、そうすればホーキンズはおまえに味方をしてくれるぞと。おまえはわしの最後の切り札で、誓って、ジョン、おまえはわしと一心同体なんだよ! 持ちつ持たれつだな、とわしは言ったんだ。証人を救えと、そうすれば証人がおまえをしばり首から救ってくれるとな!」

僕はなんとなくわかりはじめた。

「なにもかもなくなったんだ?」僕はたずねた。

「あぁ、くそ、そうなんだ!」シルバーは答えた。「船はなくなる、首もあやしい、そんな具合だよ。あの湾を探したが、ホーキンズ、スクーナー船はみつかりゃしねぇ。わしはタフだ、でも力が尽きたよ。やつらとあの会議について言えば、わしにいわせりゃ、やつらはまったくのばかで臆病ものだ。わしはおまえの命をやつらから救ってやるよ、できればな。ただ、憶えておけよ、ジム、持ちつ持たれつだ、おまえはロング・ジョンを首吊りから救うんだぞ」

僕にはまったく自信はなかった。頼まれたことにはまったく望み薄なようにも思えた、シルバーは根っからの海賊で、最初からの首謀者なんだから。

「できるだけのことはするよ」僕は答えた。

「決まりだ!」ロング・ジョンは叫んだ。「おまえはきっぱり自分の考えを話した、そんでもってわしにもチャンスがめぐってきたわけだ!」

シルバーはたいまつのところまで跳ねていって、そこではたいまつが薪にたてかけられていたが、パイプにまた火をつけた。

「わかってくれよ、ジム」もどりながら、シルバーは言った。「わしには分別があるんだ。わしは地主さんの味方だよ。わしには、おまえが船を無事にどこかに置いてあるって分かってるんだよ。どうやったかはわからねぇが、とにかく無事だろうよ。思うに、ハンズとオブライエンがだまされたとおもうぞ。大体やつらは、2人とも信用ならねぇんだ。でも聞いとくれ。わしはなにも聞かないし、他のやつらにも聞かせやしない。わしには勝負が決したことはわかるんだ、そうだ。わしはしっかりした坊やを知ってるぞ。あぁ、おまえは若いけど、おまえとわしは力をあわせりゃ、ひと仕事ができる!」

シルバーは、ぶりきのカンにたるからコニャックを注いだ。

「飲んでみるか、よぉ?」シルバーはたずねた。でも僕が断ると「いいよ、わしがかっくらうからな、ジム」と言った。「わしは飲まなきゃなんねぇ、やっかいなことが差し迫ってるからな。そんでやっかいなことについて言えば、どうして先生はわしに地図をくれたんだろう? ジム」

僕の驚いた顔をみて、シルバーはそれ以上何も聞かなかった。

「あぁ、いいよ、でもくれたんだよ」シルバーは言った。「なんか理由があるんだろうな、間違いなく。なにかが確かにある、ジム、よかれあしかれな」

そして最悪の事態を予想する人のように大きな金髪の頭を左右にふりながら、もう一杯ブランデーをのんだ。

29 黒点ふたたび
海賊たちの会議はいぜん続いていたが、そのうちの一人がふたたび部屋へ入ってきた。ふたたび同じ敬礼をすると、それは僕の目にはいくぶん皮肉に思えたが、たいまつを借りますよと断った。シルバーはすぐ、よしといって、この使者は僕らを暗闇に残してふたたび出て行った。

「ごたごたがおこるぜ、ジム」シルバーが言った。このときまでにはすっかりうちとけて、親しげでさえあった。

僕は近くの覗き穴のところに行き、外をみた。大きなたきびの残り火は消えていて、明かりはすっかり暗くなっていたので、僕は共謀者たちがたいまつが必要なわけも分かった。柵への坂を半分くらい下ったところに、やつらは一団に集まっていた。一人が明かりを照らし、もう一人が集団の真ん中で両膝をつき、僕はその手にナイフの刃がにぎられ、月やたいまつの光でさまざまな色に輝いているのが見てとれた。残りのものはみんな、まるでその男がやっていることを見守っているかのように少しかがみこんでいた。僕はその男の手にナイフだけではなく、一冊の本があるのがみてとれた。そしてなんでこんなに似つかわしくないものを持っているのだろうと不思議に思っていると、ひざまずいていた男が再び立ち上がり、全員が丸太小屋にむかって歩き始めた。

「そら、みんながくるよ」僕は言って、もとの場所にもどった。動向を見守っていたなんて知られるのは、なんだか僕の威厳をそこなうみたいだったから。

「あぁ、好きにさせておけ、ぼうや。好きにさせておくんだ」シルバーは陽気に言った。「わしにはまだ、とっておきの手があるんだ」

ドアがあき、5人の男が中に入るのをみんなためらっていて、そのうち一人を前に押し出していた。他の場合だったら、その一人がおずおずしながら、固く握った右手を前にだしながら一歩一歩、歩む姿はおかしなものだっただろう。

「さぁこいよ、おまえ」シルバーはさけんだ。「とって食いやしないよ。わたすんだ、まぬけ。規則はわかってる、もちろん。代表者を切りつけたりはしねぇ」

それに励まされて、その海賊の男は前に勢いよく出て、何かをシルバーに手渡した。そして仲間のところにもっと急いでもどっていった。

料理番は、わたされたものを見ていた。

「黒点か! そうだと思ったよ」シルバーはこぼした。「こんな紙をどこで手に入れたんだか? おや、おやおや! 見ろよ、よくねぇぞ! 聖書をやぶるとはな。誰が聖書を破ったんだ?」

「あぁ、そうだよ!」モーガンが言った。「そうだよ! おれがいったろう? 聖書をやぶるのはまずいって、おれは言ったぞ」

「まあ、決めたんだろ、おまえらでな」シルバーは続けた。「おまえら全員しばり首だろうな。いってぇ、どこのぼんくらやろうが聖書なんてもってたんだ?」

「ディックだよ」一人が答えた。

「ディックだと? ディックは祈った方がいいぞ」シルバーは言った。「やつの幸運もこれまでだな、ディック、そうだぞ」

しかしここで、黄色い目の背の高い男が割って入った。

「ごたごたいうのはやめてもらおう、ジョン・シルバー」その男は言った。「この船員はみんなで十分に相談して、おまえに黒点をつけたんだよ、決められたとおりにな。さぁ裏返してみな、決められたとおりに、そこになんて書いてあるかをみるんだ。それから口をきけよ」

「これはこれは、ジョージ」料理番は答えた。「おまえはいつもてきぱきしてるし、規則はしっかりおさえてる、ジョージ、見ていて楽しいよ。さて、とにかくなんだって? あぁ!“免職”だって? きれいな字だ、確かに。印刷されてるみたいだ、誓ってな。おまえが書いたのか、ジョージ? おまえがこの船員たちを先導しているんだな。次の船長というわけだ、わしはそう思うぞ。どうかわしにたいまつを頼む。パイプの火が消えちまった」

「おい、」ジョージは言った。「これ以上船員をばかにするなよ。みんなが言うには、おまえはひょうきんな男だ。でもやりすぎだぞ、たるから降りてきて、投票したほうがよくはねぇか」

「わしは、おまえが規則を知ってると言ったと思ったがな」シルバーは軽蔑したように返事をした。「少なくとも、おまえが知らないにせよ、わしは知ってるし、ここで待つぞ。わしはまだ船長なんだ、覚えとけ。おまえらが不平をいっておれが答えるまではな。そのあいだは、おまえの黒点はビスケット一枚の価値もないんだ。話のあとにしてくれねぇか」

「あぁ」ジョージは答えた。「おまえはぜんぜん心配しなくていいぜ。全員、準備万端だからな。第一に、おまえは航海でしくじった。おまえもしくじってないなんていうほど、あつかましくはないだろうよ。第二に、おまえは敵をここのわなから何の理由もなく開放した。なぜやつらは出て行きたがったんだ? おれもわかんねぇ。でもそうしたがっていたのは明らかだ。第三に、やつらが出て行く時におれたちがやっつけるのを止めた。あぁ、おまえの魂胆はみえすいてるよ、ジョン・シルバー。おまえはやつらとぐるになって、おれたちをだまそうとしてるんだ。それがおまえの悪いところだ。そんで、4つ目はこのぼうやだよ」

「それで全部かな?」シルバーは物静かに尋ねた。

「じゅうぶんすぎるだろ」ジョージは答えた。「おまえがへまをしたために、おれらは首をつられて天日干しだ」

「あぁ、そうだな。4つの点について答えてやろう。1つずつ答えてやるよ。わしがこの航海でへまをした、わしがか? おい、おまえらはみんなわしがどうしたかったか知ってるな、もしそうしてたら、今晩はヒスパニオーラ号に乗り込んでて、もちろん全員生きのこって、そんで元気いっぱいで、プラムブディングをたらふく食べ、宝物をずっしり積み込んでたろうよ、間違いなく! さぁ、誰がじゃましたんだ? だれが正当な船長のわしにこうさせたんだ? 誰が上陸したあの日にわしに黒点をつけて、このおどりをはじめたんだ? あぁ、楽しいおどりだよ。わしも賛成するぜ、まるでロンドンの処刑波止場でロープの先にぶら下がるおどりみたいなもんだな。で、だれがそうしたんだ? そうだ、アンダーソン、ハンズ、そしておまえのせいだぞ、ジョージ・メリー。そんでおまえが、余計なお世話やろうの最後の一人というわけだ。それでわしをさしおいて船長になろうだなんて、海神もびっくりだ。わしらを貶めたおまえがな! なんてこった! こんなばかげたほら話は聞いたこともないぜ」

シルバーはそこで一息置いて、僕はジョージやその仲間の顔をみて、シルバーの言葉が全くの無駄ではないことを確認した。

「それが一つ目に対する答えだ」額からふきでる汗をぬぐいながら、被告人が大声でいった。というのもシルバーは丸太小屋をゆるがすほどの激しさで話していたのだ。「おまえらに物をしゃべっていると、嫌になるぜ。分別もなけりゃ満足に物も憶えてられねぇ。わしは、なんでおまえらの母親がおまえらを海へとだしたのか見当もつかねぇや。海へとな! 成金だ! しょせん仕立て屋ふぜいなんだよ」

「つづけてくれ、ジョン」モーガンは言った。「他のやつに対する答えも頼む」

「他のやつだって!」ジョンは答えた。「なかなかたくさんあるからな、そうだろ? この航海が失敗したって言ったな。あぁ! くそったれ、もしどれくらい失敗してるかを自覚してくれたらなぁ! 考えただけでもぞくぞくする首つりまで、ほんの少しのところにいるんだぞ。おまえらも見たことくらいあるんだろ。鎖でぶらさげられて、鳥がたかってる姿をな、潮に流されて行くのを船員たちが指さすんだぞ“やつは誰だって?”な。“そうだ! あれはジョン・シルバーだ。おれはやつをよく知ってるぞ”て他のやつがいうんだ。おまえたちは、次のブイのところまで行くと、くさりがじゃらじゃら鳴ってるのがきこえるってわけだな。ふん、それがわしらの末路だよ、わしら全員のな。やつに感謝するんだな、あとハンズ、アンダーソン、それから救いがたいばかもののおまえら自身にも。もし4つ目について知りたいなら、このぼうやだろ、なんてこったい、こいつは人質じゃねぇか? 一体なんだって人質を殺しちまうんだよ? わしらがやることじゃねぇだろう。こいつは、最後にわしらに残されたチャンスじゃねぇか、間違いなくな。このぼうやを殺すだって? わしはいやだぜ、みんな! それから3つ目か? あぁ、よしよし、3つ目についてはいいてぇことは山ほどあらぁ。おめぇらは、本当の大学出の医者が毎日診にきてくれるのを何とも思ってねぇんだろうな、たぶん。ジョン、おまえは頭をけがしてるんじゃねぇのか? おい、ジョージ・メリー、おまえはマラリア熱にかかって6時間もたってねぇだろ、おまえの目ときたら今だってレモン色じゃねぇか。そんで、たぶん、おまえらは助け船がやってくることもしらねぇんだろ? でも来るんだよ、それもそんなに遠くない先にな。だからそんときがきたら、人質をとっててよかったってことになるだろうよ。2つ目は、どうしてわしが取引をしたかってことだな、よし、おまえらはそうするためにわしの膝にすがってきたんじゃねぇか。わしの膝によ、すっかり落ち込んで、おまけに飢え死にしそうだったじゃねぇか。もしわしが取引しなかったら、まあそんなことはどうでもいいんだ! こいつをみるんだな、こいつを!」

そしてシルバーが床になげだした紙は、僕はすぐにわかったが、まさにあの黄色い紙に他ならなかった。3つの赤い十字がついてて、僕があの船長の衣装箱の底で油布に包まれていたのをみつけたあの紙を。どうして先生がその地図をシルバーに渡したのか、僕には想像もつかなかった。

でももし僕にとってもわけがわからないくらいなら、その地図があらわれたのは生き残った海賊たちにとっては奇跡みたいなものだった。やつらはネズミにおどりかかる猫のように、その地図にとびかかった。それは手から手へと受け渡され、次から次へとひったくられていた。そして悪態をついたり、どなったり、調べては子供のように笑ったりする姿は、もしその姿をみたら、宝物を手にしているだけでなく、その上、もう無事に宝物を海へ持ち出しているんだと思っただろう。

「おい」一人が言った。「これはフリントのやつに間違いねぇ。J・Fでその下に印があって巻結びみたいになってる。やつはいつもそうしてた」

「違いねぇ」ジョージも言った。「でも、船もねぇのにどうやって宝物をもってくんで?」

シルバーはとつぜん立ち上がって、壁に片手をついて体をささえ「おまえに警告しとくぞ、ジョージ」とどなった。「もう一言でも生意気な口でもきこうもんなら、どなりつけ、やっつけてやる、どうやってだって? わしが知るかい? おまえらがわしに教えてくれて、しかるべきだな、おまえとその他全員だ、わしの邪魔をしてスクーナー船をなくしたおまえらがな、くそったれ! でもおまえらにはできねぇ、無理ってもんだな。おまえらにはゴキブリほどの頭もねぇからな。でも、てめえらだって丁寧な口くらいきけるんだろ、ジョージ・メリー、おまえにもそうしてもらおうか」

「そいつはもっともだ」年とったモーガンがもらした。

「もっともだとわしも思うぞ!」料理番は言った。「おまえらは船をなくした。わしは宝物を見つけた。だれがえらいんだ? とっとと辞めてやらぁ! 誰でもすきなやつを船長に選んでくれ。わしは辞めたんだから」

「シルバー!」やつらは叫んだ。「バーベキューは永遠だ! バーベキューが船長だ!」

「じゃあ、それできまりだな?」料理番はさけんだ。「ジョージ、わしが思うに、おまえは別の機会をまたなきゃなんねぇみたいだな、兄弟。わしが執念深い男じゃなくて運がいいぞ。それはわしのやり方じゃねぇからな。兄弟、で黒点か、あんまりいいもんとはいえねぇな? ディックが自分の運を悪くして、聖書をだいなしにしたなんてところだな」

「くちづけするには十分だろ?」ディックは、ぶつぶつつぶやいた。ただ、明らかに自らが招いて、自分の身にふりかかったのろいを不安に感じているようだった。

「切り取った聖書がか!」シルバーが、あざけるような声で言い返した。「そんなわけないだろ。そんなもんは民謡集ほどの価値もないな」

「そんなこともないだろ?」ディックときたら少しうれしそうに叫んだ。「でも、もってりゃいいこともありそうだ」

「そら、ジム、おまえにはおもしれぇだろ」シルバーはそう言って、僕にその紙を渡してくれた。

それはクラウン硬貨ほどの大きさの丸だった。裏は最後のページだったので、白紙だったが、表には黙示録の一編か二編の詩がのっていた。そのなかでもこういう文句が僕の心に響いた。「犬や殺人者は除いて」印刷されている側が炭で黒く塗られていたが、すでにはげてきていて僕の指を黒くした。白紙の方には炭で「免職」と一言かかれていた。僕はその紙を今でももっている。でも書いてある文字のあとはほとんど残っておらず、一つ傷があるくらいで、まるで親指の爪でつけたような傷だった。

その夜のさわぎは、それでおしまいだった。すぐに飲んだりなんだりがあって、僕らは横になって寝た。シルバーの復讐はたかだか、ジョージ・メリーを歩哨にたたせて、心をいれかえろと死ぬほどおどすくらいのものだった。

僕はずいぶん長い間寝つかれなかった。そして神様だけが、僕にたくさん考えることがあるのを知っていた。僕はその午後に人を殺したし、非常に危険な立場に立たされたし、そしてとりわけ、シルバーが見せたすばらしい腕前、片手で海賊たちを結束させ、もう一方の手でできるかどうかは分からないが、あらゆる手段を使って自分の安全をまもり、惨めな人生を救おうとしてるのをみた。シルバーはぐっすりと眠りこみ、大きないびきをかいていた。僕の胸はシルバーのことを思うと痛んだ。悪いやつだが、彼をとりまいている暗澹たる危険や待ち構えている首吊りのことを思うと特にである。

30 仮釈放
僕が目をさましたときには、全員が目をさました。というのは戸口の柱によりかかって寝ていた見張りもおきあがったくらいだ。大きな通る声で、森の境目のところから僕らによびかける声がした。

「丸太小屋!」その声は言った。「医者がきたぞ」

そして先生が来た。その声をきくだけでうれしかったが、僕のよろこびは複雑なものだった。僕はどきどきしていたが、自分が命令に従わなかったことやこそこそと行動したことを覚えていたし、その結果がどうなったかを、どんなやつらに囲まれ、どんな危険に取り囲まれたかを思うと、僕は先生に会わす顔がなかった。

先生は、まだ暗いころに起きたにちがいない。というのもまだ日は明けてなかったから。僕はのぞき穴のところに走って行き、外を見た。そして先生がまるでいつかシルバーがそうしていたように立っていて、きりが立ちこめる中に膝までつかっているのがわかった。

「さぁ、先生! 朝早くからどうもどうも、先生!」シルバーはさけんだ。すっかり目をさまし、そのときはずいぶん機嫌もよさそうだった。「朝早いが天気もいい、たしかに。ことわざでいうとおりだ、早起きは三文の得ですな。ジョージ、どうか先生が柵をこえるのを手伝ってくれ、いいですぞ、先生、あなたの患者は、みんないい調子で元気ですよ」

そうしてシルバーは、片手のわきに松葉杖をはさみ、丸太小屋のわきの丘の上までぱたぱたと歩いて行った。声も、態度も、表現もまさしくジョンそのものだった。

「わしらも先生をおどろかせますぜ」シルバーは続けた。「ここに小さなよそものがいるんでさぁ、あいつです! あいつ! 新しい間借り人ですぜ、先生、とっても元気そうですがね。積荷監督人みたいに寝てますぜ、そうです、ジョンの側でね。一晩中、わしらは枕をならべて寝たんでさぁ」

リバシー先生は、このときまでには柵をこえて料理番のすぐ近くまできていた。そして、シルバーの言うことをきき、声の調子をかえるのが僕にも聞こえた。「ジムかい?」

「まさしくジムでさぁ」シルバーは答えた。

先生は直立不動の姿勢をとり、一言もしゃべらなかった。動き出すまでには数秒かかったように思われた。

「ふむ、ふむ」先生はとうとう口を開いた。「仕事が先で、お楽しみはその後だな。おまえさんが独り言でいうようにな、シルバー。おまえさんの患者を全員診てやろうじゃないか」

先生が丸太小屋に入るとすぐに、僕の方を険しい目でちらっと見たが、すぐに病人相手に仕事をはじめた。先生は、こんな裏切りものたちの悪魔に囲まれて、いわば髪の毛一本にしがみついているにもかかわらず自分の運命を知っているかのように、なんら恐れを抱いていないようだった。そしてまったくイギリスで家庭を訪問してふつうに診察するように、患者に話しかけていた。先生の態度は、僕が思うに、海賊たちにも影響を与えたと思う。というのは何もなかったようにやつらもふるまっていたからだ。まるで先生が今でも船医で、やつらは忠実な下級船員であるかのように。

「とてもいいぞ、きみたち」先生は包帯をまいた頭の男に言った。「おまえほど危うく難をのがれたやつはいないぞ。おまえの頭は、鉄みたいに固いにちがいない。よし、ジョージ、調子はどうかな? たしかにいい顔色だ。どうしておまえの肝臓はさかさまなんだ。薬をのんでるか? こいつは薬をのんでるかな、みんな?」

「アイ、アイ、サー。確かに薬を飲んでます」モーガンが返事をした。

「というのも わしが海賊の医者というか、そう呼びたければ監獄の医者といってもいいくらいのもんだからな」先生はほとんど楽しそうに言った。「私の名誉にかけて、ジョージ国王“国王ばんざい!”と絞首台にかけるのに、一人として欠かすわけにはいかんからな」

悪党どもは互いに顔を見合わせたが、この強烈なあてこすりを静かに受け止めるだけだった。

「ディックの調子がわるいみたいです、先生」と一人が口を開いた。

「どれどれ?」先生は答えた。「さぁ、ここにこい、ディック。舌をみせてごらん。いいやもし気分がよかったら驚くぞ! この男の舌はフランス人を驚かすにはばっちりだな、もう一人熱病だ」

「あぁ、そうだ」モーガンが言った。「聖書を破いたりするからだぞ」

「おまえの言い方をかりえば、このうえないほどばか者だからだ」先生が答えた。「いい空気と毒だらけの空気の区別もつかんのか、乾燥した土地と、ひどい伝染病が蔓延している沼地との区別がな。私が思うにはありそうなことだが、あくまで一つの意見だがな、おまえさんたちにはみな、マラリアにかからないようにしようって考えはないのかい。沼地でキャンプだって? シルバー、おまえには驚きだよ。ここにいる他のやつらよりは、少しはかしこいと思ったがな。健康については基礎の基礎もしらんとはまったく」

「よし」先生はひととおり薬をだして、みんなが薬をのむと、それは本当にいかにもおかしいといった風で、血をながした犯罪者の海賊や反逆者というよりは慈善学校みたいなものだった。「よし、これでおしまいだ。それじゃあ、あのぼうやと話をさせてもらおうか」

そして頭でかるく僕の方を示した。

ジョージ・メリーはドアのところにいて、なにかひどい味の薬でものんだみたいにつばをはいたり、ぶつぶつこぼしていた。でも先生の申し出の最初の一言を聞くなり、ひどく興奮してドアをあけると、「だめだ!」とどなって悪態をついた。

シルバーは、空いてる方の手で樽をたたいた。

「静かにしやがれ!」シルバーは一声ほえると、ライオンのように自信をもってジョージの方を睨みつけた。「先生」と声の調子をふつうにして続けた。「ちょっと考えさせてくだせぇ、先生がこの坊やを気に入ってるのは分かってますからな。先生の親切には十分感謝してますとも、知ってるように、先生を信頼してますし、食事と同じように薬ものんでます。そんで全部おさまりがいいような方法をとりたいんでさぁ。ホーキンズ、おまえの紳士の名誉に誓って、おまえさんは紳士なんだろ、生まれはいやしくともな、誓って逃げないといえるか」

僕は、すぐに言われた通り約束した。

「それなら、先生」シルバーは言った。「柵の外にでてくだせぇ、そこにいったなら、わしがこのぼうやを柵の内側までつれて行きまさぁ。柵ごしに話はできるでしょうや。いいんじゃないですか、先生。大地主さんやスモレット船長にはわしらみんな、恩があるからなぁ」

反対の大合唱がすぐにでもおこりそうで、シルバーの鋭い目でのにらみつけがそれを押さえていたが、先生はすぐに丸太小屋を離れた。シルバーは、両天秤をかけているのを徹底的に非難されていた。自分のためにそれぞれにいい顔をしていて、自分の側の仲間や人質の利益を犠牲にしていたことを非難されていたわけで、ある意味では、それはまさにシルバーがしていたことそのものだった。僕にはあまりにそのことが明白だったので、今回はどうやってやつらの怒りをおさめるのか想像もできなかった。でもシルバーは、残りのほかのやつを足して2倍くらいはすごいやつだった。昨晩の勝利がシルバーに有利に働いていたのである。シルバーは、みんなにおまえらは考えられるかぎりのうすらぼけやろうだと言い、そして僕が先生とはなすことは必要なんだと、やつらの目の前で地図をひらひらさせながら言った。そしてまさに宝さがしをするその日に、約束をやぶるつもりじゃねぇだろうなと尋ねたのだ。

「いいや、そんなことはさせねぇ!」シルバーは叫んだ。「時期がきたら約束をやぶるとも、でもそれまでは、先生をだまくらかしてやる。もしやつのブーツを、ブランデーでみがくはめになってもな」

それからシルバーは、やつらに暖炉に火をつけるように命令して、ゆっくりと松葉杖をもちだして、片手を僕の方におき、さわいでいるやつらを置いて、じっくり説得するというよりは弁舌さわやかにごまかして静かにさせた。

「ゆっくりだ、ぼうや、ゆっくり」シルバーは言った。「やつらはわしらが急いでいるとみたら、ぎらぎらした目でわしらをとりかこむだろうよ」

それで僕らはとてもゆっくりと砂地を、先生が柵の向こうがわで待っているところまで歩いて行った。そして十分に話ができるところまでくると、シルバーは立ち止まった。

「ここまでつれてきたこともよく覚えといてくだせぇ、先生」シルバーは言った。「そんでこのぼうやが話すでしょうが、どうやってこいつの命を救ったかもね。あとそのために罷免されたことも、覚えといてくだせぇ。先生、わしほど危ない目にあったら、いわば命をなげだしてですぜ。やさしい言葉のひとつをかけてもいいとは思いませんかな? 今じゃわしの命だけでなく、ぼうやの命も取引に入っていることも憶えておいてくだせぇ。そんでわしに正直に話してもらって、先生、お願げぇですから、少しでも希望のもてることをお願いしますぜ」

シルバーはいったん外にでて、味方と丸太小屋に背をむけると人が変わったようだった。ほおはくぼみ、声はふるえ、まるでこれほど真摯な人はいないくらいのものだった。

「どうしたんだ、ジョン、何が怖いんだ?」リバシー先生はたずねた。

「先生、わしは臆病ものじゃねぇ、決してそんなことはねぇ!」そういってシルバーは指をならした。「臆病ものなら、こんなことは言わねぇからな。でも正直にいえば、わしは絞首台が怖いんでさぁ。あんたはいい人で正直だ。わしはあんたみたいにいい人はみたことねぇ! そんでわしがやったいいことを忘れねぇでくだせぇ、悪いことも忘れはしないでしょうが。わしは脇へよけてますよ、あなたとジムだけにしますや。このことも憶えておいてくだせぇ、できるかぎりのことですぜ、そうですとも!」

そういって、シルバーは少し後ろにさがった、その位置ではシルバーは何も聞くことは出来まい。そして切り株にこしをかけて、口笛をふきはじめた。そしてときどき僕や先生の方をみたり、不従順な部下の方をみるためにくるりと座りなおしていた。部下たちは砂地のところを丸太小屋とたきびの間で、豚肉やパンで朝食をつくるために行ったり、来たりしていた。

「さぁ、ジム」先生は悲しげにいった。「君はここにいたのか。自分で酒を醸造して、自分で飲むようなもんだ。確かに私は君を責めるつもりはないよ、でもあえていっておきたい、親切か不親切かは別としてもね。スモレット船長が元気だったときは、君は逃げ出そうとはしなかった。船長がけがをしてどうにもならなくなったら逃げ出すなんて、本当に、あまりに卑怯じゃないか!」

僕はこれを聞いて、そこで泣き出してしまった。「先生」僕は行った。「許してください。十分に自分を責めてます。どちらにせよ僕の命はないも同然です。シルバーが僕の味方になってくれなかったら、僕はいまごろ死んでただろうし。先生、でもこれだけは信じてください。僕は死んでもかまいません。僕はそうするのがお似合いだといってもいいくらいなんです。でも怖いのは拷問なんです。もし僕を拷問すると、」

「ジム」先生は口をはさんだ。その声の調子は変わっていた。「ジム、そんなことには耐えられん。抜け出そう、抜け出して逃げて行こう」

「先生」僕は言った。「僕は約束しました」

「わかってる、わかってる」先生はさけんだ。「どうしようもないんだ、今はね。いっさいがっさい私のせいにしてくれていい、非難も恥もね。でもこのままここには置いておけないよ。飛び越えるんだ! ひとっとびで、外に出れるんだ。さぁ、かもしかみたいに逃げ出すんだ」

「いいえ」僕は答えた。「先生だってご自分ではそんなことをしないのは、知っておられるじゃないですか。先生も大地主さんも船長もそうはしない、僕だってそんなことはできません。シルバーは僕を信頼してくれてるんです。僕は約束しました、もどります。でも、先生、まだ話は終わりじゃないんです。もしやつらが僕を拷問にかけたら、船がどこにあるかをもらすかもしれないんです。僕は船を手に入れたんです。幸運だったし、危険もおかしたけれど、船は北浦の南浜にあって、高潮線のすぐ下です。半潮ならぜんぜん水にはつかっていないと思います」

「船だって!」先生はさけんだ。

僕は急いで先生に僕の冒険を話し、先生は黙って僕の話を聞いていた。

「運命みたいなものがあるな」僕が話し終わると先生はもらした。「事態がすすむごとに、私たちの命を救ってくれるのは君なんだから。それなのにひょっとして、私たちが君を見殺しにするなんて思ってるんじゃないだろうね。それじゃああまりに割にあわないだろう。君は水先案内人、そうベン・ガンを見つけた。君が今までしたことの中では、一番いいことだったよ、いやいいことになるだろうよ。たとえ90才まで生きることになってもね。そう、神にかけて。ベン・ガンについて言っとこう! まったく本当にすごいやつだよ。シルバー」先生はさけんだ。「シルバー! 私は一つ忠告させてもらうよ」先生は、料理番が近づいてくると話をつづけた。「宝さがしはあまり急いでやらない方がいいぞ」

「どうしてですかい、できるかぎりはしてみますが、難しいですな」シルバーは言った。「お言葉ですが、わしには宝さがしでしか、わしとぼうやの命を救えないんですよ。わかってくださるでしょう」

「そうだな、シルバー」先生は答えた。「もしそうなら、もう少し言っておこう。宝物を見つけたときには、危険にそなえるんだな」

「先生」シルバーは言った。「男と男のあいだの話としたら、わけがわかりませんよ。あなた方が何を目的としてるのか、なぜ丸太小屋を離れたのか、なぜ地図をわしに渡したのか、わしにはわからんのです。でもわしは目をつぶらされて希望の言葉の一つもなしに、あんたがたの言うとおりにしたんですからな。でももうたくさんです。もしあんたがたがどうしようと思ってるか素直にいってくれないなら、そういってください。わしもかじを離しますぜ」

「いいや」先生はじっくり考えながら言った。「これ以上私にはいえないんだよ。それは私の秘密じゃないんだ、わかるだろシルバー。でも言える事は言っとくよ。でも思い切って言える分だけだよ、ほんの少しだ。船長に怒られるからな! 第一にすこしばかり希望の光をやろう。シルバー、もし私たちが2人ともこのおおかみの罠から逃げ出せたら、おまえを救うためにも全力を尽くしてやるよ、もちろん偽証はできないがな」

シルバーの顔は明るくなった。「それ以上いわないでくだせぇ。わかりますぜ、わしの母親でもそれ以上いえないでしょうよ」シルバーはさけんだ。

「さて、それが最初の譲歩だ」先生はつけくわえた。「第二に一言、忠告だ。そのぼうやをいつも手近においとくんだ。助けが必要なら、大声をだせ、すぐに駆けつけるから。私がいいかげんなことを言っているかは、それでわかるだろうよ、じゃあな、ジム」

そしてリバシー先生は僕と柵ごしに握手して、シルバーにはうなずいて、森へ足早に消えていった。

31.宝さがし フリントの地図
「ジム」シルバーは僕らだけになったときに言った。「もしわしがおまえの命を救ったなら、今度はおまえがわしの命を救ったわけだな。わしはそのことを忘れねぇ。わしは先生がおまえに逃げようと言ってるのが見えたんだ、目の端でね。わしはおまえが断ってるのも、聞こえるくらいはっきり見えたんだ。ジム、おまえに一ついっておきてぇ。これが最初の希望の光だよ、攻撃に失敗して以来はじめてのな、おまえのおかげだ。そんで、ジム、わしらはさしあたって宝さがしに行かなきゃならねぇ。封緘命令みたいなもんだ、わしには気にいらねぇが。おまえとわしは一緒にいなきゃいけない、背中合わせみたいなもんだよ。そんでわしらはお互いの首を、どんなことがあろうが守ろうじゃないか」

ちょうどそのとき一人の男が、たきびのところから朝食の準備ができたと声をかけた。僕たちはすぐに砂地のそこらに腰かけ、ビスケットや揚げたなんやかんやを食べた。やつらは雄牛を丸焼きにするくらいの火をおこしていた。そしてあまりに熱くて、風上からしか近づけないくらいで、風上から近づくときも用心しなければならなかった。まったく同じような無駄が、料理するときにもみられた。僕が思うに食べられる3倍の量は調理されていたのだ。するとそのうちの一人が、乾いた笑いをうかべ、残ったものを火の中にくべた。ふつうと違うものがくべられて、ふたたび火はもえあがり炎をあげた。僕は生きててこれほど明日のことを考えない男たちは見たことがなかった。やつらのやり方を説明すれば、その日暮らしとしかいいようがない。食べ物は無駄にするは、見張りは寝ているで、こぜりあいは大胆でやってのけるけど、こんなようすじゃキャンプが長く続くようなことにはやつらは全く向かないことは僕にはよくわかった。

シルバーでさえ、食べ散らかして、肩にはフリント船長をとまらせ、やつらのむとんちゃくには一言も文句をいわなかった。そして同じくらい驚いたのは、このときシルバーが示した態度がいままで見たこともないほどずるいものだということだった。

「ほら、おまえら」シルバーは言った。「バーベキューがおまえらのためにこの頭で考えてやるなんて、おまえらは幸運だぞ。わしはわしが欲しいものを手に入れるんだ。絶対、やつらは船を持っている。どこにあるのか、わしには分からん。でもわしらが宝物を手に入れたら、船を飛び回って探し当てればいい。それから、おまえら、わしらはボートを持ってる分有利だろ」

そしてシルバーは、口の中を熱いベーコンでいっぱいにして続けた。シルバーは、やつらの希望と自信をとりもどした。そして僕が思うに、同時に自分の希望と自信をもとりもどしたのだ。

「人質についてはな」シルバーは続けた。「このぼうずが好きなやつらと話すのも、あれが最後じゃねぇか。わしは少しばかり知ってることもあるんだ、このぼうずに感謝しないとな。でももう終わりだし、終ったんだ。宝さがしに行くときには、このぼうずをロープでつないで行こう。なんでかって、なんかあったときに、憶えとけよ、そのときにはこのぼうずも金みたいなもんだからな。船や宝ものを両方手にいれて、楽しい仲間と海にでさえすれば、ホーキンズ君も説き伏せてみて、そうしよう、わしらは確かに親切にやつにも分け前を分けてやろう」

男どもが上機嫌なのには、なんの不思議もなかった。僕についていえば、恐ろしくて下を向いていた。シルバーが今言ったような計画が可能なことがわかれば、二重の裏切り者なのだから、その計画を採用するのになんのためらいもなかっただろう。両方の陣営にまだ足をかけていたのだった。そしてせいぜいが単にはだか一貫で首吊りから逃げ出すわれわれの陣営より、宝物と自由がある海賊たちの陣営の方を選ぶことは、疑いもなかった。

いや、たとえリバシー先生との約束を守らなければならないはめにおちいったとしても、僕らにも大変な危険があるわけだ! シルバーの部下の疑惑が確かなものとなって、シルバーと僕が命をかけて戦わなければならないとしたら、どんなことになるのだろう! シルバーは片足だし、僕は子供で、あの5人の屈強なすばしっこい海の男たちと戦わなければならないのだ。

この二重の不安にくわえて、味方の行動も依然として謎だらけだった。柵をでていったことも、海図の件も説明がつかないし、先生のシルバーへ最後の警告「宝物をみつけたときには、危険にそなえるんだな」も全く理解できなかった。そして僕が朝ご飯を食べていてもろくろく味もせず、どんな不安な気持ちをいだいて宝さがしに出かけたのか、すぐにわかってもらえるだろう。

だれかがそこにいて僕らの姿をみたら、とても奇妙に見えたことだろう。全員薄汚れた船員服を着て、僕以外のみんなは完全武装していた。シルバーは二丁の鉄砲を、一丁は前に一丁は後ろにつけ、大きな短剣を腰に、四角いすその上着の一つのポケットに一つのピストルをいれていた。その奇妙な格好の仕上げとしては、フリント船長が肩にとまって、なんやかんやと意味のない船乗り言葉をしゃべくりちらかしていた。僕は腰にロープをつけて素直に料理番のあとをついていった。料理番はロープの端を空いてる手か、強く口でくわえてるかしていた。まったく、僕は踊るクマの見せ物といった風だった。

他の男たちはいろいろな荷物を背負っていた。何人かはつるはしやショベル、というのもそれがやつらがヒスパニオーラ号から持ち出したまさに必需品だったのだから。他には昼食に豚肉、パン、ブランデーをもっていた。僕がみるところではそれらの貯蔵物は、みんな僕らの貯蔵物だったもので、前の晩にシルバーが言ったことは本当であることがわかった。もしシルバーが先生と取引をしなかったなら、反逆者たちは、船もなくなってしまったので、清水をのみ、狩りをして生き延びるほか仕方がなかったにちがいない。水はやつらの口にはあわなかった。船員というものは、たいてい射撃も上手くないものだ。それにもまして、食べ物がこんなに不足しているのに、火薬がどっさりあるということもありそうにはないことだったが。

このように装備をして、僕らは出発した。頭にけがをしたものまで、日陰にいなければならないはずなのに一緒に来て、ばらばらに一人一人浜まで、2つのボートがあるところまでやってきた。このボートをみても海賊たちがよっぱらってばか騒ぎをしたあとがあり、1つは腰をかける横木が壊れていて、両方ともどろが中に入っており、水もかいだしてなかった。安全のために二艘とも持っていくこととなり、二手にわかれて僕らは停泊所の水面にこぎだした。

ボートを岸によせると、地図の見かたで多少議論が起こった。赤い十字はもちろん案内の印としては大きすぎたのだ。そして裏に書かれている言葉は、次に示すように、いくぶんあいまいなところがあった。憶えているだろうか、こう書かれていた。

北北東より1ポイント北の、望遠鏡の丘の肩の部分、高い木
どくろの島の東南東より東10フィート

高い木が目立つ目標だった。そして僕らの正面では、停泊所が200から300フィートの高さの高原に接していて、北のほうには望遠鏡山の南の肩の傾斜につながっていた。そして南の方へはのぼっていて、荒地でけわしい高地、そこは後マスト山とよばれている場所だった。この高原の頂上には、点々とまばらにさまざまな高さの松の木が生えていた。あちらこちらに、異なった種類の木が40から50フィートも他の木よりもたかくそびえているので、そのどれがフリント船長のいうあの「高い木」なのか、その場所に行って、コンパスをみてみるしかなかった。

ただそんな事情だったのだが、船に乗って、半分も行かないうちからそれぞれで自分で好きな木を選んでる始末だった。ロング・ジョンだけが肩をすくめて、行くまで待てと命令をくだした。

僕らはシルバーの命令で漕ぎ手をつかれさせないように、ゆっくりこいだ。そしてずいぶん長い間こいだあと、2本目の川の河口に、望遠鏡山の森の割れ目をくだってくる川の河口に上陸した。そこから、左へとまがって、僕らは高原への坂を登りはじめた。

はじめは、重いぬかった地面で、足をもつれさせる沼地に生えている植物のせいで、なかなか前に進めなかった。でも少しずつ、山はけわしく、足元は石ころになり、森もその植生をかえ、より開けた土地にやってきた。特に今近づきつつあるのは、この島でも一番気持ちのいい場所だった。香りが強いエニシダや花をたくさんつけた低木が、草にとってかわっていた。緑の濃いナツメグがあちこちに、赤い幹で大きな影をつくっている松の木とともに点在していた。そしてナツメグの香りが、松の木の香りと混じっていた。空気はさわやかで、かすかに風がふいていて、そして強い日ざしのもとで、とても気持ちよく感じられた。

一行はおうぎ型にひろがって、大声をあげてあちこちに飛び回っていた。真ん中に他の者よりだいぶ遅れて、シルバーと僕があとに続いていた。僕はロープでしばられ、シルバーは息をきらして、すべりやすい砂利の上で足をひきずっていた。ときどき実際、僕はシルバーに手をかしてやらなければならなかった。そうしなかったら、シルバーは足をすべらして、山から転がり落ちてしまったにちがいない。

僕らはこうして半マイルも進んだだろうか、高原の頂上に近づいていたときに、一番左にいた男が、まるで怖気づいたように大声をだした。つづけさまに叫んだので、他のものもその方向に走っていった。

「宝をみつけたはずはねぇな」モーガンは、右から僕らを追い越してそう言った。「もっとてっぺんにあるはずだからな」

実際、僕らもその場所に行って見てみると、それは宝とは似ても似つかないものだった。とても大きな松の木の足元に、緑のつる草にうもれて、人の骸骨がぼろきれの衣服と地面にあり、つる草でいくぶん骸骨がもちあがっていたのだった。少しの間は、みんなぞっとしたと僕は思う。

「船乗りだな」ジョージ・メリーが言った。他のものより大胆だったので、近くまでいってぼろきれの服を調べたのだ。「少なくとも、上等の船員服だな」

「そうだな、そうだろう」シルバーは言った。「そんなもんだろうよ。僧正の服が見つかるとでも思ってるんじゃねぇだろうな。わしが思うに、この骨の位置はどうだろう? 自然とはいえねぇな」

本当に、もう一度見てみると、その死体が自然な位置にはとうてい見えなかった。でも多少乱れているのを別にすれば(それはたぶん鳥がついばんだか、つる草が徐々に死体を包んだのだろう)、その男はまっすぐに横たわっていた。両足はある方向をさしており、両手は水に飛び込むように足とは正反対の方を指していた。

「わしのまぬけな頭でも、一つ思いついたことがあるぞ」シルバーは言った。「ここにコンパスがある。どくろ島の頂上が出っ歯みたいになってる。方位を測ってくれ、この骸骨にそってな」

そうしてみると、果たして死体は島の方を指していて、コンパスは東南東の東を指していた。

「そうだとおもったぜ」料理番は叫んだ。「これが指し示してるんだ。ここをまっすぐのばすと、北極星とお宝があるって具合だな。まったく! フリントのことを考えると、背筋が寒くなるぜ。やつの冗談だ、間違いねぇ。やつと6人でここに来たんだ。やつが6人を殺し、全員だ。それからこいつをここまで引きずってきて、コンパス通りに横たわらせたんだ、まったく! この骸骨は背が高いな、髪は黄色か。そうだ、アラダイスじゃねぇか。アラダイスだと思わねぇか、トム・モーガン?」

「そうだな、やつだ」モーガンは答えた。「憶えてるぜ。金を貸してたんだ、そうだ。そんでわしのナイフも陸に持ち出したんだぞ」

「ナイフのことは、」他の男がいった。「どうしてナイフが転がってないんだろう? フリントは船員のポケットをさぐるような男じゃないがな。そして鳥だってあんなもんは持っていかないだろうに」

「確かに、そのとおりだ!」シルバーは叫んだ。

「ここには何ひとつ残ってねぇな」メリーはまだ、骨のまわりをさぐりながら言った。「銅貨の一枚もタバコ入れさえねぇ。どうも不自然だな」

「ないな、確かに。そのとおりだ」シルバーも同意した。「不自然だ、良くない感じだな。まったく! おまえたち、でもフリントが生きてたら、おまえらにもわしにもさぞかしひどいことになっただろうなぁ。やつらも6人、わしらも6人だ。そんでやつらは今、骨になってるわけだしな」

「フリントの死に際ならこの目でみたぜ」モーガンが言った。「ビリーが俺を中に入れたんだ。そこでフリント船長が横になっていて、目には銅貨をのっけてたんだ」

「死んでた、確かにやつは死んでた、もうあの世に行っちまった」頭に包帯を巻いた男が言った。「でも、もし幽霊が歩くとしたら、フリントの幽霊は歩くだろうな。かわいそうに、悪い死に方したからな、フリントは!」

「そうだな、そのとおりだ」他のものも言った。「怒ったとおもえば、ラムをもってこいとどなって、歌ったりしたからなぁ。“15人”が十八番だったな。本当のことをいえば、あの歌を聞くのはそれ以来好きじゃねぇぜ。暑い日で窓が開いてて、あの歌がはっきりと聞こえてきて、あの人はもう死にかけていたんだ」

「やれやれ」シルバーは言った。「そんな話はやめとけ。やつは死んだ。そんで歩きもしねぇ、わしがよくわかってる。少なくとも昼間はぜってぇに歩かねぇよ。心配は猫も殺しちまうからな。ダブルーン金貨を目指して前進だ」

僕らは確かに出発した。でも照りつける太陽やぎらぎらとした日の光にもかかわらず、海賊たちはもう森の中をばらばらになって走ったり、大声をあげたりはしなかった。並んで息をひそめて話をしていた。あの死んだ海賊の恐怖が、身にしみていたのだ。

32.宝さがし 木々にこだまする声
この恐怖に影響されてだろうか、シルバーや病気のやつを休ませるためもあって、一行は上り坂の頂上につくとすぐに座り込んだ。

高原は西の方へ傾いていたが、僕らが座っていた場所はどちらの側にも見晴らしがきいた。僕らの前方には、木のてっぺんをこえて、波がうちよせている森の岬が見えた。後ろには、停泊所やどくろ島だけでなく、東の方に砂州と東の低地のはるか向こうに、はるかなる外海が見おろせた。僕らのはるか上には望遠鏡山がそびえ、松が点在し、絶壁で影になったりしていた。島の至る所から聞こえる遠くで波が砕ける音と無数の虫が低木の中でなく声以外は、何も音はしなかった。人ひとりおらず、海には船ひとつ見当たらなかった。風景の広大さが、いっそう孤独感をそそった。

シルバーは座りながら、自分のコンパスで方位を測っていた。
「“高い木”は3本ある」シルバーは言った。「どくろ島から一直線のあたりにはな。“望遠鏡山の肩”はわしが思うにあの低くなったあたりだろうな。ものを見つけるのは子供の遊びみてぇなもんだ。先に、はらごしらえをしとくか」

「腹はすいてねぇ」モーガンはうなった。「フリントのことを考えたら、へるもんもへらねぇよ」

「あぁ、でも、やつが死んでるのをありがたく思わねぇと」シルバーは言った。

「やつは醜い悪魔だったな」別の海賊は身震いしながら言った。「あの顔が青いことといったら」

「ラムのせいだな」メリーがつけくわえた。「青かった、うん、思い出しても青かった。まさにそのとおりでぇ」

骸骨をみつけて、そんなことを考えるようになってから、やつらの話し声はだんだん小さくなり、ほとんどささやくくらいだった。だからやつらの話し声が、森の静寂をやぶることはなかった。そこにとつぜん、僕らの正面の木々のまんなかから、弱々しい、高いふるえるような声でふしも歌詞もよく知っているあの歌が聞こえてきた。

死んだやつの衣装箱に十五人
ヨーホー、ヨーホー、ラム酒を一本!

そのときの海賊たちほどびっくりぎょうてんした大人は、僕はみたことがない。やつらの顔色といったら、魔法をかけられたみたいにさぁーと青ざめた。飛び上がったものもいたし、他のものにだきつくものもいた。モーガンは地面にはいつくばった。

「フリントだ、たし――!」メリーは叫んだ。

その歌は始まったとき同様、突然止まったというか、打ち切られた。まるで口を開いている途中に、歌っているものの口を手でふさいだかのようだといえるかもしれない。緑の木々のさわやかで陽気な雰囲気のなかを、僕が思うにはその歌は陽気に楽しく響いたが、海賊たちはそうは思わなかったようだ。

「さて」シルバーが青ざめた唇をようやく開きながら、言った。「よくないな。立ち止まって調べて見よう。その前にラムだ、そんであの声が誰だかはわからねぇ。でも誰かがふざけてるんだ。生きて血のかよった誰かがな、それは間違いねぇ」

シルバーはしゃべっているうちに勇気をとりもどし、それにともなって顔にも血色がもどってきた。すでに他のものもこのはげましの言葉を耳にして、我にかえりつつあった。と、そのとき同じ声がふたたび響き渡った。今度は歌うのではなく、遠くからかすかに呼びかけるような声で、望遠鏡山の裂け目に響き渡る声だった。

「ダービー グラウ」とその声は叫んだ。その声を表すとすればまさしく「ダービー グラウ! ダービー グラウ!」としかいいようがなく、何回も何回も響き渡った。そして少し上の方で、僕には聞くにたえない悪態が「ラムをよこせ、ダービー!」と聞こえてきた。

海賊たちは根でも生えたかのように立ちすくんだ。やつらの目は頭から飛び出しそうだった。声が止んだ後もずっとやつらは黙って、恐れおののきながら前方を見つめていた。

「だめだ!」と一人があえぎながらいった。「帰ろうぜ」

「それがやつの最後の言葉だった」モーガンはもらした。「船での最後の言葉だったんだ」

ディックは聖書をもちだし、熱心に祈った。ディックは海に出て悪い仲間に入る前は育ちがよかったのだ。

ただ、シルバーは不屈の精神をもっていた。僕はシルバーの歯がガタガタなるのが聞こえ、やつは降伏なんてとんでもないといった風だった。

「この島にダービーのことを聞いたやつはいねぇ」シルバーはぶつぶつこぼした。「あそこにいるやつを除いてはな」そして頭をひねりにひねって、「みんな」と呼びかけた。「わしは宝を手にいれるためにここにいる。悪魔にだって負けるもんかい。わしはフリントが生きてるときでさえ恐くなかったぞ、誓ってな、わしは死んでるフリントとも顔をあわせてもいいぜ。ここから1/4マイルも行かないところに70万ポンドがあるんだぞ。成金やろうが」

しかし勇気をふるいおこしてシルバーに続こうとするものは現れなかった。むしろ実際には、シルバーの無礼な言葉にやつらは恐れを増したくらいだった。

「やめろよ、ジョン!」メリーが言った。「幽霊にたてつくのは」

そして残りのものは、怖気づいて返事もできなかった。勇気があればとっとと逃げ出していたことだろう。でも恐くて固まっているだけで、ジョンの側に一団となっていた。まるでジョンの勇気がみなを救ってくれるとでもいうように。

「幽霊だって? ふん、そうかもしれねぇな」シルバーは言った。「でもわしには一つはっきりしねぇことがある。木霊が聞こえたなぁ。でも、影のある幽霊を見たやつはいねえぞ、それなら、木霊がある幽霊もいねぇだろ、わしは聞きてぇ。それは自然じゃない、そうだろ?」

そのすじは、僕にはいささか弱いように思えた。でもなにが迷信家に影響を与えるか分からないもので、不思議なことに、ジョージ・メリーが一番落ち着いたのだった。

「うん、そうだな」ジョージは言った。「確かに頭がついてるや、ジョン。間違いねぇ。針路をかえろ! この船員のやり方は間違ってるぞ。うん、考えてみようじゃねぇか。あれはフリントの声に似てたようだが、思うに、そっくりってわけじゃなかった。だれか他のやつの声みたいだったなぁ、そう、」

「そうだ、ベン・ガンだ!」シルバーがほえた。

「そうだ、そのとおりだ」モーガンがひざまづいている姿勢から飛び上がりながら叫んだ。「ベン・ガンにちげぇねぇ!」

「たいした違いはないんじゃねぇか?」ディックは尋ねた。「ベン・ガンだってフリントと同じで、ここで生きてねぇんじゃないか」

でも年とった船員はこの話を鼻でわらった。

「ベン・ガンのことなんか構っちゃいねぇ」メリーは叫んだ。「死のうが生きてようが、構いやしねぇぞ」

やつらが元気をとりもどし、顔にも生気がもどったようすは驚くほどだった。すぐにべちゃくちゃ話しはじめ、たまに耳をすませた。そしてしばらく、何の音も聞こえなかったので、道具を担いで再び出発した。メリーがシルバーのコンパスをもって、どくろ島からまっすぐ歩くために先頭を歩いた。メリーの言ったことは正しかった。ベン・ガンなら死んでようが、生きてようが、誰も気にしやしなかった。

ディックだけが聖書をもちながら、恐ろしそうにあたりを見回し歩いていた。しかし誰も同情するものはなかった。そしてシルバーにいたっては、ディックの用心深さをからかうしまつだった。

「いっとくぜ」シルバーは言った。「聖書をだめにしちまったって言っただろう。宣誓にも役に立たねぇのに、幽霊がどうするってんだ? とんでもねぇ!」そしてシルバーは、松葉杖でちょっと体をやすめながら太い指をならした。

でもディックはくつろがなかった。僕にはすぐに、ディックが病気になっていることがわかった。暑さと疲労と恐怖のショックで、リバシー先生が言ったように、あきらかに熱病がひどくなっていた。

その頂上のあたりの場所は開けていて、歩くには気持ちのいいところだった。少し下り坂で、前にもいったように高原は西の方に傾いていた。大きい松も小さい松も、広い間隔で生えていた。そしてナツメグとアザレアの株の間でも、広く開けた土地が日ざしに焼かれていた。島を横切って北西の方向へ足をはやめ、一方では遠眼鏡山の肩の方へ近づいていき、もう一方では、西の湾を広く見渡せるところへ来た。その湾は僕がコラクル舟で揺られて、震えていたところだった。

最初の高い木のところに来て、方位をみるとその木ではないことがわかった。そして二本目の木も、そうではなかった。3本目の木は、下草の上に200フィート近くもそびえていた。巨大な野菜みたいな木で、赤い幹は家ほどの大きさがあった。そしてその周りの広大な木陰では、一個中隊でも演習できたことだろう。その木は西からも東からの遠くの海まで目立ったし、海図にも航海の目印として書き入れられるくらいだった。

でも僕といっしょのやつらに肝心だったのはその大きさではなく、その広い木陰のどこかに70万ポンドの宝が埋められているということだった。金に思いをはせ、そこに近づくにつれ、さきほどの恐怖はどこへやら、やつらの目はぎらぎらして、足は軽く、歩みをはやめるのだった。やつらの心は、遠くで一人一人を待ち構えている幸運の中に、一生をぜいたく三昧、やりたい放題やれるということの中にあった。

シルバーはぶつぶついいながら、松葉杖をつき、足をひきずっていた。シルバーの小鼻はひろがり震えていた。蝿が熱く光る顔にとまると、シルバーは気でも狂ってるかのようにののしった。シルバーは僕を結んでいるロープを怒りにまかせてひっぱり、時々僕に向けられる顔はそれは恐ろしいものだった。確かにシルバーは、自分の考えを隠そうともしなかった。僕はそれが顔に印刷されているかのように読みとることができた。黄金に近づくにつれ、他のことは何もかも忘れてしまっていた。約束も先生の警告もはるか過去のものだった。そしてシルバーが宝物を手に入れて、夜陰に乗じてヒスパニオーラ号を見つけて乗り込み、島にいる正しい人をみんな殺して、最初にもくろんだとおり、罪と財宝をつみこんで出航することを望んでいるのは疑う余地もなかった。

こんなことで心が乱れて、僕は宝さがしをするやつらの速いペースについていくのはつらかった。ときどき僕はつまずき、シルバーがロープを強くひっぱり、殺すぞといった目で僕をにらみつけた。ディックは、すっかり遅れをとっており、しんがりになっていたが、熱が上がりつづけて一人で祈ったり毒づいていた。僕はいよいよ惨めな気持ちになり、あげくのはてに、あの悲劇が頭から離れなくなった。この高原でかつて行われた、サバンナで死んだ神を恐れぬ青い顔の海賊が、よっぱらって歌って騒いで、自分の手で六人の連れを殺したことを。今はこんなに平和な森もそのときは、悲鳴がひびきわたったのだろう。そう考えただけで、僕はまだその声が聞こえてくるようだった。

僕らは、もう茂みの境のところまで来ていた。

「やった、おまえら、いくぞ!」メリーは叫んだ。そして先頭のものが走り出した。

そしてとつぜん、10ヤードも行かないうちに、やつらが立ち止まったのを僕らは見た。低い叫び声がおこった。シルバーは、悪魔がのりうつったもののように松葉杖で土をほりおこし、ペースを二倍にあげた。次の瞬間には、シルバーも僕もすっかり立ち止まった。

僕らの目の前には、大きな穴があった。側面はくずれていて、底には草がまばらにはえていたので、最近のものではないだろう。そこには二つに折れたつるはしの柄といくつもの箱の板が散乱していた。僕が見たその板の一枚に、焼印で、ウオレス号、つまりフリントの船の名前が押してあった。

全ては明らかだった。隠されていたものは見つけられ、奪われたのだ。70万ポンドは奪われたのだ。

33.かしらの没落
こんな番くるわせがこの世にあるだろうか。6人の男は全員、まるでなぐられでもしたかのようだった。ただシルバーは、すぐさまその打撃から立ち直った。それまでは競走馬のようにシルバーの全ての関心は、あの黄金に注がれていた。でもそれは一瞬にしてぴたりと止んだのだ。そして冷静に気をとりなおし、他のやつらががっかりしていることを自覚する余裕も与えずに、自分の計画を変更した。

「ジム」シルバーはささやいた。「これをもっとけ、何かあったときのための備えだ」

シルバーは、二丁拳銃を僕にわたしてくれた。

同時にしずかに北の方に二、三歩あるいていき、ぼくら2人が穴をはさんで他の5人と向かい合うようにした。それから僕を見てうなずき、まるで「やっかいなことだな」とでもいうようだったが、僕もちょうど同じ事を考えていた。もうシルバーの顔つきは、やつらの味方のものとはいえなかった。僕はたえず寝返りをするのに腹をたて、こうささやかずにはいられなかった。「また寝返ったんだ」

シルバーには答える余裕はなかった。海賊たちはどなったりののしりながら、次から次へと穴の中に飛び込み、手で掘り始めたのだ。掘るときには板をわきにどけた。モーガンが金貨を一枚見つけた。モーガンはそれを大きな声で悪態をつきながら、上にかかげた。それは2ギニー金貨で、やつらは15秒ほど、それを次から次へと手渡した。

「2ギニーだと!」メリーは、それをシルバーに向かってふりながらほえた。「これがおまえのいう70万ポンドか? おまえは取引がうめぇんじゃなかったのか? なに一つへましたことがないって、この唐変木が!」

「こぞうども、掘ってみろよ」シルバーはごうまんに冷たくいいはなった。「くるみでも見つかるんじゃねぇか、わしは知らんがな」

「くるみだと!」メリーは金切り声で叫んだ。「やろうども、聞いたか? いっとくぞ、やつは先刻ご承知だったんだ。やつの顔をみろ、そこに書いてあるじゃねぇか」

「なんだって、メリー」シルバーは言った。「また船長を目指すのかい? ずうずうしいやろうだよ、まったく」

でも今回は全員メリーの味方だった。後ろ姿でも怒りの面持ちで、穴からはいあがりはじめたが、僕は一つこちらに好都合なことに気づいていた。全員シルバーと反対の方向に登って行ったのだ。

そして僕らは片方に2人、もう片方に5人、穴をはさんで立っていた。だれも口火をきるほど勇気があるものはおらず、シルバーは身動き一つしなかった。シルバーは松葉杖をつき直立して、やつらを見つめた。僕が見た中で一番落ち着いているようにみえた。シルバーは勇気のある男だった、間違いなく。

とうとう、メリーが何か話した方がいいと思ったようだった。

「ものども」メリーは言った。「やつらはたった二人きりだぞ。一人はおれたちをこんなとこまで連れてきて、大失敗させたやろうだ。もう一人はおれが心臓をつかみ出してやりたい若造だ。さあ、やろうども」

声をあげ、手をあげて突撃をしようとしたそのときに、バン、バン、バンと3発のマスケット銃の銃弾がしげみから放たれた。メリーは頭から穴に転げ落ち、頭に包帯をした男はコマみたいにくるくるっとまわって横向きに倒れて死んだが、体はぴくぴくひきつっていた。そして他の三人はきびすをかえし、全速力でにげだした。

瞬きする間もなく、ロング・ジョンはピストルを2発もがき苦しむメリーへ撃ちこみ、やつが最後の苦悶でジョンをにらみつけると、「ジョージ」とジョンは言った。「わしがとどめをさしたぞ」

同時に、先生、グレー、そしてベン・ガンがまだ煙のでているマスケット銃をもち、ナツメグの木々のあいだからでてきて、僕らと合流した。

「前進!」先生はさけんだ。「全速力だ、みんな。ボートへの退路を断たなきゃならん」

そして僕らは大急ぎでかけだした、ときどき胸まであるようなやぶを突っ切っていった。

僕は言っておこう。シルバーは僕らについてこようとしていた。シルバーがやり遂げたことといったら、松葉杖で胸の筋肉が裂けよとばかりに走り、頑強な男でさえかなわないくらいだった。これには先生も同意見だった。とはいうものの、シルバーはすでに僕らの30ヤード後ろにいて、僕らが坂の頂上についたときには、息も切れそうだった。

「先生」やつは叫んだ。「あれを見てください! 急ぐこたぁないですよ!」

確かに急ぐ必要はなかったのだ。高原のより開けた場所で、僕らは三人の生き残りがまだ始めと同じ方向で後マスト山に向かってまっすぐ走っているのが見えたからだ。僕らはすでに、やつらとボートの間にいた。そして僕ら4人は座って一息つき、その間にロング・ジョンが、汗をぬぐいながら、ゆっくり僕らに追いついてきた。

「ありがとうごぜぇます、先生」シルバーは言った。「きわどいときに来てくださった、わしとホーキンズにとって。それからおまえだ、ベン・ガン!」シルバーはつけ加えた。「おまえはいいやつだよ、確かにな」

「ベン・ガンだよ、おれは」置き去りにされた男は、困ってうなぎみたいに身をくねらせながら答えた。「それで」しばらく間をおいてつけ加えた。「どうだい、シルバーさん? 調子はいいだろ、そうじゃねぇかい」

「ベン、ベン」シルバーはつぶやいた「おまえがやってくれるとはな!」

先生は、やつらが捨てていったつるはしを取りにグレーをやった。そしてゆっくりと坂を下ってボートがあるところまで行くときに、それまでに起こったことを先生は話してくれた。それはシルバーの興味をいたくひく話だった。そしてうすらぼけのベン・ガンが、最初から最後までヒーローなのだった。

ベンは、長く一人きりで島をさまよう内に、骸骨をみつけた。その所持品をうばったのはベンだったのだ。ベンは宝物も見つけた。それを掘り出し、(穴の中に落ちていた半分に折れていたつるはしは、ベンのものだった)背負って、高い松の木から二つの頂のある島の北東にある洞窟まで、うんざりするほど行き来をして、ヒスパニオーラ号がつく2ヶ月も前から安全に保管しておいたのだった。

先生は、攻撃のあった午後にベンからこの秘密をききだし、次の朝には停泊所から船がなくなったのをみて、シルバーのところに行って、もう必要がなくなった海図をやり、ベン・ガンの洞窟には沢山のベン・ガンが塩漬けにしたやぎの肉が十分あったので、食料もシルバーにやり、柵から二つの頂のある山へ安全に移動するために何もかもをやったのだった。そこではマラリアの心配もいらず、黄金も守れるといった具合だった。

「君についていえば、ジム」先生は言った。「私の気持ちは違ったんだが、一番いいと思われることをやるしかなかったんだ。とくに自分の義務に忠実な人たちにとってね。君はそうしなかったんだから、いわば自業自得ともいえるだろ?」

ただあの朝に、先生が反逆者たちにしかけた恐ろしい落胆に僕がまきこまれることがわかったので、先生は洞窟まで走りに走って、大地主さんを船長を守るために残し、グレーとベン・ガンをつれて出発したのだ。松の木の側で待ち構えられるように、島を対角線上に突っ切っていったが、すぐに海賊たちの方が先行しているのが見えたので、ベン・ガンを先にやって、とにかく何かやらせて足止めしようとしたのだ。そしてベン・ガンは昔の船友の迷信を利用してやろうと思いつき、それが成功し、グレーと先生がおいついて、宝さがしの一行がたどりつく前に待ち伏せすることができたのだった。

「あぁ」シルバーが言った。「わしは、ホーキンズが一緒で幸運だった。さもなきゃ、わしが切り刻まれても何とも思わなかったでしょうからな、先生」

「あぁ何とも」リバシ―先生は楽しそうに答えた。

こうして、僕らはボートのところまでやってきた。先生はつるはしでその一艘をばらばらに壊し、それから全員もう一艘にのりこんで、北の浦をめざして出発した。

8、9マイルの船旅だった。シルバーはくたくたに疲れていたが、他のみんなと同じように、かいをとらされていた。そして舟はおだやかな海の上をぐんぐん進んだ。すぐに僕たちは海峡をこえて、島の南西の角をまわった。そこは4日前に、僕らがヒスパニオーラ号を曳いて入ったところだった。

僕らが二つの頂の山を通り過ぎるとき、僕らはベン・ガンの洞窟が黒い口をあけ、そこにマスケット銃にもたれかかっている人影を認めた。それは大地主さんだった。僕らはハンカチをふり、万歳三唱したが、シルバーも負けず劣らずそれに加わった。

3マイル進むと、北の浦の入り口で僕らは他ならぬヒスパニオーラ号がただよっているのにでくわした。最後の満潮でもちあがり、もし南の停泊所みたいに風がつよかったり、強い潮の流れがあったら、僕らは二度とこの船を見つけられなかったか、もしくはどうしようもなく座礁しているのを見つけたかもしれない。実際は、メインの帆がやぶれたくらいで、傷ついたところはほとんどなかった。そして他の錨をつかえるようにして、一尋半の水底に投げ込んだ。僕らはみな、ベン・ガンの宝物がある家の近くのラム入り江まで漕いで行った。そしてグレーが一人で、ヒスパニオーラ号までボートでもどり、その夜を番で過ごした。

浜から入り江の入り口にかけてはゆるい坂になっていた。その頂上では、大地主さんが僕らを迎えてくれた。僕に対しては大地主さんは愛情がこもったやさしい態度で、僕の脱走については何もいわず、しかりも誉めもしなかった。でもシルバーが丁寧にお辞儀をすると、いくぶん顔を紅潮させた。

「ジョン・シルバー」大地主さんは言った。「おまえはひどい悪党でペテン師だ、それも途方もないペテン師だよ、まったく。おまえを告訴するなといわれてる。あぁ、告訴はしないよ。でも死人がおまえの首にひき臼みたいにぶらさがってるのを忘れるな」

「ご親切にありがとうございます」ロング・ジョンは、ふたたびお辞儀をしながら答えた。

「よくもありがとうなんて言えたもんだな!」大地主さんは叫んだ「わしにとっては全く義務を果たしてないってことになるんだからな、とにかく控えてろ」

そうして僕たちはみな洞窟に入っていった。それは広くて風通しの良い場所で、小さな泉ときれいな水たまりがあり、その上にシダがおおいかぶさっていた。下は砂で、大きなたきびの前にスモレット船長がねていた。そして遠い隅には、炎にぼんやりちらちらと光るものがあったが、僕は硬貨の大きな山と金の延べ棒が四辺形に積み上げられたものをそこにみた。それこそがフリントの宝物で、僕らがはるばる探し求め、ヒスパニオーラ号の17人の命を費やしたものなのだった。それを集めるためにどれくらいかかったのだろう、どれほどの血と哀しみが費やされ、どれだけの立派な船が沈められ、どれほどの勇敢な人が渡り板を目隠しして渡らされたのだろう。そしてどれほどの大砲が発射され、どれほど残忍なことやうそや残酷なことがあったのだろう、たぶん生きてるものでわかるものはいないだろう。でもこの島の3人の男、シルバーとモーガンとベン・ガンは、罪にも荷担して、その分け前を得ようとしたが無駄に終ったわけだった。

「おはいり、ジム」船長がいった。「おまえはおまえなりにいい子だよ、ジム。でも私は、もう君とはいっしょに航海にはでないよ。君は私にしてみれば、あまりに生まれながらの幸運児だよ。おまえか、ジョン・シルバー? 何しに来たんだ?」

「自分の義務を果たしにです、船長」シルバーは答えた。

「あぁ!」船長は言った。そして船長が言ったのはそれだけだった。

その晩に僕が味方の人に囲まれて食べた夕食といったら。ベン・ガンの塩漬けのやぎや、いくつかのごちそうや、ヒスパニオーラ号からもってきたワインやなんやかんやがあった。みんな楽しそうで、幸せそうだったことは僕が保証する。そしてシルバーはほとんどたきびがあたらない後ろにひかえていたが、たっぷり食べ、何か用があるときはすぐ前にとんできて、僕らが談笑しているときには控えめにそれに加わったりもした。航海にでかけたときと全く同じ、人当たりのいい、丁寧な、こびへつらう船員そのものだった。

34 結末
次の朝、僕らは朝早くから仕事にとりかかった。この巨万の富を一マイル近くも浜まで運んでいき、3マイルほどもボートでヒスパニオーラ号まで運ぶのは、こんな少人数では手に余るほどの大仕事だったのだ。まだ島をうろついている3人には、大して困らなかった。山の肩のところで一人見張りをたてておけば、ふいうちに対しては十分だったし、僕らはその上やつらも闘うのにはこりごりしていると思っていた。

そうして作業はてきぱきと進められた。グレーとベン・ガンはボートで行き来をし、残りのものは2人がいないうちに浜に宝物を積み上げた。2本の延べ棒を一本のロープの両端にぶらさげて、成人一人にはじゅうぶんな荷物だった。ただそれを持ってゆっくりと歩くのは、この上なくうれしい仕事でもあった。僕は運ぶのには役にたたないので、一日中洞窟にいて、金貨をパン袋につめこんでいた。

めずらしいコレクションで、ビリー・ボーンズの箱と同じくらいさまざまな種類のものがあった。でもずっと量があり、もっと種類があったので、それを仕分けするのはとても楽しい作業だと僕はおもった。イギリス、フランス、スペイン、ポルトガル、ジョージ、ルイ、ダブルーン、ダブル・ギニーそしてモイドー、セクゥインなどさまざまな金貨があり、ヨーロッパのここ100年のありとあらゆる王様の肖像を目にすることができた。糸のたばやクモの巣のような模様のついた、風変わりな東洋の硬貨もあり、丸い硬貨も四角い硬貨も、まるで首にでもかけるように真ん中に穴のあいた硬貨もあった。僕が思うには、世界中のありとあらゆる種類の金貨がここにあった。数はといえば、確かに秋の木の葉ほどもあって、僕の背中はかがんで痛くなり、僕の手は仕分けでずきずきいたんだ。

次の日も次の日も、この仕事は続いた。毎夕、ひと財産が船に積み込まれていたが、次の日はまたひと財産が控えているといったぐあいだった。そしてこのあいだ中、僕らは生き残った3人の反逆者の消息を耳にしなかった。

とうとう、たぶん3日目の晩だったと思う、先生と僕は山の肩のところで散歩をしていたら、そこからは島の低地をみわたせるのだが、風がぼくらのところに悲鳴のような歌っているような声を運んできた。僕らの耳に届いたのは断片で、すぐに静寂があたりをつつんだ。

「神のお許しを」先生は言った。「あの反逆者たちにも」

「よっぱらってるんでさぁ」シルバーは、僕らの後ろから声をかけた。

シルバーは、言っておかなければならないが、全く自由にふるまうことを許された。そして日々の冷たい扱いにもかかわらず、まるで特権を与えられた親しい召使のように、再びふるまっていた。実際、やつがどのようにして冷淡な扱いに耐え、みんなに気に入られようとしてうんざりもせず丁寧なふるまいをしたかは、注目に値するほどだ。でも僕が思うには、だれもシルバーを犬ほどにも扱わなかった。でもベン・ガンは別で、昔の操舵手をひどく恐れていた。それから僕もシルバーには借りがあったのだ。でもその件については、僕が思うにだれよりも悪く思ってももっともだったとも思う。なぜなら、シルバーが高原であらたな裏切りに思いをはせていたのを見たからである。従って、先生がシルバーにかなりそっけなく答えたのも無理はなかった。

「酔っ払ってるのか、気でもくるったのかだな」先生は言った。

「そうでしょうな」シルバーは答えた。「関係ないですがね、わしにも先生がたにも」

「おまえは、私に人間らしいなんて言ってもらおうとしてるんじゃないだろうな」先生はあざ笑いながら答えた。「でも私の気持ちを聞いたらおどろくぞ、シルバー船長。もしやつらが本当に気が狂ってるなら、私は確かにあのうちの少なくとも一人は熱病にかかってるんだから、キャンプを離れ、私の体にどんなに危険があろうとも、私の技術を役立てねばならんな」

「どうか、先生、ぜんぜん間違っています」シルバーは口をはさんだ。「大事な命をなくしたくはないでしょう、確かに。わしはいま先生の味方です、すっかりね。そんでわしは味方がやっつけられるのはみたくありませんや。ほっときなさい、どれだけわしが先生にお世話になったかわかってますから。でもあそこにいるあいつらは、約束をまもれねぇんですよ。ぜんぜん。守りたくても守れねぇんですから。それにくわえて、先生が約束を守ることも信じられねぇんですよ」

「そうだろう」先生は言った。「おまえは約束をまもる男だよ。それはわかってる」

それが、その3人の海賊のことを聞いた最後だった。たった一度銃を撃つ音がはるか遠くで聞こえ、狩りでもしているのかと思われた。みんなで相談して、やつらをこの島に置き去りにすることが決まった。あえて言っておけば、ベン・ガンは大喜びで、そしてグレーも大賛成だった。僕らは十分な食料と火薬と銃弾、そして塩漬けのやぎの大半と、いくらかの薬とそしてその他の生活必需品、道具や服や、予備の帆や一、二尋のロープ、先生の特別な計らいで、タバコまでも置いてやったのだ。

これが、僕らがこの島で最後にやったことだった。その前に僕らは船に宝物をぎっしりつめこんで、水をたくさんと危機に備えてやぎの肉の残りをつみこんだ。そしてとうとう、ある晴れた朝に、錨をあげて、僕らはそうするばかりになっていたのだ。そして防護柵で戦ったときに船長がかかげたのと同じ旗をかかげて、北浦から出発した。

3人の男たちは、僕らが思ってたよりずっと近くで僕らの行動を見守っていたらしい。狭い水路を通って、僕らが南の先端のすぐ近くを通らなければならないとき、僕らは3人の男が一緒に砂地にひざまずいて、哀願のしるしに両手をあげているのが見てとれた。3人をこんな哀れな島においていくなんて考えると、僕らみんなの胸をうった。でも僕らは、また反逆の危険をおかすわけにもいかなかった。そしてやつらを本国につれてかえって絞首刑にするのも、やさしさの裏返しであるようにも思われた。先生はやつらによびかけて、僕らが残したものと、どこに行けば見つかるかを伝えた。でも3人は僕らの名前をよび、神に誓って、慈悲をかけ、置き去りにしてこんなところで死なないようにと嘆願した。

とうとう、船は進みつづけ、すぐには声が聞こえないところまで行くと、僕はだれだかはわからないが、三人のうちの一人が叫び声をあげて立ちあがり、マスケット銃を肩に担いで発砲した。その銃弾はシルバーの頭をかすめてメインの帆を貫通した。

その後、僕らは舷側に隠れていたが、次に外を見たときは、やつらは岬から姿を消していた。そしてその岬もだんだん遠くなり、視界の外に消えた。とにかく、それが最後だった。昼前には、僕がとてもうれしかったことに宝島の一番高いところの岩でさえ、青い海の中へと消えて行った。

僕らは人手が足りなかったので、全員が手を動かさなければならなかった。ただ船長だけが船尾のベッドにねて、指令を出した。ずいぶん回復はしていたが、安静が必要だったのだ。僕らは船を近くのスペイン領アメリカの港にむけた。というのも本国まで、人手がなく帰る危険を犯したくなかったからである。そうしたので、風がじゃまするわ、二度の突風がふくわで、僕らは着く前にすっかり疲れ果ててしまった。

僕らがもっとも美しい陸に囲まれた湾に錨を下ろしたのは、ちょうど日が沈むころだった。そしてすぐに黒人やメキシコ系インディアンやその混血がのった伴舟が周りをとりかこみ、果物や野菜を売り、わずかな金をもとめて殺到した。そんなに快活な顔(特に黒人の)にかこまれ、トロピカルフルーツを食べ、なにより街の明かりが照らしているのは、僕らの闇と血でにいろどられたあの島での滞在ともっとも対照をなしていた。そして先生と大地主さんは、僕を一緒につれて、夜の早いうちを岸で過ごすため上陸した。そこで2人はイギリスの戦艦の船長に出会い、意気投合し、戦艦に招待された。そしてつまり、あんまり楽しいときを過ごしたので、僕らがヒスパニオーラ号に帰ってきたときには夜が明けていた。

ベン・ガンは、甲板で一人きりだった。僕らが帰ってくるとすぐに、ひどく当惑したようすで、僕らにこう告白した。シルバーが逃げたと。ベン・ガンは、シルバーが二、三時間前に伴舟で逃げ出したのを見て見ぬふりをしたのだった。そして僕らに、あなたがたの命を救うためにそうしたのだと言ったのだ。もし片足のあの男がこのまま船上にいたら、いずれ命が危うくなったのは確かだというのだ。でもそれだけではなかった。料理番はなにももたずに逃げ出したわけではなかったのだ。やつはこっそり船の隔壁をこわし、硬貨のつまった袋を一つとりだして、たぶん3、400ギニー相当だろう、行きがけの駄賃としたのだ。

これだけで厄介払いできたら安いもので、みな大喜びした。

さて、話をはしょれば、いくにんかの人手を雇い入れ、本国まで快適な旅をした。ヒスパニオーラ号はブランドリー氏がちょうど迎え船を出そうと考えていたときに、ブリストルに到着した。出航して、ともに帰還したのはたった5人だった。まったく確かに「酒をくらって悪魔が残りを片付けた」のだが、僕らはやつらが歌った他の船ほどひどいことにはならなかったわけだ。

75人で船出をしたが、
生きて帰ったのはたった一人

僕らはみな宝物を応分に分配した。そしてそれぞれの気の向くままに、賢くつかったものも、愚かに浪費したものもいた。スモレット船長は引退した。グレーはその金を貯めたばかりでなく一念発起して、偉くなろうと努めて、職にまい進した。そしていまや副船長となり、完全帆装の船の持ち主で、その上結婚しており、一家の主人となっていた。ベン・ガンといえば、1000ポンドをもらったが、3週間もしないうちに使い果たし、いやもっと正確にいえば19日で使い果たしたのだ。というのも20日目には、金をもらいに戻ってきたのだから。それから小屋の見張りの仕事をもらい、まさに島で案じたとおりとなった。まだ健在で、多少ばかにはされているが子供たちにはおおいに好かれ、日曜や祝日には教会ですばらしい歌を披露している。

シルバーについては、何もしらない。あの恐るべき一本足の船員は、とうとう僕の人生からはすっかり姿を消してしまった、でもあえていえば、シルバーは年とった黒人の妻と落ち合って、鸚鵡のフリント船長といっしょに楽しく過ごしていることだと思う。どうか、そうあってほしいものだ。というのもシルバーがあの世で楽しく過ごせる見込みは、きわめて少ないのだから。

銀の延べ棒や武器は、まだフリントが埋めたところに埋まっているのだろう、とはいうものの、僕はどうなっているかは知らない。確かにそこにあるかどうかは、僕の知ったことではない。牛と荷馬車のロープで引かれようとも、僕はあののろわれた島へ二度と行こうとは思わない。そして僕がみる最悪の夢は、あの島の岸にうちよせる波の音を聞くときか、寝床からあのするどいフリント船長の鳴き声が耳に響いて飛び起きるときである。「八分銀貨! 八分銀貨!」 完

あとがき(2001年6月13日)
記憶にのこる読み物って確かにあって、宝島は間違いなくその一つ。どこが記憶に残るかは人それぞれで、シルバーのやりたい放題ぶりだったり、鸚鵡のフリント船長の「八分銀貨」の鳴き声だったりするかもしれないが、なんといっても一部でのジム少年の冒険ほど、読む者を有無もいわせず引き込むストーリー展開は、なかなか他では味わえないと思う。そこを過ぎると意外と作者も力がぬけて、いろいろ構成をかえたり語り手を変えたり、再びとばかりにジム少年を冒険させたりするんだけど、最初の興奮は残念ながらなかなか越えないわけだ。それでも最後まで一気に読ませる読み物であるとこは、さすがだけど。
まぁ訳す側としては、いくつか海・船用語、海賊用語でちょっと頭をひねってるくらいで量をこなした以外はあんまり苦労らしい苦労はなし。誤字脱字、誤訳の指摘は大歓迎なので、(katoukui@yahoo.co.jp)までよろしく(http://hw001.gate01.com/katokt/)
それから感謝を、Sogoさん(http://etext.3nopage.com/)全般にいろいろなご指摘をありがとうございます。枯葉さん(http://www005.upp.so-net.ne.jp/kareha/)には序文とその他の指摘をいただきました。また青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)富田倫生さんからも数多くの指摘をいただきました。それでなんといっても、いつもながらに山形浩生(http://www.post1.com/home/hiyori13/jindex.html)にも感謝、というか宝島は、彼の主催するプロジェクト杉田玄白(http://www.genpaku.org/)の趣意書のリクエストだったわけだ。
ということで次は何を訳しましょう、Boss? なんてね(笑)




本翻訳は、この版権表示を残す限りにおいて、訳者および著者にたいして許可をとったり使用料を支払ったりすることいっさいなしに、商業利用を含むあらゆる形で自由に利用・複製が認められる。(「この版権表示を残す」んだから、「禁無断複製」とかいうのはもちろんダメっす)

読もうかどうか迷っている人へ

もし船乗りが歌うように語れば
嵐に冒険、暑さに寒さ
帆船、島々、孤島への置き去り人
そして海賊、埋蔵金
全ての古いロマンスが
昔そのままに再び語られれば、
昔の私をかくも喜ばせたように
今の若者たちだって喜ぶだろう。

まあいい、とにかく飛びつけ! とはいえ、
もし教養ある若者が歴史を知りたい気持ちを失って、
もうキングストンやバレンタインの勇者、
森と湖のクーパーを望まないなら、
まあそれもいいだろう!
それなら私や私の海賊たちは、
あの作者や登場人物が眠る
墓場を分かち合うこととしよう。


訳注 まだそんなに墓場には入ってないでしょう。著名な作品とともに以下に(プロジェクト・グーデンベルグで検索) Coral Island, The by Ballantyne, R. M. (Robert Michael),1825-1894 、Last of the Mohicans: A narrative of 1757, The by Cooper, James Fenimore,1789-1851 、William Henry Kingston はプロジェクト・グーデンベルグ上では墓にうもれちゃったね。


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