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所有権の起源 ソースタイン・ヴェブレン:著 永江良一:訳


この文書は

Thorstein Veblen :
The Beginning of Ownership
American Journal of Sociology, vol. 4 (1898-9)
を日本語訳したものです。
翻訳はArchive for the History of Economic Thoughtのテキストhttp://socserv2.mcmaster.ca/%7Eecon/ugcm/3ll3/veblen/ownershに基づいています。

2000年10月06日 暫定訳
2000年10月24日 一部改定
2001年01月18日 枯葉さんからの御指摘で、タイプミスを訂正し、もつれて解りにくかった訳文を改定しました。枯葉さん、ありがとうございます
2004年01月08日 ogawa manabuさんの御指摘により、11パラグラフの「この有機的な関係と所有権とのあいだには二者択一の関係はない」→「この有機的な関係と所有権の間に二者択一の余地はない」に変更しました。
2005年06月26日 秘密結社「じめじめ団」の梅雨空文庫版に基きタイプミスを訂正。

©2004 Ryoichi Nagae 永江良一

この翻訳は、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(帰属 - 同一条件許諾)の下でライセンスされています。
ご指摘、ご教示などありますれば永江良一まで


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世の中に受け入れられている経済理論では、一般に所有権の根拠は所有者の生産的労働であると考えられている。このことは、反省することも問題にすることもなく、財産の法に適った基礎であるとされている。すなわち、有用なものを生産した者が、それを享受すべしというわけである。社会主義者と古典派経済学者とは経済学の考え方の両極端なのであるが、この点については本質的に意見が一致している。この点をめぐっては論争が起きたことがない。少なくとも今までのところは。すなわち、公理的な前提条件として受け入れられてきたのである。社会主義者にとっては、これは労働者は彼の労働の生産物をすべて受け取るべきであるという彼らの要求の根拠を与えるものである。古典派経済学者にとっては、おそらく、この公理は価値ある物であると同時に困難のもとでもあった。この公理のおかげで、彼らは、どのようにして資本家は彼の所有に帰すことになる財貨の「生産者」となるのか、かつその一方で、どのようにして労働者が彼の生産したものを得るということも真理として成り立つのか、ということを説明するという問題に際限なく悩まされ続けることになった。時折見られる創造的産業から完全に切り離された所有という事例は、正常な事態からの逸脱として受け取られ、取り扱われてきた。すなわち、それは撹乱要因のせいだというわけである。正常な状態では、富は受取り手の生産物に対する貢献に応じた比率で-もう少し適切な意味では、その貢献を原因として-分配されるという主要見解はほとんど問題にされることもなかった。



今日、所有者の生産的労働がその所有権の確固たる根拠となっているのであるが、そればかりではなく、財産制度の発生も、2匹の鹿や1匹のビーバーあるいは12匹の魚を獲るというような、推定上の未開人の猟師の生産的労働にまで遡ることになる。経済学者が書いたものを読む限りでは、財産の起源についての推測される歴史は、自然権と強制的な自然秩序という先入見に基づいて展開された推測から構成されたものである。所有権の問題の解決にたまたま関心を抱いただけでこの問題を研究し(このことは古典派の、進化論以前の経済学者に当てはまることであるが)、自然権という先入見に凝り固まった人には、これらすべてのことが明らかなことに思われるのである。論理的推論の点でも、歴史的発展の点でも、これで制度は充分に説明がついているではないかと。「自然な」所有者とは、ここの品物を「生産した」人、あるいはそれと等価とされる生産力を支出して、対象物を発見し占有する人のことである。所有権の観念は創造的産業の観念のもとに直接理論的に包摂されるのだから、そうした人は品物の所有者になると考えられているのだ。

この財産についての自然権理論では、孤立した自給自足の個人の創造的な努力が、彼に帰属する所有権の基礎とされている。だが、そうすることによって、孤立した自給自足の個人などどこにもいないという事実が見落とされてしまうのである。実際のところは、あらゆる生産活動は、共同体の中で共同体の助けを借りて行なわれる生産活動であり、あらゆる富は社会の中においてしか富ではないのである。人類の発展が人間的な段階に達してからは、まあそう言っておいたほうが無難であろう、いかなる個人も産業的に孤立し、有用な品物を自分自身の独力だけで生産しなければならなくなったことは決してない。機械的な協働作業が存在しないところにおいてさえ、人はいつも他人の経験に導かれているのである。この規則の唯一ありそうな例外は、半ばもっともらしく時々流布されるような、野生の獣に育てられた迷子や捨て子といった事例くらいであろう。しかし、この異例な、半ば仮説的なこれらの浮浪者の生活が、所有制度を生み出すに至るまでの社会的発展に影響を及ぼすことなど、ほとんどありえない。

生産活動は産業共同体の協働作業を通して、社会においてだけしか行なわれない。この産業共同体は大小様々であるが、その限界については一般にかなり漠然としか規定されていない。しかしそうした集団は常に、伝統や用具、技術的知識、慣習などを保持し伝承するのに充分な大きさをもつ。そういう伝統等々といった基盤がなくては、どんな産業共同体も存在できず、各個人が仲間同士あるいは環境と取り結ぶ経済的関係もありえないのだ。孤立した個人は、生産的な行為主体ではない。彼にできることはせいぜい、非群居制の動物のように、季節季節を生き延びることくらいである。技術的知識無しには生産活動はありえず、したがって個別所有にせよ共同所有にせよ、所有すべき蓄積も富もありえない。そして産業共同体を離れては技術的知識は存在しないのである。個人的な生産活動も個人的生産性もないのだから、所有権は所有者の個人的な生産的労働に基づいているという自然権の先入見は、それ自身が前提にしている論理に従ったとしても、矛盾に陥ってしまう。

この問題を民俗学的側面から取り上げた著作者たちの中には、所有制度は個々人が武器や装身具を習慣的に使ったことに遡るという見解を持つ者もいる。別の者たちは、所有制度の起源は社会的集団による土地の占有にあると見ている。土地は進入者に対抗して力づくで保持され、こうしてやがて「所有」されるようになったというわけである。この後者の仮説は、土地の集団的所有の基礎を武勇による土地の奪取ないし保有という集団的行為においており、したがって所有権の基礎を生産的労働に置く見解とは根本的に異なっている。

所有権は個々人が武器や装身具といったものを習慣的に使ったことから発生したという見解は、見た限りはちゃんと確証付けられており、また自然権の先入見も限定付きではあるが是認している。知られる限りの原始部族の慣習は、一見するところ、この見解を裏付けているように見える。どの共同体でも、個々の成員は、何らかの武器を持っているならば、その武器にたいし使用したり濫用したりする多かれ少なかれ気ままな権利を行使する。そのことは、装身具、衣服、化粧道具といった多くの品物にたいしても同じである。現代の経済学者の目には、こうした習慣は所有権として見える。したがって、問題が単純に素材的な事実の問題だというのであれば、後の時代には所有権という見出しのもとに分類されるような慣習の最初の出現について言えば、所有権は、これらの品物が個人的使用に転じることによって始まったに違いないと言うべきであろう。しかし、我々がその制度を再検討している当の原始人の視点に立場を移すならば、問題はまったく逆の意味で答えられなければならない。問題の重要な点は所有制度の起源であり、それは初期の野蛮人の思考習慣の中ではじめて形を成そうとしているのだ。問題は所有権や財産という観念の由来にかかわっている。先入見から、我々が、原始人ないし野蛮人とそのちょっと個人的な支配力との関係を、所有権の関係とみなすかどうかは問題ではない。さしあたっての目的に即した関心事は、原始人自身が事態をどう理解しているのか、ということである。問題は未開人自身が、彼の人格に直接ついてまわり、彼が習慣的に使うためにとっておかれるこれらの物を、習慣として見る見方なのである。制度の由来についての問題がどれもそうであるように、それは本質的に民衆心理学の問題であって、機械的な事実の問題ではない。そして、そのように考えると、それには否定的に答えるしかない。


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未開人であれ文明人であれ、世慣れていない人は人格という見地から現象を理解しようとする傾向があるが、こうした見地は彼がじかに慣れ親しんでいる物なのである。この傾向は文明人よりも未開人の方に損なわれることなく残っている。あからさまな力の発現はすべて、意欲-人間の意志に似た何らかの能動主体が目的に向かって発揮する努力-の表現であると理解される。古風な文化は、力強くあたりに浸透する人格というものの見方をするのであり、この人格の展開されていく生命が、人や物が取り結ぶあらゆる関係に見られる本質的事柄とされるのである。そして、このことは文化の発展段階が後になればなるほど、その度合いが薄れていく。こうした思考習慣に導かれて、個人とその個人的効果との関係は、所有権の関係よりももっと親密なものだと考えられている。所有権はこの事態を言い表すには、あまりに外的で無味乾燥な用語なのである。

未開人や野蛮人の理解するところでは、彼の人格の境界は、現代生物学が認識している境界とは一致しない。彼の個人性は、多少ぼんやりと不確かに、多かれ少なかれ彼に直接ついてまわる事実や物からなるかなり幅の広い周縁部に及んでいると考えられている。我々の事物の感じ方では、これらの品々は彼の人格の境界の外側にあり、その多くに彼は有機的というより経済的に関係しているように思われるのであるが。この事実や物からなる疑似人格的周縁部は、一般に、人の影、水やそれに類したものの表面に映った彼の姿、彼の名前、彼の特別な刺青の印、彼が持っているとすればそのトーテム、彼の目配せ、彼の息、特に目に見える息、彼の手や足の跡、彼の声の音、彼の体の像や似姿、彼の体から出る排泄物や発散物、彼の一組の爪、彼の切り取った髪の房、彼の装身具や魔除け、日常着ている服、特に彼の体に合わせて作られた服、とりわけ彼に特有のトーテムその他のデザインに仕立てられたもの、彼の武器、特に彼が好んで持ち歩く武器などからできている。こうしたものの向こう側には、疑似人格的周縁部に含まれるにせよそうでないにせよ、その他の多くの疎遠な物があるのだ。

この事実や物の領域全体については、個々人の人格の「影響地帯」が同じ度合の力で覆っているわけではなくて、彼の個人性は、感じられないほどの朧なグラデーションで外部の世界へと消え去っていくと言うことだ。擬似人格的周縁部に入り込んでくる物や事実は、未開人の思考習慣の中に、重要な意味を帯びて彼にとっての人格的な物として現れてくる。それらは、彼が経済的に関係したり、公正な法的請求権を持っているような物の集積ではない。これらの品物は、彼の手足、彼の脈拍、彼の消化機能、彼の体温、あるいは彼の四肢や頭脳の動きが彼の物であるというのとまさに同じ意味で、彼の物であると考えられているのだ。

この見方に疑問を呈しようという人を満足させるには、ほとんど誰もが行う習慣を持ち出してみるのがよいかもしれない。浸透する人格とか人格の朧さといった概念は、例えば贈り物や思い出の品を与えたり大事にしたりするといったようなことに、それとなく示されている。呪文をかけること、あらゆる魔術、聖式やそれに類する聖なる儀式、チベットのマニ車のような礼拝、製法やイメージやシンボルの崇敬、聖化された場所や建造物へのほとんど普遍的な崇拝、占星術、切り取った髪や対になった爪や写真などで行う占いといったものの中には、こうした概念が疑いようもなく存在している。おそらく、こうした疑似人格的周縁部があると信じるにたる最も異論の少ない証拠は、交感魔術の習慣であろう。この習慣は世界中どこでも、愛に呪術から聖式に至るまで、実質的に著しく似ている。その本質的根拠は、ある個人に、彼の疑似人格的周縁部にある物を使って、望み通りの効果を及ぼすことができるという信念である。このようにして接触される個人は、生かしておけないような奴かもしれないし、幸不幸のとりなしを求めるなにか霊感あらかたな霊的主体かもしれない。魔術師や呪術を行う者が、何とかしてある人の個人性の「朧な部分」にたどり着き、彼の疑似人格的な事実の周辺部に入り込むと、その事実や物がついてまわっている個人に幸運や不運をもたらすことができるのである。そして、この目的のために執り行われる魔術の儀式は、攻撃箇所を与える物と効果の及ぶ個人とが親密な関係にあればあるほど、それだけ強い力で、またそれに応じて正確に、効果を及ぼすのである。経済的な関係は、断じて魔術の手掛かりを与えたりはしない。人と与えられた物との関係が交感魔術の目的で使われるときはいつでも、その関係は単純な法的所有権よりも重大なものと見なされている。

原始の未開人のこのわずかな所持品は、後の時代の命名法に従えば個人財産に分類されるであろうが、未開人にとっては自分の財産だとは決して考えられていない。それらのものは本源的に彼の人格についてまわる物なのである。彼の疑似人格的周縁部に含まれる物すべてが、同じ度合いの親密さや持続性を持って、彼についてまわっているわけではない。しかし、彼の個人性に含まれている品物が疎遠であやふやであるからといって、単純に、一部は彼の有機的部分であり、一部は彼の財産であると考えられるわけではない。この有機的な関係と所有権の間に二者択一の余地はない。疑似人格的周縁部の端にある品物は、時の経過とともになくなったり、意図的に関係を絶ちきったりして、そこから排除されたり譲り渡されたりすることが簡単に起こる。しかし、こうした事が起こったとき、品物は有機的関係から逃れ出て、問題となっている個人の所有する、彼には外的な物という、疎遠なカテゴリーに入ると考えられているのではない。もし物がこのようにして個人の有機的領域から逃れ出ると、それは別の個人の領域に移るのであり、もしそれが共同使用に役立つ物であれば、それは共同体の共有財に移っていく。

この共有財については、原始共同体では、共同体的であれ個人的であれ所有概念はまったく適用されない。共同体所有の観念は比較的遅く発達したもので、心理的な必然性によって個人的所有が先行したに違いない。所有権は、慣習的請求権に基づいて公認された、物にたいして裁量する力であり、所有者が所有物にたいする処分を思案する人格的主体であることを意味している。人格的主体とは個人であり、何らかの人の集団が一団となって物にたいする裁量権を行使すると考えられるようになるのは、法的擬制の本質が行き着くところまで精緻化されることによってなのである。所有権は個人的な所有者を暗に意味しているのである。反省によって、そして既にもう慣れ親しんでしまった概念の適応範囲を拡大することによってのみ、こうした種類の疑似人格的な集団的裁量および管理は、人の集団に帰することができるようになったのである。したがって、共同体所有は必然的に派生的概念であり、それがまねている個人的所有の概念の概念に先行することはできないのである。

所有権の観念が練り上げられ、堅実性を持つようになった後では、使用者が所有している物には彼の人格が浸透しているという観念を見出すことは珍しいことではない。同時に、ある品物がある個人の疑似人格的周縁部にある一方で、別の他人に所有されているということもあることも認識される。例えば、人格的な意味では奴隷や家父長制家族の下位構成員に帰属する、日常使われる装身具が、財産としては主人や家長に属するといったことがあげられる。(a)浸透という仕方で誰かの人格が及んでいるものと(b)所有されたものという二つのカテゴリーは決して一致しないし、一方が他方に取って代わることもない。二つの観念はまったく違うものであるので、同じ物がある個人には一方の概念で帰属し、別の個人には他方の概念で帰属するということがありうる。その一方で、同じ個人が、一方の概念が他方の中に消え去ることもなしに、ある物と両方の関係を取り結ぶこともありうるのである。ある品物が、例えば写真や思い出の品などであるが、それが属している「自我」の主である個人の疑似人格的周縁部から出て行くこともなしに、所有者を変えることがある。よくしられる例としては、聖別された場所や建造物は、世俗的な所有者とは別に、人格的な意味ではそれがささげられた聖人や神に属している。

この二つの概念はあまりにも異なっており、本質形に別の物とさえ言えるので、一方が成長して、そこから他方が発展したということは、とてもありそうにもない。代用といったものも含めて、これらの観念の間で遷移が起こることは、外部から著しい衝撃が加わらなければ、ほとんど起こりえない。このような一歩を踏み出すことは、結局、新しいカテゴリーを作り上げ、ある事実を選択し新しい見出しに分類し直すということになるだろう。疑似人格的周縁部を構成している事実を物を再分類し、そのうちのある物を別物と一緒にして、所有権という新しいカテゴリーの下に置くということは、概念がその領域を侵略されてそうなったというのではなく、後の成長のためのなにかやむにやまれぬ必要性から発しているに違いない。新しいカテゴリーは古いカテゴリーの拡大形ではないのだ。もともと浸透という仕方で個人に属していると考えられていた品々がどれもこれも、富という概念が一般化した後、彼の富の個々の品々と見なされるわけではない。例えば、彼の足跡、彼の似姿や肖像、彼の名前といったものは、結局は彼が所有する品物という見出しに入れられるようになるとしても、極めてゆっくりとそうなっていく。偶発的状況でそれらの物が彼に所有されるようになるかもしれないが、しかしその場合でも、それらは長い間、彼の疑似人格的周縁部に留まり続ける。二つの概念の相違は家畜の場合に明らかであろう。非人間の個物は所有権など持っていないのだが、家畜には、その足跡、家畜小屋、刈り取られた毛等々に及ぶ、浸透する個別性という属性が与えられるのである。これらの品々は、現代の文明化された共同体でさえ交感魔術のために使われることがある。所有権と浸透の間のこの非常にはっきりとした相違を示す例証として、月の満ち欠けが人間の事柄に幸不幸をもたらす効力をもつという俗信がある。定かならざる月は、交感的な影響力や霊的な感化作用を通じて人に幸不幸をもたらすと考えられているのだが、こうした影響力や感化作用は疑似人格的周縁部を連想させるが、しかし月の所有権を意味しているわけではないのは確実である。


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所有権は、素朴に一方では生産的労働の概念に含まれ、他方では習慣的使用の概念に含まれるというような、単純で直観的な概念でない。それは、孤立した個人の精神に備わっているものというような、最初から与えられているものではない。また、人が生産活動で協働し、仕事の手はずを整えるようになり、社会化した生活のストレスのもとでお互いに自制するようななったとき、ある程度放棄しなければならなかったもの-いってみれば社会契約説がそれに原因を帰しているもの-でもない。それは慣習的事実であり習得すべきものである。それは長い習慣付けの過程を経て、過去のどこかの時点で制度にまで成長してきた文化的事実であり、あらゆる文化的事実と同じく、世代から世代へと伝承されていくものである。

我々自身の過去の文化史を少し遡ると、産業に従事する人間は何物も所有できなかったということの一応証拠となるような状況に、出くわすことになる。農奴制や奴隷制のもとでは、働く人間は所有できず、所有する人間は働くことができなかった。文化的なことをいえば、ごく最近でさえ、家父長制家族においては、婦人が労働すれば、彼女はその生産物を所有する資格があって当然なのに、そうではないことがあたりまえのことになっている。さらに野蛮な文化まで遡れば、家父長制家族制度は今よりよく保存されているのだが、次のような主張が無条件の信念を持って受け入れられている。すなわち、家父長だけが財産を持つことができるが、もし彼に封建的な上位者がいれば、その所有権の範囲ですら著しく制限を受けると。財産の保有は、一方では武勇による保有であるが、もう一方では上位者の黙認による保有である。

財産保有の確固たる根拠を武勇に頼ることは、初期の野蛮な文化へと発展段階を遡っていけばいくほど、より直接的により習慣的なものになっていく。やがて、野蛮の下層レベルないし未開の上層レベルにまでくると、「良き古き企て」がほとんど容赦なくあたりを席巻することになるのである。所有権とその伝承をとりまく合法的な条件や環境がなんであるかについては、常に何らかの慣行、暗黙の了解があるものなのである。その主なものは習慣的な受容ということである。利益を与えられた地位として広く認められたものは、抗いがたい力で支援された挑戦を受けない限りは、正しく良いものだとされるのである。太古からの慣習で認められた財産権は、強制的な財産没収にあわない限りは、すべての太古からの慣習がそうであるように、侵すべからざるものである。しかし、強奪と力ずくの保有とはごく短期のうちに慣習に適ったものとなり、その結果手に入れた財産保有は、慣習により侵すべからざるものとなる。持てるものは幸いなるかな。

  野蛮文化の期間中、この武勇による財産保有が優勢なところでは、人口は、産業的業務に従事する階級と、戦争、統治、スポーツ、宗教儀式といった仕事に従事する階級という、二つの経済的な階級に分かれる。野蛮のもっと初期のより素朴な段階では、前者は通常の場合何物も所有しないし、後者は強奪した物か、慣習にしたがってそれを強奪し保有した祖先から相続した物を所有する。もっと低い文化レベルでは、原始の未開人の群れにおいては、人口が同じような階級に分割されることはない。強制、武勇、太古からの地位に基づく特権を持つ有閑階級はなく、また所有権もないのである。

  大雑把な一般化をしてみると、一方では搾取、他方では苦役といった仕事の間の不公平な区別がないところでは、財産の保有もないということになる。文化の発展の順序では、搾取の規範が現れる前に所有権が始まることはない。しかし、そもそも、男らしい仕事としての搾取が、所有権の最初の起源であるとも思えないことを付け加えておこう。これらのきわめて粗野な初期の共同体において、特に財産のない温和な未開人の群れにおいては、どの成員の労力による生産物も彼が属する集団によって消費されるというのが規則である。そして個人の権利だとか所有権といった問題もなく、集団的にかつ無差別に消費される。所有権の問題は、品物が生産される、あるいは人の手にかかって消費される完成形になるということから生じているわけではない。

最も早く所有権が現れるのは野蛮の初期の段階であるように思われるし、所有権制度は、見たところ、生活習慣が温和なものから略奪的な物に移行するに伴って出現するようである。生活を産業的なものではなく搾取的なものへと導いたのは、野蛮文化の有閑階級の特権であった。それ以前の生活の温和な段階と区別する、野蛮文化に満ちている特徴は、搾取、強制、強奪といった要素である。野蛮文化の初期の段階には、所有権はこの強制と強奪の習慣なのであり、それはやがて、慣習の監視のもとで体系的で堅牢なものへと変わっていったのである。

個人的利益のために財貨を強奪し蓄積するという行いは、原始的な未開人の温和で共産主義的な体制のもとでは、新しい制度を創設するまでには一般化しなかった。というのは相互の力に訴えたり成員の間で詐欺行為を行うことから生ずる不和は、集団にとって致命的であったからだ。同じような理由から、消費財の個人所有は略奪的生活の最初の出現にはなんら関与しなかった。なぜなら、原始的な戦闘的群れは、群れ全体に充分な戦闘能力をつけるためには、不足気味の生活手段を共同で消費することが、まだまだ必要だったのである。さもなくば、まだ集団的な消費を止めていない競争相手の群れの前に屈伏することになる。

略奪的な生活が現れると、敵から財貨を盗む、奪うということが慣行となった。しかし盗みの習慣が、奪い取ったものの個人的な所有を生み出すためには、これらの物はなにか耐久性のある、直接生活手段として消費されない財貨でなければならない。原始的文化のもとでは生活手段は一般に集団で消費されるのが常であり、そうした財貨は、練り上げられた習慣体系にしたがって、決まったやり方で消費される。この習慣は、個々の成員すべての生活習慣の本質的部分であるので、容易に崩れるものではない。集団的消費の慣行は、同時に集団が生き延びるために必要なのであり、この必要性は人々の心に刻まれており、何が正しく適切かについての思考習慣の形成を監視している。したがって、この初期の段階で侵略的な傾向が消費財の強奪や保有に現れているわけではないし、そうしたいという誘惑が直ちに現れるわけでもない。というのも、貯蔵された財貨を個人的に使用するという観念は、原始人の一般的思考習慣にはなじみのないものなのである。

財産の観念は、有形の耐久品以外のものには、直ちには結びつかない。もっと傷みやすい消費品がともかくも財産の一部として考えられるようになるのは、商業の発達がかなり進んだところ-売買が共同体の生活の大きな特徴となってるところ-だけである。個人のサービスのもっとはかない結果を、富の観念に含めるのはずっと困難である。サービスを富に分類しようと試みることは門外漢には意味のないことであるが、理論に精通した経済学者でさえ、こうした分類の無形性については意見の分かれるところである。常識的な理解では、財産の観念は一般に、ある程度耐久性がある有形で売却できる財貨以外のものとは結びつかない。このことは、金銭的観念と金銭的ものの見方が広く行き渡った現代の文明化した共同体でさえ、当てはまることである。同じような仕方で、また同じような理由から、文化のより初期の、非商業的段階では、所有権の概念を明らかに耐久性のある品物以外に適用することは、ほとんど根拠がなく、また極めて困難なことである。

しかし、侵略的な群れの襲撃を受けて強奪された耐久消費品は、一般的に使われる品物であるか、奪われた個人にとって直接、継続して個人的に使用していた品物のいずれかである。前者の場合は、財貨は一般に集団で消費され、所有権の概念を生み出すことはない。後者の場合は、その財貨はもともとそれを使用する個人についてまわる物の類に分類され、したがって、財産の一部と思われることもないし、蓄積された富を作り上げることもない。

所有権制度がどのようにして、財貨の強奪を通じて略奪生活の初期に出現できたかを理解するのは難しい。しかし、事態は個人を強奪することでは違う。捕獲されたものは共同体的消費の図式には適さないものであり、その個人的な捕獲者がそれらを専有することは、集団には明らかな損害を与えるものではない。同時に、この捕獲されたものは個人性の点では捕獲者とは明らかに区別され続けるのであり、簡単には疑似人格的周縁部には取り込まれない。粗野な状態に置かれた捕獲されたものは主に女性である。これにはもっともな理由がある。男性の奴隷階級が存在するところ以外では、女性は原始的集団の中で、より役に立つばかりかより簡単に管理できるものである。その労働は集団にとってその扶養をおぎなう以上の価値があるし、武器を持っていないので男の捕虜より脅威が少ない。女性は非常に効果的な勝利記念品という役目も果たすし、またそれゆえ、捕獲者には、証拠として、捕獲者であるという彼女らとの関係を跡づけ保つことは価値がある。この目的のために、彼は捕獲した女性たちにたいして支配と強制という態度をとり続けるのである。そして、武勇の印であるから、彼女たちが競争相手の戦士のいいなりになることを許さない。彼女たちは命令と強制にぴったりの被支配者である。彼女たちを支配することは、彼の名誉と虚栄心のどちらも満たしてくれるのであり、この点での彼女たちの有用性は非常に大きい。しかし彼女たちにたいする支配は彼の武勇の証であり、捕獲者の強制的関係の証となる彼の女性たちと他の男がなれなれしくすることは、彼女たちの勝利記念品としての役割と両立しない。

習慣的な行為が強固になり社会的慣習になると、捕獲者は、彼が強奪した女性にたいし独占的に使用しあるいは乱用する慣習的な権利を行使するようになる。そして、明らかにその人格の有機的部分ではない対象物にたいするこの使用し乱用する慣習的権利は、素朴に理解されるような所有権の関係を引き起こす。この捕獲の慣習が共同体の習慣になった後、服従させられ証拠とされた女性は一般に、その捕獲者と慣例として認められた婚姻関係にはいるようになる。その結果生じるのは婚姻の新しい形式であり、そこでは男は主人となる。この所有権-婚姻は私的財産および家父長制家族の両方の起源であるように思われる。したがって、この偉大な制度はどちらも競争的起源をもっているのだ。

所有権が捕獲された女性以外の人へと拡大していく発展の詳細な変化を、ここで取り上げることはできない。また、所有権と同時に一般的なものになる婚姻制度の発達についても同様である。おそらく、経済的進化の点では、所有権-婚姻という制度が確固として根付いたそのすぐ後に、その結果として、消費財の所有権が生じたのであろう。奴隷的婚姻に捕らわれた女性はその主人に個人的サービスを供するだけでなく、使用される品々の生産にも従事した。共同体の全ての非戦闘員や卑しい身分の成員は習慣的にそうしたことに従事したのである。私の不当な利益と同一視される、あるいは私に従属する個人を「私のもの」とみなし主張することが、人々の思考習慣の容認され不可欠な一部分となった時、この新しく獲得された所有権という概念を、所有されている人が行った労働の生産物にまで拡大することは、相対的に容易な事柄である。そして、本来の所有権制度を形作るのに大きな役割を果たしたのと同じ競争への傾向が、その作用を所有された物という新しいカテゴリーにまで及ぼすのである。女性の労働の生産物は、主人の生活の快適さと充足感を促進する上での有用性を要求され評価されだけではなく、彼が多くの有能な召使をもっているということがはっきりと分かる証拠としても評価されたのであり、それゆえ、彼の支配力の証拠としても役だったのである。消費財の専有と蓄積は、原始的な群の共産主義から直接成長したものとして一般化したのではなく、個人を所有することからの容易で目立たない帰結として生じたのである。

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